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第8話 二人の密談
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王宮の宴を早々に切り上げ、ハンスレットの屋敷で食事を済ませたあと、リュミザは「二人でしたい話がある」と、ロディアスの部屋へ訪れた。
わざわざ二人きりで会話を望むのだから、些細な用事ではないのだろう。
「誰の話だ?」
「叔父上の」
「わかった。入るといい」
カルドラ公爵という人物は得体が知れない。ルディルの弟であり、リュミザの後見人であるとしかわからない。
正直なところ、ロディアスは聞きたい気持ちと、聞きたくない気持ちが半々だった。
しかしここで避けてはいけない気がしている。
「なにか飲むか?」
部屋に入りすぐさま、室内に視線を走らせたリュミザに声をかけると、彼はテーブルに置かれていたロディアスのグラスへ目を向けた。
寝しなに酒を飲む者が多いけれど、ロディアスは普段から酒精の入った飲み物を飲まない。
「僕も果実水で」
(そういえばリュミザも酒を飲まないな)
同じ物でよいだろうと、飲み物だけを用意させ、ロディアスは部屋にいたウィレバを退出させた。
そして二人、向かい合ったソファへ腰掛けると、まずはひと息とばかりに、揃ってグラスを口元へ運んだ。
さらには同時に息をつくものだから、ロディアスは思わず笑ってしまった。
「あんたまで緊張しているのか」
「ロディーと二人きりで緊張しているんです」
「ふぅん」
少しはぐらかされた気はするものの、さして深追いして聞く話でもない。ロディアスは視線でリュミザを促した。
すると彼は着ていたガウンのポケットから、封筒を取り出す。
真っ白な封筒には金色の模様が描かれていた。
差し出されたので受け取ってみれば、封蝋にカルドラ公爵のものと思われる印が押されている。
口頭で伝えるのもはばかられる内容であり、口伝で誤った解釈になってはいけない話なのだろう。
ロディアスはおもむろに立ち上がり、机の引き出しからペーパーナイフを取り上げた。
しんとした空間に紙の擦れる音だけが響く。
便せんに書かれた文字を追う、ロディアスの眉間にわずかばかりしわが寄った。
「ここに書かれていること、本当なのか?」
「叔父上は可能だと言っています。僕をこき使う気満々ですが」
「……少し話をしよう」
おどけたように肩をすくめて見せるリュミザとは反し、ロディアスはまだ眉間にしわを寄せたままだ。
それでもソファへ戻り、テーブルに平たい石を置くと、ふっと息を吐く。
「随分高価な魔法道具を持っているんですね」
「使える範囲が狭い、ランクの低い品だがな」
ロディアスがテーブルに置いたのは、魔法道具と呼ばれる魔法を込めた道具の一種で、石を起点として周囲に結界が張れる。
声を外へ漏らさないようにする便利な代物。
しかし小さなものでも、値段は平民のひと月分ほどの生活費になる。
魔法道具は魔法省が取り扱っており、価格の安い生活に便利な物も数多い。世界に魔法という力が存在していても、すべての者が自在に魔法を使えるわけではないのだ。
ロディアス自身も、水の魔法や風の魔法をそれなりに扱える程度。平民となれば、扱えるのは十人に一人くらいだろう。
「話を戻すが――本気で王位を簒奪する気か?」
透き通った水色の石に手のひらを置き、魔力を通してからロディアスはようやく口を開く。
「はい。僕が、ではなく、叔父上ですけど」
「まあ、あんたは権力に興味がなさそうだしな」
「ないですね。権力なんて重荷でしかない。僕は自由になれるなら諸国を旅する吟遊詩人にでもなりたいですね」
すらりと長い足を組み、楽器を奏でるみたいな仕草をするリュミザに、ロディアスは苦笑した。
「似合いすぎて、返す言葉が見つからないな。それはさておき、カルドラ公爵はこれまで沈黙を貫いていただろう? いまさらなぜ?」
兄よりも優秀と言われながらも、一歩後ろへ下がり影として徹していた。野心溢れる人物ではないと、ロディアスは感じていたため、ひどく違和感を覚える。
「さすがに見ていられなくなったのでしょう。罰当たりな人を」
「罰当たり、か」
「僕は不思議でなりません。なぜあなただけが罪を背負っているのか。……正直乗り気ではなかったのですが、あなたに会って考えが変わりました」
わずかに言い淀んだロディアスの言葉を、リュミザは見透かしていた。
気づいていたことに驚いたけれど、彼ほどの人物であればわかるものなのかと、納得もした。
「ロディーは精霊の咎人として、罰を受けましたよね」
「――そうだな」
「あと、何年ですか」
「ヘイリーが跡を継げるくらいになるまで、持ちこたえたいところだな」
精霊の咎人とは――精霊族との約束を果たさなかった者を指す。ロディアスはアウローラとの誓約が断ち切られたゆえに、罰を与えられた。
日に日に体の力や魔力が衰えていくのを感じる。
それは魂を徐々に削られていく感覚でもある。
五年前に軍を退いたのは限界を感じたからだ。周りは随分前から早くゆっくりするといい、そう言ってくれていたけれど。
「あなたを一目見て、驚愕しました。なぜあなただけが罰を受けているのかと。魂の光が弱々しくて。――もっと早く動けばよかった」
(タウンハウスに着く前、言いかけていたのは、この話だったのか。リュミザは一目で自分と同じ魔力の質だと気づいたくらいだ。しかし、こんなに嘆くほど俺の魂は貧相なんだな)
両手で顔を覆うリュミザを見つめ、彼はいままでどんな気持ちで自身を見てきたのか。ロディアスはリュミザの気持ちを想像する。
(乗り気じゃなかったのなら、今回ここへリュミザを仕向けたのもカルドラ公爵なのだろうな。俺の状況を知ったリュミザが同情するのを見越して)
「そう悲観するな。人族は元々五十か、六十程度しか生きない」
「それを言ったら、あなたはあと、二十年は生きられるってことじゃないですか! だと言うのにあとたった数年やそこらで――」
ロディアスが肩をすくめ、軽く笑えば、リュミザは珍しく声を荒らげて顔を上げた。
唇を引き結び、泣きそうな顔で怒られると、さすがにそれ以上茶化すわけにはいかない。
「カルドラ公爵は俺になにをしろと言うんだ?」
「僕が動きやすいように、ここへ置いてくれればそれだけで」
「王宮を空けっぱなしにしている理由付けか」
本当にそれだけであるならばたやすい。
だが、リュミザ一人に任せていいのだろうかとロディアスは考える。彼の行動動機はロディアスの敵討ちだろう。
「これからの予定は?」
「ロディーは、なにもしなくてもいいんですよ?」
「話を聞かせておきながら、なにもしなくていいはないだろ」
リュミザはそう思っていても、カルドラ公爵の考えはきっと別だ。ロディアスに自身で動けと言っている。
はたからみれば、領地に二十年も引きこもっている負け男。
機会を与えてやろうという、無言のメッセージととれる。
「それに俺にも大義名分はある。ヘイリーが家督を継いだあと、できるだけ平和で、安全な国であってほしい」
「なんだかヘイリーが羨ましいですね」
「なぜそこで嫉妬するんだ? おかしなやつだな」
「僕もあなたに、それほど愛されたい」
「……これからの行い次第だな」
ぽつんとこぼされた言葉に、ロディアスは少しばかりドキリとする。
深い意味はないのだろうけれど、向けられた視線があまりにまっすぐで、つい言葉を取り繕ってしまった。
(熱心に見つめられるとさすがに困るな。顔が似ているからか?)
最初の頃とは違い、いまはアウローラとリュミザを比べることはなくなった。
しかしこうして向かい合っていると不思議な感覚がする。
「ロディー、僕は母が最近好きじゃありません。いままではわりとどうでもいい存在だったのに」
「どうでもいいはないだろ? 仮にも母親じゃないか」
「意志が弱くて、まるで子どもみたいな人です。あの男の関心ばかりを気にしている」
小さく唇を尖らせ、嫌そうな表情をありありと浮かべるリュミザに、ロディアスは息をつく。
陰口のようだが、言いたいことはなんとなくわかるのだ。
(彼女はまだ精神的に幼かったからな。きっといまもそのままなのだろう。護ってくれる腕に全力で寄りかかる性格だったし)
いまのアウローラにとってルディルが寄りかかる相手だ。
以前ならばこんな話を聞かされたら、ひどく胸が騒いだに違いない。しかしロディアスはいま、心が凪いでいる。
(顔を合わせて吹っ切れたかな)
「ロディー、また母のことを考えているんですか?」
「あんたは誰にでもヤキモチを妬くんだな」
「誰にもじゃありません。ロディーだけです。僕にとってあなたは唯一なんです!」
「……そう、か」
テーブルに手をつき、身を乗り出したリュミザの行動で、反射的にロディアスの体が後ろへ反れる。
驚きで目を丸くしていれば、リュミザは不服そうに頬を膨らませた。
わざわざ二人きりで会話を望むのだから、些細な用事ではないのだろう。
「誰の話だ?」
「叔父上の」
「わかった。入るといい」
カルドラ公爵という人物は得体が知れない。ルディルの弟であり、リュミザの後見人であるとしかわからない。
正直なところ、ロディアスは聞きたい気持ちと、聞きたくない気持ちが半々だった。
しかしここで避けてはいけない気がしている。
「なにか飲むか?」
部屋に入りすぐさま、室内に視線を走らせたリュミザに声をかけると、彼はテーブルに置かれていたロディアスのグラスへ目を向けた。
寝しなに酒を飲む者が多いけれど、ロディアスは普段から酒精の入った飲み物を飲まない。
「僕も果実水で」
(そういえばリュミザも酒を飲まないな)
同じ物でよいだろうと、飲み物だけを用意させ、ロディアスは部屋にいたウィレバを退出させた。
そして二人、向かい合ったソファへ腰掛けると、まずはひと息とばかりに、揃ってグラスを口元へ運んだ。
さらには同時に息をつくものだから、ロディアスは思わず笑ってしまった。
「あんたまで緊張しているのか」
「ロディーと二人きりで緊張しているんです」
「ふぅん」
少しはぐらかされた気はするものの、さして深追いして聞く話でもない。ロディアスは視線でリュミザを促した。
すると彼は着ていたガウンのポケットから、封筒を取り出す。
真っ白な封筒には金色の模様が描かれていた。
差し出されたので受け取ってみれば、封蝋にカルドラ公爵のものと思われる印が押されている。
口頭で伝えるのもはばかられる内容であり、口伝で誤った解釈になってはいけない話なのだろう。
ロディアスはおもむろに立ち上がり、机の引き出しからペーパーナイフを取り上げた。
しんとした空間に紙の擦れる音だけが響く。
便せんに書かれた文字を追う、ロディアスの眉間にわずかばかりしわが寄った。
「ここに書かれていること、本当なのか?」
「叔父上は可能だと言っています。僕をこき使う気満々ですが」
「……少し話をしよう」
おどけたように肩をすくめて見せるリュミザとは反し、ロディアスはまだ眉間にしわを寄せたままだ。
それでもソファへ戻り、テーブルに平たい石を置くと、ふっと息を吐く。
「随分高価な魔法道具を持っているんですね」
「使える範囲が狭い、ランクの低い品だがな」
ロディアスがテーブルに置いたのは、魔法道具と呼ばれる魔法を込めた道具の一種で、石を起点として周囲に結界が張れる。
声を外へ漏らさないようにする便利な代物。
しかし小さなものでも、値段は平民のひと月分ほどの生活費になる。
魔法道具は魔法省が取り扱っており、価格の安い生活に便利な物も数多い。世界に魔法という力が存在していても、すべての者が自在に魔法を使えるわけではないのだ。
ロディアス自身も、水の魔法や風の魔法をそれなりに扱える程度。平民となれば、扱えるのは十人に一人くらいだろう。
「話を戻すが――本気で王位を簒奪する気か?」
透き通った水色の石に手のひらを置き、魔力を通してからロディアスはようやく口を開く。
「はい。僕が、ではなく、叔父上ですけど」
「まあ、あんたは権力に興味がなさそうだしな」
「ないですね。権力なんて重荷でしかない。僕は自由になれるなら諸国を旅する吟遊詩人にでもなりたいですね」
すらりと長い足を組み、楽器を奏でるみたいな仕草をするリュミザに、ロディアスは苦笑した。
「似合いすぎて、返す言葉が見つからないな。それはさておき、カルドラ公爵はこれまで沈黙を貫いていただろう? いまさらなぜ?」
兄よりも優秀と言われながらも、一歩後ろへ下がり影として徹していた。野心溢れる人物ではないと、ロディアスは感じていたため、ひどく違和感を覚える。
「さすがに見ていられなくなったのでしょう。罰当たりな人を」
「罰当たり、か」
「僕は不思議でなりません。なぜあなただけが罪を背負っているのか。……正直乗り気ではなかったのですが、あなたに会って考えが変わりました」
わずかに言い淀んだロディアスの言葉を、リュミザは見透かしていた。
気づいていたことに驚いたけれど、彼ほどの人物であればわかるものなのかと、納得もした。
「ロディーは精霊の咎人として、罰を受けましたよね」
「――そうだな」
「あと、何年ですか」
「ヘイリーが跡を継げるくらいになるまで、持ちこたえたいところだな」
精霊の咎人とは――精霊族との約束を果たさなかった者を指す。ロディアスはアウローラとの誓約が断ち切られたゆえに、罰を与えられた。
日に日に体の力や魔力が衰えていくのを感じる。
それは魂を徐々に削られていく感覚でもある。
五年前に軍を退いたのは限界を感じたからだ。周りは随分前から早くゆっくりするといい、そう言ってくれていたけれど。
「あなたを一目見て、驚愕しました。なぜあなただけが罰を受けているのかと。魂の光が弱々しくて。――もっと早く動けばよかった」
(タウンハウスに着く前、言いかけていたのは、この話だったのか。リュミザは一目で自分と同じ魔力の質だと気づいたくらいだ。しかし、こんなに嘆くほど俺の魂は貧相なんだな)
両手で顔を覆うリュミザを見つめ、彼はいままでどんな気持ちで自身を見てきたのか。ロディアスはリュミザの気持ちを想像する。
(乗り気じゃなかったのなら、今回ここへリュミザを仕向けたのもカルドラ公爵なのだろうな。俺の状況を知ったリュミザが同情するのを見越して)
「そう悲観するな。人族は元々五十か、六十程度しか生きない」
「それを言ったら、あなたはあと、二十年は生きられるってことじゃないですか! だと言うのにあとたった数年やそこらで――」
ロディアスが肩をすくめ、軽く笑えば、リュミザは珍しく声を荒らげて顔を上げた。
唇を引き結び、泣きそうな顔で怒られると、さすがにそれ以上茶化すわけにはいかない。
「カルドラ公爵は俺になにをしろと言うんだ?」
「僕が動きやすいように、ここへ置いてくれればそれだけで」
「王宮を空けっぱなしにしている理由付けか」
本当にそれだけであるならばたやすい。
だが、リュミザ一人に任せていいのだろうかとロディアスは考える。彼の行動動機はロディアスの敵討ちだろう。
「これからの予定は?」
「ロディーは、なにもしなくてもいいんですよ?」
「話を聞かせておきながら、なにもしなくていいはないだろ」
リュミザはそう思っていても、カルドラ公爵の考えはきっと別だ。ロディアスに自身で動けと言っている。
はたからみれば、領地に二十年も引きこもっている負け男。
機会を与えてやろうという、無言のメッセージととれる。
「それに俺にも大義名分はある。ヘイリーが家督を継いだあと、できるだけ平和で、安全な国であってほしい」
「なんだかヘイリーが羨ましいですね」
「なぜそこで嫉妬するんだ? おかしなやつだな」
「僕もあなたに、それほど愛されたい」
「……これからの行い次第だな」
ぽつんとこぼされた言葉に、ロディアスは少しばかりドキリとする。
深い意味はないのだろうけれど、向けられた視線があまりにまっすぐで、つい言葉を取り繕ってしまった。
(熱心に見つめられるとさすがに困るな。顔が似ているからか?)
最初の頃とは違い、いまはアウローラとリュミザを比べることはなくなった。
しかしこうして向かい合っていると不思議な感覚がする。
「ロディー、僕は母が最近好きじゃありません。いままではわりとどうでもいい存在だったのに」
「どうでもいいはないだろ? 仮にも母親じゃないか」
「意志が弱くて、まるで子どもみたいな人です。あの男の関心ばかりを気にしている」
小さく唇を尖らせ、嫌そうな表情をありありと浮かべるリュミザに、ロディアスは息をつく。
陰口のようだが、言いたいことはなんとなくわかるのだ。
(彼女はまだ精神的に幼かったからな。きっといまもそのままなのだろう。護ってくれる腕に全力で寄りかかる性格だったし)
いまのアウローラにとってルディルが寄りかかる相手だ。
以前ならばこんな話を聞かされたら、ひどく胸が騒いだに違いない。しかしロディアスはいま、心が凪いでいる。
(顔を合わせて吹っ切れたかな)
「ロディー、また母のことを考えているんですか?」
「あんたは誰にでもヤキモチを妬くんだな」
「誰にもじゃありません。ロディーだけです。僕にとってあなたは唯一なんです!」
「……そう、か」
テーブルに手をつき、身を乗り出したリュミザの行動で、反射的にロディアスの体が後ろへ反れる。
驚きで目を丸くしていれば、リュミザは不服そうに頬を膨らませた。
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