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第28話 張り巡らされた罠

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 薄暗い部屋の奥から小さな鳥の鳴き声が聞こえる。
 ぴぃぴぃとか細い声を上げているのは、親鳥が迎えに来たと気づいているからだろうか。

(ここまで誰もいない? なぜだ?)

 いくら騒動が起きているとは言え、重要な倉庫が手薄になるなど、本来ありえない話だ。
 となればこの部屋のどこかに潜んでいる可能性が高い。
 ロディアスが雛のいる檻に手をかけるのを待っているのか。

(ならば仕方ない。俺が動くか。向こうは何人いるかわからないしな。強行突破だ)

 ロディアスはまっすぐに檻のほうへ駆け寄る。
 つり下がった箱からガタガタ、バサバサと音が聞こえるけれど、中身がまったく見えなかった。
 精霊鳥なのか、偽物か判断がつかない。

 しかし箱を囲む、檻の鍵が魔法道具でできていると気づき、ロディアスは迷わず開ける決断をした。
 懐から取り出したのはハンスレットの書庫の鍵。

 リュミザが言うには、鍵穴が魔法道具であれば反応する代物だから、試す価値は大いにあるらしい。
 賭けではあるが鍵穴にゆっくり近づけると、鍵はいままで見た覚えのない形へと変化した。

 ロディアスがすかさず差し込み、回せば――カチャンと掛けがねが、鍵先で跳ねる音がした。

(よし!)

 急いで檻の扉を開くとピタッと鳴きやんだ。
 そっと箱の中を覗いてみればぺちぺちと頬に羽が当たる。

「一丁前に威嚇か? 可愛いことこの上ないな。さあ、出てこい。親のところへ連れて行ってやる」

 箱の隅で小さくなっている鳥へ、手を差し伸ばせばくちばしでつつかれた。
 だがあまりにも威力がなく、かなり弱っているのではと推測できる。

 仕方ないと傷を覚悟で手を檻の奥へ伸ばすと――

「そこまでです。これ以上は窃盗ですよ」

「――はっ、よく言う。かどわかしておいて窃盗とは恐れ入るな」

 すっと首筋に当てられた剣先。気配を感じていたが、ロディアスはあえて反応をしなかった。
 相手は一人だった。いまは雛の救出が先だ。

 ゆっくりと振り返り、檻の入り口を背で庇う。
 目の前に立っていたのは遊戯場でも見た男。仮面をしているけれどわかる。ロディアスと気づいた――王国軍副隊長だ。

「あんたほど正義感の強いやつはいなかったのに、厄介な上司を持つと仕事も選べないようだな」

 彼の直轄の上司はルディルの副官。
 ここに彼がいるという状況は、国の関係をつまびらかにしているようなものだ。

「それともこうして俺と対峙することで、良心の呵責を訴えているのか?」

「私には私の道理があります」

「大事な人を人質に取られているんじゃないのか? あんたの上司は主人に似て性格が悪いからな。やりそうな手立てだ」

「引いていただけますか」

「それは、無理な相談だ」

 穏便に済ませられるのならそうしたい。
 本当に良心の呵責に苦しんでいるのなら助けたい。
 だがいまはそれよりも早く、ロディアスは自身の半身の元へ戻りたいのだ。

 敵将がここにいる。
 ロディアス、もしくはリュミザを待っていたのだ。否、最初からロディアスが来ると踏んでいたのかもしれない。

 ちょうどよく花火の時間に親鳥が来たのも気にかかる。

 忍ばせていた短剣を抜き、ロディアスは魔力を込めた。
 形を変え長剣になった途端、手のひらから魔力を吸い取られる感触に、もっても半刻とわかる。

 現役軍人に引けを取らないといいたいところだが、最近のロディアスでは大きな顔ができそうにない。

「一度、閣下とはお手合わせ願いたかった」

「がっかりとさせてしまうかもしれないぞ」

 一歩踏み出せば、向こうも剣を抜いてロディアスの刃を受け止める。
 体格もよく、若さもあり、柔軟な体躯。
 自身も昔は、と懐かしむまもなく、繰り出される剣はずしりと重たい。

(受け払うのが精一杯だな)

 立て続けに力で打たれ、衝撃が腕を伝う。
 これは下手をすると半刻ももたない。だが負けるわけにもいかないのだ。

 両者互角の打ち合いが続き、このままでは長期戦。

 ロディアスは相手が踏み出したところで、とっさに身を屈め、懐に入ると剣を逆手に持ち、みぞおちを突く。
 怯んだ瞬間を見計らい、足を払えば、ぐらりと一瞬大きな体が傾いだ。

 さらに動きを封じるため、彼の剣を払い落とす。
 一連の動作には一分いちぶの隙もなかった。

 今度はロディアスが首筋へ剣を当てる。

「さすが閣下、速さがまったく衰えていませんね」

「そう見えているならありがたいな」

「……どこかお悪いのですか?」

「そうだとしたら見逃してくれるのか?」

 暗がりなのでそこまではっきりと顔色はわからないだろう。
 しかしロディアスは剣を維持する魔力を注いでおり、冷や汗が伝っていた。

(リュミザの魔力を分けてもらっていなかったら危なかった)

「鳥は諦め、このまま喧騒に紛れて身を隠してください」

「それはできない。あんたもいま親鳥が来ているのを知っているだろう。精霊鳥なんて存在、夢幻ゆめまぼろしと侮っているなら後悔するぞ」

「閣下! これは罠です! 王子殿下を捕らえるための」

「――っ! ならばなおさらだ! あんたはここを動くな。首をかっ斬られたくなければな」

 リュミザが標的――そうわかった瞬間、ロディアスは全身が粟立った。
 誰が今回の計画を漏らしたのか。
 いま考えることではなくとも、頭の中で焦りが湧いてくる。

「狙いは殿下お一人です! あなたが身を挺す理由はなんですか? 噂のとおり――」

「あれは俺の半身だ。半身をもがれて生きていけるやつはいない」

 言葉を遮り、ロディアスは檻に向き直る。
 すると緊迫した空気を察していたのか、大人しくしていた雛が顔を出した。

「よし、いい子だ。俺と来るな?」

『ぴぃっ』

 リュミザが一抱えといっていたのは正しかった。
 もっふりとした雛は羽を小さくはためかせて、ロディアスに飛びついてくる。

 こんな状況でなかったら愛らしい姿に心和んだだろう。
 まん丸とした体。綺麗な海色の瞳に乳白色の羽毛。
 抱えるともふりと毛の柔らかさが伝わる。

「なにも言わずに通してくれ」

 振り返った先に立ちはだかる壁。
 また一戦交えるかと剣へ手を伸ばすけれど、彼は諦めたように息をついた。

「船の後方に脱出用のボートがあります。逃げる際は使ってください」

 腰元を探った彼はロディアスに向けてなにかを投げる。
 とっさに受け取ったそれは小さな鍵だった。

「ボートを切り離すときに必要な鍵です」

「恩に着るよ」

「無茶はしませんように」

「――時と場合に寄るな」

 精霊鳥に上着を被せてから、ロディアスは短剣を腰に差し、脇目も振らず来た道を戻る。

(なぜだ、なぜリュミザが――誰だ、誰が裏切った)

 地下から上階へ移動すると大きなざわめきが溢れている。
 暗い夜に浮かぶ月さえかすむ、まばゆい大鳥の姿。その真下に、ロディアスの探す人物が立っていた。

 風に髪をなびかせ立っている姿にほっとするけれど、キラリと反射するやじりに気づいた。

「リー! そこを離れろ!」

 ロディアスは考えるよりも前に短剣を手に取り、放たれた矢をめがけ鞭を振るうようにする。
 すると意のままに姿を変え、矢をはじく。カツンと音が響き、リュミザも自身が狙われていると気づいただろう。

 一瞬、ロディアスを振り返った。
 だが再び精霊鳥に向き直り、なにかを話している。

 雛は親鳥の存在を感じ、腕の中でジタバタとするが、ここで離して矢で射られては大惨事だ。
 落ち着かせるためにぽんぽんとあやしてやると、小さく鳴いてロディアスにすりついてくる。

 しかしロディアスも正直言えば、気が気ではない。
 矢はまたいつ飛んでくるかわからないのだ。それでもここで飛び出すわけにもいかない。

「ミスター!」

 一向に事態が変わらず気を揉んでいると、ふいに肩を掴まれ、ロディアスは警戒をして振り向く。
 そこに立っているのは仮面のライックだ。けれど相手が誰かわかっても疑心暗鬼な気持ちを隠せない。

 じっと仮面の奥に赤い瞳を見つめれば、ライックは戸惑いの表情を浮かべる。

「あんたはあの人を裏切るか?」

「なにを言っているのですか?」

「……心当たりがないならいい。それより、リュミザはなにをしているんだ?」

「詳しくはわかりません。ですがもしもの際はあなたを連れて行くように言われています」

「なぜだ! 狙われているのは彼だ」

 思わず声を上げてしまい、周囲の人々が振り向く。
 注目がロディアスへ集まると、素性が悟られる可能性を危惧したのだろう、ライックに腕をとられた。

「待ってくれ、まだ――」

 人垣から離れようとするライックへ、ロディアスが言い募る前に、突然そこかしこから悲鳴が上がる。

「――しまった」

 リュミザの危険を察し、とっさに振り返ったロディアスは、無意識に雛を抱いた手を緩めていた。

 解放された雛はパタパタと羽を広げ、親鳥の傍へ向かおうとする。
 だがその先には多数、帯剣した者たちがいた。突如現れた者たちが、剣を携えリュミザを取り囲んだので、周囲が混乱となったのだ。

『ぴぃぴぃ』

 雛のか細く小さな声。だけれど親鳥には届いたらしい。
 上空を旋回していた精霊鳥が大きく羽ばたき、下降する。人垣の向こうにリュミザだけが取り残された。

「リー! 離せ、ライック。あのままでは」

 無闇に飛び出そうとしたロディアスは、羽交い締めにされる。体力の消耗が激しいいま、健常であるライックの腕力には敵わない。
 それでもあがきたくなる。

 人が多い甲板で魔法を使えば、周りを巻き込み、船の上から無関係の者が投げ出される可能性もある。
 思案しているのかリュミザは動かない。

 そうこうしているうちにまた矢が無数、飛んできた。

「ミスター、落ち着いてください」

「これが落ち着ける状況か!」

「彼から最初に言われています。もしも自分が窮地の状況でも、あなたは安全な場所へ移すようにと」

「できるわけが――」

 二人で言い争っているあいだに事態が進んでいた。
 矢を受けたのだろうリュミザが膝をつき、一斉に取り囲む男たちが捕らえにかかる。

 人垣の隙間から見えるのは頭を押さえつけられ、髪を鷲掴みされたリュミザの姿だ。
 思わずロディアスが叫びそうになれば、口を押さえられた。

 瞬間、優しく笑んだ若葉色の瞳と目が合う。
 リュミザの唇が〝大丈夫〟と紡ぎ、彼は隠し持っていた短刀で掴まれた髪を切り落とした。

 風になびき金糸が舞う。
 無意識のうちにロディアスは涙をこぼしていた。
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