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第18話 思いがけない招待状
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王都に滞在しているとなにかと外部からのお誘いが多い。
大半は最初の頃に済ませたけれど、ロディアスが長く滞在していると知り、何度も声をかけてくる家門もある。
ハンスレットで新しい商売をしたいだとか、他国の商談との繋ぎを作りたいだとか。
すべてに対応していたら、身が一つでは足りないほどだ。
特に商売ごとはシュバルゴが切り盛りしているので、話をするならば彼を通さなくてはならない。ここで容易に約束を取りつけるわけにはいかないのだ。
様々な招待がある中で、ある日ひどく珍しい相手から手紙が届いた。ロディアスが茶会に呼ばれるなどめったにない。
現在も独り身のロディアスだが、嫁入りしても正直旨みがない。
後継者はヘイリーと決まっているため、子を産んでもハンスレットを引き継ぐ機会は与えられないからだ。
そもそもロディアスは前回の失恋で痛手を負っており、夫人を迎えるなど考えたこともない。
だと言うのに茶会、誰かと思えば――予想もしない人物。
「お誘いに応じてくださりうれしいですわ」
「自分のような無骨者をお誘いくださり光栄です」
温かく柔らかい日差しが降り注ぐ、王妃宮殿のテラス。
そこでロディアスと向かい合わせで座るのは、思い出す機会も減った宮殿の主、元恋人だ。
なにゆえ自分を誘ったのかと、疑問だらけだった。
しかし話を聞いてみれば、なるほどと思う。
リュミザの動向を探るためだったのだ。ルディルからそれとなく話を聞いてこいとでも言われたのか。
「最近のあの子は、自分の宮にもあまり近寄らない様子。そちらでの生活がよほど気に入ったのでしょうか? 普段から考えていることがよくわからなくて」
困っていると言わんばかりに頬に手を当て、ため息をつくアウローラ。どこか幼い仕草は昔と変わりがない。
おそらく見た目そのまま、中身もさして変わっていないような気もした。
リュミザが子どもみたいな人と称するのがわかる。
「リュミザ殿下は自由を好む性質でしょうから。私でもよくわからないことばかりですよ」
「でも珍しくあの子が他人に興味を示しました。ハンスレット大公はあの子の特別、なのでしょうね」
「どうでしょう。息子と仲良くしているので、そちらとウマが合うのかもしれません」
「大公子はとても優秀だそうですね」
わずかに複雑そうな表情を浮かべたのは、自身の子らの素行問題だろうか。
次男は横柄、三男は我がままで、長女は癇癪持ちだとか。国の中心部にいると色々な情報が耳に入ってくる。
(全員、見事にルディルの気質を受け継いでいるな)
手に余る性格の兄姉の中に、アウローラと似た子がいたら、萎縮して気の弱い子になっただろう。
そんなことを考えながら、ロディアスは苦みの残る茶を口に運んだ。
「あの子はそちらでどんな風に過ごしているのかしら」
「……そうですね。息子の勉強を見てくれたり、一緒に剣術の稽古をしていたりします」
(名前を一度も呼ばないな。リュミザが呼ばれるのを厭っているのだろうか。それとも彼女が?)
家族に対し、距離を置いているリュミザが居着いているとなれば本来、気になって当然だが。
どうも彼女からは、台本どおりの問いかけをされているようにしか聞こえない。
「まあ、剣術ですか? 何度やっても身につかないと匙を投げられていたのに」
「剣術の才はお持ちだと思いますよ」
(よほど教え方が悪かったんだろう。力任せの剣術は向かないが、リュミザは十分に才能がある)
驚きと疑いの声を上げられて、ロディアスはムッとした気分になる。
以前は筋力のつきにくい体質だったので、ほかの子どもより教えるのは大変だったろうけれど。
通り一遍な教え方をした教師が悪いのではと、腹立たしく思えた。
「できないふりでもしていたのかしら」
「どなたが担当だったのか知りませんが、教え方でしょう」
「そう、なのかしら。ルディルさまの副官はとても腕の立つ方なのに」
(ルディルの副官は、いま確かに王国軍の軍隊長だが、腕なんて大したものではない。頭を押さえつけ言うことを聞かせようとする性質だ)
心底、意外だと言わんばかりの表情を浮かべるアウローラに、ロディアスはため息を吐きかけた。
(月日が過ぎたからか。彼女が魅力的だと感じないな。精霊族だった頃の彼女しか知らないからだろうか)
そのあとも根掘り葉掘りとリュミザについて聞かれ、ロディアスはいつになったら退席できるだろうかと、考えていた。
「王妃殿下」
「なぁに? どうしたの」
宮殿から侍女が少し慌てた様子でやって来て、アウローラに耳打ちする。
言伝を聞いたアウローラは驚きで目を丸くし、ぱっと顔を上げると、ロディアスの背後へ視線を向けた。
気になってロディアスも後ろを振り返ると、室内からリュミザが姿を現す。
彼の登場はまったく予想をしていなかったので、さすがのロディアスも驚いて目を見開いた。
無言でつかつかと歩み寄ってきたリュミザは、むんずとロディアスの腕を掴んだ。
その行動に驚くまもなく引っ張られ、ロディアスはようやく理解する。
(嫉妬、してるんだな。可愛いやつめ)
「王妃殿下、申し訳ありませんが私はそろそろお暇させていただきます。リュミザ殿下との約束の時間になっていたようです」
「まあ、この子と約束をしていたんですか? 残念ですわ。大公とお話ししていると、落ち着いた気分になってとても楽しかったのに」
「大変光栄です。また機会がありましたら」
すっと席を立ったロディアスに、アウローラは言葉どおり残念そうな表情を浮かべる。
社交辞令でまたと言えば、腕を掴むリュミザの手に力がこもった。
「大公、行きましょう」
「では、王妃殿下。これにて失礼いたします」
ぐいぐいと引っ張ってくるリュミザに苦笑したくなるが、なんとか表情を保ち、先を歩く彼に続く。
途中で手は離れたものの、足早なリュミザのあとにロディアスが続く様子は周囲の目を引いた。
「あんたの宮は、随分と離れているな」
王妃の宮殿と王宮から、リュミザが与えられている宮殿は距離があるようだ。
奥まった場所まで来て、ようやく新たな宮が見えてきた。
「僕が望んだんです。王室からは距離を置きたくて。それに王太子をマフィニーにするというのは、僕が叔父上の下につく交換条件だったので」
自分の領域に入ったのか、口を噤んでいたリュミザが言葉を返してきた。
「なるほど、そうだよな。あいつが手放しであんたを魔法省に送るなんて、おかしいと思っていた」
「僕を一族と見なしたくないようでしたし、ちょうどよかったですよ」
宮殿内に入ってもリュミザは言葉少なだった。
さりげなく室内を見回したが、従者たちの数は限られているようだ。二階へ上がり、自室とおぼしき部屋に入ったリュミザはためらいなく鍵をかける。
「ここにいる者たちも信用できないのか?」
「誰とも繋がりのない者を集めていますが、人の繋がりはどこでできるともしれませんからね」
「まあ、きっかけ一つで寝返るなんて日常茶飯事だろうが。なるほど、あんたがこんなだから俺から話を聞きだそうってなったんだな」
「なぜ、今日の招待を受けたんですか」
「なぜって――」
必要最低限な室内を見回していたロディアスは、急な抱擁に驚く。しかしきつく抱きついてくるリュミザを見て、不安を感じさせたのだとわかった。
「王宮からの招待は王都にいる以上、無下にはできないからな」
「本当にそれだけですか?」
「それだけだ。そもそも彼女に会ったところでもう吹っ切れた、過去の話だ」
ぽんぽんと背中を叩きあやすと、リュミザの腕の力がわずかに緩む。
すりっと動物みたいに頬を寄せてくる仕草にドキッとしたが、可愛いと思うのが先だった。
「いまは僕のほうが好きですか?」
「ああ、あんたが好きだ」
「それはどういう好き? こうしても、怒らない?」
「えっ――」
二度目の驚きは言葉が継げなかった。
少しだけ身を離したリュミザが、ためらいなくロディアスに口づけたからだ。
一瞬驚きで体が固まったけれど、ロディアスはそのままリュミザを受け入れた。
気づいた彼は触れるだけだった口づけから、さらに深いものへ変える。
時折息を継ぎながら、何度も口づけを交わしているうちに、二人の呼気に熱が絡まっていく。
「ロディー、愛しています。あなたを誰かに盗られたくない」
「安心しろ。誰かに盗られる予定はない」
「僕だけのロディーでいてください。その青い瞳に映るのは僕だけだと」
「ああ、あんただけだ。リュミザ、泣きそうな顔をするな」
すがるような目で見られれば、愛おしくなる。
両手でリュミザの頬を撫で、今度は自身から、ロディアスは彼に口づけた。
大半は最初の頃に済ませたけれど、ロディアスが長く滞在していると知り、何度も声をかけてくる家門もある。
ハンスレットで新しい商売をしたいだとか、他国の商談との繋ぎを作りたいだとか。
すべてに対応していたら、身が一つでは足りないほどだ。
特に商売ごとはシュバルゴが切り盛りしているので、話をするならば彼を通さなくてはならない。ここで容易に約束を取りつけるわけにはいかないのだ。
様々な招待がある中で、ある日ひどく珍しい相手から手紙が届いた。ロディアスが茶会に呼ばれるなどめったにない。
現在も独り身のロディアスだが、嫁入りしても正直旨みがない。
後継者はヘイリーと決まっているため、子を産んでもハンスレットを引き継ぐ機会は与えられないからだ。
そもそもロディアスは前回の失恋で痛手を負っており、夫人を迎えるなど考えたこともない。
だと言うのに茶会、誰かと思えば――予想もしない人物。
「お誘いに応じてくださりうれしいですわ」
「自分のような無骨者をお誘いくださり光栄です」
温かく柔らかい日差しが降り注ぐ、王妃宮殿のテラス。
そこでロディアスと向かい合わせで座るのは、思い出す機会も減った宮殿の主、元恋人だ。
なにゆえ自分を誘ったのかと、疑問だらけだった。
しかし話を聞いてみれば、なるほどと思う。
リュミザの動向を探るためだったのだ。ルディルからそれとなく話を聞いてこいとでも言われたのか。
「最近のあの子は、自分の宮にもあまり近寄らない様子。そちらでの生活がよほど気に入ったのでしょうか? 普段から考えていることがよくわからなくて」
困っていると言わんばかりに頬に手を当て、ため息をつくアウローラ。どこか幼い仕草は昔と変わりがない。
おそらく見た目そのまま、中身もさして変わっていないような気もした。
リュミザが子どもみたいな人と称するのがわかる。
「リュミザ殿下は自由を好む性質でしょうから。私でもよくわからないことばかりですよ」
「でも珍しくあの子が他人に興味を示しました。ハンスレット大公はあの子の特別、なのでしょうね」
「どうでしょう。息子と仲良くしているので、そちらとウマが合うのかもしれません」
「大公子はとても優秀だそうですね」
わずかに複雑そうな表情を浮かべたのは、自身の子らの素行問題だろうか。
次男は横柄、三男は我がままで、長女は癇癪持ちだとか。国の中心部にいると色々な情報が耳に入ってくる。
(全員、見事にルディルの気質を受け継いでいるな)
手に余る性格の兄姉の中に、アウローラと似た子がいたら、萎縮して気の弱い子になっただろう。
そんなことを考えながら、ロディアスは苦みの残る茶を口に運んだ。
「あの子はそちらでどんな風に過ごしているのかしら」
「……そうですね。息子の勉強を見てくれたり、一緒に剣術の稽古をしていたりします」
(名前を一度も呼ばないな。リュミザが呼ばれるのを厭っているのだろうか。それとも彼女が?)
家族に対し、距離を置いているリュミザが居着いているとなれば本来、気になって当然だが。
どうも彼女からは、台本どおりの問いかけをされているようにしか聞こえない。
「まあ、剣術ですか? 何度やっても身につかないと匙を投げられていたのに」
「剣術の才はお持ちだと思いますよ」
(よほど教え方が悪かったんだろう。力任せの剣術は向かないが、リュミザは十分に才能がある)
驚きと疑いの声を上げられて、ロディアスはムッとした気分になる。
以前は筋力のつきにくい体質だったので、ほかの子どもより教えるのは大変だったろうけれど。
通り一遍な教え方をした教師が悪いのではと、腹立たしく思えた。
「できないふりでもしていたのかしら」
「どなたが担当だったのか知りませんが、教え方でしょう」
「そう、なのかしら。ルディルさまの副官はとても腕の立つ方なのに」
(ルディルの副官は、いま確かに王国軍の軍隊長だが、腕なんて大したものではない。頭を押さえつけ言うことを聞かせようとする性質だ)
心底、意外だと言わんばかりの表情を浮かべるアウローラに、ロディアスはため息を吐きかけた。
(月日が過ぎたからか。彼女が魅力的だと感じないな。精霊族だった頃の彼女しか知らないからだろうか)
そのあとも根掘り葉掘りとリュミザについて聞かれ、ロディアスはいつになったら退席できるだろうかと、考えていた。
「王妃殿下」
「なぁに? どうしたの」
宮殿から侍女が少し慌てた様子でやって来て、アウローラに耳打ちする。
言伝を聞いたアウローラは驚きで目を丸くし、ぱっと顔を上げると、ロディアスの背後へ視線を向けた。
気になってロディアスも後ろを振り返ると、室内からリュミザが姿を現す。
彼の登場はまったく予想をしていなかったので、さすがのロディアスも驚いて目を見開いた。
無言でつかつかと歩み寄ってきたリュミザは、むんずとロディアスの腕を掴んだ。
その行動に驚くまもなく引っ張られ、ロディアスはようやく理解する。
(嫉妬、してるんだな。可愛いやつめ)
「王妃殿下、申し訳ありませんが私はそろそろお暇させていただきます。リュミザ殿下との約束の時間になっていたようです」
「まあ、この子と約束をしていたんですか? 残念ですわ。大公とお話ししていると、落ち着いた気分になってとても楽しかったのに」
「大変光栄です。また機会がありましたら」
すっと席を立ったロディアスに、アウローラは言葉どおり残念そうな表情を浮かべる。
社交辞令でまたと言えば、腕を掴むリュミザの手に力がこもった。
「大公、行きましょう」
「では、王妃殿下。これにて失礼いたします」
ぐいぐいと引っ張ってくるリュミザに苦笑したくなるが、なんとか表情を保ち、先を歩く彼に続く。
途中で手は離れたものの、足早なリュミザのあとにロディアスが続く様子は周囲の目を引いた。
「あんたの宮は、随分と離れているな」
王妃の宮殿と王宮から、リュミザが与えられている宮殿は距離があるようだ。
奥まった場所まで来て、ようやく新たな宮が見えてきた。
「僕が望んだんです。王室からは距離を置きたくて。それに王太子をマフィニーにするというのは、僕が叔父上の下につく交換条件だったので」
自分の領域に入ったのか、口を噤んでいたリュミザが言葉を返してきた。
「なるほど、そうだよな。あいつが手放しであんたを魔法省に送るなんて、おかしいと思っていた」
「僕を一族と見なしたくないようでしたし、ちょうどよかったですよ」
宮殿内に入ってもリュミザは言葉少なだった。
さりげなく室内を見回したが、従者たちの数は限られているようだ。二階へ上がり、自室とおぼしき部屋に入ったリュミザはためらいなく鍵をかける。
「ここにいる者たちも信用できないのか?」
「誰とも繋がりのない者を集めていますが、人の繋がりはどこでできるともしれませんからね」
「まあ、きっかけ一つで寝返るなんて日常茶飯事だろうが。なるほど、あんたがこんなだから俺から話を聞きだそうってなったんだな」
「なぜ、今日の招待を受けたんですか」
「なぜって――」
必要最低限な室内を見回していたロディアスは、急な抱擁に驚く。しかしきつく抱きついてくるリュミザを見て、不安を感じさせたのだとわかった。
「王宮からの招待は王都にいる以上、無下にはできないからな」
「本当にそれだけですか?」
「それだけだ。そもそも彼女に会ったところでもう吹っ切れた、過去の話だ」
ぽんぽんと背中を叩きあやすと、リュミザの腕の力がわずかに緩む。
すりっと動物みたいに頬を寄せてくる仕草にドキッとしたが、可愛いと思うのが先だった。
「いまは僕のほうが好きですか?」
「ああ、あんたが好きだ」
「それはどういう好き? こうしても、怒らない?」
「えっ――」
二度目の驚きは言葉が継げなかった。
少しだけ身を離したリュミザが、ためらいなくロディアスに口づけたからだ。
一瞬驚きで体が固まったけれど、ロディアスはそのままリュミザを受け入れた。
気づいた彼は触れるだけだった口づけから、さらに深いものへ変える。
時折息を継ぎながら、何度も口づけを交わしているうちに、二人の呼気に熱が絡まっていく。
「ロディー、愛しています。あなたを誰かに盗られたくない」
「安心しろ。誰かに盗られる予定はない」
「僕だけのロディーでいてください。その青い瞳に映るのは僕だけだと」
「ああ、あんただけだ。リュミザ、泣きそうな顔をするな」
すがるような目で見られれば、愛おしくなる。
両手でリュミザの頬を撫で、今度は自身から、ロディアスは彼に口づけた。
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