しあわせのカタチ

葉月めいこ

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レンアイモヨウ

05

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 あちらのほうがやはり早かったようで、駅に着く前にメッセージが届いていた。

 また電車に乗るのだろうから、改札を出なくてもいいのに、律儀に外で待っているようだ。
 中にいてもらったほうが、説明が省かれて楽だったとも思うが、仕方ない。

 駅前の広間の一角、そこにあいつは立っていた。相変わらず背が高くてほかから抜きん出ている。
 人目を引くような顔立ちではまったくないが、その背の高さに振り返る人は多い。

「わあ、あの人すごく背が高いですね」

「……ああ、あれは」

 馬鹿みたいに高い身長に目を引かれたのは、あいつの周りだけでなく隣もだった。
 目を瞬かせる穂村の表情に、少しばかり苦笑いが浮かぶが、あれを指さそうと手を上げる。しかし説明する前に声が響いた。

「広海先輩!」

 デカい声を上げなくとも聞こえる、そう言いたいところをぐっとこらえたら、眉間にしわが寄った気がする。

 だがこちらの気も知らずに、花が咲いたみたいな明るい笑みを浮かべて、やつはまっすぐにこちらへ向かってきた。
 それに驚いて、俺とあいつを見比べる視線を感じるが、また言葉にする前に声に遮られる。

「お疲れさまです!」

「お前はいちいちうるせぇよ」

「え、だって嬉しいんですもん。……あ、職場の人?」

 どうやらいまのこの瞬間まで、俺しか見えていなかったようで、ふいに視線を落として首を傾げた。

 しばらくじっとなにかを考えている様子だったが、すぐにまたぱっと笑みを浮かべる。
 するとそれに反応した穂村が深々と頭を下げた。

「はじめまして穂村冬司と言います。同じ職場で事務をしている者です。今日は春日野さんのお時間いただいてしまってすみません」

「あれ? 仕事じゃなかったの?」

 察しがいいのはこういう時に対処に困る。俺が時間を気にしていた原因が、こいつだということに気づいたのだろう。

 さらにはすまなそうな顔をする穂村の言葉で、目の前の男にもなにやら伝わってしまったようだ。
 言葉に詰まってなにを言おうか考えてしまうが、回りくどい話をするのもなんだ。

「穂村の用事に付き合ってきた」

「そうなんだ。……なんの用事?」

「……指輪を作るのに」

「え? 誰と誰の?」

「はっ? こいつとこいつの恋人以外に、なんの選択肢があるんだよ!」

 ふいに訝しげな表情を浮かべて、眉間にしわを寄せた男の顔を思いきり、引き伸ばしてしまった。
 痛い痛いと泣き言を言うのに腹が立って、ぎゅっとさらにつねるとしょぼんとうな垂れた。

 どうしたらおかしな勘違いをすることができるんだ。この男の頭の中身は、空っぽなんじゃないのか。頭が悪すぎてムカつく。

「すみません」

「ほんと馬鹿じゃねぇの」

 耳を伏せた大型犬の横っ面を手の甲で叩けば、ますます情けない顔に変わった。しかしふと苛々する感情が冷めると、隣で目を丸くしている穂村に気づいて、気まずい思いをする。
 重たい息をついたら、急にまた大きな声を出されて肩が跳ねた。

「ごめんなさい! 自己紹介もまだだった! 俺は三木瑛冶って言います」

「お前さっきから声でけぇよ」

「す、すみません」

「ミキ、さん?」

「ああ、俺の同居人だ」

「……ミキさん、で同居人?」

 ひどく考え込むような顔で、首を傾げた穂村に瑛冶はつられるように首を傾げたが、はたと俺はその単語の意味に気づいた。
 彼の頭の中が色々と、ややこしいことになっているのも察する。

「三つに木でミキ、名前じゃなくて名字だ。あの男がよく言ってる俺のツレ」

「え、えっ? 広海先輩? なに言って」

「くそ上司がお前の名前をよく出すから、めんどくせぇことになってんだよ」

「で、でも言わなくても誤魔化しようは」

「俺だって言う相手くらい選んでる」

 慌てふためく男の額を手のひらで押さえると、ちらりと視線を動かす。
 その視線の先では、言葉の意味を理解しようと考えを巡らせている様子が、目に見てわかる。確かに言い訳のしようはいくらでもあった。

 あれはあの男のからかいと、冗談で全部嘘だったと言えば済むことだ。けれどなんとなく嘘をつく気にならなかった。
 しかし相手は選んでいるが、どんな反応が返ってくるのか――そう思っていたら穂村は、顔を上げて笑みを浮かべた。

「そうだったんですね! 俺、ちょっと勇気が出ました」

「え?」

 途端に瞳を輝かせた穂村は、ほんの少し頬を紅潮させて両手を握りしめる。
 その反応にますます瑛冶は首を傾げるが、面倒くさい説明をこれ以上はしたくなくて、俺は肩をすくめた。そして時計を見てからのんびりと駅へ足を向ける。

「穂村、家はどこだった? 駅まで送ってやる。ちょっといま時間は混んでると思う」

「でもこれから出掛けるんじゃ」

「お前が電車でぶっ倒れても困るからな」

「穂村くん、どこか悪いの?」

「ちょっと人が多いのとか駄目で、体調崩しやすくて」

「そうなんだ、じゃあ行こう!」

 困ったように、眉を寄せる穂村に手を伸ばすと、瑛冶はぱっと彼の手を握る。それに驚いてこちらへ視線が向けられるが、別段気にするところでもないので、そのまま改札を抜けた。

 あれには歳の離れた弟がいて、身体が弱いというワードに弱いのだ。
 それだけではなく普段から風邪を引いた、具合が悪いなどと言えば、邪魔くさいくらいに面倒を見ようとする。

 典型的な世話焼き長男だ。

「こっちの方面ってほんと混むよね」

「わざわざ本当にすみません。いつも定時ですぐ上がるので、ここまで混んだ電車に乗ることないんですけど」

「それはいいけど、具合悪くなってきた? 顔色やばいよ」

「ちょっと人混みに酔いました」

 時間帯が運悪くピークに当たったのか、電車の乗車率がかなり高くなってきた。もうあと一駅というところで、穂村の顔が青を通り越して白くなる。
 ずっと瑛冶が背中を撫でていたが、だいぶ限界が近いように見える。

 けれどこんな時に、なんだって俺は複雑な気持ちになっているんだ。
 これは気にするところではない、そう自分で思っていたはずなのに、目の前の男の腕にいるのが他人であることに苛ついた。

「広海先輩?」

 それなのに――ふいに伸びてきた手が、気持ちをなだめすかす。小さく握られた指先に熱が灯る。

「なんだよ」

「ううん、なんでもない」

 見透かすみたいな眼差しと指先に触れた手。それから逃げるように手を引けば、ふっと眉尻を下げて小さく笑う。
 その視線から目をそらしたら、それは窓の外へと向けられた。

 少しずつ減速した電車がホームに滑り込んで、なぜかほっと息をついてしまった。

「大丈夫? あそこでちょっと休もっか」

「そこで待ってろ。水、買ってくる」

「あ、うん」

 改札を出ると二人を残して、すぐ傍のコンビニに足を向けた。穂村の手を握る瑛冶にまた苛々としてしまい、そこにいると顔に出てしまいそうになる。
 こちらを気にする視線を背中に感じはしたが、振り返らず店に入った。

「はあ、馬鹿じゃねぇの。……そんなこと気にしてる場合じゃねぇだろ。あれは家まで送ったほうが良さそうだな」

 我ながら本当に馬鹿馬鹿しいと思う。相手がいる人間にこんなこと考えたって無駄でしかない。
 もうちょっと病人を労るくらいの感情は持てないものか。あの調子では、家にたどり着く前に力尽きそうに見える。

 やはりだいぶマシにはなってきたが、身体の具合は良くないんだな。朝が早いのも、満員電車に当たらないようにするためかもしれない。
 そういえば月に何度かは、まだ病院に通ってるとか言っていたか。

 自分は比較的頑丈に生まれてきたから、そういう不自由をする気持ちはあまりわからない。けれど自分の身体が思うようにいかなくて、人の負担になるのは辛いだろうというのはわかる。

 だからこそ早く大人になりたいと、隣を歩く相手と並び立ちたいと思う。

「先急ぐような気持ちになったことは、ねぇなぁ」

 そういう思いをしたことは一度もない。ないけれど――隣を歩く男と並び歩きたいとは思う。いつか先を越されて、手が届かなくなるような気持ちになる。
 あいつの世界は広いから、踏み出した先が見えなくなりそうに思える。

「やめよう、ろくでもないことしか浮かばない」

 今日はやけに感傷的だ。こういう時は余計なことを考えて気持ちがぶれる。しかしなぜこんなに後ろ向きな、考えばかり浮かぶのだろう。
 朝からずっとこの調子では、自分でもうんざりする。なにかきっかけがあっただろうか。

 いつものように目を覚まして、いつものようにあいつがいて、大きく気持ちが揺らぐようなことは、なかったと思う。
 それでもなにかが引っかかる。胸の奥底にひっかき傷ができたみたいな、そんなじくりとした痛みを感じた。
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