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デキアイ
05
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広海先輩はなにも言わずに、黙々と足を進める。次第に駅に向かう道から少しそれた。
そのまま静かな住宅街を抜けて行くと、ふいに鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる。
突然目の前に広がったのは、銀杏と紅葉の色づき。背の高い木々に赤や黄色の葉っぱが生い茂っていた。
地面は落葉する葉で色とりどりな絨毯のようになっている。
頭では認識していたけど、いまは秋だったんだなと当たり前なことを考えてしまった。
忙しさばかりに気を取られて、ゆっくりとそんなことを考えるのも、忘れていたのかもしれない。
「広海先輩? ここは?」
「公園だ」
まっすぐと秋色の木々に向かい歩いて行く、その背中について行けば、少し開けた場所に出る。
ぐるりと木々に囲まれたそこは公園と言うにはあまりにも狭く、ベンチが横並びに三つ、等間隔で並んでいるくらいしかない。
時折風が吹き抜けるそこはとても静かで、住宅街の真ん中であることを忘れそうになる。
紅葉をゆっくり見るなんていつぶりだろう。
「先輩?」
俺の手を引いていた広海先輩は、真っ白な木製のベンチの前で立ち止まると、黙ったまま俺をそこに座らせた。
なにも言わない彼を見上げれば、そっと両手が伸びてきて、俺の頬を包んだ。
繋いでいた手は温かく、もう片方の手は少し冷たい。
ちぐはぐな感触に目を瞬かせたら、身を屈めてゆっくりと彼が近づいてくる。
やんわりと触れた唇は柔らかくて、ほのかに熱が移るみたいなぬくもりを感じた。
伏せられた瞳。長いまつげが影を落として、にじむ色香に胸がドキドキとする。思いがけない出来事に、目を閉じることを忘れていた。
「お前は忙しさに翻弄されて、余裕がなくなってるんだよ。だから余計なことを考える」
じっと目の前を見つめていたら、そっと唇が離れて綺麗な瞳がこちらをまっすぐと見た。
そらすことが出来ないくらい瞳の奥までのぞき込まれて、顔が熱くなってくる。でもその熱は胸にも灯った。
思うままに手を伸ばして彼を抱き寄せる。
そうすれば広海先輩も手を伸ばして、俺の首元にそれを絡めた。そしてベンチに腰かけている俺にまたがり、膝の上に腰を落とす。
近づいた身体が触れ合うと再び口づけが降り注ぐ。舌先で薄い唇を舐めたら、それは応えるようにうっすらと開かれた。
すかさずその隙間に滑り込めば、熱を持った舌に絡め取られる。
唾液が絡んで濡れた音が響くと、少しだけ上擦った息づかいが感じられた。
ひんやりとした空気の中に湿った熱い息が吐き出されて、それだけでひどく興奮してしまう。
「先輩、好き。好きだよ」
腰を抱いていた手を背中に滑らせれば、目の前の肩が少し震えた。こんな場所でなかったら、身体の熱を遮るコートなんて剥ぎ取っているのに。
でも少しだけでもいいから触れる熱を感じたくて、ゆっくりと唇を首筋に伝わせた。首元で締まる細いネクタイを緩めて、シャツのボタンを一つ二つと外す。
開いた隙間に顔を寄せて舌を這わせたら、甘い香りが鼻先をかすめた。
その匂いにたまらず首筋に噛みついてしまった。
「いてぇよ、馬鹿」
「あ、すみません。思わず」
肩を跳ね上げた先輩に慌てて顔を上げたら、目を細められる。けれど怒っているわけではないようだ。
俺の髪を撫でていた手が首筋に触れた。その仕草は先を請う無意識の癖。
それに誘われるままに唇を寄せたら、紅く色づいた唇がゆるりと弧を描いた。
「これ以上触れたらしたくなっちゃう」
「我慢しろ。家に帰るまでお預けだ」
「明日休みじゃないけど、いいの?」
「加減しろよ」
「う、気をつけます」
身体を重ねる頻度は多くないから、気をつけないと際限なく彼を抱き潰してしまう。
翌日足腰立たないほど抱いてしまったことは数知れず。
でも機嫌がよくない時や疲れている時にしつこくして蹴り飛ばされることはあるが、呆れはしても怒られることは少ない気はする。
本当に嫌なことをしなければ、比較的受け入れてくれる。
「俺って、先輩に愛されてる気がする」
「余計なことは抜けたか」
「頭の中、先輩一色」
「そりゃ、よかったな」
目の前にある身体を抱きしめてすり寄ったら、頭を優しく撫でられた。あやすみたいに何度も触れるその手に、ゆっくりと目を閉じる。
彼の胸元から微かに心音が響いて、なんだかすごくほっとした気分になった。
やっぱり毎日忙しくて広海先輩に触れる時間も少なかったから、癒やしが不足していたのかもしれない。
あんなに不安になるなんて、余裕が本当になかったんだな。
「ここにはよく来るんですか?」
「そうだな。仕事に行き詰まった時とか、一人になりたい時には来る。ここはほとんど人が来ねぇからな」
「先輩でも行き詰まったりするんだ」
「当たり前だろ。それより、お前は大丈夫なのかよ。心配されるほど煮詰まってんだろ」
「うん、ちょっと頑張らなきゃって気負いすぎてたのかも。頼りにされるのが嬉しくて頑張ってたけど、俺そんなに器用じゃないから、加減がわからなくなっていたのかもしれないです」
久我さんの期待に応えたくて、失敗したくなくて、変に力が入ってしまったんだと思う。前を歩く人の背中が大きくて、それに追いつきたくて、自分のペースを見失っていた。
「俺はまだまだですね」
「気にかけてもらえてるってことは、信頼してもらえてるってことだろ。お前は十分やれてんだよ」
頭を撫でていた手が引き寄せるようにぎゅっと俺を抱きしめる。包み込むみたいに腕に閉じ込められて、なぜだか急に喉が熱くなった。
込み上がってきた感情に喉が震えて、こらえるように腕に力を込める。
きついくらい抱きしめているのに、広海先輩は身じろぎもせずにただただ俺を優しく包んでくれた。
「今度の休みにカレー作りますね」
ぐずついた鼻を啜って顔を上げたら、先輩はやんわりと目を細めて笑った。
「おう、久しぶりだな」
「うん、なかなか最近作れてなかったから」
「カレーだけは外で食えねぇな」
至極嬉しそうに顔をほころばせた彼に、胸が温かくなる。こんな風に笑ってくれるようになったのはいつからだっただろう。
先輩が笑うとそれだけで嬉しくて、自然と心が浮き立つ。
そのたびに好きだなぁって気持ちがあふれて、どんどんと愛おしさが増す。
「今日は広海先輩のことを色々と聞けた日でした」
「大して面白い話でもないだろ」
「そうかな? 改めて先輩の愛を認識しましたよ」
どれだけこの人が、俺のことを想っていてくれているのか。それがすごく感じられた。
俺が見えていない部分でも、まっすぐに俺のことを考えてくれている。思っている以上に、真摯に俺と一緒にいてくれることを知った。
「今日ね。小宮さんと城戸さんと久しぶりに話して、ごめんねって謝ってくれたんです」
「へぇ」
「ずっと言い出せなかったって言ってました。でも広海先輩が謝りに来てくれて、自分たちも言葉にしなくちゃって思ったって。黙っているように言われたけど、俺のためにも伝えたほうがいいって話してくれました」
素っ気ないくらいの相づちを打ったが、俺の言葉に広海先輩の表情が固まった。
ふいに顔そらすように、横を向いた先輩の顔をのぞき込んだら、思いっきり舌打ちされる。
でも横顔には赤みが差していて、たぶん照れくさくなっているんだと思う。
「二人が働いてる時間わからないのに、何日も夜遅くまで外で待っててくれたって。会える確率なんて低いのに」
「それは、言い過ぎたと思ったからだ」
「うん、俺のこと変な目で見ないで欲しいって、感情にまっすぐなだけだからって、本当に素直でいい男なんだって」
「俺の言葉を復唱するな」
「先輩の言葉が俺は嬉しかったですよ」
どんどん紅く染まる頬、耳まで赤くなって、誤魔化すように髪をかき上げた手を捕まえて、俺はじっと彼を見つめた。
身をよじって離れていこうとする身体を抱きしめて、逃げられる前に腕の中に閉じ込める。
ほんの少し抵抗を示したけど、すぐに諦めたのか力が抜けた。
「広海先輩、好き、大好き。俺のこと考えてくれてありがとう。俺ね、本当に幸せだなって思うんです。俺の隣に先輩がいてくれることが、嬉しくて」
「そんなことで泣くんじゃねぇよ」
また感極まった俺に広海先輩は呆れたようなため息をつく。
でもその声は優しくて、なだめるみたいに背中を叩かれた。ぬくもりにますます涙腺が緩んでしまう。
「だって、先輩が優しいから」
「優しくないほうがいいのかよ」
「違います。そうじゃなくって、先輩はいつでも優しかったんだけど、最近それをすごく感じるようになって」
ずっと優しかった。手のかかる俺を放り出さずにいてくれた。面倒見がいい人なんだと思う。
まっすぐな好意を邪険に払いのけられる人ではないから、俺のために何度も立ち止まってくれた。
けどいまの優しさはそれと少し違う。
そこに確かな感情がある。俺のことを大切に思ってくれる愛情が感じられた。
優しく笑みを浮かべる眼差しに、俺を見つめるその瞳に、ちゃんと熱がこもっている。
いままでも想いはそこにあったけど、心で芽吹いた種が花を開いたような感覚だ。
「俺がなにも考えずにお前と暮らすなんて言ったと思ってんのか?」
「俺、嬉しくてあんまり深く考えてなかったんですけど。一緒に暮らし始めてから少しずつ変わっていく広海先輩を見ていて、ようやく気づきました。俺の気持ち、まっすぐに受け止めようとしてくれてますよね」
好きだ好きだと繰り返す俺に、いままでの彼は受け流すような態度を取っていた。
本音の部分は曖昧にしたままで、いまがよければそれでいいと考えていたんじゃないかと思う。
でも近頃は俺の気持ちに寄り添うようになった。
前よりも傍にいてくれるようになったのは、俺にちゃんと向き合ってくれているからだ。
「俺はお前を手放すのが惜しいと思った。お前は俺のもんだって思ってる。好きだとか嫌いだとか、そんなのはいまだによくわかんねぇよ。でもいまわかることは一つだけある。俺はお前が逃げねぇように退路を断ったんだ」
「先輩は俺に選ばせてくれたでしょう」
「お前の答えなんて初めからわかってる」
いままでずっとこんなに、執着されているなんて思いもしなかった。
一緒にいたいと思っているのは俺ばかりだと思っていた。
必死なんだろう――そう言った九条さんの言葉が思い返される。
なんでもない顔をして、この人は俺を繋ぎ止めようと手を伸ばしていた。黙って見ているだけじゃいられなくなったんだ。
「広海先輩、俺は、これから先どんなことがあってもあなたから逃げ出したりしない。俺は絶対にあなたを離しません。だから覚悟していてください」
「望むところだ」
不敵に笑った先輩が男前すぎて、また惚れ直しそうになる。俺はこの先もっともっとこの人を好きになるだろう。
引き返すことなんてできないくらいこの愛に溺れる自信がある。
優しい手が俺の髪を梳いて撫でた。満足げに笑った彼の顔を見たら、胸の中にある感情が一気にあふれ出す。
「おい、危ねぇな。いきなり立ち上がるなよ」
「俺、先輩を好きになれてよかった」
抱き上げた身体を目一杯抱きしめて、浮かれたようにくるりくるりと回る。
慌てたように、頭に抱きついてきた広海先輩は文句をこぼすけど、そんなことは気にならないくらいに気持ちが高揚した。
好きとか愛してるじゃない。
俺たちを繋ぐのはただ傍にいたいという想い。
離したくない、離れたくない。これからもずっとその想いが俺たちを一つにする。
それが俺たちのしあわせのカタチ。
[デキアイ/end]
そのまま静かな住宅街を抜けて行くと、ふいに鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる。
突然目の前に広がったのは、銀杏と紅葉の色づき。背の高い木々に赤や黄色の葉っぱが生い茂っていた。
地面は落葉する葉で色とりどりな絨毯のようになっている。
頭では認識していたけど、いまは秋だったんだなと当たり前なことを考えてしまった。
忙しさばかりに気を取られて、ゆっくりとそんなことを考えるのも、忘れていたのかもしれない。
「広海先輩? ここは?」
「公園だ」
まっすぐと秋色の木々に向かい歩いて行く、その背中について行けば、少し開けた場所に出る。
ぐるりと木々に囲まれたそこは公園と言うにはあまりにも狭く、ベンチが横並びに三つ、等間隔で並んでいるくらいしかない。
時折風が吹き抜けるそこはとても静かで、住宅街の真ん中であることを忘れそうになる。
紅葉をゆっくり見るなんていつぶりだろう。
「先輩?」
俺の手を引いていた広海先輩は、真っ白な木製のベンチの前で立ち止まると、黙ったまま俺をそこに座らせた。
なにも言わない彼を見上げれば、そっと両手が伸びてきて、俺の頬を包んだ。
繋いでいた手は温かく、もう片方の手は少し冷たい。
ちぐはぐな感触に目を瞬かせたら、身を屈めてゆっくりと彼が近づいてくる。
やんわりと触れた唇は柔らかくて、ほのかに熱が移るみたいなぬくもりを感じた。
伏せられた瞳。長いまつげが影を落として、にじむ色香に胸がドキドキとする。思いがけない出来事に、目を閉じることを忘れていた。
「お前は忙しさに翻弄されて、余裕がなくなってるんだよ。だから余計なことを考える」
じっと目の前を見つめていたら、そっと唇が離れて綺麗な瞳がこちらをまっすぐと見た。
そらすことが出来ないくらい瞳の奥までのぞき込まれて、顔が熱くなってくる。でもその熱は胸にも灯った。
思うままに手を伸ばして彼を抱き寄せる。
そうすれば広海先輩も手を伸ばして、俺の首元にそれを絡めた。そしてベンチに腰かけている俺にまたがり、膝の上に腰を落とす。
近づいた身体が触れ合うと再び口づけが降り注ぐ。舌先で薄い唇を舐めたら、それは応えるようにうっすらと開かれた。
すかさずその隙間に滑り込めば、熱を持った舌に絡め取られる。
唾液が絡んで濡れた音が響くと、少しだけ上擦った息づかいが感じられた。
ひんやりとした空気の中に湿った熱い息が吐き出されて、それだけでひどく興奮してしまう。
「先輩、好き。好きだよ」
腰を抱いていた手を背中に滑らせれば、目の前の肩が少し震えた。こんな場所でなかったら、身体の熱を遮るコートなんて剥ぎ取っているのに。
でも少しだけでもいいから触れる熱を感じたくて、ゆっくりと唇を首筋に伝わせた。首元で締まる細いネクタイを緩めて、シャツのボタンを一つ二つと外す。
開いた隙間に顔を寄せて舌を這わせたら、甘い香りが鼻先をかすめた。
その匂いにたまらず首筋に噛みついてしまった。
「いてぇよ、馬鹿」
「あ、すみません。思わず」
肩を跳ね上げた先輩に慌てて顔を上げたら、目を細められる。けれど怒っているわけではないようだ。
俺の髪を撫でていた手が首筋に触れた。その仕草は先を請う無意識の癖。
それに誘われるままに唇を寄せたら、紅く色づいた唇がゆるりと弧を描いた。
「これ以上触れたらしたくなっちゃう」
「我慢しろ。家に帰るまでお預けだ」
「明日休みじゃないけど、いいの?」
「加減しろよ」
「う、気をつけます」
身体を重ねる頻度は多くないから、気をつけないと際限なく彼を抱き潰してしまう。
翌日足腰立たないほど抱いてしまったことは数知れず。
でも機嫌がよくない時や疲れている時にしつこくして蹴り飛ばされることはあるが、呆れはしても怒られることは少ない気はする。
本当に嫌なことをしなければ、比較的受け入れてくれる。
「俺って、先輩に愛されてる気がする」
「余計なことは抜けたか」
「頭の中、先輩一色」
「そりゃ、よかったな」
目の前にある身体を抱きしめてすり寄ったら、頭を優しく撫でられた。あやすみたいに何度も触れるその手に、ゆっくりと目を閉じる。
彼の胸元から微かに心音が響いて、なんだかすごくほっとした気分になった。
やっぱり毎日忙しくて広海先輩に触れる時間も少なかったから、癒やしが不足していたのかもしれない。
あんなに不安になるなんて、余裕が本当になかったんだな。
「ここにはよく来るんですか?」
「そうだな。仕事に行き詰まった時とか、一人になりたい時には来る。ここはほとんど人が来ねぇからな」
「先輩でも行き詰まったりするんだ」
「当たり前だろ。それより、お前は大丈夫なのかよ。心配されるほど煮詰まってんだろ」
「うん、ちょっと頑張らなきゃって気負いすぎてたのかも。頼りにされるのが嬉しくて頑張ってたけど、俺そんなに器用じゃないから、加減がわからなくなっていたのかもしれないです」
久我さんの期待に応えたくて、失敗したくなくて、変に力が入ってしまったんだと思う。前を歩く人の背中が大きくて、それに追いつきたくて、自分のペースを見失っていた。
「俺はまだまだですね」
「気にかけてもらえてるってことは、信頼してもらえてるってことだろ。お前は十分やれてんだよ」
頭を撫でていた手が引き寄せるようにぎゅっと俺を抱きしめる。包み込むみたいに腕に閉じ込められて、なぜだか急に喉が熱くなった。
込み上がってきた感情に喉が震えて、こらえるように腕に力を込める。
きついくらい抱きしめているのに、広海先輩は身じろぎもせずにただただ俺を優しく包んでくれた。
「今度の休みにカレー作りますね」
ぐずついた鼻を啜って顔を上げたら、先輩はやんわりと目を細めて笑った。
「おう、久しぶりだな」
「うん、なかなか最近作れてなかったから」
「カレーだけは外で食えねぇな」
至極嬉しそうに顔をほころばせた彼に、胸が温かくなる。こんな風に笑ってくれるようになったのはいつからだっただろう。
先輩が笑うとそれだけで嬉しくて、自然と心が浮き立つ。
そのたびに好きだなぁって気持ちがあふれて、どんどんと愛おしさが増す。
「今日は広海先輩のことを色々と聞けた日でした」
「大して面白い話でもないだろ」
「そうかな? 改めて先輩の愛を認識しましたよ」
どれだけこの人が、俺のことを想っていてくれているのか。それがすごく感じられた。
俺が見えていない部分でも、まっすぐに俺のことを考えてくれている。思っている以上に、真摯に俺と一緒にいてくれることを知った。
「今日ね。小宮さんと城戸さんと久しぶりに話して、ごめんねって謝ってくれたんです」
「へぇ」
「ずっと言い出せなかったって言ってました。でも広海先輩が謝りに来てくれて、自分たちも言葉にしなくちゃって思ったって。黙っているように言われたけど、俺のためにも伝えたほうがいいって話してくれました」
素っ気ないくらいの相づちを打ったが、俺の言葉に広海先輩の表情が固まった。
ふいに顔そらすように、横を向いた先輩の顔をのぞき込んだら、思いっきり舌打ちされる。
でも横顔には赤みが差していて、たぶん照れくさくなっているんだと思う。
「二人が働いてる時間わからないのに、何日も夜遅くまで外で待っててくれたって。会える確率なんて低いのに」
「それは、言い過ぎたと思ったからだ」
「うん、俺のこと変な目で見ないで欲しいって、感情にまっすぐなだけだからって、本当に素直でいい男なんだって」
「俺の言葉を復唱するな」
「先輩の言葉が俺は嬉しかったですよ」
どんどん紅く染まる頬、耳まで赤くなって、誤魔化すように髪をかき上げた手を捕まえて、俺はじっと彼を見つめた。
身をよじって離れていこうとする身体を抱きしめて、逃げられる前に腕の中に閉じ込める。
ほんの少し抵抗を示したけど、すぐに諦めたのか力が抜けた。
「広海先輩、好き、大好き。俺のこと考えてくれてありがとう。俺ね、本当に幸せだなって思うんです。俺の隣に先輩がいてくれることが、嬉しくて」
「そんなことで泣くんじゃねぇよ」
また感極まった俺に広海先輩は呆れたようなため息をつく。
でもその声は優しくて、なだめるみたいに背中を叩かれた。ぬくもりにますます涙腺が緩んでしまう。
「だって、先輩が優しいから」
「優しくないほうがいいのかよ」
「違います。そうじゃなくって、先輩はいつでも優しかったんだけど、最近それをすごく感じるようになって」
ずっと優しかった。手のかかる俺を放り出さずにいてくれた。面倒見がいい人なんだと思う。
まっすぐな好意を邪険に払いのけられる人ではないから、俺のために何度も立ち止まってくれた。
けどいまの優しさはそれと少し違う。
そこに確かな感情がある。俺のことを大切に思ってくれる愛情が感じられた。
優しく笑みを浮かべる眼差しに、俺を見つめるその瞳に、ちゃんと熱がこもっている。
いままでも想いはそこにあったけど、心で芽吹いた種が花を開いたような感覚だ。
「俺がなにも考えずにお前と暮らすなんて言ったと思ってんのか?」
「俺、嬉しくてあんまり深く考えてなかったんですけど。一緒に暮らし始めてから少しずつ変わっていく広海先輩を見ていて、ようやく気づきました。俺の気持ち、まっすぐに受け止めようとしてくれてますよね」
好きだ好きだと繰り返す俺に、いままでの彼は受け流すような態度を取っていた。
本音の部分は曖昧にしたままで、いまがよければそれでいいと考えていたんじゃないかと思う。
でも近頃は俺の気持ちに寄り添うようになった。
前よりも傍にいてくれるようになったのは、俺にちゃんと向き合ってくれているからだ。
「俺はお前を手放すのが惜しいと思った。お前は俺のもんだって思ってる。好きだとか嫌いだとか、そんなのはいまだによくわかんねぇよ。でもいまわかることは一つだけある。俺はお前が逃げねぇように退路を断ったんだ」
「先輩は俺に選ばせてくれたでしょう」
「お前の答えなんて初めからわかってる」
いままでずっとこんなに、執着されているなんて思いもしなかった。
一緒にいたいと思っているのは俺ばかりだと思っていた。
必死なんだろう――そう言った九条さんの言葉が思い返される。
なんでもない顔をして、この人は俺を繋ぎ止めようと手を伸ばしていた。黙って見ているだけじゃいられなくなったんだ。
「広海先輩、俺は、これから先どんなことがあってもあなたから逃げ出したりしない。俺は絶対にあなたを離しません。だから覚悟していてください」
「望むところだ」
不敵に笑った先輩が男前すぎて、また惚れ直しそうになる。俺はこの先もっともっとこの人を好きになるだろう。
引き返すことなんてできないくらいこの愛に溺れる自信がある。
優しい手が俺の髪を梳いて撫でた。満足げに笑った彼の顔を見たら、胸の中にある感情が一気にあふれ出す。
「おい、危ねぇな。いきなり立ち上がるなよ」
「俺、先輩を好きになれてよかった」
抱き上げた身体を目一杯抱きしめて、浮かれたようにくるりくるりと回る。
慌てたように、頭に抱きついてきた広海先輩は文句をこぼすけど、そんなことは気にならないくらいに気持ちが高揚した。
好きとか愛してるじゃない。
俺たちを繋ぐのはただ傍にいたいという想い。
離したくない、離れたくない。これからもずっとその想いが俺たちを一つにする。
それが俺たちのしあわせのカタチ。
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