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極甘彼氏を喜ばせる方法
前途多難な恋模様
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思いきりお茶を吹き出した成治に、一瞬呆気にとられた。しかしそのあからさまな反応で、片想い相手が誰なのか気づいてしまった。
似たタイプ――ではなく、田島が意中の相手だったのだ。
「成治さん、大丈夫ですか?」
盛大に気管に入ったのか、咳き込む成治は涙目になっている。そんな彼にくだんの相手は相も変わらず淡々と、焦った様子も見せずにこぼれた茶を拭く。
「これは確かに手強い」
歳が離れていても、同性でも、伊上のように、興味本位で近づく好奇心があれば、距離が近くなる可能性もあるだろう。
だが田島は完全に仕事モードで、成治のことを見ている。
しかもなにを考えているのか、まったく読めない。
顔はいいとしても、どうしてここに惚れてしまったのか。恋は盲目、恋は頭で考えるものではない、好きになったら止まらない、とは言うが――
そこまで考えて、天希はそれはまさしく自分もだ、と我に返る。これではまったく人のことが言えない。
「やけどはしていませんか?」
「してない、大丈夫です。けどちょっと着替えてくる。先に天希さんと行っててください」
頬を染めながら足早に部屋を出た成治に、同情の念を禁じ得ない。黙々とテーブルや畳を拭く田島に、思わず天希は唸った。
手強い。手強すぎる。まだ伊上のほうが期待できる要素があった。
年の差、同性、頭が固いプラス、上司の子供――はハードルが高すぎる。最後のワードは相手が真面目なほど、厳しい。
しばらくのあいだ田島を観察して、天希は自分が恵まれていることに気づかされた。
最初の頃の伊上は本気かどうかもわからなかった。それでも毎日のように構ってもらい、甘やかされて執着を見せられて、感情が常にこちらへ向いていたのは確かだ。
最近会えなくて寂しい、などという考えは甘えすぎだった。
「田島、成治はどうした」
「着替えに行かれました」
田島のあとに続いて入った部屋には志築がいた。広い八人掛けのダイニングテーブルの上手側に座り、視線だけを上げる。
家の人間が大集合する様子を想像していたので、ごく普通の食卓だったのは意外だ。とはいえ外には怖いお兄さんたちが立っている。
「なにかやらかしたのか」
「お茶をこぼされて」
「まあ、怪我がないならいい」
食器は三つ。普段から親子二人で食事をしているのだろうか。母親はどうしたのかと気になるが、聞ける雰囲気でもない。
田島に促されて席に着くと、沈黙で空気が重たくなる。気を紛らわすように部屋を見回すが、大して珍しいものはなかった。
「天希、だったか」
「……そうです、けど」
「お前はあれだな。常日頃、親の敵かって顔で人を見るな」
「うっせぇよ! これは地だ! 他人様の顔にケチ付けんじゃねぇよ! ……あっ」
反射的に声を上げてから、天希はハッとした。じっとこちらを見る視線に、冷や汗を掻く。
いつもの調子で、軽口を言えるような相手ではなかった。しかしどうしようかと考えながらも、自分の顔がしかめっ面になっているのがわかる。
「ふぅん、肝が据わっているというより、うっかり者だな。見ていて面白くはある」
「俺は動物園の珍獣じゃねぇ」
「それよりかは面白みがあるから安心しろ」
「全然安心でも喜ばしくもねぇよ」
テーブルに頬杖をついた志築は、ブツブツと文句を言う天希を見ながら、ニヤリと口の端を上げた。
その表情を目にして、見ている、と言うには少し語弊があるかもしれないと思った。観察している、が正しい。
「よく言えば打てば響く、だが。口が過ぎるのは気をつけたほうがいいぞ」
「……うっ、失礼しました」
「素直に謝れるのはいいことだ。田島、食事を」
「はい」
ふいに志築の興味がそれて、天希はほっと息をつく。
この男に見られていると、無意識に背筋が伸びる。つい条件反射のように、文句を言ってしまうが、次は気をつけようと思えた。
伊上と一緒で、滅多に本気で怒るタイプではないように見えるけれど。いつ逆鱗に触れるともわからない。
余計なことを言わぬために、天希が口を噤んでいると、控えていた田島が隣の部屋から料理を運んでくる。
あまり立場が高くないと予想していたので、主人の口に入るものを扱うことが、少しばかり予想外だった。
とはいえ作ったのは息子だ。そこでハードルが下がっているのだろうか。並べられていく料理と志築を見比べるが、答えは返ってこなかった。
「遅くなりました」
「座れ」
料理が一通り並んだ頃、タイミング良く成治がやって来た。天希と視線が合うと、彼は指先を口元に当てる。
きっと先ほどのことは内緒にして欲しい、と言う意味だ。そう思って頷き返せば、にこっと笑い、天希の向かいで席に着いた。
「父さん、いま伊上さんが到着したみたいです」
「そうか」
「お食事はやっぱり」
「用意しなくていい」
親子にしては素っ気ない会話。それでも成治に向ける志築の目は、険が削がれた印象がある。
しかしいまの天希は親子の情の深さより、やって来たという人物に気を引かれた。そわそわとした気持ちで、入り口に視線を向ける。
「ここまで来るのにしばらくかかる。待っているあいだに飯が冷める」
「えっ! あ、はい」
「天希さんの口に合うといいんですけど」
親子揃って、意味ありげな笑みを浮かべてくる。顔は似ていないのだが、ちょっとしたところが似通っている気がした。
志築が箸を持つと、成治が両手を合わせいただきますと呟く。箸の持ち方や姿勢まで似ているのは、成治が真似ているのかもしれない。
「煮付けうまっ! ご飯、何杯でもいけそう」
「おかわりたくさんしてください」
「毎日こんなにうまいもの食えるの羨ましい」
今日の献立は金目鯛の煮付けに、筍の炊き込みご飯と、濃いめの組み合わせではあるのだが、どちらも旨味はあるのに上品な味付けで、あっさり食べられる。
汁物はホタテの貝柱が入ったかき玉汁で、塩加減が完璧なほど計算されている。
「卒業後はうちに来るか」
「そ、それは遠慮しておきたい、です」
二杯目のご飯を田島によそってもらいながら、天希は志築の言葉に苦笑いを返した。
伊上の近くにいられるようになるとしても、就職するのはさすがに躊躇う。ここへ来たら、二人のあいだに上下ができる。
いまのように気安く、恋人の傍にいられなくなるのが嫌だった。決してこの場所にいる人たちを、蔑んでの答えではない。
「ああ、ほら、旦那が帰ってきたぞ」
「だ、旦那?」
天希がぼんやりと考え込んでいると、ふと志築が箸を止めた。彼の視線につられて部屋の入り口を見れば、間をおかずに扉は開かれる。
人の気配がわかるほど、足音も話し声もしなかったのに、よく気づくものだ。
「あまちゃん」
「お疲れ」
部屋に入ってきた伊上と目が合うと、彼はまっすぐに天希の元へやってくる。一週間ぶりの恋人は、相変わらずのいい男だった。
一日仕事をしてきただろうに、くたびれたところが微塵もない。いつものようにごく自然に、頭を撫でてきて、額に口づけを落とされる。
「今日もあまちゃんは可愛いね」
「ちょ、ちょっと待った」
まだなにか言いそうな伊上の口を、天希はとっさに片手で塞ぐ。
田島はわきまえてみて見ぬふりをしているが、二ノ宮親子からの視線が突き刺さって、恥ずかしい。どこに視線を向けていいかわからず、天希は視線を落とした。
「食事の邪魔をしてしまったね」
「そういうことでは、ないんだけどな」
ふっと傍にある身体が離れ、伊上は隣にある椅子を引いた。長い脚を組んで座る彼は、頬杖をつくとまっすぐに天希を見つめる。
この視線が集まる中で、食事を続けるのかと思うと、味がわからなくなりそうだ。それでも天希は黙って炊き込みご飯を口に運ぶ。
「おいしい?」
「うまいよ。飯はもう食ったのか?」
「いや、まだだよ」
「そうなんだ。……食う?」
普段から伊上は、天希が食事をしているのを見ているだけなのだが、今日に限って箸先を向けてしまった。
炊き込みご飯を前に、彼は少し驚いた顔をした。
似たタイプ――ではなく、田島が意中の相手だったのだ。
「成治さん、大丈夫ですか?」
盛大に気管に入ったのか、咳き込む成治は涙目になっている。そんな彼にくだんの相手は相も変わらず淡々と、焦った様子も見せずにこぼれた茶を拭く。
「これは確かに手強い」
歳が離れていても、同性でも、伊上のように、興味本位で近づく好奇心があれば、距離が近くなる可能性もあるだろう。
だが田島は完全に仕事モードで、成治のことを見ている。
しかもなにを考えているのか、まったく読めない。
顔はいいとしても、どうしてここに惚れてしまったのか。恋は盲目、恋は頭で考えるものではない、好きになったら止まらない、とは言うが――
そこまで考えて、天希はそれはまさしく自分もだ、と我に返る。これではまったく人のことが言えない。
「やけどはしていませんか?」
「してない、大丈夫です。けどちょっと着替えてくる。先に天希さんと行っててください」
頬を染めながら足早に部屋を出た成治に、同情の念を禁じ得ない。黙々とテーブルや畳を拭く田島に、思わず天希は唸った。
手強い。手強すぎる。まだ伊上のほうが期待できる要素があった。
年の差、同性、頭が固いプラス、上司の子供――はハードルが高すぎる。最後のワードは相手が真面目なほど、厳しい。
しばらくのあいだ田島を観察して、天希は自分が恵まれていることに気づかされた。
最初の頃の伊上は本気かどうかもわからなかった。それでも毎日のように構ってもらい、甘やかされて執着を見せられて、感情が常にこちらへ向いていたのは確かだ。
最近会えなくて寂しい、などという考えは甘えすぎだった。
「田島、成治はどうした」
「着替えに行かれました」
田島のあとに続いて入った部屋には志築がいた。広い八人掛けのダイニングテーブルの上手側に座り、視線だけを上げる。
家の人間が大集合する様子を想像していたので、ごく普通の食卓だったのは意外だ。とはいえ外には怖いお兄さんたちが立っている。
「なにかやらかしたのか」
「お茶をこぼされて」
「まあ、怪我がないならいい」
食器は三つ。普段から親子二人で食事をしているのだろうか。母親はどうしたのかと気になるが、聞ける雰囲気でもない。
田島に促されて席に着くと、沈黙で空気が重たくなる。気を紛らわすように部屋を見回すが、大して珍しいものはなかった。
「天希、だったか」
「……そうです、けど」
「お前はあれだな。常日頃、親の敵かって顔で人を見るな」
「うっせぇよ! これは地だ! 他人様の顔にケチ付けんじゃねぇよ! ……あっ」
反射的に声を上げてから、天希はハッとした。じっとこちらを見る視線に、冷や汗を掻く。
いつもの調子で、軽口を言えるような相手ではなかった。しかしどうしようかと考えながらも、自分の顔がしかめっ面になっているのがわかる。
「ふぅん、肝が据わっているというより、うっかり者だな。見ていて面白くはある」
「俺は動物園の珍獣じゃねぇ」
「それよりかは面白みがあるから安心しろ」
「全然安心でも喜ばしくもねぇよ」
テーブルに頬杖をついた志築は、ブツブツと文句を言う天希を見ながら、ニヤリと口の端を上げた。
その表情を目にして、見ている、と言うには少し語弊があるかもしれないと思った。観察している、が正しい。
「よく言えば打てば響く、だが。口が過ぎるのは気をつけたほうがいいぞ」
「……うっ、失礼しました」
「素直に謝れるのはいいことだ。田島、食事を」
「はい」
ふいに志築の興味がそれて、天希はほっと息をつく。
この男に見られていると、無意識に背筋が伸びる。つい条件反射のように、文句を言ってしまうが、次は気をつけようと思えた。
伊上と一緒で、滅多に本気で怒るタイプではないように見えるけれど。いつ逆鱗に触れるともわからない。
余計なことを言わぬために、天希が口を噤んでいると、控えていた田島が隣の部屋から料理を運んでくる。
あまり立場が高くないと予想していたので、主人の口に入るものを扱うことが、少しばかり予想外だった。
とはいえ作ったのは息子だ。そこでハードルが下がっているのだろうか。並べられていく料理と志築を見比べるが、答えは返ってこなかった。
「遅くなりました」
「座れ」
料理が一通り並んだ頃、タイミング良く成治がやって来た。天希と視線が合うと、彼は指先を口元に当てる。
きっと先ほどのことは内緒にして欲しい、と言う意味だ。そう思って頷き返せば、にこっと笑い、天希の向かいで席に着いた。
「父さん、いま伊上さんが到着したみたいです」
「そうか」
「お食事はやっぱり」
「用意しなくていい」
親子にしては素っ気ない会話。それでも成治に向ける志築の目は、険が削がれた印象がある。
しかしいまの天希は親子の情の深さより、やって来たという人物に気を引かれた。そわそわとした気持ちで、入り口に視線を向ける。
「ここまで来るのにしばらくかかる。待っているあいだに飯が冷める」
「えっ! あ、はい」
「天希さんの口に合うといいんですけど」
親子揃って、意味ありげな笑みを浮かべてくる。顔は似ていないのだが、ちょっとしたところが似通っている気がした。
志築が箸を持つと、成治が両手を合わせいただきますと呟く。箸の持ち方や姿勢まで似ているのは、成治が真似ているのかもしれない。
「煮付けうまっ! ご飯、何杯でもいけそう」
「おかわりたくさんしてください」
「毎日こんなにうまいもの食えるの羨ましい」
今日の献立は金目鯛の煮付けに、筍の炊き込みご飯と、濃いめの組み合わせではあるのだが、どちらも旨味はあるのに上品な味付けで、あっさり食べられる。
汁物はホタテの貝柱が入ったかき玉汁で、塩加減が完璧なほど計算されている。
「卒業後はうちに来るか」
「そ、それは遠慮しておきたい、です」
二杯目のご飯を田島によそってもらいながら、天希は志築の言葉に苦笑いを返した。
伊上の近くにいられるようになるとしても、就職するのはさすがに躊躇う。ここへ来たら、二人のあいだに上下ができる。
いまのように気安く、恋人の傍にいられなくなるのが嫌だった。決してこの場所にいる人たちを、蔑んでの答えではない。
「ああ、ほら、旦那が帰ってきたぞ」
「だ、旦那?」
天希がぼんやりと考え込んでいると、ふと志築が箸を止めた。彼の視線につられて部屋の入り口を見れば、間をおかずに扉は開かれる。
人の気配がわかるほど、足音も話し声もしなかったのに、よく気づくものだ。
「あまちゃん」
「お疲れ」
部屋に入ってきた伊上と目が合うと、彼はまっすぐに天希の元へやってくる。一週間ぶりの恋人は、相変わらずのいい男だった。
一日仕事をしてきただろうに、くたびれたところが微塵もない。いつものようにごく自然に、頭を撫でてきて、額に口づけを落とされる。
「今日もあまちゃんは可愛いね」
「ちょ、ちょっと待った」
まだなにか言いそうな伊上の口を、天希はとっさに片手で塞ぐ。
田島はわきまえてみて見ぬふりをしているが、二ノ宮親子からの視線が突き刺さって、恥ずかしい。どこに視線を向けていいかわからず、天希は視線を落とした。
「食事の邪魔をしてしまったね」
「そういうことでは、ないんだけどな」
ふっと傍にある身体が離れ、伊上は隣にある椅子を引いた。長い脚を組んで座る彼は、頬杖をつくとまっすぐに天希を見つめる。
この視線が集まる中で、食事を続けるのかと思うと、味がわからなくなりそうだ。それでも天希は黙って炊き込みご飯を口に運ぶ。
「おいしい?」
「うまいよ。飯はもう食ったのか?」
「いや、まだだよ」
「そうなんだ。……食う?」
普段から伊上は、天希が食事をしているのを見ているだけなのだが、今日に限って箸先を向けてしまった。
炊き込みご飯を前に、彼は少し驚いた顔をした。
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