遅咲きの番は孤独な獅子の心を甘く溶かす

葉月めいこ

文字の大きさ
上 下
11 / 34

王宮暮らしのはじまり

しおりを挟む
 二人でつかの間のお茶会を楽しんだあと、ロヴェの対応は早かった。
 最初にあてがわれた客室ではなく王族の居住区、獅子の宮殿に部屋を改めて用意され、今度は部屋の広さにリトは慄く羽目になったのだが。

 広すぎて落ち着かないし、こんな空間でたった一人きりで過ごすのは寂しすぎると訴えれば、常に傍に控える侍女としてミリィを、専属の護衛としてダイトを付けてくれた。

 彼らは部屋から続く従者用の寝室でそれぞれ寝起きしてくれるらしい。
 一緒の部屋でなくていいのかと問えば、一日中一緒に行動できるので問題ないと揃って言葉を返すあたり、相変わらず似た者同士だ。

 休みも必要ないと言われて焦ったものの、交代で取る形で合意してくれた。
 二人で一緒に休むとリトが心配で落ち着かないので、信頼できる番がついているほうが安心だとか。

「改めましてわたし、ミリィ・ユニス・ハウゼンはリトさまが心地良く過ごせるよう、誠心誠意お仕えさせていただきます」

「ダイト・ガゼイン・ハウゼン、陛下の騎士として番さまの剣と盾になりお仕えいたします」

「こちらこそよろしくお願いします。二人が専属になって僕も嬉しいです」

「お任せください! わたしは以前、諜報部隊の黒の騎士団にいましたので、多少の戦闘は対応できます」

「え?」

 拳を握り突き上げたミリィの言葉に、リトはとっさにダイトへ視線を向けた。
 わずかに眉間にしわを寄せ、頷いた様子から退団させたのは彼だとわかり、番の過保護はやはりすごいと乾いた笑いが出る。

 とはいえミリィは一見すると可憐な女性なので、ダイトが過分に心配しても仕方ない。
 短めのふんわりとしたピンク色の髪にぱっちりとした緑の瞳。ほっそりとしていて間違っても戦闘ができそうには見えないので、相手は大いに油断しそうである。

 番について訊ねた時、ダイトのためなら乗り込む、と言っていたミリィの言葉は冗談ではなかったのだな、と納得もした。

「そういえばリトさま。教会への訪問について、ベルイさまからお聞きになりましたか?」

 部屋の移動や、滞在中の衣服を準備する作業を数日かけて終わらせ、のんびりとミリィの淹れてくれた薬草茶を飲んでいると、彼女はお菓子を取り分けながら小さく首を傾げた。
 普段食べられない、クリームを使った甘いお菓子に目移りしていたリトだが、大事な話だと気づき慌てて顔を上げる。

「聞きました。二日後に、大司教さまが洗礼を行ってくださるそうで」

「まあ、さすがベルイさま。大司教さまがいらしてくれるなんて、ごり押ししたんですね。当日の予定が決まったらわたしたちにも知らせがあるわね」

「ああ、教会までの経路や警備などの調整が出来次第だろう」

「えっ、そんなに大がかりなんですか?」

 窓際で控えていたダイトと、傍にいるミリィが頷き合っているのを見て、リトは口に入れようとしたお菓子をフォークからこぼしそうになる。
 王宮から王都の教会まではさほど離れていない。徒歩でも行ける距離だが、馬車での移動だろうと予想はしていたものの、まさかダイト以外の護衛までつくとは思っていなかった。

「もちろん、万一のときがありますので。ちなみに私はこうして窓からの危険に備えておりますが、扉の外にも王宮警護の赤の騎士団が常に立っています」

「リトさまは慣れない環境な上に不便ですよね。ですが王宮内外で完全に安全な場所は陛下の傍だけと覚えていてください。わたしたちも最大限の配慮をしているのですが、陛下が成人するよりも前には、何度も獣人統治の反対派による襲撃があったそうです」

 思いがけない物騒な話で、暢気にお菓子を頬ばっている場合ではなくなった。
 二人は怖がらせるつもりはなく、いざというときにリトが怯えないよう前もって言ってくれているのだろう。知らないより知っていたほうがいい話だ。

「……もしかしてロヴェの傷って」

「はい。当時傷が深く傷跡を消すに至らなかったそうです。いまは治療スキルも高度な研究がされ、消すことは可能になったのですが、自身のせいで多くの騎士が亡くなったので、戒めだと」

「リト殿、不自由ですが王宮で過ごされるあいだは決して、一人で行動なさらないでください。警護対象を把握できないと、騎士たちも最善の動きができなくなります」

「僕がロヴェの弱点になりますよね。でも、もし僕がここに残らないと選択したら」

 番である以上は一生、ロヴェに迷惑がかかるのではないか。

 何気なくリトが疑問を投げかけた途端、予想以上に二人は酷く暗い表情を浮かべた。
 聞けばなんでも答えてくれた彼らが言い淀むほど、言葉にしづらくリトには伝えにくい内容なのが推測できる。

 それは番にならないのが残念だ、という単純なものではなく、リトは息を飲む。

「僕が城下で暮らしていけるようにするために、ロヴェは自分を犠牲にするような」

「おそらく番の絆を断ち切られるかと思います」

 いつまでも口を噤んだままのミリィの代わりに、ダイトが一歩前へ足を踏み出した。

「どうやって?」

「番紋を焼き消すのです。そうすると相手の番紋は消失します。番に拒まれても、大抵の王族は繋がりを失いたくないと消したりはしませんが」

「……はあ、なんでそういう大事な話をしてくれなかったんだ」

「申し訳ありません。滞在の決定早々、リト殿の選択を狭めるような」

「違います! 僕はそういった非難をしているんじゃなくて。また自分を犠牲にするような選択肢を隠していたあの人に、怒ってるんです」

(焼き消すだなんて言葉では簡単に言えるけど。紋様が完全にわからなくなるほど肌を焼くって意味じゃないか。治癒したら紋様は戻りそうだし、ロヴェの体に傷をつけてまで僕は逃げたいとは思わない。そもそも相手が彼とは知らなくて、動転して判断を誤っただけで、僕はロヴェを好意的に思ってるんだ)

 陛下のために、必死になれるほど心を寄せられるか不安だったけれど、相手がロヴェであれば話は別だった。
 王宮に滞在しようとリトが決めたのは、彼を理解し歩み寄って関係を築きたかったからだ。

「駄目です! ロヴェは諦め癖がついてるに違いない! のんびり過ごすなんて無理です! ミリィさんもダイトさんも、必要と感じる情報はどんなに言いづらくても僕に教えてください。あと今後、僕にとって必須になる勉強がしたいです」

 大きなため息と共に額を抑え、うな垂れていたリトが突然体を起こしたので、二人は驚きに目を丸くした。続いて早口でまくし立てる新しい主人に、揃って呆気にとられた顔をする。

「僕はちゃんとした勉強をした経験がないんです。読み書きも普通の平民より劣るし、歴史も地理も疎いです。教養や作法なんて論外だし。……だけどそのせいでロヴェを馬鹿にされたり、彼に恥ずかしい思いをさせたりしたくないんです」

 どうひっくり返してもリトはロヴェに対し好意を持っている。好きになる努力は不要であり、いまするべき行動は将来、彼の隣に立っても恥ずかしくない人間になることだ。
 お互いまだ恋だ愛だという感情に至っていないので、気持ちを育むのも大切だけれど、優先順位を見誤るわけにはいかない。

 ロヴェイン・ディル・ロザハールという人物は、リトの番というだけではなく、ロザハール王国の、獣人の王様なのだから。

「よし、まずは手紙の書き方を教えてください。ミリィさん、便せんありますか?」

「え? 手紙ですか? どこへ出すんですか?」

「もちろん、ロヴェにです。彼はいまのところ忙しいようだから、直接会うより手紙のほうがいいかと思って」

「いえいえ、会いたいとおっしゃってください! 陛下もリトさまに会いたいはずです」

「そうだったんですか?」

 二人だけのお茶会をしてから数日経っているが、まったく音沙汰がないのでリトは忙しすぎて自分を構う暇などないのだろうと思っていた。
 常日頃から激務の人に、時間を割けと言えずにいたリトだったけれど、ふと彼の言葉を思い出す。

 ――リトが望むならいくらでも

「えぇ? そういう意味? 僕が会いたいと思わなければ顔を見せないの? ロヴェも会いたいならいくらでも会いに来てよ! もう!」

「リト殿、どうか陛下に甘えてください。我々もあの方の働きすぎが気になって仕方がないのです。番さまが言えば陛下も休憩を取ってくださるでしょう」

「ぜひ! わたしからもお願いします!」

 二人の懇願を聞いたリトは宰相や騎士たちが、王宮の抜け出しに目をつぶっていた理由がよくわかった。
 仕事にのめり込むくらいなら、少しでも羽を伸ばして欲しいと思っていたのだろう。

 こうなってはロヴェに毎日の休憩と、できれば昼寝をさせてみせるとリトは決意を固めた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

【完結】最初で最後の恋をしましょう

関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。 そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。 恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。 交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。 《ワンコ系王子×幸薄美人》

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

つまりそれは運命

える
BL
別サイトで公開した作品です。 以下登場人物 レオル 狼獣人 α 体長(獣型) 210cm 〃 (人型) 197cm 鼻の効く警察官。番は匿ってドロドロに溺愛するタイプ。めっちゃ酒豪 セラ 人間 Ω 身長176cm カフェ店員。気が強く喧嘩っ早い。番限定で鼻が良くなり、番の匂いが着いているものを身につけるのが趣味。(帽子やシャツ等)

獅子王と後宮の白虎

三国華子
BL
#2020男子後宮BL 参加作品 間違えて獅子王のハーレムに入ってしまった白虎のお話です。 オメガバースです。 受けがゴリマッチョから細マッチョに変化します。 ムーンライトノベルズ様にて先行公開しております。

王子なのに戦場の聖域で好き勝手ヤってたら獣人に飼われました

サクラギ
BL
戦場で共に戦う者たちを慰める場所、聖域がある。そこでは国も身分も関係なく集うことができた。 獣人と戦士が書きたいだけで始めました。独りよがりなお話をお許し下さいます方のみお進みください。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

処理中です...