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第15話 息抜きのお誘い
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精霊の咎人が罪を許される方法。
どの文献を読んでも、罪から逃れた者はいないとある。
そもそも、ロディアスのように二十年も長らえている者は存在していないのだ。
導き出された結論から推測されるのは、これでも情状酌量されている、ということ。
屋敷の地下書庫で、古い本を丁寧に捲りながら、ロディアスは小さく息をついた。
先日の舞踏会で改めて感じた感情。
時折くすぶる〝嫉妬心〟がロディアスを悩ませる。
まだ恋情とはいかないものの、リュミザが誰かの手を取るのが気に入らない。〝独占欲〟が胸の内で頭をもたげる。
しかし現実を見れば、あと数年程度しかない命。
精霊族の気質が強い彼は人族よりも長生きだろう。
考えれば考えるほど、足を踏み出してはいけないと、もう一人の自分が耳元で囁く。
「獣人族は伴侶が亡くなると後追いすると言うが、精霊族はどうなんだろうな」
一途で執着心の強い精霊族は、自分の命を分かち合うことで、伴侶と一生をともにする。
約束を違えたら、分けた命を取り上げるのだから、見切りをつけた相手へは厳しそうだ。
書記具に単語を書きかけたロディアスは、その手を止めた。
(人生にしがみつこうなんて、悪あがきだよな)
自身がいなくなれば、きっとリュミザもロディアス以外へ視線を向けられる。
彼にとってほんの数年だ。
(自分に言い聞かせている時点で未練たらたらだな)
調べる手を止めると途端に手持ち無沙汰だ。
しかしすっかり冷えたカップを口元へ運ぶと、見計らったように呼び鈴が鳴った。
『リュミザさまがいらっしゃいました』
「今日は特別、約束していなかったが、一段落したのか」
『本日はお出かけのお誘いのようですよ。着替えてきてほしいと、応接間でお待ちです』
「わかった。部屋へ戻る」
(しばらく顔を見せなかった埋め合わせだろうか。元々、リュミザが動きやすいようにするのが、俺の役目なのに)
気を使わせたようで悪い。そう思いはしたが、機嫌をとられるのも悪い気がしなかった。
素っ気なく返事をしたつもりが、気持ちが声に出ていたのか。ロディアスの返答に、ウィレバはどこかうれしそうな声で了承をした。
(王都にいても、仕事に関わることばかりだからだ。リュミザの誘いが特別なわけではない)
一人で勝手に言い訳をして、ロディアスは書庫の明かりを消す。
本来の予定では呼ばれた宴が終わったら、すぐにでもハンスレットへ帰る気でいた。
けれど王都にしばらく滞在すると知ったヘイリーが随分と喜んだ。寂しい思いをさせていたと知り、心を入れ替え、社交シーズンが終わるまで残ると決めた。
表向きはそんな筋書きだ。
ヘイリーが寂しくないように、と言うのは建前ではないものの、リュミザとカルドラ公爵の補助をする名目が大きい。
彼らが企みを達成する。それはヘイリーの将来が安泰であるという安心でもある。
「今日はどういった目的なんだ?」
私室へ戻るとすでに準備を整えた侍従たちが待っていた。
服装は華美でなく、町歩きによいだろう簡素な組み合わせ。
「下町散策、とおっしゃっておりました」
「ふぅん。ならばあれが必要か」
「はい、魔法道具を身につけてほしいと、言伝がありました」
思えばロディアスは王都へきてから、よそからの誘い以外、地下書庫にこもりきりだった。
いい気分転換になりそうだ。
そんなことを考えていたら鼻歌を歌っていたようで、周囲から微笑ましそうな眼差しを向けられる。
二十年も領地にこもりきりだった主人が、浮かれているのを見て、従者たちもほっとしたのだろう。
ヘイリーの将来を考えると、ずっとあのままではいられなかった。
きっかけがルディルというのは癪に障る。
それでも撤回せずにまっすぐ王都へ来たのは、リュミザのおかげだ。
父と呼ばれて釈然としなかったというのに、恋をしたと言われて真剣に悩むなど、思いも寄らなかったけれど。
着替えて応接間へ行くと、学園から帰ってきたヘイリーもいた。
一緒に行くのだろうかとリュミザに視線を向ければ、察したヘイリーが先に席を立つ。
「父上、兄さまとのお出かけを楽しんできてください。私は宿題があるのでこれで」
息子に気遣われるむず痒さがなんとも言えない。
しかし傍まで来て礼を執る彼の頭を撫でてやるのも忘れない。
「ほどほどに休むんだぞ」
「はい!」
うれしそうにはにかんで、ヘイリーは機嫌のよさがわかる歩みで部屋を出て行く。
「今日もドレスを着ていたらどうしようかと思った」
扉が閉められたところで、ロディアスは再び口を開いた。
今日のリュミザはシンプルなシャツにウェストコート。ズボンにブーツを合わせた男性の装いだ。
「意外です。女装はお気に召さなかったんですね」
「あんたは美しいが、いまのほうがあんたらしい」
若葉色の瞳を瞬かせ、驚くリュミザにロディアスは肩をすくめた。
恋愛対象が女性だったからと言って、彼の装いを変えてほしいわけではない。
「ありのままの僕が好き、と言うことですね」
キラキラと瞳を輝かせて笑うリュミザに一瞬、ロディアスは怯みそうになったものの、間違いではないだろう。
繕わないまっすぐな彼だからこそ、心が惹かれる。
(俺はやはり、リュミザを意識しているのか)
舞踏会の一件がなかったら、感情に揺れは起きなかった。
リュミザが自分以外の手を取り――演技だとしても――微笑み、身を預けたと考えるだけで苛立つ。
「どうしたんですか? 今日は体調が優れませんか?」
「いや、大丈夫だ。それよりも今日はどこへ行くんだ?」
いつの間にか傍へ来ていたリュミザに顔を覗き込まれ、ロディアスは我に返る。
「舞台観劇をしに行きませんか?」
「服装の注文からいくと、煌びやかな場ではなさそうだな」
「ええ、でもとてもよい役者を抱えた劇団があるんです」
「ふぅん。そこまで言うのなら支援をしている劇団なんだな」
貴族が平民の商売ごとに支援するのは多々ある。
おそらく名前を偽っての後援だろうけれど、リュミザの目に留まるほどなら、優れた劇団なのだろう。
「では案内してもらおうか」
「はい、喜んで!」
侍従に手渡された帽子を被り、ロディアスは足を踏み出す。
するとさっとロディアスの腕をとったリュミザも、軽やかな一歩を踏み出した。
二人で馬車に乗り込んでから、変装用の魔法道具を身につけ、人の多い街中で馬車を降りる予定だ。
今回もロディアスは傷跡を隠し平凡な色合いに。
リュミザも髪色と瞳の色を無難な色に変え、わずかな認識阻害魔法を施している。
リュミザほどの美貌だと、目立って当然だろう。
「ヘイリーはとても賢い、よい子ですね」
「急にどうした? また息子になりたくなったか?」
「違います!」
馬車が動き始めて、開口一番がヘイリーについてだったのが意外だ。わずかに茶化して言えば、リュミザは子どものように頬を膨らませた。
「遠縁の子らしいですが、大公家の血筋は頭がよいのだと思います。一度覚えた内容は違えませんし」
「それはあんたもそうだろう?」
「僕は頭がよいのではなく、記憶力がよいのです。あの年頃で文武の才があるのは素晴らしいことですよ。叔父上の息子は頭脳面に特化しています」
「それは暗に、もっと褒めて可愛がれと?」
「そうです。勉強に忙しくても、文句一つ言わずに、僕の剣の練習に付き合ってくれるのですよ」
「ふむ」
リュミザの手放しの褒めに、ロディアスは驚いた。
しかしあまり大げさに褒めたり、子どもらしく可愛がったりした覚えがないと気づく。
顎に手を置き、ロディアスが記憶を反芻していると、リュミザがくすりと笑った。
「そうしていると父親らしいですね」
「息子になりたい、わけではないんじゃなかったか?」
「もう、また! 僕はロディアスに求愛中ですよ! ただ、愛されているヘイリーが羨ましくあります。やはり僕もそれほどに愛されたかった」
ほんのわずか寂しげに笑った、リュミザの表情が印象的だった。
思わずじっと見つめれば、気まずく思ったのか、すぐさまリュミザの瞳は外へ向けられる。
だがもしも、まっすぐに見つめられたままだったら――ロディアスは迷わず抱きしめていた。
父親は自分に似た息子だけを愛し、母親は夫にだけ愛を向ける。
優しく頭を撫でられたことも、頑張ったと褒めてもらうこともなかったのだろう。
「叔父上が、後見を務めてくれたので社交界に出られました。一緒、ではありませんけど」
「俺がいるあいだはなんでも付き合ってやろう」
「そんな寂しい約束は嫌ですね」
正直に伝えたら、リュミザは幼さを浮かべた顔で口を尖らせた。
どの文献を読んでも、罪から逃れた者はいないとある。
そもそも、ロディアスのように二十年も長らえている者は存在していないのだ。
導き出された結論から推測されるのは、これでも情状酌量されている、ということ。
屋敷の地下書庫で、古い本を丁寧に捲りながら、ロディアスは小さく息をついた。
先日の舞踏会で改めて感じた感情。
時折くすぶる〝嫉妬心〟がロディアスを悩ませる。
まだ恋情とはいかないものの、リュミザが誰かの手を取るのが気に入らない。〝独占欲〟が胸の内で頭をもたげる。
しかし現実を見れば、あと数年程度しかない命。
精霊族の気質が強い彼は人族よりも長生きだろう。
考えれば考えるほど、足を踏み出してはいけないと、もう一人の自分が耳元で囁く。
「獣人族は伴侶が亡くなると後追いすると言うが、精霊族はどうなんだろうな」
一途で執着心の強い精霊族は、自分の命を分かち合うことで、伴侶と一生をともにする。
約束を違えたら、分けた命を取り上げるのだから、見切りをつけた相手へは厳しそうだ。
書記具に単語を書きかけたロディアスは、その手を止めた。
(人生にしがみつこうなんて、悪あがきだよな)
自身がいなくなれば、きっとリュミザもロディアス以外へ視線を向けられる。
彼にとってほんの数年だ。
(自分に言い聞かせている時点で未練たらたらだな)
調べる手を止めると途端に手持ち無沙汰だ。
しかしすっかり冷えたカップを口元へ運ぶと、見計らったように呼び鈴が鳴った。
『リュミザさまがいらっしゃいました』
「今日は特別、約束していなかったが、一段落したのか」
『本日はお出かけのお誘いのようですよ。着替えてきてほしいと、応接間でお待ちです』
「わかった。部屋へ戻る」
(しばらく顔を見せなかった埋め合わせだろうか。元々、リュミザが動きやすいようにするのが、俺の役目なのに)
気を使わせたようで悪い。そう思いはしたが、機嫌をとられるのも悪い気がしなかった。
素っ気なく返事をしたつもりが、気持ちが声に出ていたのか。ロディアスの返答に、ウィレバはどこかうれしそうな声で了承をした。
(王都にいても、仕事に関わることばかりだからだ。リュミザの誘いが特別なわけではない)
一人で勝手に言い訳をして、ロディアスは書庫の明かりを消す。
本来の予定では呼ばれた宴が終わったら、すぐにでもハンスレットへ帰る気でいた。
けれど王都にしばらく滞在すると知ったヘイリーが随分と喜んだ。寂しい思いをさせていたと知り、心を入れ替え、社交シーズンが終わるまで残ると決めた。
表向きはそんな筋書きだ。
ヘイリーが寂しくないように、と言うのは建前ではないものの、リュミザとカルドラ公爵の補助をする名目が大きい。
彼らが企みを達成する。それはヘイリーの将来が安泰であるという安心でもある。
「今日はどういった目的なんだ?」
私室へ戻るとすでに準備を整えた侍従たちが待っていた。
服装は華美でなく、町歩きによいだろう簡素な組み合わせ。
「下町散策、とおっしゃっておりました」
「ふぅん。ならばあれが必要か」
「はい、魔法道具を身につけてほしいと、言伝がありました」
思えばロディアスは王都へきてから、よそからの誘い以外、地下書庫にこもりきりだった。
いい気分転換になりそうだ。
そんなことを考えていたら鼻歌を歌っていたようで、周囲から微笑ましそうな眼差しを向けられる。
二十年も領地にこもりきりだった主人が、浮かれているのを見て、従者たちもほっとしたのだろう。
ヘイリーの将来を考えると、ずっとあのままではいられなかった。
きっかけがルディルというのは癪に障る。
それでも撤回せずにまっすぐ王都へ来たのは、リュミザのおかげだ。
父と呼ばれて釈然としなかったというのに、恋をしたと言われて真剣に悩むなど、思いも寄らなかったけれど。
着替えて応接間へ行くと、学園から帰ってきたヘイリーもいた。
一緒に行くのだろうかとリュミザに視線を向ければ、察したヘイリーが先に席を立つ。
「父上、兄さまとのお出かけを楽しんできてください。私は宿題があるのでこれで」
息子に気遣われるむず痒さがなんとも言えない。
しかし傍まで来て礼を執る彼の頭を撫でてやるのも忘れない。
「ほどほどに休むんだぞ」
「はい!」
うれしそうにはにかんで、ヘイリーは機嫌のよさがわかる歩みで部屋を出て行く。
「今日もドレスを着ていたらどうしようかと思った」
扉が閉められたところで、ロディアスは再び口を開いた。
今日のリュミザはシンプルなシャツにウェストコート。ズボンにブーツを合わせた男性の装いだ。
「意外です。女装はお気に召さなかったんですね」
「あんたは美しいが、いまのほうがあんたらしい」
若葉色の瞳を瞬かせ、驚くリュミザにロディアスは肩をすくめた。
恋愛対象が女性だったからと言って、彼の装いを変えてほしいわけではない。
「ありのままの僕が好き、と言うことですね」
キラキラと瞳を輝かせて笑うリュミザに一瞬、ロディアスは怯みそうになったものの、間違いではないだろう。
繕わないまっすぐな彼だからこそ、心が惹かれる。
(俺はやはり、リュミザを意識しているのか)
舞踏会の一件がなかったら、感情に揺れは起きなかった。
リュミザが自分以外の手を取り――演技だとしても――微笑み、身を預けたと考えるだけで苛立つ。
「どうしたんですか? 今日は体調が優れませんか?」
「いや、大丈夫だ。それよりも今日はどこへ行くんだ?」
いつの間にか傍へ来ていたリュミザに顔を覗き込まれ、ロディアスは我に返る。
「舞台観劇をしに行きませんか?」
「服装の注文からいくと、煌びやかな場ではなさそうだな」
「ええ、でもとてもよい役者を抱えた劇団があるんです」
「ふぅん。そこまで言うのなら支援をしている劇団なんだな」
貴族が平民の商売ごとに支援するのは多々ある。
おそらく名前を偽っての後援だろうけれど、リュミザの目に留まるほどなら、優れた劇団なのだろう。
「では案内してもらおうか」
「はい、喜んで!」
侍従に手渡された帽子を被り、ロディアスは足を踏み出す。
するとさっとロディアスの腕をとったリュミザも、軽やかな一歩を踏み出した。
二人で馬車に乗り込んでから、変装用の魔法道具を身につけ、人の多い街中で馬車を降りる予定だ。
今回もロディアスは傷跡を隠し平凡な色合いに。
リュミザも髪色と瞳の色を無難な色に変え、わずかな認識阻害魔法を施している。
リュミザほどの美貌だと、目立って当然だろう。
「ヘイリーはとても賢い、よい子ですね」
「急にどうした? また息子になりたくなったか?」
「違います!」
馬車が動き始めて、開口一番がヘイリーについてだったのが意外だ。わずかに茶化して言えば、リュミザは子どものように頬を膨らませた。
「遠縁の子らしいですが、大公家の血筋は頭がよいのだと思います。一度覚えた内容は違えませんし」
「それはあんたもそうだろう?」
「僕は頭がよいのではなく、記憶力がよいのです。あの年頃で文武の才があるのは素晴らしいことですよ。叔父上の息子は頭脳面に特化しています」
「それは暗に、もっと褒めて可愛がれと?」
「そうです。勉強に忙しくても、文句一つ言わずに、僕の剣の練習に付き合ってくれるのですよ」
「ふむ」
リュミザの手放しの褒めに、ロディアスは驚いた。
しかしあまり大げさに褒めたり、子どもらしく可愛がったりした覚えがないと気づく。
顎に手を置き、ロディアスが記憶を反芻していると、リュミザがくすりと笑った。
「そうしていると父親らしいですね」
「息子になりたい、わけではないんじゃなかったか?」
「もう、また! 僕はロディアスに求愛中ですよ! ただ、愛されているヘイリーが羨ましくあります。やはり僕もそれほどに愛されたかった」
ほんのわずか寂しげに笑った、リュミザの表情が印象的だった。
思わずじっと見つめれば、気まずく思ったのか、すぐさまリュミザの瞳は外へ向けられる。
だがもしも、まっすぐに見つめられたままだったら――ロディアスは迷わず抱きしめていた。
父親は自分に似た息子だけを愛し、母親は夫にだけ愛を向ける。
優しく頭を撫でられたことも、頑張ったと褒めてもらうこともなかったのだろう。
「叔父上が、後見を務めてくれたので社交界に出られました。一緒、ではありませんけど」
「俺がいるあいだはなんでも付き合ってやろう」
「そんな寂しい約束は嫌ですね」
正直に伝えたら、リュミザは幼さを浮かべた顔で口を尖らせた。
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