どすこいと鶏ガラ

るーま

文字の大きさ
上 下
10 / 13
本編:体型正反対夫婦あるある

10 鶏ガラを太らせたい(上)

しおりを挟む
 くどいようだが、私は健康で長生きをしたい。そして鶏ガラ君にもそれを望む。
 私の言う健康とは、心身共に薬や治療を必要としない状態のことだ。
 健康であれば太っていようが痩せていようが構わないというのが本音ではあるが、さすがに標準体重範囲外である状況が不健康の火種であることは理解している。
 どすこいと言えども、成長するにつれて学んだ。なんなら成長過程を通り越して老化を感じ始めた今日この頃だ。主に体力や筋力の衰えから始まり、白髪にお肌やお肌とかお肌の調子には顕著に現れている。
 我が子と自分を比べ、「ケッ。このスベスベプリプリお肌も30年後にはなぁ~」と内心呪詛を呟く。同系の呪いは人類始まって以来粛々と行われていたに違いなく、われわれの老化は先人たちの呪いである可能性がある。
 え? それはない? うそーん。
 哀しみの行き場が無くなってしまうので、ここは何が何でもそういうことにしておく。
 ついでに言えば、どうせならば「どすこいと鶏ガラ撲滅呪詛運動」を慣行して欲しかった。呪いの類で何とかなるならば、今頃人類皆健康体。なんと晴れやかな響きだろうか。
 まずは身近なところからと学んだどすこいは、とりあえず自らの意識改革へと一歩を踏み出した。そう、家族の健康と安寧を司る立場として、鶏ガラ君の中身も傍目も健康体にしてやろうと目論んだのであった。

 ……ところで、鶏ガラ君を太らせるにはどうすべきなのだろう。

 始める前から大問題にぶち当たる。こちとら呼吸をするだけで肥えるどすこいだ。太り方など考えたこともない。
 知恵の泉を頼りに本屋と言う名の楽園へ足を運んでみても、鶏ガラからフォアグラへの変身術なる書物は見つからず終いだった。夥しい数の筋力トレーニングやダイエットに関する書物があるに関わらず、効果的なデブエット本が一冊も見当たらないのには驚きだ。仕方ないのでダイエット本を捲る。
 人に勧める前に、まずは自分で。これ、極端に無責任な言動をしないためのちょっとした秘訣。

 ※一念発起【いちねんほっき】
  あることを成し遂げようと決心すること。(三省堂 例解小学国語辞典より)

 心を入れかえたのならともかく、ただの気まぐれだ。一念発起と言うにはおこがましい。それでも心持ちのほどは仰々しいまでの気合を必要とする。のっけから正念場だとも言える。
 全ては夫婦揃って長生きをするためだ。やるしかない。今こそ「どすこい」本来の使い方で景気づけられたい。

 ハァ~、どすこい~、どすこい~。

「ダイエット始めました~」
「……」
「チョロいもんだぜダイエット」
 本を参考に、炭水化物をちょっと減らすことにした。便秘解消にも積極的に取り組む。運動だけはどうしても苦手なので特別なことはできないが、息子を公園で追いかけまわす。
「かんたーん。三日で三キロの減量に成功」
「ただの食いすぎ。あと体調と誤差の範囲な」
 都合の悪いことは左右の耳を通過する仕様である。
「この調子でいけば一週間で七キロ、一カ月で三十キロ。数か月後には無重力」
「絶対言うと思った」
 面倒くささを全面的に押し出し「体重と重力は違う」とだけ言い捨てて、完全に会話をする気力を失ったらしい鶏ガラ君は大好きなゲームを起動させた。鶏ガラ君のデブエットへの布石だと知りもしないで呑気なものだ。
「私が減らした分の炭水化物を食べて貰おうぞ」
「要らん」
「食え」
「炊飯量減らせ」
「私がしたくもないダイエットしてんだから、デブエットで付き合いなさいよ」
「俺を巻き込むな」
 おのれ鶏ガラ! どうしても太るつもりはないとみえる。
 せっかく重い腰を上げたのだから、ここで挫けるにはまだ早い。中年にさしかかることもあって、健康維持のために改善しようではないかと同意を得るところから始めた。
「前々から気になっていたんだけど、そもそもどうして痩せてんだ?」
 食べる量も摂取カロリーも足りていない筈はないのだ。基本的に朝晩はどすこいと同じものを食しているのだから、両者の差は縮まってもよさそうなものである。

 鶏ガラ君曰く、腸内環境は大事とのこと。便秘を放置するなどもってのほかだ。
 諸外国では、痩せ型の人の腸内細菌を培養して作られたタブレットを服用するダイエット方法がある。肥満の人はほとんど持たない細菌だとかで、それを意図的に腸内に住まわせるらしい。詳細は不明だが「タブレットの服用」と聞くと、いかにもお手軽な感じがどすこいを惹きつける。鶏ガラ君と結婚していなければ詳しく話を聞くぐらいのアクションは起こしていただろう。
 それがどうしても触手が伸びないのだ。
 「痩せ=鶏ガラ君」と「腸内=便」という小学校低学年並みの発想しかできない私は、「夫の排泄物に混ざる何かを服用する」というバカみたいな思考が拭い切れないのである。

「まず頭を使うこった。間違いなくあなたよりは使ってんだよね、俺は」
 あーたーまーっ! 使ってなぁぁぁいっ!
 ルーティンワークをこなして1日が終わる私は、確かに「考える」だとか「創意工夫する」といった頭を使った作業から完全に離脱している。小学生の算数の宿題にはっとさせられることがあるくらい、脳内は長期休暇に入って久しい。
 悲しいかな、学生時代の成績を思い起こしてみても、脳のポテンシャルを発揮したことはないように思う。
「頭を使う……」
「そう。頭を働かせるって疲れるでしょ。それだけエネルギー消費するんだと思うんだよね」
 痩せたいのなら運動や食事制限の前に脳みそをフル回転させるべきだと言う。
 幼い子どもの世話をしている私の方が、デスクワークの鶏ガラより運動量は多いはず。糖分や脂質摂取量は人並で、炭水化物だけが原因だとも考えにくい……等々、あくまで相対的に考えた場合であるが、一理あるように思わなくもない。

「え? でもちょっと待って。やっぱ糖質じゃん?」
「うん。ダイエットしてんでしょ。そのおにぎり止めなよ」
 あっぶねー!
 またしても適当に言い包められるところであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旅人書簡

め〜ぷる
エッセイ・ノンフィクション
エッセイ?

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

統合失調症、寛解。当事者のエッセイ

高萩連覇(たかはぎ・れんぱ)
エッセイ・ノンフィクション
「軽い」、精神科の先生はそう言った。 医者が言うならそうなのだろう。 軽いと言っても、 血圧は200に上昇し、 自宅の天井には、厳つい顔をしたおっさんがこちらに拳銃を向けている状態だ。 「ベランダに幼馴染みと同級生が来ている」 という声を鵜呑みにし、ベランダの窓を開けようとした。 右の部屋の天井はくるくると回転しながら、自分に迫ってくる。 全て幻聴と幻覚なのだ。 これが軽いだと。と不信に思った。 確かに軽いかもしれない。 家が血だらけになるとかそんな幻覚はなかったからだ。 「重い」とはすなわち、幻覚を幻覚だと把握できていないことなのだろう。 僕は、幻覚と幻聴を把握できていた。 これから起こることは幻聴と幻覚なのだ。 家族には口を閉ざした。自分に起こっている一連の幻想について、家族に言うのは憚れた。 入院はできなかった。入院させるレベルではなかったからだ。 布団の重ね着がお城に見えた。発生してから僅かの間に激しい幻聴と幻覚に襲われた。カーテンの近くでは知らないおっさんが何かしらの携帯電話をしていた。 もはや、薬でもどうにもならないのか。しかし、薬の量を調整して一週間、ようやく幻覚と幻聴が消滅した。思考回路も発生前から回復し、認知機能障害もなくなった。そう、僕の統合失調症は本当に軽かった。これで軽いのだから、重い人は相当やばいのだろう。僕は、統合失調症から回復し、ネットにも復帰した。

ナナ、しあわせなら

ゆきみ
エッセイ・ノンフィクション
特に意味は無いのです。本当に。 思いついた言葉を連ねた、浅い世界。 ただ、見つめるだけでいいのです。

四五歳の抵抗

土屋寛文(Salvador.Doya)
エッセイ・ノンフィクション
 この作品は私の『エッセイ』です。 私と妻の前をすれ違って消えて行ったあの時の素敵な「お客様?」達。 全てこの一冊に載せてみました。 よく味わってお読み頂ければ幸いです。  体臭の香る街であった。 そこにサインボードの割れた一軒の店が在る。 この店は日雇い労務者・路上生活者・ブルーテントの住人・生活保護受給者達がよく利用する。 彼等から見ると、そこは唯一、寛げる『健康的な店』だった。・・・が・・・。  では本編に進みましょう。

実はおっさんの敵女幹部は好きな男と添い遂げられるか?

野田C菜
エッセイ・ノンフィクション
Life is color. Love is too.

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

あの日の思い出 part2

那智
エッセイ・ノンフィクション
あの日の思い出 第2段 年齢に関係なく、良し悪しに関係なく、心に残っているエピソードの羅列です。

処理中です...