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第3話 いつの間にか見慣れた光景
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使者団が、リュミザがやって来て数日。
大公家の屋敷はバタバタと慌ただしい日を送っていた。
なぜなら指定された宴に出席するには、とにかく早く出発しなくてはならないからだ。
レイオンテールは弓形の縦長い土地。
最北端にあるハンスレット領から、南部にある王都までどんなに急いでも二十日ほどはかかる。
いくら国全体が暖かい気候と言っても、特にいまは冬明けの時期。天候に左右されれば、その日程も大きくズレてしまうだろう。
ゆえに時間を確保するには急ぐほかない。
「この屋敷の人たちは皆、優秀ですね。動きが機敏で、一つも無駄がない」
「うちの使用人は全員ある程度の訓練を受けているからな。ほかと比べても優秀だ」
休憩のティータイム。いつの間にか同席するようになったリュミザの言葉に、ロディアスは得意気な表情を浮かべ応えた。
「誇らしいんですね」
ロディアスの小さな変化に気づいたのか、向かい側のソファに座るリュミザは、微笑ましそうに目を細める。
彼の穏やかで優しい眼差しはアウローラに似ていない。加えてリュミザを見慣れたおかげで、二人の違いを探す回数も減った。
彼女はどこか浮き世離れしており、ふわふわと風に揺れる花のような人だった。
屋敷でリュミザと過ごすようになり、ロディアスはわずかばかり彼の人となりを理解し始めた。
最初に会った時は少し興奮気味だっただけで、普段のリュミザは一方的な行動などせず、非常に落ち着いた青年だった。
見た目や年齢よりも聡明さが際立つ。
地頭がよいのだろう。一度言われた内容は決して忘れない。
使用人に対しても物腰柔らかで、当初言っていたとおり、人の手を煩わせもしない。
それどころかさりげなく周りに気配りができ、屋敷の者たちは好感を抱いている。
ハンスレット家に仕える者たちの多くは、アウローラと接したことがあったけれど、口を揃えて見た目以外は似ていないと言う。
ロディアスへの配慮ではなく、本当にそう感じているようだ。
(彼女はたとえて言うなら深窓の令嬢、みたいなものだったしな)
精霊族は人族の三倍近く長生きする。その中でアウローラはまだ幼い存在だった。
家族に蝶よ花よと大事にされて、世間知らずな部分も多かったとロディアスは記憶している。
純粋で他人を疑うなどできない真っ白な性格だ。
(頼りなさを護ってあげたいとか、思ってしまうんだよな。俺みたいな単純な男は)
近頃はこうしてアウローラを思い返すことが増えたけれど、以前より胸が痛くないのはやはりリュミザのおかげなのか。
(それにしても第一王子、王位継承第一位の人物にしては少々気安すぎる気もするが)
ロディアスはあまり王家の情報を耳に入れてこなかった。
情勢など最低限の話は聞くけれど、好き好んで彼らを知りたいと思わなかったからだ。
しかしふと思い返せば、まだ王太子の任命がされていないと気づく。
この国の成人は十八歳。リュミザはもう十九だ。
下に王子が二人いるけれど少し歳が離れているので、順当に考えればリュミザを任命していてもおかしくない。
第一に、今回の招集もよくわからない。
いまさら呼び出ししてどうしようというのか。
(国王の、ルディルの考えることなどわからないが、なにか理由があるのだろうか)
シュバルゴと談笑しているリュミザを窺い見ながら、ロディアスは甘いお茶で喉を潤す。
果実の甘みが日々の執務疲れを癒やしてくれるような気がした。
ただ甘いだけではなく、このお茶は飲むとすっと体が軽くなる。シュバルゴが得意な、癒やしの魔法が加わっているからだろう。
「ロディー、あなたが飲んでいるお茶は、疲労回復効果がとても高いのですね。彼の特製ブレンドと聞き、残念です。僕も気に入ったので」
「ん? ああ、そうなのか」
なにを話していたのかと思えば、お茶が売られている店を聞いていたようだ。
ぱっとこちらを振り向いたリュミザの瞳がまっすぐにこちらを見る。
おねだりをする子どもみたいな眼差しに気づき、ロディアスはリュミザの傍に立つシュバルゴへ視線を向け小さく頷く。
普段からロディアスが愛飲している茶葉自体は、領内で買える代物だけれど、シュバルゴが手ずから材料を見繕いブレンドしてくれている。
お茶の管理は彼次第だ。
「いくらか持ち帰ればいい。シュバルゴに淹れ方を習えばそれなりに近いものが味わえるだろう」
「よいのですか? でしたらぜひ、シュバルゴ、僕に淹れ方を教えてください」
「……そういえば、あんたは側近や侍従を連れていないのか?」
瞳を輝かせて喜ぶ横顔を見て、疑問がロディアスの口をついて出た。
普通であればシュバルゴのように使用人が茶を淹れる。
リュミザ本人が覚えなくともよいはずだ。
「いません。王家に関わる人間は基本、信用していませんから」
「なるほど」
どうりで身支度だけでなく、なにからなにまで自身で済ませられるわけだ。
精霊族は少し神経質な面を持ち合わせているが、リュミザは人族よりも精霊に近い性質を持っているのかもしれない。
(一番目の子だしな)
人族と精霊族の一番目の子は高い確率で、精霊族の証し〝魂の核〟を持って生まれる。
大半は成長途中で人族としての身体に馴染み、魂の核はなくなる場合がほとんどだけれど――リュミザはこの歳まで残っているので、数少ない半精霊だ。
(ほかの子どもたちはどうなんだろうか。気になるが彼に聞くのは気が引けるな)
精霊族は他種族と番うとその種族に染まると言われている。
二人目三人目と子ができれば、子どもは人として生まれる可能性が高くなるらしい。
(ますますわからない。自称ではなく本当に、精霊族として名を連ねたいならば、リュミザを王太子にするのが賢い選択だが)
「んー、このままここでのんびり暮らしたいですね」
うっかりロディアスが考え込んで黙っていたら、リュミザが小さく息を漏らし、自分で淹れたらしいお茶を口元へ運んでいた。
味は合格点だったらしく、シュバルゴが珍しく手放しに褒める。
「リュミザさまは器用でございますね。一度でこれほど上手に淹れられるとは。うちの息子はなかなか覚えず苦労をしました」
「シュバルゴのご子息はいまどちらに?」
「王都のタウンハウスにおります」
「そういえばロディーは、タウンハウスへしばらく行っていないのですよね?」
和気あいあいと会話する二人を見ていたロディアスは、いきなり話を振られて一瞬言葉に詰まった。
リュミザはタウンハウスまでついてくるのだろうかと、少しばかり視線が泳ぐ。
「ロディー?」
「リュミザさま。タウンハウスには現在、ロディアスさまのご子息、ヘイリーさまがいらっしゃいます」
「えっ? ロディー、結婚していたのですか? そんな話は聞いていませんが」
「……なぜあんたに結婚云々で、怖い顔をされなくちゃいけないんだ。確かにヘイリーは大公家嫡男となっているが、遠縁の子だ。そもそも結婚などしていない」
リュミザの顔から笑みがすっと消えて、ロディアスはぞっとした。
顔立ちが美しいと無表情はすごみが増す。慌てて言い募れば、リュミザは少し表情を和らげた。
「後継者、と言うわけですか」
「そうだ」
「それならば、僕以外の子がいても仕方ありませんね」
「あんたも俺の子とは言いがたいがな」
(魂の結晶は俺の魔力から生まれたのだとしても、器はあの男が作ったものだしな)
血の繋がりで言えばロディアスとリュミザは赤の他人だ。
あえて言うならそれこそ遠縁の子。
いまの大公家にさほど王家の血は混ざっていない。四代以上前の話ではないだろうか。
「酷いです! ロディーをこんなに慕っている僕に対して、そんな風に」
むぅっと幼子みたいに口を尖らせたリュミザの反応に、ロディアスはほっと胸をなで下ろした。
なんとなく機嫌を損ねたままでいるのはよくない気がしたのだ。
その後もブーブーと文句を言っていたけれど、リュミザに大きな変化はなかった。
大公家の屋敷はバタバタと慌ただしい日を送っていた。
なぜなら指定された宴に出席するには、とにかく早く出発しなくてはならないからだ。
レイオンテールは弓形の縦長い土地。
最北端にあるハンスレット領から、南部にある王都までどんなに急いでも二十日ほどはかかる。
いくら国全体が暖かい気候と言っても、特にいまは冬明けの時期。天候に左右されれば、その日程も大きくズレてしまうだろう。
ゆえに時間を確保するには急ぐほかない。
「この屋敷の人たちは皆、優秀ですね。動きが機敏で、一つも無駄がない」
「うちの使用人は全員ある程度の訓練を受けているからな。ほかと比べても優秀だ」
休憩のティータイム。いつの間にか同席するようになったリュミザの言葉に、ロディアスは得意気な表情を浮かべ応えた。
「誇らしいんですね」
ロディアスの小さな変化に気づいたのか、向かい側のソファに座るリュミザは、微笑ましそうに目を細める。
彼の穏やかで優しい眼差しはアウローラに似ていない。加えてリュミザを見慣れたおかげで、二人の違いを探す回数も減った。
彼女はどこか浮き世離れしており、ふわふわと風に揺れる花のような人だった。
屋敷でリュミザと過ごすようになり、ロディアスはわずかばかり彼の人となりを理解し始めた。
最初に会った時は少し興奮気味だっただけで、普段のリュミザは一方的な行動などせず、非常に落ち着いた青年だった。
見た目や年齢よりも聡明さが際立つ。
地頭がよいのだろう。一度言われた内容は決して忘れない。
使用人に対しても物腰柔らかで、当初言っていたとおり、人の手を煩わせもしない。
それどころかさりげなく周りに気配りができ、屋敷の者たちは好感を抱いている。
ハンスレット家に仕える者たちの多くは、アウローラと接したことがあったけれど、口を揃えて見た目以外は似ていないと言う。
ロディアスへの配慮ではなく、本当にそう感じているようだ。
(彼女はたとえて言うなら深窓の令嬢、みたいなものだったしな)
精霊族は人族の三倍近く長生きする。その中でアウローラはまだ幼い存在だった。
家族に蝶よ花よと大事にされて、世間知らずな部分も多かったとロディアスは記憶している。
純粋で他人を疑うなどできない真っ白な性格だ。
(頼りなさを護ってあげたいとか、思ってしまうんだよな。俺みたいな単純な男は)
近頃はこうしてアウローラを思い返すことが増えたけれど、以前より胸が痛くないのはやはりリュミザのおかげなのか。
(それにしても第一王子、王位継承第一位の人物にしては少々気安すぎる気もするが)
ロディアスはあまり王家の情報を耳に入れてこなかった。
情勢など最低限の話は聞くけれど、好き好んで彼らを知りたいと思わなかったからだ。
しかしふと思い返せば、まだ王太子の任命がされていないと気づく。
この国の成人は十八歳。リュミザはもう十九だ。
下に王子が二人いるけれど少し歳が離れているので、順当に考えればリュミザを任命していてもおかしくない。
第一に、今回の招集もよくわからない。
いまさら呼び出ししてどうしようというのか。
(国王の、ルディルの考えることなどわからないが、なにか理由があるのだろうか)
シュバルゴと談笑しているリュミザを窺い見ながら、ロディアスは甘いお茶で喉を潤す。
果実の甘みが日々の執務疲れを癒やしてくれるような気がした。
ただ甘いだけではなく、このお茶は飲むとすっと体が軽くなる。シュバルゴが得意な、癒やしの魔法が加わっているからだろう。
「ロディー、あなたが飲んでいるお茶は、疲労回復効果がとても高いのですね。彼の特製ブレンドと聞き、残念です。僕も気に入ったので」
「ん? ああ、そうなのか」
なにを話していたのかと思えば、お茶が売られている店を聞いていたようだ。
ぱっとこちらを振り向いたリュミザの瞳がまっすぐにこちらを見る。
おねだりをする子どもみたいな眼差しに気づき、ロディアスはリュミザの傍に立つシュバルゴへ視線を向け小さく頷く。
普段からロディアスが愛飲している茶葉自体は、領内で買える代物だけれど、シュバルゴが手ずから材料を見繕いブレンドしてくれている。
お茶の管理は彼次第だ。
「いくらか持ち帰ればいい。シュバルゴに淹れ方を習えばそれなりに近いものが味わえるだろう」
「よいのですか? でしたらぜひ、シュバルゴ、僕に淹れ方を教えてください」
「……そういえば、あんたは側近や侍従を連れていないのか?」
瞳を輝かせて喜ぶ横顔を見て、疑問がロディアスの口をついて出た。
普通であればシュバルゴのように使用人が茶を淹れる。
リュミザ本人が覚えなくともよいはずだ。
「いません。王家に関わる人間は基本、信用していませんから」
「なるほど」
どうりで身支度だけでなく、なにからなにまで自身で済ませられるわけだ。
精霊族は少し神経質な面を持ち合わせているが、リュミザは人族よりも精霊に近い性質を持っているのかもしれない。
(一番目の子だしな)
人族と精霊族の一番目の子は高い確率で、精霊族の証し〝魂の核〟を持って生まれる。
大半は成長途中で人族としての身体に馴染み、魂の核はなくなる場合がほとんどだけれど――リュミザはこの歳まで残っているので、数少ない半精霊だ。
(ほかの子どもたちはどうなんだろうか。気になるが彼に聞くのは気が引けるな)
精霊族は他種族と番うとその種族に染まると言われている。
二人目三人目と子ができれば、子どもは人として生まれる可能性が高くなるらしい。
(ますますわからない。自称ではなく本当に、精霊族として名を連ねたいならば、リュミザを王太子にするのが賢い選択だが)
「んー、このままここでのんびり暮らしたいですね」
うっかりロディアスが考え込んで黙っていたら、リュミザが小さく息を漏らし、自分で淹れたらしいお茶を口元へ運んでいた。
味は合格点だったらしく、シュバルゴが珍しく手放しに褒める。
「リュミザさまは器用でございますね。一度でこれほど上手に淹れられるとは。うちの息子はなかなか覚えず苦労をしました」
「シュバルゴのご子息はいまどちらに?」
「王都のタウンハウスにおります」
「そういえばロディーは、タウンハウスへしばらく行っていないのですよね?」
和気あいあいと会話する二人を見ていたロディアスは、いきなり話を振られて一瞬言葉に詰まった。
リュミザはタウンハウスまでついてくるのだろうかと、少しばかり視線が泳ぐ。
「ロディー?」
「リュミザさま。タウンハウスには現在、ロディアスさまのご子息、ヘイリーさまがいらっしゃいます」
「えっ? ロディー、結婚していたのですか? そんな話は聞いていませんが」
「……なぜあんたに結婚云々で、怖い顔をされなくちゃいけないんだ。確かにヘイリーは大公家嫡男となっているが、遠縁の子だ。そもそも結婚などしていない」
リュミザの顔から笑みがすっと消えて、ロディアスはぞっとした。
顔立ちが美しいと無表情はすごみが増す。慌てて言い募れば、リュミザは少し表情を和らげた。
「後継者、と言うわけですか」
「そうだ」
「それならば、僕以外の子がいても仕方ありませんね」
「あんたも俺の子とは言いがたいがな」
(魂の結晶は俺の魔力から生まれたのだとしても、器はあの男が作ったものだしな)
血の繋がりで言えばロディアスとリュミザは赤の他人だ。
あえて言うならそれこそ遠縁の子。
いまの大公家にさほど王家の血は混ざっていない。四代以上前の話ではないだろうか。
「酷いです! ロディーをこんなに慕っている僕に対して、そんな風に」
むぅっと幼子みたいに口を尖らせたリュミザの反応に、ロディアスはほっと胸をなで下ろした。
なんとなく機嫌を損ねたままでいるのはよくない気がしたのだ。
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