どすこいと鶏ガラ

るーま

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まずは自己紹介的なお話など

1 ハロー、どすこい

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 あれは新婚間もない頃だった。
 休日を利用して、夫婦でショッピングモールに出かけた。

 私たち夫婦は、あまり好みが合わない。読書における書物のチョイスや音楽の趣味はもちろん、家具や服飾の好みも違う。文系の私と理系の彼は、物事に対する考察や思考回路からして相容れないものがある。
 それでも一緒にいられるのは、多分に金銭と食に関する感覚だけは一致しているからだと思っている。しかし、それ以外のところではどうも意見が食い違う。私が白と言えば、「否。黒だ」と、そう答えるのが夫なのである。
 そんな夫とのショッピングは、デートとしての娯楽とは一味違う。
 とくにあの時は新居で新生活を始めたばかりで、必要に合わせ随時日用品を買い揃える必要があった。モノを一つ買うにも、色、デザイン、機能等々、重要視する点にずれが生じる。日用品を一緒に選ぼうものなら、都度意見が食い違うことは目に見えている。
 そこで、それぞれが担当と言う名のテリトリーを分担するのである。譲れないところは自らのテリトリーとして勝ち得る必要がある。担当を譲った時点で、権利は放棄しクレームの類は口にしてならない。相手の選択に口出しをしないというのが唯一にして絶対、そして暗黙のルールである。
 とにかく、時間内に必要な物品を独断で購入するのだ。最早、買い物というミッションである。

 自らに課したタスクをこなし、待ち合わせの場所に向かったが愛しき夫の姿がない。5分前行動を基本とする彼が居ないのは珍しい。携帯電話を取り出せば、時間延長の申し入れだ。
「了解。ブラブラしてるわ~」と、ミッションコンプリート後の成功報酬(超個人的な買い物)に出かけた。どれだけ待たされようが、書店さえあれば何時間でも苦に思うことなく過ごせる性質たちである。
 夫も私の習性は理解している。待ち合わせ場所が書店に変わっただけなので、用事が済めばやってくるはずだ。手荷物は少々邪魔に感じるが、意気揚々と本のならぶ楽園へと向かった。

 痩せ型の夫は長身でもある。昭和の小学生的に言えば「もやし」もしくは「マッチ棒」だ。
 人ごみの中でも、頭ひとつ抜きん出るので見つけやすい。書店内の本棚も障害にならない。
 夫の遅刻はさほど長引かないだろう。背表紙をなぞらう作業は置いて、平積みの棚に的を絞った。新作コーナーからベストセラーコーナーと順に足を進め、コミック陳列棚と運命の出会いを求めて歩みを進める。
 買い忘れた新刊はないと確認し書店を出たところで、愛しき夫の背中を見つけた。

 右を見て、左を見て、また右を見る。交通安全教室中の小学生のように、きょろきょろと一生懸命私を探すその姿にきゅんとしながら後を追った。
 夕日が沈みかけた水辺なら「さぁ捕まえてごらんなさぁ~い。おほほほ」と軽やかなステップを披露するところだが、ここは知的財産に囲まれた楽園の前である。こっそり背後から目隠しをして「だぁれだ♪」とやるぐらいが関の山だ。
 新婚脳とはかくも恐ろしきかな。脳内では「誰かなぁ?」「あ・た・し・よ。スゥィーティー」だのという、生ごみにも粗大ごみにもならない妄想を繰り広げていた。
 なにはともあれ、確認した目標に近づく。買い物に歩き回った上に荷物もある。そろそろお茶休憩でもしたいところだ。体力の温存に、スキップもだぁれだも封印して背後を狙う。
 
 こっちだぞと、肩に伸ばしかけた手が反射的にピクリと止まった。

「あっれぇ? どすこい? どこ行きやがった、あのどすこい」

 衝撃的な独り言だった。
 私が彼と出会ってから10年、一度として「どすこい」と呼ばれたことはなかった。
 新妻ハニーは見事な埴輪顔となり、果ては百年の恋も凍結し砕け散る勢いだ。

 いつまでも古墳時代の「踊る人々」をかたどっているわけにもいかない。
 気を取り直して、夫の肩に手をかけ立ち止まらせた。
「あ。お待たせ。探してたわ~」
「ほーん。どなたをお探しで?」
 きりきりと指を食い込ませる私の手を鬱陶しそうに払いのけ、何事もないかの如く言い放ったのである。

「は? あなたしかいないでしょ」

 「どすこい」などという単語はそうそう口にするものでも耳にするものでもないはずだ。なんなら、この先一生使ってはいけないNGワードに制定されたとて、痛くも痒くもない。
「はっきり聞いたんだけど、、、『どすこい』言うてたなっ」
 はっとして口元を抑えたが時すでに遅し。あからさまな動揺は隠しきれていなかった。その素直な反応が何よりの証拠であった。

 何せ、勝手に愛称をつけた上で隠れて使っていたのだ。ネチネチは言わなかったが、チクチクはしたと記憶している。
 そしてヤツは言うのだった。
「そうはいってもあなた、どすこいですやん」と。
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