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極甘彼氏を喜ばせる方法
5W1Hを徹底してください
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エンジン音が微かに響く車内。クッションの効いた後部座席の座り心地は、なかなかいい。
無音は少しばかり、落ち着かない気持ちにさせられるが、変に賑やかでもそれはそれで困る。
止まった黒塗りの車に乗せられて、早二十分。天希はスマートフォンに視線を落としていた。
SOSではなく、伊上との通話が切れてしまい、メッセージのやり取りをしている。
――もっと早く言ってくれよ。マジでびっくりした。
――タイミングが悪かったね。
あの日の再来か、と一瞬フリーズしかけた。
借金の取り立てに再びあう覚えは、まったくなかったが、いきなり名前を呼ばれては、心臓が縮み上がる。
警戒して天希が固まっていたら、車の運転手に名乗られた。
覗き込んだ先にいたのは、目つきの鋭い厳ついお兄さん、ではなく真面目そうなイケメンだった。
まだ若く三十路には届いていないように見える。真面目プラス寡黙な印象だ。余計なことは一切喋らないだろう雰囲気があった。
彼は伊上が寄こした天希の迎えだ。
「田島さん」
「はい」
「まだかかるんですか?」
「あと十分ほどです」
かけた声に視線を上げた田島は、ちらりとバックミラーから天希を見た。だがそれもほんのわずかで、すぐに前を向く。
話しかければ答えるが、予想通りでまったく喋らない。
迎えだと言われたので、伊上のマンションへ向かうのかと思ったら、車は別の方向へ走っていく。
着いた先で待っていてと、恋人のメッセージはそこで終わった。
いつものようにインターネットカフェで、時間を潰すつもりだった。家に帰ってしまうと、母親にあれこれと詮索されるからだ。
彼女ができたのかと、つい先日も聞かれたばかり。
恋人ができた、くらいは言っても良さそうではあるが、連れてこいと言われると困る。
男性であることはいいとしても、なかなか声を大にして言えない立場の人だ。しかしそう思うと、ずっと誰にも言えない関係――なのだと気づいた。
「もったいない」
いい男なのに、自慢できないのがもったいない。そんなことを考えて、天希は思わず小さく息をつく。
「新庄さん、着きました」
「あ、はい、……ってデカっ」
控えめな田島の声に我に返り、窓の外を見た。そこは板塀が長く続く道で、車が止まった傍には屋根付きの大きな門扉。
外側だけでも内にあるものの大きさを感じさせる。
「つかぬことを聞きますが、ここは」
「……組長の別邸です」
「あ、やっぱりそういう感じ」
天希があ然としていると、田島が恭しくドアを開く。ここから降りないという選択肢はないようだ。
なぜこんなところを、待ち合わせ場所に選んだのか。いまここにいない、恋人を問い詰めたい気分になった。
「田島、なんだそのガキ」
「新入りか?」
「伊上さんの客人です」
扉の向こうには、厳つい顔をしたお兄さんたちがいて、いかにもな雰囲気だった。この中で堅物そうな田島は少し浮いて見える。
入るなり、じろじろと視線を向けられていたが、田島の答えを聞くと、皆さっと目をそらした。
伊上という名前は地雷か――あからさますぎて、天希の顔には苦笑いが浮かんだ。
だが余計な詮索をされなくていい。先を歩く田島のあとに続いて、何平米あるのかわからない、立派な日本家屋に足を踏み入れる。
長い廊下を歩き、内庭を横切り、渡り廊下を抜けてさらに奥へと進んだ。そのあいだに、何部屋あるのかわからないほどの、ふすまの横を通り過ぎた。
奥へ行くほどひと気は少ないが、雰囲気がただ者ではない顔ぶれが多くなる。彼らは余計なことを口にすることなく、田島を見た。
その視線に彼は一つ一つ小さく頭を下げる。
「田島です。二ノ宮さん、連れてきました」
最後の関門は、両端に仁王像が立っているように見えた。二人の男にじろりと見下ろされて、天希は心臓の音を早くする。
ふすまの向こうにいるのは、声をかけた名前を聞く限りこの家の主――ラスボスで間違いない。
「ああ、入れ」
しばらくして中から聞こえてきたのは、少ししゃがれた低音。開かれた先から煙草の香りが漂ってくる。
田島に促されて中に入ると、そこは十畳くらいはありそうな、板張りの部屋だった。
穏やかな夕日が射し込み、明るい採光だ。障子の向こうには、優雅とも言える枯山水の庭が設えてある。
だがその先には一際高い板塀がそびえていた。
ちらちらと室内を窺うと、中にいた数人の男が天希へ視線を向けてくる。
正直言えば戦々恐々、と言った気持ちだったが、怯えたところを見せるのも癪だと、丸まりそうな背中をピンと伸ばした。
「おお、大層な面構えだな」
部屋の奥にある大きなデスク。そこにいた人物がくわえ煙草で顔を上げる。銀縁眼鏡の向こうにある目は、鋭さはないが緊張感を与える、眼力のようなものがあった。
ふっと息とともに煙を吐き出すと、その人は煙草をねじり消す。
「うちは託児所じゃないんだけどな」
眼鏡を外し、ゆるりと立ち上がった彼の背丈は、さほど大きくない。それでも天希は一瞬だけ、身体が後ろへ下がりそうになった。
「まったく、いい歳をしてあの男は」
この屋敷によく馴染む濃い藍色の着物。肩先まである黒髪は、無造作にハーフアップにされている。
顔立ちはひどく整っていて、男性らしい精悍さがあった。伊上と同じで年齢不詳さがある。だがぱっと見た容姿は若くも見えるが、四十路は優に越えているだろう。
この組は顔基準か――などと暢気なことを考えているうちに、その人は天希の目の前に立った。
「苦労するぞ、お前」
「え?」
「ろくなことにならんうちに、振っておくほうが吉だ。……俺からの忠告は以上だ」
「は?」
「ここから出る以外は好きに過ごせ。田島、あとはよろしくな」
「はい」
言うだけ言うと彼は天希の肩を叩いて、横を通り過ぎていった。部屋にいた男たちもそのあとに続いて去って行く。
残されたほうは、突風が吹き抜けていったような気分だ。とっさに天希は後ろを振り返るが、その人が振り向くことはなかった。
「え、なに、なんだったんだ、いまの?」
「新庄さん、居間のほうへ」
「あのさ、あの人」
「二ノ宮、志築さんです」
思わず廊下の先を指さしたら、咎めるような目を向けられ、冷静に訂正された。
田島も志築も伊上と違った意味でつかみ所のない人物だ。不満げに口を曲げるものの、まったく意に介することなく退出を促された。
「いきなり連れてこられたんだぞ、こっちは。理由もなしかよ」
「自分はなにも聞かされていません」
「あの人、……二ノ宮、さんはなんか知ってんじゃねぇの?」
「お忙しい方なので」
「こんなところで好きに過ごせって言われたって、どうしろってんだよ」
ぴんと見えない糸が張り巡らされたみたいな空気、息を抜いて過ごすのも難しい。
しかし文句を言ったところで、田島になにかできるとは思えなかった。ここまで来るやり取りを見た感じから、彼の立場はそんなに高くないのがわかる。
「こちらはご自由にお使いください」
「極論、ここから出るなってことだろ」
通された一室、田島曰く居間は畳敷きの広々とした空間。狭苦しい場所に閉じ込められないだけマシなのか。
諦めたようにため息をついた天希は、並べ置かれた座布団に腰を下ろす。
「旅館にでも来たつもりでやりすごすしかねぇな」
一枚板のテーブルの上には丸盆と急須に湯飲み。少しばかり現実逃避を試みる。しかし逆に広すぎて落ち着かない。
どうしたものかと頭を掻くと、ふいに足音が聞こえてきた。
「田島さん、お客さん来ましたか?」
「はい」
ふすまがまだ開いているので、話し声がはっきりと聞こえる。この家の空気には、あまりそぐわない明るい声。
誰だろうと天希が戸口を振り返れば、ひょこりと制服姿の少年が顔を出した。
無音は少しばかり、落ち着かない気持ちにさせられるが、変に賑やかでもそれはそれで困る。
止まった黒塗りの車に乗せられて、早二十分。天希はスマートフォンに視線を落としていた。
SOSではなく、伊上との通話が切れてしまい、メッセージのやり取りをしている。
――もっと早く言ってくれよ。マジでびっくりした。
――タイミングが悪かったね。
あの日の再来か、と一瞬フリーズしかけた。
借金の取り立てに再びあう覚えは、まったくなかったが、いきなり名前を呼ばれては、心臓が縮み上がる。
警戒して天希が固まっていたら、車の運転手に名乗られた。
覗き込んだ先にいたのは、目つきの鋭い厳ついお兄さん、ではなく真面目そうなイケメンだった。
まだ若く三十路には届いていないように見える。真面目プラス寡黙な印象だ。余計なことは一切喋らないだろう雰囲気があった。
彼は伊上が寄こした天希の迎えだ。
「田島さん」
「はい」
「まだかかるんですか?」
「あと十分ほどです」
かけた声に視線を上げた田島は、ちらりとバックミラーから天希を見た。だがそれもほんのわずかで、すぐに前を向く。
話しかければ答えるが、予想通りでまったく喋らない。
迎えだと言われたので、伊上のマンションへ向かうのかと思ったら、車は別の方向へ走っていく。
着いた先で待っていてと、恋人のメッセージはそこで終わった。
いつものようにインターネットカフェで、時間を潰すつもりだった。家に帰ってしまうと、母親にあれこれと詮索されるからだ。
彼女ができたのかと、つい先日も聞かれたばかり。
恋人ができた、くらいは言っても良さそうではあるが、連れてこいと言われると困る。
男性であることはいいとしても、なかなか声を大にして言えない立場の人だ。しかしそう思うと、ずっと誰にも言えない関係――なのだと気づいた。
「もったいない」
いい男なのに、自慢できないのがもったいない。そんなことを考えて、天希は思わず小さく息をつく。
「新庄さん、着きました」
「あ、はい、……ってデカっ」
控えめな田島の声に我に返り、窓の外を見た。そこは板塀が長く続く道で、車が止まった傍には屋根付きの大きな門扉。
外側だけでも内にあるものの大きさを感じさせる。
「つかぬことを聞きますが、ここは」
「……組長の別邸です」
「あ、やっぱりそういう感じ」
天希があ然としていると、田島が恭しくドアを開く。ここから降りないという選択肢はないようだ。
なぜこんなところを、待ち合わせ場所に選んだのか。いまここにいない、恋人を問い詰めたい気分になった。
「田島、なんだそのガキ」
「新入りか?」
「伊上さんの客人です」
扉の向こうには、厳つい顔をしたお兄さんたちがいて、いかにもな雰囲気だった。この中で堅物そうな田島は少し浮いて見える。
入るなり、じろじろと視線を向けられていたが、田島の答えを聞くと、皆さっと目をそらした。
伊上という名前は地雷か――あからさますぎて、天希の顔には苦笑いが浮かんだ。
だが余計な詮索をされなくていい。先を歩く田島のあとに続いて、何平米あるのかわからない、立派な日本家屋に足を踏み入れる。
長い廊下を歩き、内庭を横切り、渡り廊下を抜けてさらに奥へと進んだ。そのあいだに、何部屋あるのかわからないほどの、ふすまの横を通り過ぎた。
奥へ行くほどひと気は少ないが、雰囲気がただ者ではない顔ぶれが多くなる。彼らは余計なことを口にすることなく、田島を見た。
その視線に彼は一つ一つ小さく頭を下げる。
「田島です。二ノ宮さん、連れてきました」
最後の関門は、両端に仁王像が立っているように見えた。二人の男にじろりと見下ろされて、天希は心臓の音を早くする。
ふすまの向こうにいるのは、声をかけた名前を聞く限りこの家の主――ラスボスで間違いない。
「ああ、入れ」
しばらくして中から聞こえてきたのは、少ししゃがれた低音。開かれた先から煙草の香りが漂ってくる。
田島に促されて中に入ると、そこは十畳くらいはありそうな、板張りの部屋だった。
穏やかな夕日が射し込み、明るい採光だ。障子の向こうには、優雅とも言える枯山水の庭が設えてある。
だがその先には一際高い板塀がそびえていた。
ちらちらと室内を窺うと、中にいた数人の男が天希へ視線を向けてくる。
正直言えば戦々恐々、と言った気持ちだったが、怯えたところを見せるのも癪だと、丸まりそうな背中をピンと伸ばした。
「おお、大層な面構えだな」
部屋の奥にある大きなデスク。そこにいた人物がくわえ煙草で顔を上げる。銀縁眼鏡の向こうにある目は、鋭さはないが緊張感を与える、眼力のようなものがあった。
ふっと息とともに煙を吐き出すと、その人は煙草をねじり消す。
「うちは託児所じゃないんだけどな」
眼鏡を外し、ゆるりと立ち上がった彼の背丈は、さほど大きくない。それでも天希は一瞬だけ、身体が後ろへ下がりそうになった。
「まったく、いい歳をしてあの男は」
この屋敷によく馴染む濃い藍色の着物。肩先まである黒髪は、無造作にハーフアップにされている。
顔立ちはひどく整っていて、男性らしい精悍さがあった。伊上と同じで年齢不詳さがある。だがぱっと見た容姿は若くも見えるが、四十路は優に越えているだろう。
この組は顔基準か――などと暢気なことを考えているうちに、その人は天希の目の前に立った。
「苦労するぞ、お前」
「え?」
「ろくなことにならんうちに、振っておくほうが吉だ。……俺からの忠告は以上だ」
「は?」
「ここから出る以外は好きに過ごせ。田島、あとはよろしくな」
「はい」
言うだけ言うと彼は天希の肩を叩いて、横を通り過ぎていった。部屋にいた男たちもそのあとに続いて去って行く。
残されたほうは、突風が吹き抜けていったような気分だ。とっさに天希は後ろを振り返るが、その人が振り向くことはなかった。
「え、なに、なんだったんだ、いまの?」
「新庄さん、居間のほうへ」
「あのさ、あの人」
「二ノ宮、志築さんです」
思わず廊下の先を指さしたら、咎めるような目を向けられ、冷静に訂正された。
田島も志築も伊上と違った意味でつかみ所のない人物だ。不満げに口を曲げるものの、まったく意に介することなく退出を促された。
「いきなり連れてこられたんだぞ、こっちは。理由もなしかよ」
「自分はなにも聞かされていません」
「あの人、……二ノ宮、さんはなんか知ってんじゃねぇの?」
「お忙しい方なので」
「こんなところで好きに過ごせって言われたって、どうしろってんだよ」
ぴんと見えない糸が張り巡らされたみたいな空気、息を抜いて過ごすのも難しい。
しかし文句を言ったところで、田島になにかできるとは思えなかった。ここまで来るやり取りを見た感じから、彼の立場はそんなに高くないのがわかる。
「こちらはご自由にお使いください」
「極論、ここから出るなってことだろ」
通された一室、田島曰く居間は畳敷きの広々とした空間。狭苦しい場所に閉じ込められないだけマシなのか。
諦めたようにため息をついた天希は、並べ置かれた座布団に腰を下ろす。
「旅館にでも来たつもりでやりすごすしかねぇな」
一枚板のテーブルの上には丸盆と急須に湯飲み。少しばかり現実逃避を試みる。しかし逆に広すぎて落ち着かない。
どうしたものかと頭を掻くと、ふいに足音が聞こえてきた。
「田島さん、お客さん来ましたか?」
「はい」
ふすまがまだ開いているので、話し声がはっきりと聞こえる。この家の空気には、あまりそぐわない明るい声。
誰だろうと天希が戸口を振り返れば、ひょこりと制服姿の少年が顔を出した。
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