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第7話 王宮での宴

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 タウンハウスに到着して数日、慌ただしく時間が過ぎた。
 ロディアスが王都へやって来るのが二十年ぶりとあって、あちこちから手紙が舞い込んできたのだ。

 港がある街を治めているため、ロディアスと懇意になりたいと考える者は多い。直接会える数少ない機会だからと、届いたのは晩餐などの招待状がほとんどだった。
 しかしその半数以上は挨拶状で済ませた。

 第二王子の生誕の宴が終われば、長居せず帰るつもりだったからだ。
 だがそうなると夜会で、少しでも長くロディアスの時間を確保しようと、人が集まるのは必然だろう。

 広間に入ってまもなく、ロディアスは様々な者たちに囲まれた。

「ヘイリー、お前は友人たちと一緒にいろ」

「わかりました」

 本日の主役とヘイリーは同い年。
 夜会デビューにちょうどよいと思ったロディアスだが、予想以上に人が自身に集まってしまった。

 巻き込んでややこしくなる前に、ロディアスはヘイリーを輪の外へ逃がすことにした。
 父の状況をすぐさま理解し、ヘイリーは頷くと学園の友人たちの元へ歩いていった。

(これじゃあ誰のために集まってるのかわからないな)

 自身を取り囲む人の多さに、ロディアスは笑みを貼り付けながら、内心うんざりとする。
 本当に繋がりを持ちたい相手へは、約束を取りつけた。

 ここに集まっている多くは、手を結んでもそれほど利がない者たちばかりだ。
 とはいえ人の繋がりは思わぬところで縦へも、横へも伸びる。

 悪縁になりえる場合以外は、多少の交流を持つべきだろう。

(さて、この人山をどうやって片付けるべきか)

 愛想笑いや握手を交わす手も、だんだんとだるくなってきた頃、ロディアスは場を抜けることばかり考えていた。
 まさか自身にこんなにも人が群がると想像していなかったのだ。

(両親が亡くなった時は、若造と侮った反応が大半だったのに、手のひら返しがすごいな)

 大公領にこもっているあいだ、ロディアスはとにかく仕事に打ち込んだ。父母亡きあとは士気を落とさぬようさらに力を入れた。
 結果――ハンスレットは王都に引けを取らないほど栄えた街になっていた。

 大海に面しているので他国との出入り口でもある。商売の手を広げたいならハンスレットを通るのが一番安全。
 だとしても、ここまで注目を集めると、さすがに面倒くささが湧いてくる。

「ロディー!」

 せっかくの夜会で喉を潤す暇もなかったロディアスを、喧騒から引き出してくれたのは、最近聞き馴染んだ柔らかな声。
 彼の声で、周りの騒がしさが一瞬静まった。

「どこにいるのかと探してしまいました」

「……リュミザ?」

 視線の先からまっすぐと向かってくるのは、魔法省の証しであるローブをまとったリュミザだ。
 よく見るローブは紺色だけれど、彼がまとうのは穢れ一つない純白だ。

 袖口や裾に施されている銀糸の刺繍も美しい。
 サラサラと音が聞こえそうな金糸の髪。そして白いローブと黒色の衣装が相まっていつも以上に神々しく見えた。

「紳士淑女の皆さま。彼は僕と約束があるのでこれで」

 ロディアスが呆気にとられていると、さっと腕をとられ、気づけばリュミザに広間の隅のほうへ連れられていった。

「あっ、父上! お疲れさまです」

 向かった先にはヘイリーと彼につけている護衛騎士がいた。
 どうやらリュミザは、ヘイリーにロディアスの居場所を聞いたようだ。

「ロディー、ここへ着いてから水の一杯も飲めていないと聞きました」

「ああ、まあ」

 すぐ傍を通った給仕の者へ手を上げ、呼び止めると、リュミザはグラスを二つ取り上げる。
 渡されたグラスの形は酒精の入っていない飲み物を表す。

 安心して口をつけ、ほっと息をついたところで、ロディアスは先ほどから感じていた違和感に気づいた。

「リュミザ、あんたはなぜここにいるんだ?」

「なぜって? 一応、公式行事ですし、僕も出ないわけにはいかないんですよ」

 ローブの裾をつまみ、魔法省の代表であると言外に示すリュミザだけれど――

「だとしても」

 ロディアスが言い募ろうとすると、広間に流れている音楽が変わった。
 王家の人間が来場したようだ。そう――〝王家〟の、だ。

 リュミザ・レイオンテールもれっきとした王家の一員なはずなのに、一般貴族に交じってここにいるのはおかしい。

「僕は魔法省に入ってからいつもこちら側ですよ」

 言葉が続かなくなったロディアスの補足をするように、リュミザはグラスを傾けながらにこりと微笑んだ。

(リュミザが魔法省に入ったのは、成人前と聞いたな)

 昨日までリュミザがタウンハウスに居座っていたため、それとなく話を聞いた。
 学園に在学中、叔父のカルドラ公爵を手助けするという名目で、籍を置いたと。

(よく考えてみれば、場合によっては王家よりも権力を振るう魔法省のトップに、リュミザが就くなんておかしな話だ。自尊心の高いルディルが許可するなんて考えられない)

 長く伸びる赤絨毯の先をちらりと見れば、悠々と片手を上げ、歩いてくる男が見えた。
 この先も会いたくなかったと思っていた人物だ。

 顔立ちは整っているけれど、眼光が鋭く、狡猾さが窺える。
 ただこうしてみると、癖のない鮮やかな金色の髪は、本当にリュミザと似ていた。

(髪を切りたいと思う理由がわかるな)

 いまになってリュミザの心境を理解する。しかしふとルディルの少し後ろを歩く小柄な姿が目に留まり、ロディアスは反射的に目をそらしていた。

 ほんのわずか、目に留まっただけでも胸の音が騒がしくなる。
 二十年経ってもまったく衰えぬ美貌。
 変わらないからこそ、動揺も大きくなった。

「父上」

「ん? ああ、俺たちが行かないとか」

 いつの間にかルディルとアウローラ。そして今夜の主役が椅子に腰掛けていた。
 貴族たちはここから長い列に並び、王家へ祝いの言葉を捧げる。

 位の高い順からとなるので、大公家であるロディアスが先頭に立つのだ。
 ヘイリーに小さく袖を引かれ、ようやくロディアスは現実逃避から引き戻された。

「さっさと済ませるか」

「そうしましょう」

「ロディー、ヘイリー、いってらっしゃい。なにを言われても気にせず右から左へ流すといいですよ」

 困ったように眉を寄せるリュミザの眼差しからは、ロディアスを心配する様子が窺える。
 だが彼の顔を見たら少しほっとして、ロディアスは深く頷き、足を踏み出した。

 周囲からは固唾を飲む気配が感じられる。
 もう二十年も前の話だが、恋人を奪われた側と奪った側の再会だ。興味津々といったほうが正しいかもしれない。

(さっきは少々うろたえたが、リュミザの顔を見慣れたおかげでだいぶマシだな)

 ルディルの隣に座する美しい女性。
 精霊族は番った相手の属性に、徐々に染まるので、いまの彼女は通常よりも早く年を経ている。それでも見た目はまだ二十代に見えるほど若々しい。

 王子が三人に王女が一人。子どもが四人もいるとは思えないくらいだと感心する。
 体の輪郭がわかる、女性的なドレスを着ていても違和感がない。

(俺といた頃はあんな派手な装いをしなかったが、相手に染まりやすいのは精霊族の特徴か)

「ようやく来てくれたな、ハンスレット大公」

「長く不義理をいたしまして申し訳ありません」

 ルディルの前で軽く足を引き、胸に手を当てロディアスは礼を執る。
 その様子をニヤニヤとした笑みで見られているのがわかった。

 この男は相変わらず、ロディアスが自分に頭を下げる瞬間がとてもお好きなようだ。

「彼が大公家の嫡男か。優秀らしいな」

「ありがとうございます」

(嫌味っぽいな。ヘイリーが事前に教えてくれて助かった)

 ヘイリーと同い年の第二王子マフィニーは、頭が特別悪いわけではないけれど、よいわけでもないらしい。
 それでも王家の人間という権力を笠に、随分と横柄で性格がよろしくないと聞いた。

(第二王子はルディルによく似ているな。言葉を濁していたがヘイリーも苦労しているのだろう。この子は常に、学園の成績は上位だ)

 ルディルの隣で、椅子にふんぞり返っている第二王子は、ふてぶてしさが父親譲りだ。
 若い頃から散々、ルディルに面倒をかけられたロディアスなので、あとでもっとヘイリーを可愛がってやろうと心に決めた。

「おお、そうだ。大公も来てくれたので、せっかくだからここで公表しよう」

 ヘイリーと軽く目配せし合っていると、急にルディルが立ち上がった。
 周囲はなにごとかと玉座に視線を集める。

「次の春、学園を卒業したマフィニーを王太子として任ずる。この子が私の跡継ぎだ。皆、承知おくように」

 声を張り上げ、得意気に言葉を紡いだルディルを見て、ロディアスはようやく気づいた。
 今回なぜ自分を呼び寄せたのか。これを言いたかったのだ、目の前で。

「大公も、よろしく頼んだぞ」

「……マフィニー王子殿下に誉れがありますように」

 精霊族の一番目の子を差し置いて、得意気に鼻を膨らませている、ルディルによく似た息子を王太子とする。
 ロディアスの子である可能性が高い、リュミザを王室から排除したかったのだ。

(いつまでも悪ガキのように幼稚な男だな)

「そういえばアウローラ、そなたは大公と〝初めて〟顔を合わせるだろう。なにか声をかけてやるといい」

「はい。ハンスレット大公閣下、いつも前線を護ってくださりありがとうございます。これからも活躍を期待しております」

「王妃殿下、もったいないお言葉をありがとうございます」

(リュミザの言ったとおり、本当に俺の記憶は消されているようだな)

 優しく慈愛のこもった眼差しには、ひとかけらも懐かしむ色は見られなかった。
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