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僕が家に戻ると、お母さんが土器に入れる水を持ってくるよう、小さな土器をお兄ちゃんに持たせながら話しかけていた。
「カラ、あなたは砂浜で適当に貝を拾ってきて」
お母さんに言われ、僕は砂浜に向かった。僕の他にも村の人たちが砂浜にやって来て、適当に砂を手で掘って、海水で貝を洗っていた。
僕も波打ち際のところで、適当に手で砂を掘った。海水は冷たくて、砂の奥まで冷え込んでいるようだった。僕の足先まで冷たくなり、そんな中で生きている貝は、どんな気持ちなんだろうと思った。
「貝は寒くないのかなぁ?」
僕が独り言を呟いていると、近くにいたガイさんが近づいてきた。
「貝は熱い水で煮ると死ぬんだ。だから、冷たい水だと生きていけるのさ」
ガイさんは小さな子供を持つ、大人の男性だ。僕より二歳年下の子供がいて、ガイさんは自分の妻のケイさんに、たくさんのご飯を食べるように言っている。
「でも、僕たち人間は熱い水でも、冷たい水でも死んじゃいますよ?」
「そうだなぁ。赤ん坊は熱い水で身体を濡らしてやると泣いたんだが、後になるとすごくご機嫌な顔で笑うんだ。少しくらいなら熱い水でも大丈夫なんだろうし、俺たちも夏は冷たい水に飛び込みたくなる。少し我慢できるくらいなら、人間はどんな水でも生きていけるんじゃないか?」
僕はガイさんの言葉に頷きつつ、冷たい水と砂を掻き分けて、小さな貝を五個ほど獲った。
「ほら、この貝も入れたほうが美味い羹になるぞ」
ガイさんはそう言って、僕に一つ大きめの貝を手渡してきた。
「ケイさんに食べさせた方が良いんじゃないですか?」
僕が少し戸惑っていると、ガイさんは少し苦笑いをした。
「この貝は中身が少ないんだ。その代わり、しょっぱい水がたくさん入っていて、植物が美味しく煮られるんだ。ケイはしょっぱいのが、あまり好きじゃないからな」
僕はガイさんにお礼を言って、小さな貝を落とさないように、ガイさんからもらった貝は両腕で挟み込むようにして家に戻った。
村の家々では、家の中で煮炊きをする事は少なく、外で煮炊きをする家が多い。僕の家にも家の中に火を使うところがあるけど、天気がいい日は外で煮炊きをすることにしている。
「お母さん、貝を拾って来たよ」
「カラ、ありがとう」
お母さんは僕から貝を受け取ると、すぐに火にかけてある土器の中に放り込んだ。土器の中にはすでに草や魚肉が入れてあり、少しだけムワッとした匂いが立ち込めていた。
僕が土器の中をお母さんと一緒に眺めていると、お兄ちゃんが木の棒を少し振り回すようにしてやって来た。
「カラ、今日は海に行く班と、森に行く班の二つに分かれることになったぞ」
お兄ちゃんは朝起きると、僕たち子どもの仕事を大人たちと相談しに出かける。相談と言っても、やる事は海に行くか、森に行くかを班で分けるだけで、特に詳しい物事を決めるわけではない。やることは、ほとんど決まっているからだ。
「お兄ちゃん、僕はどっち?」
一応、僕はお兄ちゃんに聞いてみた。
「カラは、もちろん山だ」
僕は「やっぱりか」と呟き、少し悲しくなった。
「なに、夏になれば海も温かくなるから、その時に泳ぐ練習をすればいいさ」
そう言って、お兄ちゃんは僕の頭に手をやった。
僕はまだ、上手く泳ぐことが出来ない。浜辺で貝を獲る事や、浅瀬でナマコなどを獲る事は許されているものの、船に乗ったり、遠浅の場所で釣りをすることなどが出来ない。それが、今年から子供の仕事をする年になった僕の劣等感になっている。
お兄ちゃんと話しているうちに、土器の中で具材が煮え、僕が獲ってきた貝もパックリと口を開けてきた。その口の開け方は、昨年海で溺れかけた僕の口そっくりで、なんだか嫌な気分になった。
朝食は、お母さんが土器の器に木匙で盛っていった。
「お、今日のは少ししょっぱみが強いな」
お父さんがもしゃもしゃと、口の中で具材をかみしめながら呟いた。
「うん。浜辺でガイさんからしょっぱい貝を貰ったんだ」
僕がそう言うと、お父さんは「母さん、代わりに干し魚を持って行ってくれ」と言った。「何言っているのよ。お父さんは少しばかり、相手の好意を素直に受け取りなさい。何でもかんでもお返しばかりしてちゃ、相手にとって失礼じゃない?」
お父さんはお母さんに窘められ、「そんなつもりはないんだが・・」と、少し顔を曇らせた。
お父さんは若いうちに『酋長』という、村のみんなのまとめ役になった。でも、たまに上手くいっていない事もあるみたいで、お母さんはよく「空回りしすぎているわよ?」と言い、どっちがまとめ役なのかわからなくなっていることがある。
「大丈夫だよ、お父さん。僕がちゃんとガイさんにお礼を言ったから」
僕がそう言うと、お兄ちゃんは「それは当たり前だ」と言って、僕を小突いてきた。
朝食を食べ終えると、お母さんは他の家族のお母さんたちと一緒に、食器に使った土器を洗いに浜辺に行った。お父さんは他の大人の男性と一緒に船に乗って、漁に出るらしい。
「今日は、太陽が真上に昇る前に戻るからな」
僕にはまだわからないけど、大人の人たちは海を見るだけで、いつ天候が変わるかがわかるみたいだ。でも、偶に外れて海で溺れ死んじゃう人もいるそうだ。
「カラ、行くぞ」
お兄ちゃんに言われ、僕は子供たちの集合場所へと足を向けた。
僕が家に戻ると、お母さんが土器に入れる水を持ってくるよう、小さな土器をお兄ちゃんに持たせながら話しかけていた。
「カラ、あなたは砂浜で適当に貝を拾ってきて」
お母さんに言われ、僕は砂浜に向かった。僕の他にも村の人たちが砂浜にやって来て、適当に砂を手で掘って、海水で貝を洗っていた。
僕も波打ち際のところで、適当に手で砂を掘った。海水は冷たくて、砂の奥まで冷え込んでいるようだった。僕の足先まで冷たくなり、そんな中で生きている貝は、どんな気持ちなんだろうと思った。
「貝は寒くないのかなぁ?」
僕が独り言を呟いていると、近くにいたガイさんが近づいてきた。
「貝は熱い水で煮ると死ぬんだ。だから、冷たい水だと生きていけるのさ」
ガイさんは小さな子供を持つ、大人の男性だ。僕より二歳年下の子供がいて、ガイさんは自分の妻のケイさんに、たくさんのご飯を食べるように言っている。
「でも、僕たち人間は熱い水でも、冷たい水でも死んじゃいますよ?」
「そうだなぁ。赤ん坊は熱い水で身体を濡らしてやると泣いたんだが、後になるとすごくご機嫌な顔で笑うんだ。少しくらいなら熱い水でも大丈夫なんだろうし、俺たちも夏は冷たい水に飛び込みたくなる。少し我慢できるくらいなら、人間はどんな水でも生きていけるんじゃないか?」
僕はガイさんの言葉に頷きつつ、冷たい水と砂を掻き分けて、小さな貝を五個ほど獲った。
「ほら、この貝も入れたほうが美味い羹になるぞ」
ガイさんはそう言って、僕に一つ大きめの貝を手渡してきた。
「ケイさんに食べさせた方が良いんじゃないですか?」
僕が少し戸惑っていると、ガイさんは少し苦笑いをした。
「この貝は中身が少ないんだ。その代わり、しょっぱい水がたくさん入っていて、植物が美味しく煮られるんだ。ケイはしょっぱいのが、あまり好きじゃないからな」
僕はガイさんにお礼を言って、小さな貝を落とさないように、ガイさんからもらった貝は両腕で挟み込むようにして家に戻った。
村の家々では、家の中で煮炊きをする事は少なく、外で煮炊きをする家が多い。僕の家にも家の中に火を使うところがあるけど、天気がいい日は外で煮炊きをすることにしている。
「お母さん、貝を拾って来たよ」
「カラ、ありがとう」
お母さんは僕から貝を受け取ると、すぐに火にかけてある土器の中に放り込んだ。土器の中にはすでに草や魚肉が入れてあり、少しだけムワッとした匂いが立ち込めていた。
僕が土器の中をお母さんと一緒に眺めていると、お兄ちゃんが木の棒を少し振り回すようにしてやって来た。
「カラ、今日は海に行く班と、森に行く班の二つに分かれることになったぞ」
お兄ちゃんは朝起きると、僕たち子どもの仕事を大人たちと相談しに出かける。相談と言っても、やる事は海に行くか、森に行くかを班で分けるだけで、特に詳しい物事を決めるわけではない。やることは、ほとんど決まっているからだ。
「お兄ちゃん、僕はどっち?」
一応、僕はお兄ちゃんに聞いてみた。
「カラは、もちろん山だ」
僕は「やっぱりか」と呟き、少し悲しくなった。
「なに、夏になれば海も温かくなるから、その時に泳ぐ練習をすればいいさ」
そう言って、お兄ちゃんは僕の頭に手をやった。
僕はまだ、上手く泳ぐことが出来ない。浜辺で貝を獲る事や、浅瀬でナマコなどを獲る事は許されているものの、船に乗ったり、遠浅の場所で釣りをすることなどが出来ない。それが、今年から子供の仕事をする年になった僕の劣等感になっている。
お兄ちゃんと話しているうちに、土器の中で具材が煮え、僕が獲ってきた貝もパックリと口を開けてきた。その口の開け方は、昨年海で溺れかけた僕の口そっくりで、なんだか嫌な気分になった。
朝食は、お母さんが土器の器に木匙で盛っていった。
「お、今日のは少ししょっぱみが強いな」
お父さんがもしゃもしゃと、口の中で具材をかみしめながら呟いた。
「うん。浜辺でガイさんからしょっぱい貝を貰ったんだ」
僕がそう言うと、お父さんは「母さん、代わりに干し魚を持って行ってくれ」と言った。「何言っているのよ。お父さんは少しばかり、相手の好意を素直に受け取りなさい。何でもかんでもお返しばかりしてちゃ、相手にとって失礼じゃない?」
お父さんはお母さんに窘められ、「そんなつもりはないんだが・・」と、少し顔を曇らせた。
お父さんは若いうちに『酋長』という、村のみんなのまとめ役になった。でも、たまに上手くいっていない事もあるみたいで、お母さんはよく「空回りしすぎているわよ?」と言い、どっちがまとめ役なのかわからなくなっていることがある。
「大丈夫だよ、お父さん。僕がちゃんとガイさんにお礼を言ったから」
僕がそう言うと、お兄ちゃんは「それは当たり前だ」と言って、僕を小突いてきた。
朝食を食べ終えると、お母さんは他の家族のお母さんたちと一緒に、食器に使った土器を洗いに浜辺に行った。お父さんは他の大人の男性と一緒に船に乗って、漁に出るらしい。
「今日は、太陽が真上に昇る前に戻るからな」
僕にはまだわからないけど、大人の人たちは海を見るだけで、いつ天候が変わるかがわかるみたいだ。でも、偶に外れて海で溺れ死んじゃう人もいるそうだ。
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