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おいしいご飯ではじまるニューイヤー

二人で迎える新年

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 時計の針は二十三時を指す。
 一緒に少し横になるつもりが、調べ物をしているあいだに、時間が過ぎてしまった。ふいに込み上がってきたあくびを堪えて、志織はベッドで寝息を立てる雄史を覗き見た。

 すやすやと眠っている恋人は無防備で、寝顔まで可愛い。そっと近づいてこめかみにキスを落とす。
 それに彼は小さく身じろいだけれど、起きる気配がなく肩を揺すった。

「雄史、そろそろ起きろ」

「んー、志織さん。えへへ、可愛い」

「こら、寝ぼけてないで起きろ」

 ムニャムニャと寝言のようなものを呟いて、ヘニャリと笑う。よほど幸せな夢を見ているのだろう。締まりのないその顔に、志織は思わず吹き出すように笑ってしまった。
 しかし伸びてきた手に引き寄せられて、その笑みは驚きの表情に変わる。

「志織さん、……好き。大好き」

 両腕に抱き込まれて、ドキリと心臓の音が跳ねた。ぎゅっときつく抱きしめられれば、頬が熱くなる。
 力強く抱きしめられるだけで、胸が高鳴るなんてことは、志織にとって初めての経験だ。そもそも自分を『抱きしめる』恋人、というもの自体が初めて。

 自分を可愛い可愛いと言う、雄史にはいつも翻弄される。どう見たって可愛いのは彼なのに、急に男臭い顔をする時があるから困る。その変化に、志織はときめかずにいられない。

 雄史といると、いままで持っていなかった感情を、いくつも覚える。
 触れられたい、キスしたい。――彼に抱かれたい。
 愛おしさの中に、求める気持ちが増えた。

「んー、志織さん。……って、あれ? 夢じゃない」

「ようやく起きたか?」

「わわっ、俺いつの間に、志織さん抱き枕にしてたの?」

「十分くらい前からだ」

「ご、ごめんなさい。もうこんな時間!」

 ぱっと手を離して飛び退く、それに少しばかり寂しくなる。だがいつまでもそうしていると、そのまま年を越える可能性は高かった。
 身体を起こした雄史の頭を撫でて、志織も身体を起こす。

「蕎麦、食うだろう?」

「食べます!」

 すぐに食べられるように、年越し蕎麦はかけそばにした。それに温泉卵を落として、月見蕎麦にする。
 深夜なのでシンプルに、さっと食べられる量で。

 蕎麦を用意して、志織が部屋に戻ると、賑やかな人の話し声が聞こえる。
 いままで部屋になかった、テレビを最近買った。自分が料理をしているあいだ、彼が暇だろうと思ったからだ。馴染みのなかった雑音は、いまでは随分と聞き慣れた。

「いただきまーす」

「いただきます」

 二人で両手を合わせて、顔を見合わせてから蕎麦をすする。

「はあ、年末って感じがしますね」

「そういえば、雄史は普段は実家か?」

「そうです。いつもは冬休みに入ると帰ってたんですけど。今年は恋人ができたので、帰らないって言ってきました。志織さんは?」

「同じく、だ」

 小さく首を傾げた彼の顔が、ぱあと光が差したみたいに輝く。
 子供みたいに、喜怒哀楽がはっきりしているところ、わりと好きなポイントだ、などと思われているとも知らずに。

 雄史を見ていると、撫で可愛がりたくなる。喜ぶことをして、嬉しそうに笑う顔が見たくなる。
 傍にいると、幸せにしてもらえているという実感があった。

「だけど、去年はあんた、彼女がいたんじゃなかったか?」

「えっ! あ、あー、まあ」

「別れた彼女はこんないい男を振って、次の相手にがっかりしてるぞ、きっと」

「縁、ですよ。こういうのって。……ほら、志織さんに出会うために」

「雄史はモテるだろうにな。周りに放って置かれているほうが不思議だ」

「ええ? 全然モテないですよ。俺、平凡だし」

 大げさなくらい顔を横に振る彼は、無自覚というやつだ。下心のある志織の感情に、気づかなかったくらいに、鈍い。
 いままで陰で泣いていた女子は多いだろう。考えなくとも想像がつく。彼は誰に対しても、分け隔てなく優しい部分がある。

 だから時折それに志織がヤキモキしていることなど、気づきもしない。
 店でつまずいた女性に、とっさに手を差し伸べて抱きとめた時は、かなりもやっとさせられた。原因は彼の行動ではなく、それに頬を染めた彼女のせいだけれど。

「志織さんのほうが、モテますよね?」

「……そうだな」

「えっ!」

「否定して欲しいなら聞くなよ」

 あからさまにショックを受けた顔をする、それに苦笑する。そわそわした様子を見せるのは、自分が特別であると言って欲しいから。

「でもここ数年は忙しくて、それどころじゃなかったからな」

「店が繁盛してて良かった」

「正直だな、あんたは」

「タイミング良く出会えたのは、やっぱり運命ですね!」

「うん、まあ、そうだな」

 可愛い可愛い恋人。ほかの誰にも気持ちが動かなかったのは、あの日の出会いのためだった。運命――そんな言葉をいまは信じてもいい。
 幸せそうに蕎麦をすする顔に、志織も柔らかく笑みを浮かべた。


「志織さーん! あと二分で年が明けますよ!」

 いつもだったら一人で腹を満たして、片付けているあいだに年が明けた。それがたった一度の出会いで、こうも変わる。それがひどく嬉しいことに思える。
 部屋に戻ると寝ていたにゃむが起きて、雄史の膝で爪とぎしているところだった。

「にゃむー! 新年だよ」

「ふにゃー!」

 身体を抱き上げた雄史に彼女はジタバタとする。テレビの中ではカウントダウンが始まっていた。
 なぜか正座をしている彼の背後に腰かけると、志織は目の前の身体を抱きしめる。そして振り向いた顔に唇を寄せた。

『明けましておめでとうございます』

 テレビから聞こえてくる声。それを無視してやんわりと口づける。目を瞬かせた雄史の頬が、赤く染まるのを見て口元が緩んだ。
 小さくついばんでから唇を離すと、隙間を埋めるように近づいてきた、彼の唇が再び触れる。

 優しい口づけをしばらく堪能して、しっとりと濡れた互いの唇が離れる。すると自然と二人に笑みが浮かんだ。

「明けましておめでとう」

「明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ」

「にゃー!」

「にゃむもよろしくね。って、……ああああっ!」

 あいだを割るように雄史の肩をよじ登ってきた、にゃむの口先が志織の唇に触れた。その瞬間、深夜の町に響きそうなくらいの声が響いた。
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