シスコン姉君、進軍す

蕾々虎々

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七難八苦の記念日

妹が可愛すぎて辛い -リリ-

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 (ハァ…可愛い…)

 思わず溜息ためいきが漏れてしまった。

 だって、仕方ないのだ。

 全てはそう、天上てんから舞い降りた天使てんしごと純真無垢せいそ可憐かれん超絶ちょうぜつ可愛い妹を持ってしまった姉の宿命さだめなのだ。

 そんなことを考えつつ、その晴れ姿を撮影する手は決して止めない。

 (父上と母上にも頼まれてるし)

 大義名分たいぎを振りかざし、無心ほんのうでシャッターを連打する。
 この日の為にわざわざ最新型のいいカメラを新調したのだ。

 (だから今日に限って撮り惜しみはしない……。妹の大事な進学式のせいちょう記録だからな!)

 そう、今日はリリの妹であるリディが高等部へと進学する、大事な記念日なのだ。

 リリとリディが通うアルナ・ビエラ魔法学園は一貫校であり、小等部、中等部、高等部からなる。

 アルナ・ビエラでは小等部から中等部、中等部から高等部といった具合に部が上がる学年に対し、毎年盛大な進学式が執り行われる。
 尚、小等部に入学する際は入学式である。

 入学式、及び進学式は一貫校でならではの都合で、家族同士がお互いの式に参列出来るよう、学部毎にそれぞれ別の日に式を執り行う仕来りとなっている。

 また、王都アルナに位置するこの学園は世界有数の名門校としても名高く、その顔とも云われるこの三つの式典は、祝日として制定されているほど。

 (今年はリディ以外の妹達の式は無いし、その分目一杯祝わねば!)

 そんなわけで、式に参加するとあって朝から張り切ってお洒落しゃれをしていたリディを、朝からずっと見守っているリリであった。

 今日のリディは清潔感せいけつかんのある無地白のブラウスに、ややベージュがかった白を基調にしつつ、華美かびにならない程度に金色の刺繍ししゅうほどこされた半袖丈のブレザーを着用している。
 下半身は暗めの紺をベースとしたチェック柄のスカートに黒のオーバーニーソックス。
 腰の手前で切り揃えられたライトブラウンのロングヘアはハーフアップにしてあり、その境目にライトグレーのリボンを飾り付けシンプルに纏められている。
 結論:可愛いさいこう

 (こんな愛くるしい少女が街を歩いていたら野蛮な奴らがいつ手を出すとも限らない。しっかり見守っておかないと)

 そんなことを考えながら、明らかに不審者のヤバい様相で妹を追いかけるリリ。

 余談ではあるが、式に参列するリリも同じ制服を着用している。

 妹の一挙手一投足ささいなうごきに対して器用に頬を緩めながら、そういうからくり細工かのごとく無心で写真を撮り続ける。

 が、ふと、その面持ちを唐突きゅうに険しくする。

 リディの可愛さに色ボケしつつも一切警戒を怠らなかったその耳が、その変調いへんを感じ取っていた。

 (気のせいではない。かすかな、悲鳴ひめい)

 それは建物と建物の隙間に身を隠すようにたたずんでいたリリと真っすぐ目的地へと向かうリディの目線。その、更に先から聞こえてきた。

 ほどなくして耳に飛び込んできたのは、明らかな悲鳴。そして、異常にけたたましい馬蹄ばていの音。

 それは直ぐに、視覚でも確認することが出来た。

 明らかに暴走ぼうそうしているであろう、猛然もうぜんと突き進む二頭立ての馬車。
 その尋常じんじょうならざる速度を前に、命からがらといった様子で道の端へと逃げ込み、時には転がるようにして逃げ惑う人々。

 そして見えてしまった。

 慌てふためきながら逃げ惑う男。その腕が当たってしまい、道の中心で倒れ込む妹の姿。

 そして、無情にも迫り来る暴走馬車きょうい

 その光景を前にして、頭に血が昇る。それに相反して頭が冷える。

 リリは知っていた。

 感情に振り回されることに意味など無いことを。

 感情を従えてこそ、妹を、家族を、友人を、守ることが叶うのだと。

 だから、イメージする。

 この燃え滾るにえるような熱が、全身へと駆け巡るよう。骨を溶かし、我が身を固める鎧となるよう。肉を燃やし、無限の動力となるよう。

 大事な人を守る、無敵の盾となるよう。

 彼女を見ている者がいれば腰を抜かしただろう。

 その周囲が風の揺らぎを可視化したうつしだすかのように歪み出し、続けてそのきぬのような銀髪が根元から燃え上がるように一気に紅く染まる。

 馬車てきリディの距離が更に詰まる。

 その瞬間、動く。

 身体を駆け巡る煮え滾るような熱を、余すことなく地面に叩きつけた。
 そのシルクのような白くたおやかな脚は石畳の地面を容易く踏み砕き、その身体を一瞬で送り出し、いよいよ寸前まで迫った馬車と妹の間にその身体を捻じ込む。

 地面に半身はんみで倒れ込んだ妹の前に辿り着いたところで、少しばかり思案するかんがえる

 (妹を危険に晒した罪は大きい。始末するひねりつぶすのは簡単だが……)

 チラ、と後ろを振り向く。
 はかなげに倒れ伏す、てんしの姿。

 (スプラッタなシーンを見せて万が一にもトラウマにさせる訳にはいかない!何より姉様怖いとか言われたら三十回首吊れる!)

 脊髄反射ほんのうで思考を終わらせると、改めて迫り来る暴走馬がいてきに向き直る。
 何故かいつも逃げられるが、動物は別に嫌いではない。

 なので、まずその首元に手を回し、金属製の引き手をバキメキグシャリと丁寧に握り潰す。

 それから馬体に無理な力が掛からないよう上手く勢いを殺すように気を付けつつ、そのふさふさな腹部に優しく腕を回してそっと持ち上げる。

 そして、残った荷台の部分を

 「消し飛べ……!」

 床を持ち上げるようにして、全力の気合でもって蹴り飛ばす!

 ズゴオオオオオオォォォォォォォォォォォン!!!

 盛大な音を立て、斜め前方へ吹き飛んでいく、馬車であった残骸なにか

 それを気にすることもなく、両腕で抱えていた馬を慎重に地面に下ろす。
 まだ興奮しているようだったが、落ち着かせるようにその目を見つめると先程までの興奮が嘘のように微動だにしなくなる。

 (こいつらも怯えていたのだろう)

 今、正に自身に対して怯えているのだとは思わず、そのたてがみを一度優しく撫でると、改めて後ろに目をやる。

 夢でも見たかのように呆然とこちらを見据えるリディ。

 その身体は転んだ際に若干汚れているものの、特に傷は無さそうだった。

 (良かった……)

 そのことに安心しつつ、いつまでも固い地面に腰を落としたままでは身体に悪い。

 この手で起こすどころかこのまま抱き抱えてすぐにでも医者の所まで連れて行きたい所だったが、それは。だから、

 「リディーシア、立て」

 こう声を掛けるしかなかった。

 ビクッ、と一瞬身体を震わせながらゆっくりと立ち上がるリディ。
 その手足は、微かに震えている。

 (ああああぁぁぁぁぁぁ!今すぐ抱っこして連れて帰ってふかふかなソファに座らせて温かいお茶を飲ませてあげたいっっっ!!!)

 湧き上がる庇護欲ぼせいが顔に出ないよう、右手の爪を左腕に強く食い込ませることでどうにか気を紛らわせる。

 「お姉様……。あ、あの……あ、有難うございました」

 何度も口を開いては閉じを繰り返し、やっとの思いで言葉を紡ぐリディ。

 その言葉を聴いただけでリリの頭の中は蕩けるような幸せに包まれたが、長年培ってきたこの面の皮はそれを一切表に出さない。

 「ふん」

 返事とも言えぬ返事を素っ気なく返し、そのまま立ち去る。

 内なる修羅あねごころがこの健気で愛しい妹を抱きしめてしまう前に!
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