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未来を決めた瞬間
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噂話以外、特段問題も起きず終了した生誕の日だったが、自室で読書をしていたリトは遅くにロヴェに呼び出された。
時刻的におそらく生誕の宴、夜会を終えて戻ったのだろう。
一日、各国から来た来賓の挨拶を受けたり、自国の貴族を相手にしたり神経を使ったはず。
ゆっくり休んで欲しかったので、明日でも良かったのにと思いつつ応じたリトは、現状に戸惑っている。
「ロヴェ、どうしたんですか?」
初めて訪れたロヴェの私室に、リトがドキドキとしていたのは最初だけで、部屋に通された途端に抱き上げられ、そのままソファに直行された。挙げ句、膝の上で抱きかかえられていた。
いつも以上に密着していて背中から感じる熱で、ドキドキを通り越して心臓が壊れるのではと思える。
だというのにぎゅうぎゅうとリトの体を抱きしめているだけでなく、珍しくロヴェの尻尾が感情をあらわにして足に巻きついていた。
絶対に離したくないという意思表示が体現されている。
「気にしないでください。自分が至らなかったと勝手に落ち込んでいるだけです」
「ええ? すごく気にするところです」
ソファの向かい側に立っているベルイの言葉に、リトは首元に顔を埋めているロヴェに視線を向けた。
表情はよく見えないものの、確かに落ち込んでいるようにも見える――が、腹の底に苛立ちと怒りがくすぶっている、気がするのは自分だけかと困惑する。
「宰相さま、もしかして宴でも噂話が広がっていたんですか? 出処の見当は」
「まだ確証を掴んでいませんが十中八九、我が国の家門であるルダール伯爵家です」
「そこも反対派の家門なんですか?」
「はい。それに加え、敵対国と繋がっている可能性が浮上しました。そして貴方の養祖母パルラ殿の生家はルダール伯爵家の元家臣でした」
「じゃあ、もしかしたらその家の誰かが僕の……だから邪魔をしたいんでしょうか」
「詳細な経緯はまだわかりませんが、リトさまの出自を辿られ、こちらに介入されるのを恐れているのでしょう。なかなか後ろ暗い部分が多いようです」
(反対派ということは人族の家門だし、僕はきっと婚外子ってやつだよね? 僕を使えば王宮で上手く立ち回れたかもしれないのに、なんで捨てたんだろう。そこが宰相さまの言う後ろ暗いところなのかな)
ずっと田舎に押し込めておくはずの子供が、うっかり王都へ出てきただけでなく、王宮にまで上がってしまったので慌てて排除にかかった。
多くの人が集まる生誕の日は絶好の機会だったというわけだ。
とはいえロヴェの手厚い配慮で、ちょっとやそっとの努力ではリトに近づくのは困難だろう。
内部の手引きがあっても騎士団の結束力は並ではないので、直接手を下すのは非常に難しいとおそらく相手も気づいている。
「あの! 宰相さま、宿屋のほうは問題ありませんか? なにか迷惑をかけていたりとか」
「周辺警護、定期訪問をしていますが現在はそういった報告を受けていません。リトさまの不在に気づいている客人もいるようですが、良い家に奉公に出ている設定になっています」
「あっ、そんな配慮まで。さすがは宰相さま、抜かりがないですね」
「いえ、貴方に関する事柄はすべて後ろの拗ねた獅子の配慮です」
「ロヴェが?」
驚いて再び視線を向けたら、照れているのかぐりぐりと背中に額を擦りつけられた。
子供みたいな仕草が可愛らしくて、リトは自分を抱きしめる大きな手に自身の手を重ねる。
「ロヴェ、ありがとうございます。いままで僕は気が回っていなかったのに、さすがロヴェですね」
「君を大切にしてくれた場所だから当然だ」
「嬉しいです」
「そうか、良かった。しかし嘘でも君の悪い噂が民の口に上るのは許せない。早急に対応するから」
ぎゅっと指先に力がこもったのが感じられ、ロヴェが言葉の先を飲み込んだのがわかる。
噂をすぐに消すから〝帰らないで欲しい〟と続けたかったのではないか。
いまのお試し期間に期限は設けられていない。
リトが自分で判断を下せるまでの無期限で、曖昧なまま居続けても急かされもしないに違いない。だとしてもいつまでも先延ばしにしていれば、待ち続けるロヴェの心がすり減る。
「僕、ここにいます。ロヴェの隣にずっといます。どこにも行きません」
「え? ……リト、本当か? 本当に?」
顔を上げたロヴェが見せる驚きの表情はあまりにも真剣で、胸に迫るほど切実な目をしていた。
楽しく幸せなうちはいいけれど、こうして問題が起こるたびに彼が不安を覚えてしまうのなら、自分が腹をくくるべきだとリトは深く頷き返す。
「ここで学ぼうと思った時点で本当は心が決まっていたんです。ロヴェの傍で頑張ろうって。でもなかなか選択肢をなくす勇気が持てなくて、逃げ道を作ったままでいました」
「それは仕方ない。なにも知らない場所を感情だけで受け入れるのは難しい。気安く選択できる環境ではないだろう、この場所は」
「はい。だからこそ僕は選びます、貴方の傍を。僕は広い王宮でロヴェを一人きりにはしません。だから一緒に生きてくれませんか?」
「……もちろんだ」
震えた声で再びしがみついてきた、ロヴェはまるで幼い子供のように思えた。
自分を抱きしめる大きな手をリトが優しく撫でれば、耳元で「ありがとう」と小さな声で繰り返される。
「おめでとうございます。これで婚礼の準備が無駄になりませんね」
「あっ!」
すっかりロヴェに気をとられて、目の前で見られているのを忘れていたリトは、じわじわと頬に熱が集まるのを感じた。
だというのに、まったく動じた様子を見せないベルイが「話の続きは明日にしましょう」とさっさと退出してしまい、部屋にはロヴェと二人だけになる。
「あの、ロヴェ……僕もそろそろ」
「帰ってしまうのか?」
「えっ? あ、えっと、自分の部屋に……んー、婚約前の同衾って大丈夫なんですか?」
「いまはなにもするつもりはない。どちらにせよ準備が必要だから、その辺りの説明はまだ受けていないだろう?」
「ん? 準備? なんの?」
「リト、君は無条件に俺を受け入れる気でいたのか?」
微妙にお互いの話が噛み合っていないようで、視線を合わせたまま、二人して同じ方向へ首を傾げた。
確かに婚姻やしきたりなどの話まで授業が進んでいない。獣人と結婚するにあたり、なにか重要事項があるのだろうかとリトは眉を寄せる。
「俺はできたら子が欲しいのだが」
「こっ、子供? え? あっ、そう、そうだよね。子供、こども……同性同士でできるの? えっ? 僕が産むんですか?」
「やはりそこまで話が進んでいなかったのだな。王族は同性婚をするのは知っているだろう? 特別な方法で子を孕めるようになる。子を産むのは俺でもリトでもいい」
「雌雄を選べるんだ。……でも、現実的に考えてロヴェが妊娠するのは避けたほうがいいような。お腹で子供を育てているあいだって大変なんですよ。僕はロヴェの代わりなんてできないですし、適切な役割分担としては」
「リトはそれでいいのか? 俺を受け入れるのを、本当に後悔しないか?」
(後悔? 男の自分が子供を産むのは想定外だけど、相手はロヴェだよ? ロヴェに似た可愛い獅子が生まれる可能性もあるのかな? ……受け入れるってのはあっちだよね)
村の女性たちのおかげで、耳年増に育ったリトなのでなんとなく想像はついた。
体の大きい男はあちらも大きいらしい。
(とは言っても、僕がロヴェをどうこうするとかまったく想像できないし。どちらかといえばいつものように、彼に抱きしめられたり触れられたりしたいから、やっぱり僕が受け入れるべきだよね)
「うん、うん、大丈夫、平気。色々準備は必要かもしれないけど」
「……リト、君はなんというか面白いな。なによりも前向きで一生懸命なところがたまらなく愛らしい」
意気込むように両拳を握ったリトを見て、ロヴェはふっと息を吐くように笑った――が、言葉尻が甘くなった途端にリトを抱えて立ち上がった。
驚いてとっさに首元にしがみつけば、そのまま寝室に連れ込まれて、落ち着いていた胸の音が再び荒ぶり始める。
「今夜はなにもしないから、ただ傍で、リトを抱きしめて眠りたい」
「はい。けどおやすみの口づけはしたいです」
ベッドに横たえられた自分を見下ろす、優しい黄金色の瞳。
見つめ返した瞬間、素直にリトはこの人が愛おしいと、彼のすべてが欲しいと思った。
近づくロヴェを受け入れるために両腕を伸ばして、ゆっくりとリトは瞳を閉じる。
さらに触れた呼気と、柔らかな唇の感触を求めるように引き寄せながら、美しい獅子を両腕で抱きしめた。
時刻的におそらく生誕の宴、夜会を終えて戻ったのだろう。
一日、各国から来た来賓の挨拶を受けたり、自国の貴族を相手にしたり神経を使ったはず。
ゆっくり休んで欲しかったので、明日でも良かったのにと思いつつ応じたリトは、現状に戸惑っている。
「ロヴェ、どうしたんですか?」
初めて訪れたロヴェの私室に、リトがドキドキとしていたのは最初だけで、部屋に通された途端に抱き上げられ、そのままソファに直行された。挙げ句、膝の上で抱きかかえられていた。
いつも以上に密着していて背中から感じる熱で、ドキドキを通り越して心臓が壊れるのではと思える。
だというのにぎゅうぎゅうとリトの体を抱きしめているだけでなく、珍しくロヴェの尻尾が感情をあらわにして足に巻きついていた。
絶対に離したくないという意思表示が体現されている。
「気にしないでください。自分が至らなかったと勝手に落ち込んでいるだけです」
「ええ? すごく気にするところです」
ソファの向かい側に立っているベルイの言葉に、リトは首元に顔を埋めているロヴェに視線を向けた。
表情はよく見えないものの、確かに落ち込んでいるようにも見える――が、腹の底に苛立ちと怒りがくすぶっている、気がするのは自分だけかと困惑する。
「宰相さま、もしかして宴でも噂話が広がっていたんですか? 出処の見当は」
「まだ確証を掴んでいませんが十中八九、我が国の家門であるルダール伯爵家です」
「そこも反対派の家門なんですか?」
「はい。それに加え、敵対国と繋がっている可能性が浮上しました。そして貴方の養祖母パルラ殿の生家はルダール伯爵家の元家臣でした」
「じゃあ、もしかしたらその家の誰かが僕の……だから邪魔をしたいんでしょうか」
「詳細な経緯はまだわかりませんが、リトさまの出自を辿られ、こちらに介入されるのを恐れているのでしょう。なかなか後ろ暗い部分が多いようです」
(反対派ということは人族の家門だし、僕はきっと婚外子ってやつだよね? 僕を使えば王宮で上手く立ち回れたかもしれないのに、なんで捨てたんだろう。そこが宰相さまの言う後ろ暗いところなのかな)
ずっと田舎に押し込めておくはずの子供が、うっかり王都へ出てきただけでなく、王宮にまで上がってしまったので慌てて排除にかかった。
多くの人が集まる生誕の日は絶好の機会だったというわけだ。
とはいえロヴェの手厚い配慮で、ちょっとやそっとの努力ではリトに近づくのは困難だろう。
内部の手引きがあっても騎士団の結束力は並ではないので、直接手を下すのは非常に難しいとおそらく相手も気づいている。
「あの! 宰相さま、宿屋のほうは問題ありませんか? なにか迷惑をかけていたりとか」
「周辺警護、定期訪問をしていますが現在はそういった報告を受けていません。リトさまの不在に気づいている客人もいるようですが、良い家に奉公に出ている設定になっています」
「あっ、そんな配慮まで。さすがは宰相さま、抜かりがないですね」
「いえ、貴方に関する事柄はすべて後ろの拗ねた獅子の配慮です」
「ロヴェが?」
驚いて再び視線を向けたら、照れているのかぐりぐりと背中に額を擦りつけられた。
子供みたいな仕草が可愛らしくて、リトは自分を抱きしめる大きな手に自身の手を重ねる。
「ロヴェ、ありがとうございます。いままで僕は気が回っていなかったのに、さすがロヴェですね」
「君を大切にしてくれた場所だから当然だ」
「嬉しいです」
「そうか、良かった。しかし嘘でも君の悪い噂が民の口に上るのは許せない。早急に対応するから」
ぎゅっと指先に力がこもったのが感じられ、ロヴェが言葉の先を飲み込んだのがわかる。
噂をすぐに消すから〝帰らないで欲しい〟と続けたかったのではないか。
いまのお試し期間に期限は設けられていない。
リトが自分で判断を下せるまでの無期限で、曖昧なまま居続けても急かされもしないに違いない。だとしてもいつまでも先延ばしにしていれば、待ち続けるロヴェの心がすり減る。
「僕、ここにいます。ロヴェの隣にずっといます。どこにも行きません」
「え? ……リト、本当か? 本当に?」
顔を上げたロヴェが見せる驚きの表情はあまりにも真剣で、胸に迫るほど切実な目をしていた。
楽しく幸せなうちはいいけれど、こうして問題が起こるたびに彼が不安を覚えてしまうのなら、自分が腹をくくるべきだとリトは深く頷き返す。
「ここで学ぼうと思った時点で本当は心が決まっていたんです。ロヴェの傍で頑張ろうって。でもなかなか選択肢をなくす勇気が持てなくて、逃げ道を作ったままでいました」
「それは仕方ない。なにも知らない場所を感情だけで受け入れるのは難しい。気安く選択できる環境ではないだろう、この場所は」
「はい。だからこそ僕は選びます、貴方の傍を。僕は広い王宮でロヴェを一人きりにはしません。だから一緒に生きてくれませんか?」
「……もちろんだ」
震えた声で再びしがみついてきた、ロヴェはまるで幼い子供のように思えた。
自分を抱きしめる大きな手をリトが優しく撫でれば、耳元で「ありがとう」と小さな声で繰り返される。
「おめでとうございます。これで婚礼の準備が無駄になりませんね」
「あっ!」
すっかりロヴェに気をとられて、目の前で見られているのを忘れていたリトは、じわじわと頬に熱が集まるのを感じた。
だというのに、まったく動じた様子を見せないベルイが「話の続きは明日にしましょう」とさっさと退出してしまい、部屋にはロヴェと二人だけになる。
「あの、ロヴェ……僕もそろそろ」
「帰ってしまうのか?」
「えっ? あ、えっと、自分の部屋に……んー、婚約前の同衾って大丈夫なんですか?」
「いまはなにもするつもりはない。どちらにせよ準備が必要だから、その辺りの説明はまだ受けていないだろう?」
「ん? 準備? なんの?」
「リト、君は無条件に俺を受け入れる気でいたのか?」
微妙にお互いの話が噛み合っていないようで、視線を合わせたまま、二人して同じ方向へ首を傾げた。
確かに婚姻やしきたりなどの話まで授業が進んでいない。獣人と結婚するにあたり、なにか重要事項があるのだろうかとリトは眉を寄せる。
「俺はできたら子が欲しいのだが」
「こっ、子供? え? あっ、そう、そうだよね。子供、こども……同性同士でできるの? えっ? 僕が産むんですか?」
「やはりそこまで話が進んでいなかったのだな。王族は同性婚をするのは知っているだろう? 特別な方法で子を孕めるようになる。子を産むのは俺でもリトでもいい」
「雌雄を選べるんだ。……でも、現実的に考えてロヴェが妊娠するのは避けたほうがいいような。お腹で子供を育てているあいだって大変なんですよ。僕はロヴェの代わりなんてできないですし、適切な役割分担としては」
「リトはそれでいいのか? 俺を受け入れるのを、本当に後悔しないか?」
(後悔? 男の自分が子供を産むのは想定外だけど、相手はロヴェだよ? ロヴェに似た可愛い獅子が生まれる可能性もあるのかな? ……受け入れるってのはあっちだよね)
村の女性たちのおかげで、耳年増に育ったリトなのでなんとなく想像はついた。
体の大きい男はあちらも大きいらしい。
(とは言っても、僕がロヴェをどうこうするとかまったく想像できないし。どちらかといえばいつものように、彼に抱きしめられたり触れられたりしたいから、やっぱり僕が受け入れるべきだよね)
「うん、うん、大丈夫、平気。色々準備は必要かもしれないけど」
「……リト、君はなんというか面白いな。なによりも前向きで一生懸命なところがたまらなく愛らしい」
意気込むように両拳を握ったリトを見て、ロヴェはふっと息を吐くように笑った――が、言葉尻が甘くなった途端にリトを抱えて立ち上がった。
驚いてとっさに首元にしがみつけば、そのまま寝室に連れ込まれて、落ち着いていた胸の音が再び荒ぶり始める。
「今夜はなにもしないから、ただ傍で、リトを抱きしめて眠りたい」
「はい。けどおやすみの口づけはしたいです」
ベッドに横たえられた自分を見下ろす、優しい黄金色の瞳。
見つめ返した瞬間、素直にリトはこの人が愛おしいと、彼のすべてが欲しいと思った。
近づくロヴェを受け入れるために両腕を伸ばして、ゆっくりとリトは瞳を閉じる。
さらに触れた呼気と、柔らかな唇の感触を求めるように引き寄せながら、美しい獅子を両腕で抱きしめた。
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