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 次の日の朝、家を借りて休んだ僕たちは、海の様子を見てから船を出すことになった。
「お父さん、なんだか是川の海と違うね」
 僕がお父さんに言うと、お父さんも「そうだな」と言い、「船は出せそうだが」と、少し自信が無さそうだった。
僕たちは垣ノ島村の酋長であるニウさんに、船が出せるか相談することになった。
「ふむ、この辺りは海流が入り組んでおるから、海を見るのは容易ではない。だが、海岸から離れず行けば、沖に流されずに入江に辿りつけるだろう」
 ニウさんの言葉が後押しとなり、僕たちは船に乗り込んだ。
「ヨウ、鳥さんは何か言っているか?」
 やンさんがヨウに尋ねると、ヨウは「まだ眠いよ」と言った。空を飛んでいる鳥たちが『眠い』と思っているのか、それともヨウ自身が『眠い』と思っているのか。僕は、どちらもじゃないかと思った。
普段は飛んでいる鳥たちも岩場に降りて、羽根に口ばしを突っ込んでいる。いかにも目を閉じて、またひと眠りしたそうに見えたからだ。
 昨日の夜中のうちに、持ってきた小さい土器に水を入れておいたので、水分補給などの途中休憩無しで入江まで漕いで行った。途中、遠くにアザラシだかトドだか、是川ではあまり見られない海獣たちが見えた。
「なに、向こうから襲ってくる事はないさ」
 やンさんはそう言っているけど、櫂を漕ぐ手の動きは早かった。人を襲わない保障がある獣はいない。人間の姿が見えるとすぐに逃げてしまう鹿も、繁殖期にはオスが凶暴になり、人間を長い角で襲ってくる事があるからだ。
「襲ってこないよね?」
 ヨウが心配そうに言ったが、誰も答える事は出来ず、僕はヨウの肩を抱くようにして船の上にいる事しか出来なかった。
 海獣の群れが見えなくなり、太陽が海から完全に身体を出したくらいの頃に、僕たちは入江に着く事が出来た。
 入江は僕たちの村と同じく海に面した村で、同じように村の裏手には山が見えた。
「よく来たのう」
 入江の酋長であるヌイさんに歓迎され、僕たちは交易品を持って村内に入った。僕は村内の造りも是川と違うと思っていたけど、是川と余り変わりはなさそうに見えた。お兄ちゃんたちも「僕たちと同じような暮らしをしていた」と、言っていた事も思い出した。
でも、大きく違うのが着ている毛皮の豊富さだ。まだ、それなりに暖かな季節だというのにもかかわらず、多くの大人たちは毛皮の服を着ていたのだ。
「俺たちは交易の話し合いをするから、カラとヨウはこの村の子供たちと、親交を深めてきなさい」
 お父さんの言葉と同時に、お兄ちゃんと同じくらいの年ごろだろう子供が歩み出てきた。
「僕はマク。よろしくね」
 マクと名乗った子供は、僕たちと固い握手をした。すると、いつの間にか他の子供たちも集まってきて、全員と握手をすることになった。
「これで、全員ですか?」
 僕はこの子供たちの中に、レイがいない事に気がついた。僕がその事を尋ねると、マクさんは少し困ったような顔をした。
「ああ、あいつは病気なんだ」
「え、風邪でもひいているんですか?」
 僕は心配になったが、マクさんは「そうじゃない。足が動かない病気で、ここに歩いてこられないんだ」と言い、村の片隅を指した。そこには小さな女子供に混じって、土器を造っているレイの姿があった。
「レイが何の病気だかわかりましたか?」
 僕の問いかけに、マクさんは「わからない」と言い、「でも、村のみんなで養っていくことになっているから、心配するな」と、少し歯切れの悪い言い方をした。
 僕とレイは一度しか会った事は無いけど、何だかマクさんを含め、他の子からは場所的にも、心情的にも離れた場所にいるような気がした。

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