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第26話 海に対する不安

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 きつくリュミザの体を抱きしめると、彼は優しく抱きしめ返してくれる。
 触れる熱を確かめるみたいに、頬をすり合わせれば、髪を撫でこめかみに口づけをくれた。

「ロディー、なにか不安なのですか?」

「海が、海の上にいるのが」

「軍神と言われるほどだったあなたが?」

 ロディアスのか細い声に、リュミザは驚いた様子だった。
 けれど彼は馬鹿にするでもなく、抱きしめる腕に力を込め、不安を和らげようとしてくれる。

「船に乗ると大切な者を失う気がする」

「駄目ですよ。言葉にするとよくないと言ったのはあなたじゃないですか」

「そうだったな」

 本当にリュミザが失われれば、いまのロディアスはどうなるかわからない。
 海の上でアウローラとの誓約が断ち切れ、両親の訃報を知った。その時も胸に大きな穴が空いた気分だった。

「ロディー、そんな切ない顔をされると、僕は胸が締めつけられる」

「……リュミザ」

 ぽつんと名を呼べば、リュミザの手で仮面を外された。そして鼻先へ、頬へ、唇へと口づけが与えられる。
 触れた唇の熱にひどく安心感を覚えたロディアスは、さらに求め、深く貪った。

 珍しい反応に一瞬、うろたえた様子のリュミザだったが、ロディアスの髪を梳きながら、あやすみたいに背を撫でる。

「もっと触れたいです。奥へ行きましょう」

「リュミ――っ」

 身を離す前にふわりと抱き上げられた。
 最近痩せ衰えてきたが、元々体格がよいロディアスをいともたやすく。

「ふふっ、あなたを落としてはいけないので、身体強化の魔法を使っています」

「そうなのか。だがあまりに軽々と持ち上げられるのは癪だな」

「これは僕だけの特権です」

「いつからそんなことになったんだ」

「いまからです」

 口元に笑みを浮かべるリュミザを見て、ロディアスは手を伸ばし、彼の仮面を外した。
 すると認識阻害の魔法も解いてくれ、いつもの美しい顔があらわになる。

「やはり、僕の顔がお好きですか?」

「そうだな。だが彼女に似ているからではないぞ。俺はあんたに会って彼女とまったく似ていないと思った」

「それは意外です」

「彼女と重ねたのは一目見たときだけだ。……いつまで抱えてるんだ? そろそろ俺を降ろしてくれ」

「すみません。少しだけ待ってください」

 抱き上げられている状況が気恥ずかしく、ロディアスが身じろぎをすると、リュミザはようやく足を踏み出した。

 リラックススペースとベッドルームを一つにしたこぢんまりとした部屋。
 もっと簡素かと思ったけれど、手狭ながらも整った室内だ。

 地下なので窓はないが、部屋がひと続きなので息苦しさを感じない。
 落ち着いた色の壁紙や絨毯、さりげなく飾られた花も華やかさを演出する。

「ロディーは僕を好いてくれているんですよね?」

「……なんだ、急に」

 ようやく降ろされたかと思えば、恭しく額に口づけされる。
 思い詰めた顔をするリュミザの問いに、ロディアスが思わず訝しげな顔をしたら、彼はわずかばかりふて腐れた表情を浮かべた。

「僕の求愛に、応えてくれるつもりはないのですか?」

「……あんたのことは確かに、可愛く思うし好いてもいるが、俺はあと何年もつかわからない」

「ではもし今夜、精霊鳥を無事に逃し、可能性が見えたら応えてくれるんですか?」

「もちろんだ。本当にそうなるのなら――」

 精霊鳥がいにしえの逸話のとおり、試練を乗り越えた者に涙を落としてくれるなら。
 しかし人族の手で雛を捕らえられた精霊鳥が、ロディアスの願いを聞き届けてくれるのか怪しいところだ。

 そもそもここまで魂を削られ、なにもかも衰えたロディアスは、咎を許されても長くはない気がした。

「体がそんなに思わしくないんですか?」

 気持ちに応えると言いながらも浮かない顔のロディアスに、リュミザは不安そうな面持ちをする。

「よいとは言えない。だけれどまだ大丈夫だ」

「ロディーを失ったら、僕は生きている意味を見失いそうです」

「そう言うな。第一にあんたは精霊族寄りだ。人族の俺より長生きをするだろう」

「僕の命を、分けられたらいいのに」

「その気持ちだけをもらっておく」

 ゆるりと膝をついたリュミザが、ベッドに腰掛けたロディアスの足へ頭を乗せる。
 すると結っていない金糸の髪がさらりと下方へ流れ、美しい煌めきに誘われたロディアスは、指先でそっとすくう。

「愛しています、ロディー」

「ああ、わかっている」

 顔を上げ、ロディアスを見上げるリュミザの眼差しは真摯だ。
 せめて想いだけは受け止めようと、ロディアスはリュミザの髪へ口づけを落とした。

「いまここであなたのすべてを奪ってしまいたいのですが、このあとに響くので少しだけにします」

「少しだけ? ――ちょ、と待て!」

 おもむろに立ち上がり、ロディアスをベッドへ押し倒したリュミザは、そのまま息を絡め取るような口づけをしてくる。
 息を継ぐ間も与えてくれず、受け止めるので精一杯だ。

(どこが少しなんだ)

 触れる唇が互いの唾液で濡れそぼつ。
 離れる合間に空気を吸い込もうとすると、ロディアスの口からは甘い声が漏れた。

「んっ……ぅっ、はぁ」

「可愛いです。ロディー、気持ちいいですか?」

 乱れた呼吸を整えるため、ロディアスは大きく息をする。
 潤む視線の先――リュミザはいつも以上にあでやかだ。指先で髪を撫でられると、ロディアスの頬は一気に熱を帯びた。

「茶化さないでくれ。受け身は慣れていないんだ」

「僕はいつだって、ロディーに対して真剣です」

「そんなに物欲しそうな目をするな」

「我慢しているだけで、本当はほしいんです。あなたを早く腕の中に抱きたい」

 頬に触れていた手がすっと顎を伝い首筋へ降りる。指先でも胸の速さが伝わるのでは、と思えるほどロディアスはうろたえた。
 それでも熱のこもった、いつもとは違う眼差しに負けてしまうのだ。

「ここへ、あとを残すくらいなら許してやる」

 自身でタイを緩め、ロディアスは自ら喉元を晒す。
 その瞬間、リュミザがゴクリと喉を鳴らしたのを聞き逃さなかった。

「あんたはお綺麗な王子さまって印象だったが、獣になるときもあるんだな」

「ロディーこそ、僕をからかうのはやめてください! 見た目はこんなでも僕は男ですよ」

「そうだったな。――こらっ、噛みつくな」

 ロディアスの発言は不服だったのか、リュミザは首を甘噛みしながらきつく吸い付いてくる。
 さらには時折、舌でねぶってきて、ロディアスはビクリと肩を震わせた。

「リュミザ! 待て、それ以上は許していないぞ」

「僕は聞き分けのない獣なので」

 首筋を舐め、唇はつぅっと下へ移動する。
 鎖骨を丹念にしゃぶり、胸元をくつろげていくリュミザは胸の尖りに舌を這わせた。

「こんなところに咎人の証し。少々苛立たしいですね」

「やめ――っ、んっ」

 ロディアスの左胸には精霊の咎人となった瞬間から、痣のような紋様が浮かび上がった。
 跡が残されているのが気にくわないのだろう。リュミザはその場所ばかりに自分の印を残す。

「可愛いです、ロディー。ここ、敏感なようですね」

 ムズムズとした感覚にロディアスが上擦った声を漏らせば、リュミザは執拗に胸の尖りばかりを舐める。
 舌の感触でそこがぷくりと立ち上がっているのがわかり、ロディアスは頬を紅潮させた。

「はあ、たまらないです。ロディーのその表情」

「リュミ、ぁっ……んっぅ」

 いままで他人に触れられたことがない場所だ。
 だと言うのにリュミザの舌と指が触れるだけで、ロディアスはゾクゾクとする。

「まっ、待て! それ以上はするな」

「どうしてですか? とてもよさそうなのに」

「服が汚れる」

「……なるほど。じゃあ、汚れないように僕が受け止めてあげます」

「こらっ、リュミザ!」

 するするとリュミザの手が下へと滑らされ、反応を見せているロディアスのモノを撫でる。
 なにをしようとしているのか気づいたロディアスは、慌てて身を起こそうとした。だがぎゅっと握り込まれれば、悶えるしかできない。

「大丈夫ですよ。ロディーは気持ちよくなっていてください」

「あっぁ――っ」

 ロディアスが怯んでいるあいだに、リュミザは器用にズボンをくつろげていく。
 込み上がる恥ずかしさと触れる手のよさに、ロディアスは声をかみ殺すので精一杯だ。

 下肢から聞こえる水音と、蕩けそうなほどたまらぬ粘膜の熱。
 声を抑えているつもりでもいつの間にか、ロディアスは甘く啼いていた。

「リュミィ、あっ、だめだ……んぁっ」

 じゅるりと音が鳴り、ロディアスはついに自身の欲を吐き出した。
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