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閑話:よく似たふたり

先行きが不安な帰り道

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 梅雨明けの昼下がり、あまは通り抜けた自動ドアを振り返らずにまっすぐと歩く。
 いつもは日差しを受けキラキラ輝く髪。今日は落ち着いたライトブラウンになっていた。

 就職面接のため、さすがに金髪は駄目だろうと美容師を泣かせた代物だ。ダークブラウンに染めようとしたが、明るい茶色が精一杯だった。
 しかしせっかくの苦労も報われないかもしれない。

(しっぶい顔、してたなぁ)

 駅までの道を早足で歩きながら、天希は先ほどまで顔を合わせていた面接官を思い返す。
 にこやかに務めようとしていたけれど、なんとも言えない微妙な表情を浮かべていた。

 だがそれも随分見慣れた。なぜなら一度や二度ではない。
 行く先々で天希は似たような表情を見ているのだ。

 この調子では色よい返事はもらえないだろう。
 大学生活、最後の夏は正念場なのだが、自身の見た目を恨まずにいられない。

 両親はわりと平凡な見た目なのに、どうやら天希は父方の祖父に似たらしい。
 顔立ちは整っていたものの、眼光がとにかく鋭く。道行けば子供が泣いたと言うから、相当だ。

 しかし天希としては気の良い〝おじいちゃん〟でしかなかった。
 もう亡くなってしまった祖父は、幼い頃の天希をよく可愛がってくれた。

 彼に似ているせいだと思いたくない。
 とはいえこれは由々しき問題である。

「あと残り何社だった?」

 足を止めて、天希はポケットのスマートフォンを取り出す。
 スケジュールを確認したら、近日中に二社ほどだった。本命ではないが、条件の良いところ。

「この調子じゃ、づきの世話になりそうだなぁ」

 行く当てがなければアルバイトをしている会社に来い、と言われていた。
 手っ取り早いのだが、天希とて本音を言えばどこでもいいわけではない。

 せっかく大学受験をし、目標としていた学部に入り、コツコツ真面目に学んできたのだ。
 それが見た目が障害になるとは、誰が想像するか。

「人間社会はめんどくせぇなぁ」

 ふっと天希がため息をつくと、一瞬周囲の空気が揺れた。
 道の真ん中に突っ立っていたわけでもないのに、見た目が強面すぎるだけでこれである。

 友人曰く、よく見るとイケメン、らしい。
 ただし、視線を向けただけでも、睨んでいるように見えるとも言われる。

「コンタクト、にするかな」

 天希はわずかに目が悪くて、ピントを合わせるため少しばかり目を細めるのが癖だった。
 それが睨んでいると間違われるのだろう。

 今度は小さく息をついてから、天希は止めた足を前へ踏み出した。
 とりあえず今日の一仕事は終わりだ。帰路につく、のではなく。
 馴染みのある二ノ宮邸へ向かうことにする。

 いつもの如くがみは仕事なので、二ノ宮の屋敷で待つのだ。
 天希は駅に着くとロッカーへと向かい、そこから少し大きめの鞄を取り出す。

 中身はなんてことない。お泊まりの着替えなどだ。
 伊上の家に泊まるのであれば必要ないのだが、今日は二ノ宮の屋敷に泊まる予定になっている。

 ちょうど明日から天希は夏休み。子猫のゆきまると遊ぶ予定だった。
 二ノ宮家の一人息子、せいもいたら良かったのだけれど、二ノ宮親子は夏休みで旅行に行ってしまった。

 少々つまらなくもあるものの、年中、海外にいる母親が帰ってきているため、親子水入らずを邪魔するつもりはない。
 天希が泊まるので、伊上も一緒にいてくれると言うのだから充分だろう。

 今日の当番である組の者たちは緊張を強いられるだろうが。

 二ノ宮の屋敷は都心からわりと近い。閑静な住宅街の一角だ。
 昔からあるので、近所の人はあまり気にしていないらしい。

 現代に合わせ、近所づきあいは良好のようだ。

 雪丸に土産を買い、伊上に食べさせる夕飯の材料を買い込む。
 天希一人であれば必要ないけれど、伊上は相変わらず決まった場所でしか食事をしない。

 身内と言える二ノ宮の屋敷でも食べないのだから、徹底していると言えた。
 平凡な天希には想像しかできないが、食事に気を使う理由で考えられるのは――

「天希さん、おかえりなさい」

「一瞬、誰かと思ったぞ」

「ただいま」

 屋敷と道路を隔てる門扉をくぐれば、外にいた面々が振り返り声をかけてくる。
 いらっしゃいではなく、おかえりなのがここへ来る頻度を物語っている気がした。

「おお、雪丸。ちょっと大きくなったか?」

 天希がいつもの和室に向かって歩いていると、チリンチリンと鈴音を響かせて白灰色の子猫が駆けてきた。
 出会った時は手のひらに載る程度だったのに、一回り以上大きくなったように見える。

 子猫の成長はあっという間だ。キトンブルーだった瞳も、最近は黒色に変わった。
 つぶらな瞳が天希の足元から見上げている。

「にゃー」

「こら、ビニール袋にぶら下がるな」

 ぴょんと跳びはねた雪丸は、おやつのパッケージでも目に入ったのか。
 何度も鳴きながらジャンプしてくる。

 このままでは小さな爪で、ビニール袋が大惨事になるだろう。仕方なしに天希は雪丸を捕まえて、肩の辺りに載せた。

 すると特等席だと言わんばかりに、雪丸はそこで胸を張る。
 普段は皆の足元にいるので、視線が高くなり得意気になっているのかもしれない。

「今日は夜まで遊んでやるからな」

「にゃっ」

 普段、居間と呼んでいる和室に着くと、雪丸のおもちゃが転がっている。
 どうやらここで遊びの真っ最中だったようだ。

 成治曰く、いつも天希が来る場所なので待っているのでは、とのことだった。
 拾ってきた恩なのか。雪丸は天希に一番懐いている。

 そんな雪丸を肩に乗せたまま、天希は荷物を部屋の隅に置き、ビニール袋を持って来た道を戻った。
 玄関前を通り過ぎ先へ進むと、二ノ宮家専用のキッチンがある。

 ここは一般家庭のキッチンと変わらない広さ。
 ちなみに組の者たちの食事を作る場所は、学校の給食室みたいに広い。成治のいない日は、図体のでかい男たちが、そこで自分らの食事を作るのだ。

「雪丸、冷蔵庫を覗いたってお前が食べられるものはないぞ」

 天希が買ってきた物をしまい込んでいるあいだ、雪丸は興味深そうに冷蔵庫を覗いていた。
 ここで興味本位に飛び込まない辺り、頭が良いなと思う。

「まだ夕飯には早いからな。飯を作るのはもう少しあとだ。先に泊まる部屋を掃除しておかないと」

 志築には泊まるなら自分で整えろ、と言われている。
 おそらく誰かが泊まれるようにしてくれているだろうが、伊上も一緒なので、天希は自身でしっかり部屋を確認しておきたかった。

 寝室は居間と続き間になっており、廊下を出て少し奥へ行くと客用の風呂や洗面所、トイレがある。
 その構造を知り、いつも天希が使っている居間は客間だと知った。

「伊上は信頼が置ける場所じゃないと、眠れないらしいしなぁ。今夜は大丈夫かな?」

 いまの世の中、どういう日常を送ったらそんな風になってしまうのか。
 それでも最近は、天希が傍にいると眠れると言っていた。朝起きるといつも抱きしめられているので、お守り代わりみたいに思われているのだろう。

「そういやお前も独り寝ができないんだって?」

「にゃっ」

 すっかり肩の上でくつろいでいる雪丸は、鼻先を天希につつかれて可愛い猫パンチを繰り出した。

「図星を突かれて恥ずかしいのか?」

 子猫はとても寂しがりで、必ず誰かの布団に潜り込むのだと聞いた。
 人のぬくもりに安心するのかもしれない。

「さて部屋に戻るぞ」

 繰り出される猫パンチを躱して、指先でいじり回したら少しだけふて腐れたが、天希が歩き出せばすぐによそへ気が向いたようだ。
 子猫らしい単純さが可愛い。

 そんな中、ポケットのスマートフォンが震え、確認した天希の気分も雪丸同様に簡単に上向きになった。
 今日は早く帰れそう、その一文だけで嬉しいのだ。
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