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 その日の夜、口の周りの血を洗い流したジンさんが、大人になった抱負を海に向かって叫んだ。その時、自分の事を『僕』ではなく、『俺』と言った。この村周辺では、大人になると自分の事を『俺』と名乗る事になっている。
「俺は、今日から大人だ!」
 ジンさんは土器の器に入れられたお酒を飲み、顔を赤くしている。見ようによっては、ジンさんはお酒を飲んで酔っ払っているように見えるけど、僕には何となく今までのジンさんと同じに見えた。
確かにジンさんは大人になって、僕たちと違う仕事をすることになる。でも、やっぱりジンさんはジンさんだ。僕が今持っている小さな土器にお酒を入れてくれたのもジンさんだし、「無理して飲まなくていいからな」と、耳元で囁いてくれたのもジンさんだ。
 僕はジンさんの入れてくれたお酒を、少し口に含んだ。甘いような、苦いような、酸っぱいようなよくわからない味で、美味しいとは言い難かった。
「カラ、もう飲まないのか?」
 コシさんが顔を赤くしながら、僕に尋ねてきた。
「飲まないなら、僕に飲ませてくれないか?」
「コシさんは、お酒が美味しいと思うの?」
 僕が尋ねると、コシさんは首を大きく縦に何度も振った。その首の動きを止めたのはジンさんだ。
「コシ、子供は一杯までと決まっているだろ?」
 ジンさんはコシさんの首を掴み、元に戻させた。
「さあ、酔っ払ったコシは放っておいて、肉も食べよう」
 ジンさんは鹿の肉をみんなに分けていき、どっちが祝う側で、祝われる側かよくわからない事になっていた。
「ジンさんは偉いよなぁ」
 僕の隣で、お兄ちゃんが呟いた。
「僕もしっかりして、お父さんの様な立派な酋長になれるかな」
「なれるよ。お兄ちゃんだもん」
僕の言葉に、根拠なんて無い。でも、僕ならなれると信じている。何故なら、僕が一番お兄ちゃんの事を知っていると、自信を持って言えるからだ。
「イバさーん、お酒のつまみ食いの仕方を教えてくださーい」
コシさんが、今度はイバさんに絡みつくように話していた。
「コシには、お酒を飲ませちゃいけないな」
 お兄ちゃんの言葉に、僕は深く頷いた。

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