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「カラ、ちょっと休まないか?」
 ジンさん言われ、僕は急にのどが渇いてくるのを感じた。
「水を入れた土器か筒を、持って来ればよかったですね」
 僕はすぐに石がとれるだろうと思っており、飲み水を持って来ていなかった。
「大丈夫だぞ、カラ。近くに池があるんだ」
「本当ですか?」
 僕はジンさんの後に続き、少しばかり木々が開けた場所に着いた。そこには大きな池があり、池の隅には底からブクブクと泡が出ていた。
「こんな場所があったんですね」
 僕は池に近づき、水を両手で掬った。とてもきれいな水だった。
「ああ、大人たちはここで水を飲んでいたんだ。だから、飲み水を持って山に入らないこともあるんだ」
 ジンさんに言われ、お父さんたちも少しの用事だけならば、飲み水を持っていかなかったことを思い出した。
「カラ、間違ってもここで泳ごうとは思うなよ?」
「どうしてですか。あ、池の水が汚れたら嫌ですもんね」
 僕はこの池の水が、何処に向かって流れて行くのかわからなかった。川のような、流れがほとんどなかったからだ。一度汚れたら、その汚れが残るかもしれないと思った。
「この池の水は、たぶん土の中にしみ込んで、この山の下にある小川に流れて行くんだと俺は考えている。でも、理由は汚れるからだけじゃない」
 ジンさんは僕に「池の水の底を、手で触ってみろ」と言い、僕は水の中に手を入れた。土だと思っていた底は、まるで柔らかい粘土の様であり、少し力を入れただけで潜っていきそうだった。
「もう少し、奥まで手を入れてみろ」
 僕は手の平だけでなく、手首の先まで池の底に入れた。それでも、まだ池の底に手は付かなかった。
「どこまで深いんですか?」
 僕の言葉は少しおかしかったが、ジンさんには伝わった様だ。
「少なくとも、俺の身長以上はある」
ジンさんの言葉に、僕は耳を疑った。
「底が無いんですか?」
「あるかもしれないし、無いかもしれない。一度、俺より長い木の枝を刺しこんだことがあるんだ。それでも、まだ下に潜っていった
んだ」
 僕は目の前にある池が、何だか少し怖くなってきた。
「大人たちからは『人喰い池』ってあだ名がつけられている。けど、ここで溺れて死んだ人はいないさ。落ちても二人以上ならすぐに助けられるし、一人でもゆっくりと手で水をかいていけば、沈んでいく事はないからな」
 僕はジンさんの言葉を聞き、もう一度池の底に手を入れた。粘土の様な底は少しばかり弾力性もあり、慌てて藻掻かなければ、身体が沈んでいく事はなさそうだった。
 僕が池に手を出し入れしていると、ふいにジンさんが笑い出した。
「どうしたんですか?」
 僕の問いかけに、ジンさんは「ああ、ちょっと昔の事を思い出してな」と答えた。
「確かあれは、カラが7歳になった時か。俺たちが山の近くで山菜を採りに行こうとして、コシが泥に足をとられて動けなくなったことがあった。覚えているか?」
 ジンさんの言葉を聞き、僕は思い出そうと手を額につけた。
「思い出しました。確か、ジンさんがコシさんを、木の枝で引っ張り出そうとした時の事ですよね?」
「そうだ。あそこは後で大人たちが行ってみると、大人たちでさえ足をとられる大変な場所だったらしいんだ。俺たちはそこの土で、土器用の粘土が取れないかと報告をしたけど、雪が溶けて、一時的にドロドロになっただけだったんだ。結局、土器用の粘土には向かない場所だった」
 ジンさんの話す通り、僕たち子どもはあの場所に目印をつけたけれど、お母さんたちは「水分は含むけど、形にならないし、乾燥させるだけで固くなってひびが入るわ」と言って、結局是川の人たちからは忘れられた場所となった。
「コシが大人になったら、ここに連れてきてあの時の事を思い出させてみるか?」
 ジンさんはさも『冗談さ』という口ぶりだった。コシさんはその時の事で、キドさんから「コシは泥に入るな。僕が先に行く」と言われ、揶揄われているのか心配されているのか、よくわからない事になっている。僕はたぶん、キドさんなりの優しさだと思っている。
「どんな固い土でも、水を含めばドロドロになるんですよね」
「そうだな。だから、雨が降ったら山や崖が崩れるんだ」
 僕はジンさんの言葉を聞き、一つの方法が頭に思い浮かんだ。その事をジンさんに話すと「木が邪魔になるだろ?」と言われたけど、僕はさらに言葉を続け、ジンさんの返答を待った。
「それは俺だけじゃ決められないな。でも、ちょうど丸木舟に使う大きな木が一本必要だったし、それで簡単に木がとれて、カラの欲しがっている石が取れたら両得だな」
 ジンさんが賛同してくれたこともあり、僕はジンさんの手を引くようにして山を駆け下りた。
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