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第17話 甘さが心を満たす

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 演劇場を出たあとは二人でのんびりと町を散策した。
 どうせなら雑貨屋へ行くか、とロディアスは提案したけれど、リュミザに「仕事はしたくない」と返される。

 行く必要もない。そういった意味もあるのだろう。
 すでに雛の存在が確かになっている。

「俺はあまり王都を知らないが」

 二十年も経てば店の入れ替わりも多い。
 そもそもアウローラとともに過ごした場所へ、リュミザと行くのはさすがにありえない。

 心中を察してくれたのだろうリュミザは、すぐに笑みを浮かべ、ロディアスの腕をとった。

「そうですね。では甘いものでも食べに行きましょうか? おすすめの場所があります」

 平民の多くは貴族街を離れた下町を歩く。
 リュミザはよく来ているのか、すいすいと人混みを縫って、ロディアスを案内してくれた。

 王都は多種多様な者たちが集まるので、神族以外はどんな種族もすれ違う。
 ハンスレットでも色々な船が出入りするため、少しばかり似ている気がした。

(獣人族は見た目からすぐわかるが、精霊族も見ただけでわかるんだよな)

 しかしロディアス以外のほとんどは、人族との違いをはっきりと区別できないらしい。

「精霊族は見た目がこう、キラキラしているよな」

「――ああ、魔力を帯びている者がほとんどですからね。でも視えるだなんて、ロディーは目がいいんですね」

「普通はえないのか?」

「視えないと聞きますね。僕が罪の証しに気づいたのも、精霊族の目を持っているからです」

「へぇ、じゃあうちにも精霊族が混じっているのか?」

 精霊族と神族が近しい関係である。
 タウンハウスの書庫にある魔法道具。
 そしてロディアスの目のよさ、を考えるとあながち間違いでもないと思えた。

「魔法道具の初期型、ですか。……もしかしたら、精霊族ではなくて、祖先に神族がいたりするかもしれませんね」

「神族、か。そういえば書庫の奥に、初代の手記があると聞いたな。調べてみるか」

「それがよいですね。僕もすべてを叔父上から聞いているわけではないので」

「あれこれと知っている彼の情報網が気になるな」

「気にするのは情報だけにしてくださいね」

 ふいにロディアスが興味を移すとわかりやすくヤキモチを妬く。
 ぎゅっと腕に手を絡め、抱きついてくるリュミザにロディアスは素っ気なく「はい、はい」と返しつつも、笑みを浮かべる。

 のんびりゆったり下町を歩き、しばらく――簡素な店にたどり着いた。ためらいなく入っていくリュミザの様子から、よく来る場所なのだろう。

「いらっしゃいませ! あっ、リーさん、こんにちは」

「こんにちは。いつものを二セットで」

「二つ――あ、はい!」

 リュミザを見てぱっと明るい笑顔を浮かべた少女が、ロディアスを見て瞬時に、萎れた。

(これは、リュミザに片想いしていたんだろうな。こちらはまったく気づいているそぶりがないが)

 リュミザは普段とは少し姿を変えており、さらに印象を薄くする魔法がかかっている。
 それでも人を惹きつけてしまう光を、彼は持っているのだ。

 少女の淡い恋には申し訳ないと思っても、ロディアスとて他人に譲るつもりはない。
 そのくらいの独占欲は芽生えている。

「毎回、同じ物を頼んでいるのか?」

「そうなんです。 ここの三段重ねのケーキは何度食べても飽きません。クリームも、果実もたっぷりで」

 向かい合わせで席に座り、身を乗り出すようにして語るリュミザはうきうきとしている。
 リュミザが手放しで褒めるケーキは、どれほどおいしいのだろうと、ロディアスの期待も膨らむ。

(なるほど、ケーキに夢中すぎてほかに気が回らないんだな)

 精霊族は人の気持ちに鈍感ではない。そんな彼が気づかないのは、少女よりもケーキのほうへ興味が注がれているからだ。
 ならばよほどでない限り、彼女に気は向かない。そう安心してロディアスは小さく笑った。

(俺も意地の悪い男になったものだな)

 リュミザは人の器に入っているので、ほかの精霊族よりも煌めきは多くない。だが天性の明るさや美しさに、視えずとも惹かれてしまう者はいる。
 これからも自身だけを見ていてくれたらいい、ロディアスはそんな心の狭いことを考えた。

「お待たせしました」

 ほんのわずかしょんぼり、意気消沈しつつも、笑顔を浮かべた少女がケーキセットを運んできた。
 テーブルに置かれたケーキは想像以上だ。
 両面を焼いたふんわりとした黄み色を帯びた生地。分厚いそれが三段。

 こってりと塗られたクリームに、あいだからこぼれ出る果実。
 見るからに甘そうで、甘党なロディアスにはたまらない逸品だ。

「すごいな」

「すごいでしょう? さあ、いただきましょう! この茶は口直しに。さっぱりとした酸味があっておいしいですよ」

 二人で早速とばかりにフォークとナイフをとると、クスッと少女が笑った。
 ロディアスが気づいて視線を向けると、少女はすぐさま頭を下げた。

「あっ、すみません。お二人よく似ていて可愛らしいなって」

「やっぱり僕とロディーは、どこか似ているんですね」

 少女の言葉にリュミザは機嫌よさそうに笑い、大きなひとかけを口に運んだ。
 もぐもぐとおいしそうに食べている様子を見た彼女は、どこか吹っ切れた様子だった。

「ごゆっくりしていってください」

 にっこりと最初の笑顔を浮かべ、少女はパタパタと足早に去っていく。
 その様子を見届けた、ロディアスもようやくケーキにナイフを入れた。

 ふわっとした生地にナイフが吸い込まれていく不思議な感覚。
 一段目までナイフを通し、まずは一口。
 優しい味の生地と、甘いクリーム。それをわずかに和らげる果実の味がちょうどいい。

「うまいな」

「ふふっ、瞳がキラキラして可愛いですね」

「甘いものに目がないんだから、仕方がないだろ」

「また一緒に来ましょうね」

「来られたらな」

 なにかと次の約束をしたがるリュミザ。
 まだこの先はあると、ロディアスに言い聞かせているようでもある。躊躇なく返事はできなくとも、その日が来たらいい。

 小さな期待と希望が、ロディアスの胸に生まれる。

(数年先なんて、あまり考えないようにしていたな)

 いつ自身がいなくなってもいいように、欠けたときの準備ばかりをしてきた。
 しかしリュミザが、また今度、また次に、そう言うたびに心が軽くなっていく気もする。

「ロディーと行きたい場所はたくさんあるんですよ」

「そうだな。俺も行ってみたい」

「ぜひ、一緒に行きましょう」

 まっすぐな瞳で見つめてくるリュミザの笑みを見ながら、ロディアスはもう一口、ケーキを頬ばった。

 たとえ一緒にいられる時間が長くならなくとも、少しでも一緒にいられたら――考えるほどに、胸の内がリュミザで占められていく。

 このところロディアスは書庫にこもり、先の見えない自身の人生を憂いていた。
 もしかしたら今日、リュミザが連れ出してくれたのは、見かねた誰かの入れ知恵だったのかもしれない。

 そうだとしたら屋敷の者にも感謝しなくては。
 ロディアスがあと数年しかもたないと、彼らは知りもしないが、悶々と悩む姿を見ているのは歯痒かっただろう。

「海が、見たいな」

「恋しいですね。ここは海に面していないから」

「ああ、早く一段落させて、皆でハンスレットへ帰りたいな」

 王都は内陸だ。郊外へ出ると内湾があり、海が見えるけれど、ハンスレットのように広大な地平線は拝めない。
 大きな青い海。いまになって、ロディアスはリュミザと一緒に見なかったことを後悔する。

 いますぐ自身がどうにかなるわけでもないのに、なぜだか言い知れぬ不安や心残りが浮かんできた。

「ロディー、笑ってください。僕はあなたの笑顔が好きなんです」

 ぼんやりとした感覚に捕らわれていたら、目の前にケーキを差し出された。
 一口にしては大きいひとかけ。それを見て、ロディアスは黙って口を開く。

「……大きく切りすぎだ」

「ふふっ」

 ロディアスの口に入りきらなかったケーキは、楽しげに笑ったリュミザの口の中へ消えていった。
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