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 僕たちは雨が降りだす前に、渡島のとある村に辿り着くことが出来た。着いた場所は垣ノ島という村で、渡島を少し右に迂回した場所にある。
「早く交易品を、屋根のある所に入れさせてもらおう」
 お父さんの言葉で、僕たちは急いで船の中身の交易品を運び出した。それがひと段落した時、大雨が降ってきた。
「危なかったな」
 お父さんは冷たい雨に濡れながら呟いた。もしヨウが言いださなければ、まだ僕たちは海の上だったかもしれない。
「ねえ、どうして鳥の声がわかったの?」
 僕は空からいなくなり、どこかで羽を休めているだろう海鳥を思いつつヨウに尋ねた。
「うーんとね、わかるっていうより、小さな鳥さん、たぶん子供に親鳥が高い声で鳴いていたんだ。これって、是川でも似たようなことをしていた鳥さんを見たんだ」
 ヨウは、さも当然だという様な口ぶりで言った。僕もお父さんも、ヨウの言葉に驚いていた。
「いつ、そんなことに気が付いたんだ?」 
 お父さん尋ねると、ヨウは空を見上げながら口を開いた。
「小さな時から、僕はお母さんに装飾品を造るための貝が欲しいと言われて、海岸で貝殻を拾っていたんです。たまに僕にも造れないかなって思って、一人で貝殻を探して海岸を歩いていました。でも、お母さんはずっと自分の仕事をしていて、僕に造り方を教えてくれなかったんです、その時に、いつも海で鳥さんを見ていたんです」
ヨウのお母さんは、交易品となる装飾品を造るのが一番上手い。そのため、いつも他の女性たちに造り方を教え、違うものが造れないかを思案していた。そう言えば、僕たち子どもが海で貝やナマコ、カニなどを獲っていた時にも、ヨウは一人で磯部の貝を拾い、植物の蔓で貝殻を編もうとしていている所をよく見かけていた。
「鳥さんはいつも親子で一緒にいるから、天気が悪くなりそうだと子供に『早く帰るよ』って、高い声で鳴いているんだ」
 ヨウの言葉を聞いて、お父さんは「そう言えば、そうかもしれないな」と呟き、ヤンさんや他の大人たちと話し合い始めた。
「カラさんは、気が付かなかったの?」
 ヨウは不思議そうに、僕に尋ねてきた。僕は海を泳げなかったので、山の仕事をしていたから気が付かなかった。と、言い訳を言いたかった。
でも、朝には海岸で貝を拾い、去年の夏には毎日のようにジンさんと一緒に泳ぐ練習をしていた。その時に海鳥を注目していれば、気が付くきっかけもあったかもしれなかった。
「ヨウ、鳥さんはいつ『雨がやむ』かは言っている?」
僕はヨウの質問には答えずに、質問で返した。
「それはわからないです」
 ヨウは少しばかり、残念そうに答えた。僕はその言葉を聞き、「じゃあ、今から耳をすましてみよう」と言った。
「どうして?」
 ヨウが尋ねると、僕は「今から鳥さんの声を聞いて、いつ雨がやむ声なのかを聴き分けてみよう」と言い、耳に手を当てて、音を広く拾える様な格好をとった。ヨウも僕の真似をし、耳をすませた。
雨の音と波の音、それとお父さんら大人が垣ノ島の人たちに、雨宿りをさせてもらっているお礼を言っている声が聞こえた。
 鳥の鳴き声は聞こえない。でも、今まで気にとめなかった『風』の音が聞こえ、目を開けて空を見上げると、雲の大きさによって、動きが違う事に気が付いた。
「今日はずっと雨になるだろうから、垣ノ島の村に一泊させてもらう事になったぞ」
お父さんの声が聞こえ、僕たちは自然の音から、目と耳をそらすことになった。
 垣ノ島の人たちはすでに、弓を使った新しい火おこしの仕方を知っており、慣れた手つきで素早く火を起こしていた。
「これなら手の皮がむけて、痛くなる事がなくなるね」
 ヨウは火おこしを見て、嬉しそうに言った。僕も、今までの木の棒を手の平で回すのは時間がかかり、何度も失敗を繰り返して、手の皮がむける痛い思いをしていた。
「船の上でだって火を起こして魚を焼いたり、何なら夜中でも船を出せるようになったんだ」 
 垣ノ島の人たちはなんと、夜中の海で漁をし始めたらしい。海岸に焚火を置いておけば、それが目印になって帰ってこられるけど、もし沖に流されたら誰も助けてくれず、遭難してしまうと、僕は思った。
「互いの船の上で松明を焚いて、消えてもすぐに火を起こせば、網を使っての漁が出来るんだ」
「え、夜中に魚が獲れるんですか?」
 ヨウが尋ねると、垣ノ島の人は「ああ、松明の火に驚いて、自分たちから寄ってくる魚がいるんだ。そして、網で追い込みながら獲るといい感じだ」と、笑いながら答えた。
 僕はそのやり方をどこで知ったのかを尋ねると、三内で聞いたらしい。ハキさんの言う通り、三内は『情報』が集まり、それを元に多くの人が恩恵を受けている様だった。
「最初に考えた人って、誰なんだろう?」
 僕の呟きに、垣ノ島の人は「それは知らないな」と言った。
 こういった、新しいやり方を考える人は誰なのか。そして、どうやって思いついたのだろう。僕は隣で、いつの間にか眠っているヨウを見つめた。もしかすると、ヨウみたいに僕たちとは普段違う事を見たり聞いたりしている人が、考え付くのかもしれないと、漠然と思った。

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