上 下
25 / 38

第24話 第三騎士団の総意

しおりを挟む
 ケインが来てしばらく経った――仮とは言えど、補佐官としてきてくれた彼のおかげで、リューウェイクの執務はこれまでの数倍、捗っている。
 なんと言っても事務官が常時四人もいるのだ。

 彼らはボルフェルタ辺境伯領の人間なので、将来そこへ籍を置く予定のリューウェイクに、とても好意的で仕事がしやすい。

 暇ではないと言っていたケインも朝は必ず顔を見せ、一日の業務を確認してくれる。
 下へ対する仕事の割り振りから、リューウェイクの予定管理まで、きっちりこなしてくれた。

 やって来るのが、多くても朝昼晩の三回程度とは言っても、ケインは騎士団の業務も抱えているのだ。
 騎士団も見習い騎士から部隊長まで、ケインの世話になっていない者は一人もいない。

 ふと自分など、彼の足元にも及ばないのではないか、とリューウェイクが呟くと――

「いやいや、リュークはこれまで、五人いてようやく正常に回る仕事を二人だけでこなしてきたんだ。ケインの能力は間違いなく優れているが、あいつは人を使うのが上手いんだよ」

 午前の執務を終わらせて、やって来た鍛錬場。
 部隊の指導をしながら、リューウェイクの話を聞いていたベイクが苦笑いを浮かべた。

 リューウェイクの見習いの頃、すでに部隊長になっていた彼は、色々な場面を見てきている。
 ケインが第三騎士団に入った時も、面倒を見たのはベイクだったらしい。

「あれは要領がいいとも言うな。元々あいつは人を従わせるのに長けてるし。黙ってると大人しそうで綺麗な顔をしてるが、笑ったまま圧力かけて凄まれるとビビるやつが多いからな」

「確かに、笑顔が綺麗すぎて恐ろしい感じ……あるな」

「だろう? まあ、なんにせよ。ケインが采配してくれるなら、かなり楽になるな。みんなお前の身体を心配していたんだ」

「そうなのか。それはなんだか申し訳ないな」

 王族としての執務と副団長としての仕事。
 どちらも偏りがでないよう、上手くやってきたつもりのリューウェイクだが、結局ここでも周りが見えていなかったと気づかされる。

 騎士団の仕事は、小さな判断ミスで怪我をする場合もあるのだから、視野は広く持たなければならない。
 平和な毎日の中でも、こうして日々鍛錬を欠かさないのは、民を守るだけではなく自身を、いては仲間を守ることに繋がる。

「こらこら、また自分が至らないとか思ってるなら勘違いだ」

「え?」

 俯き気味になっていた、リューウェイクの額をベイクの人差し指が押し上げる。
 疑問符を浮かべる後輩の顔に彼は呆れたような、仕方ないと言わんばかりのため息をついて、今度は突然、頭を撫でてくる。

 これまでいくら気心が知れていても、こんな風に頭を撫でられた経験がなく、リューウェイクは目を丸くする。
 間の抜けたその顔を見たベイクは吹き出すように笑った。

「団長が言ってたけど、いい意味で隙ができたな。以前はどれほど気安く接していても、さすがに恐れ多くて頭なんて触れそうになかったけど。うんうん、いい感じだ。これからもこの調子で俺たちに弱みを見せて、大いに頼ってくれ」

 ぽふぽふと犬猫でも撫でるように頭に触れるベイクは、目を見開くリューウェイクに向け、いつもと変わらぬカラッとした笑みを浮かべた。

「いいか、リューク。ここにいるやつらは確かにお前を王弟殿下として敬っている。それでもお前は俺たち第三騎士団の副団長であり、俺たちの仲間。そして俺たちの家族だ」

「家族」

「そうだ、だから俺たちはみんなお前を心配するんだ。そもそも家族なんてものは血の繋がりはすべてじゃない。まったく血の繋がらない者同士、一つの場所に集まって過ごすだけで家族の絆は生まれるもんだ。俺たちはいくつもの時間を一緒に過ごしてきただろ?」

 鍛錬場に響く騎士たちのかけ声。剣を打ち合い響く音。
 見習いの頃から毎日毎日、同じだけ苦労をして同じだけ笑って、たまにからかい合ったり慰め合ったり。

 戦場で心を一つにして戦う頼もしい仲間たちは皆、いつだってまっすぐにリューウェイクへ向かって手を差し伸ばしてくれた。

「あーっ! 部隊長、副団長を泣かしたぁ」

「ちょっと、なにしてんですか!」

「今日の罰当番はラドイン隊長っすよ!」

「なにを言う! これは、あれだ、感動の涙だぞ! 俺はいまいい話を」

 これまでのリューウェイクは、彼らの前で思わず泣きそうになるなんて、恥ずべき真似はしてはならないと――
 いつだって自分は揺るぎなく立ち、王族として弱さなど欠片も見せてはならないのだと思ってきた。

 確かに相手に弱みを見せるのは、避ける必要があるけれど、なにげない日常の中で仲間たちと泣き、笑い合うのは恥ずべきものではなかったのだ。

「部隊長に反省文を要求します!」

「なんだとぉ、貴様らはなぁ」

「それとも、禁酒しますかぁ?」

 子供みたいにはしゃいで、バカ騒ぎをする彼らを見るのが楽しいと感じる反面、リューウェイクはずっと羨ましくも思っていた。
 だというのに、兄王グレモントの〝公人はわきまえるべき〟という一言に縛られて、自分を律することを止められなかった。

 だがどうだろう。
 ほとんど見向きもしない、血の繋がりで兄だという人の言葉より、苦楽を共にして歩んできた人の言葉が大切ではないか。

「リュイ、楽しそうだな?」

「ユキさん?」

「いますごくいい顔で笑ってる」

 ふいに後ろから腰を両腕で抱き寄せられ、振り向くと頬に温かなぬくもりがすり寄る。
 驚くリューウェイクに、やんわりと目を細めた雪兎は、小さな口づけをこめかみに落とした。

「第三のみんなはリュイをとても大切に思っている。いつだって君の幸せを願っている。リュイは素晴らしい仲間がいるな」

「うん。わかっているつもりで、わかっていなかった。ユキさんが来てから、気づかなかったこと、知らなかったことがたくさんあるってわかったよ」

「そうか、俺を喚んだ女神に少しは礼を言ってやってもいいかもしれないな」

「ふっ、女神さまにそこまで上から目線。ユキさんだけだよ」

「喚ぶだけ喚んでサポートが薄いからな。愚痴くらいは言わせてくれ。だがリュイをこうして抱きしめられる俺は幸せだ」

 帰還するまでにリューウェイクを口説く、と豪語する雪兎は近頃、少しも自重しない。
 ぎゅっと抱きしめる腕に力を込められ、リューウェイクは恥ずかしさでほんのり頬を染める。

 いつもよりいとけない笑みを見た雪兎は、至極優しい微笑みを浮かべた。

「ユキトさま! 聞いてくださいよぉ」

「うちの部隊長がぁ」

「お前ら! そう言いながらユキトを鍛錬に巻き込むな!」

「ははっ、リュイ、ごめん。ちょっとだけ行ってくる」

「ああ、気をつけて」

 わっと団員たちに周りを取り囲まれたかと思えば、雪兎はあれよあれよという間に、鍛錬場へ引っ張られていった。
 片手を振ってくる彼に、リューウェイクも笑みを浮かべて振り返す。

 一対一ではなかなか勝ち目がない雪兎なので、いつも片寄りすぎた団体戦が始まる。
 それでも本人が楽しそうにしているため、リューウェイクは無茶がない限りは止めない。

 最近は少し回数が多いものの、団内の士気は高まっていた。

「まったくあいつらときたら。認めてるくせに突っかかる」

「認める? ベイクさん、それはどういう意味だ?」

 鍛錬場で盛り上がっている雪兎と団員たち。
 彼らの様子に肩をすくめるベイクに、リューウェイクが首を傾げれば、雪兎を示した指がゆっくりと鼻先へ向けられた。

「あいつらは全員、ユキトが帰る時はリューク、お前を連れて帰ると思ってる」

「えっ?」

「いや、むしろそれを望んでる。副団長の伴侶は強い男でなければ、とか言ってるが、単にユキトとの時間も楽しみたいんだろうよ」

 ふと勤務初日に執務机を運び込んだケインが、雪兎へ告げた言葉を思い出す。
 あれは軽口だとリューウェイクは思っていたが、ケインどころか第三騎士団の総意だったわけだ。

「なぜ」

「リュークがいなくてもなんとかなる、とかじゃなくてな。このままお前が一人きりで生きていくのを見るくらいなら、見えない場所でも幸せに暮らしてくれたらいいって思うだろうさ」

 自分たちはリューウェイクのおかげで幸せを甘受し、安穏と暮らしているのに、大事な仲間――家族――が苦しみの中に立たされている。
 見ているだけなのが辛い。

 だとしたら遠く離れた場所でも、会えないとしても、幸せが約束された場所で生きてほしいと願う。
 もしも彼らの立場に自分が立ったら、確かにそう思うとリューウェイクは気づかされた。

「ノエルの件は残念だった。だがこれからあいつはあいつの道を行く。だからリュークはリュークの幸せを選び取れ。俺たちもお前の志を胸にしぶとく生きる」

 遠くまで響き渡るかけ声、快活な笑い声。
 打ち合う剣の音、舞い踊る魔法の軌跡。

 そして振り向いた彼らの眩しいほどの笑顔――どれも手放すのが辛くとも、しっかりと自分の頭で考えて、心と向き合い。
 偽りのない答えを導き出す時が近づいてきた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

獅子王と後宮の白虎

三国華子
BL
#2020男子後宮BL 参加作品 間違えて獅子王のハーレムに入ってしまった白虎のお話です。 オメガバースです。 受けがゴリマッチョから細マッチョに変化します。 ムーンライトノベルズ様にて先行公開しております。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

オメガ転生。

BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。 そして………… 気がつけば、男児の姿に… 双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね! 破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

【完結】ワンコ系オメガの花嫁修行

古井重箱
BL
【あらすじ】アズリール(16)は、オメガ専用の花嫁学校に通うことになった。花嫁学校の教えは、「オメガはアルファに心を開くなかれ」「閨事では主導権を握るべし」といったもの。要するに、ツンデレがオメガの理想とされている。そんな折、アズリールは王太子レヴィウス(19)に恋をしてしまう。好きな人の前ではデレデレのワンコになり、好き好きオーラを放ってしまうアズリール。果たして、アズリールはツンデレオメガになれるのだろうか。そして王太子との恋の行方は——?【注記】インテリマッチョなアルファ王太子×ワンコ系オメガ。R18シーンには*をつけます。ムーンライトノベルズとアルファポリスに掲載中です。

【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜

MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね? 前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです! 後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛 ※独自のオメガバース設定有り

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます

muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。 仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。 成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。 何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。 汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。

処理中です...