しあわせのカタチ

葉月めいこ

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コイゴコロ

02

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 駅前で瑛冶と合流すると、そこからほど近いスーパーに二人で寄った。しかし今日は鍋焼きうどんにすると言っていたので、それほど買うものは多くない。
 うどんとそれに入れる具。

 瑛冶が作る鍋焼きうどんはすき焼き風なので、長ネギと牛肉と焼き豆腐と卵、それにしらたきやお麩、椎茸なども入る。
 そこに天ぷらや白い飯が付くので、残ったつゆにそれを入れて食べるのもうまい。

 材料と晩酌用の缶ビールを買い物カゴに入れると、瑛冶が財布を開く前に会計を済ませた。
 それに驚いた顔をしていたが、気にせずに材料の入った買い物袋を手に取り、六本入りの缶ビールが入っている袋だけを手渡す。

 それから商店街を抜けてマンションへ帰るのだが、ふいにとある店が目に留まって立ち止まる。
 じっとその店先を見ている俺に瑛冶は首を傾げたけれど、その先に足を向ければ急いで追いかけてくる。

 道路を一本挟んだ先にあるのは、小さなケーキ屋だ。

「広海先輩、ケーキが食べたいとか珍しいですね」

「俺のじゃねぇよ。お前なにが食べたい?」

「えっ? 俺、ですか?」

 店の前で立ち止まって隣を見上げると、目を瞬かせて瑛冶は固まっていた。その顔に目を細めても、動きを止めたまま身じろぎひとつしない。

「嫌ならいい。帰るぞ」

「あ、待って先輩! 苺のショートケーキ。ホールで」

 踵を返した俺の手を、慌てた様子で引き止めると、瑛冶は店の中を指さしてあれがいい、と子供のように目を輝かせた。

 その先へ視線を向ければ、ショーケースの中に四号ほど白いケーキがぽつんと、残っているのが見える。
 掴まれた手首をそのままに、引っ張られるように店に入ると、やんわりと笑みを浮かべた店員に迎えられた。

「すみません、この苺のケーキください」

「お誕生日ですか? プレートをお付けしましょうか?」

「あー、えっと」

「つけてください」

 店員の問いかけに、言葉を詰まらせる瑛冶を待たずに、差し出されたメモ帳に名前を書く。
 それをまじまじと見ている視線は感じたが、振り返らずにろうそくも頼んだ。

 この小さなケーキに、二十六本のろうそくはさすがに刺すのははばかられたが、いまどきは簡略化された数字の形のろうそくがある。

 出来上がったプレートを確認すると、隣にある顔は頬を紅潮させて喜びをあらわにする。
 そして手渡されたケーキの箱を恭しく持ち上げて、俺に向けて幸せそうに笑った。

「誕生日のケーキなんて久しぶりです」

「ダチに祝ってもらってんじゃねぇの?」

「プレゼントとかはくれるけど、わざわざケーキまで買ってくれるような、気の利いた男はいないですよね」

「それもそうだな。ダチにケーキなんて買ってやらねぇわ」

 肩をすくめて笑った瑛冶につられて、思わず吹き出すように笑ってしまった。
 そこからマンションまでは十分とかからなかったが、夜になって一段と冷えたので、家に帰るとすぐさまエアコンのスイッチを入れる。

 五分もすれば、キッチンからの熱も相まって、部屋の中は徐々に温まった。
 部屋着に着替えて、缶ビール片手にキッチンをのぞき込めば、小さな土鍋に入った焼きうどんが、ぐつぐつと煮えている。

 湯気と共に甘いめんつゆの甘いの香りが立ち上って、鼻先をかすめたうまそうな匂いに腹が鳴った。

「広海先輩、鍋敷き出してください」

「おう」

 しばらくソファでくつろぎ待っていれば、顔を上げた瑛冶がこちらを見ていた。
 その視線と言葉にソファに預けていた身体を起こし、缶の底に残ったビールをあおると、ダイニングに足を向ける。

 そして備え付けの戸棚から、花をモチーフにした鍋敷きを二枚取り出して、テーブルに並べた。

「熱いからやけどに注意してね」

 程なくして、瑛冶がキッチンから土鍋を運んでくる。
 まだかなり熱いだろうそれと白米、インゲンの和え物、海老の天ぷら、マグロの刺身などがテーブルの上に並んだ。

 そのあいだに俺は、冷蔵庫から缶ビールを二本取り出してテーブルに戻る。

「熱い内に食べましょう」

 エプロンを外して壁のフックに引っかけると、瑛冶はダイニングテーブルに据えてある椅子を引く。
 それに倣い向かい側に座れば、缶ビールのプルタブを開けて手渡される。

 差し出されたものを受け取ると、瑛冶は満足げに笑い自分の分も開けて目の前に掲げてきた。
 仕方なしに、それに合わせるように缶ビールを持ち上げて、底を軽くぶつけてやる。

「じゃあ、いただきまーす」

「……瑛冶」

「ん? なに」

 箸を掴んで両手を合わせていた瑛冶は、俺の声に小さく首を傾げる。そしてまっすぐとした目で、俺のことをじっと見つめてきた。
 その視線にむず痒さを感じながら、足元に置いていた紙袋をテーブルの上に置く。

「一週間遅れで悪かったな」

「えへへ、先輩にお祝いしてもらえる日が来るなんて思わなかったです」

「祝わねぇほうがいいなら、これは捨てるぞ」

「駄目駄目! せっかく広海先輩が俺のために買ってくれたのに!」

 締まりのない顔で笑う瑛冶に目を細めたら、慌てた様子で紙袋を掴んで引き寄せる。
 小さな紙袋を必死になって抱きしめている姿を見たら、なんだか急に笑えてきた。

 思わず吹き出すように笑えば、瑛冶は俺の顔を見つめてやんわりと微笑んだ。

「先輩ありがとう。気にかけてもらえて嬉しいです」

「来年また覚えてたらなんか買ってやるよ」

「はい、あんまり期待しないで待ってます。あ、開けてもいい?」

「好きにしろよ」

 ウキウキとした様子を隠しもせず、包みを取り出して、目をキラキラとさせながら丁寧に紙を剥がしていく。

 まどろっこしいと思うが、畳んだ紙袋も、解いたリボンも、剥がした包装紙までも大事にしていることが伝わって、ひどく胸の奥がむずむずとした。

「あ、これ!」

「大雑把なお前に向いたものだろ」

「もしかして俺が見てたの気づいてたんですか?」

「たまたま開きっぱなしの雑誌を見ただけだ。そういやお前はいつも時間を確認するの、携帯電話だったなと思ったから」

「こんなにいいものもらっちゃっていいのかな。わぁ、やっぱり格好いい。防水なのに厳つくなくていいんだよね、これ」

 結局選んだのはつい最近、リビングのテーブルに置きっぱなしの雑誌で見た腕時計。
 時計を持っていないことに気づいてはいたが、基本的に家事や料理以外のものが大雑把な瑛冶には、繊細な時計は向かない。

 けれどこれは海で浸水しても、コンクリートに落としても大丈夫なくらい頑丈だ。多少濡らしてもぶつけてもこれならば問題ないだろう。

 それに瑛冶が言う通り、デザインが野暮ったくなくていい。カジュアルでもフォーマルでもつけていて違和感はないはずだ。

「んふふ、顔が緩んじゃうな」

「いまは閉まっておけ。それより飯だ飯!」

「あ、うん。じゃあ、食べようか」

 閉じられていた土鍋の蓋を瑛冶が持ち上げると、湯気が食欲をそそる匂いと一緒に立ち上る。
 熱々のそれを椀に移し取り、少し冷ましてからうどんを啜った。

 甘い汁と半熟の卵が絡んだうどんは柔らかく、咀嚼して飲み下せばじんわり胃の中が温かくなる。
 黙々と食べていると今度は喉が渇いてビールが欲しくなった。

 缶を傾けて水を飲むみたいに喉へ流し込むと、それを笑って見ていた瑛冶がもう一本缶ビールを冷蔵庫から持ってくる。
 空になった缶をテーブルに戻して、それに手を伸ばせば、またプルタブを開けて手渡してきた。

「ほんと先輩はいい食いっぷりと飲みっぷりで気持ちいいですよね」

 至極楽しげに笑う顔を見ながら、土鍋も皿も空にして、缶ビール四本ほど空けた。けれど大事なものを思い出したので、後片付けをしている瑛冶の後ろで冷蔵庫を覗く。

 白い化粧箱に入った目的のものを引き出すと、それを持ってリビングへ足を向けた。そしてワインセラーからスパークリングワインを取り出す。

「瑛冶、片付けはあとでいいからこっち来い」

「あ、ケーキ。忘れてた」

「まあ、うどんにケーキは合わねぇよな」

「和洋折衷だね。広海先輩そんなに飲んで平気?」

「明日は休みだし、大したことねぇよ。お前も休みだろう、飲めよ」

 細長いグラスに炭酸の利いたワインを注いで、青い二十六の数字に火を灯す。
 隣に腰かけた瑛冶はそれをじっと見つめていたが、急に鼻を啜りだした。

 それに驚いて振り向けば、めそめそと涙を浮かべて泣いている。

「泣くなよ」

「だって、嬉しい。先輩、キスしていい?」

「鼻水つけんなよ」

「うん」

 そっと肩を寄せたかと思えば、手が差し伸ばされて頬を撫でられた。
 くすぐるように指先が耳のフチをなぞり、引き寄せるようにそれは力を込める。

 ゆっくり近づいてくる唇に目を閉じると、やんわりとしたぬくもりが触れた。
 それはついばむように何度も唇を味わい、気が済むと今度は食むように深く合わせてくる。

 腕を伸ばして背中を抱き込めば、隙間から忍び込んだ熱に舌を絡め取られた。
 舌をこすり合わせ、口の中をたっぷりと撫でて、唇が離れる頃には喉の奥に唾液が溜まる。

 それを飲み下すと、目の前の唇が弧を描いた。

「火! 早く消せ! ケーキが溶ける」

「え、じゃあ、先輩歌って」

「誰が歌うか! 自分で歌え」

「えー、セルフなんですか? しょうがないなぁ。ハッピーバースデートゥーミー」

 拗ねた顔をしながらも、楽しげに歌いながら、溶け始めていたろうそくを瑛冶は吹き消した。そしてまた自分で両手を叩いておめでとうと笑う。

 その顔を見ていると、なぜだかこちらまで笑みが移る。その感覚はやけにくすぐったいが、悪い気分ではない。
 こうして隣にいると、笑っている時間がかなり増えた気がする。

 くだらないことで腹を抱えるほど笑ったり、いまみたいにくすぐったい気持ちで笑みが浮かんだり。一緒にいるのがたまらなく居心地がいい。

 そういう気持ちが、きっと好きってことなのかもしれない。だけどまだしばらくはそんなことは言ってやらない。
 もう少し自分の中だけで、その想いを噛みしめていようと思う。
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