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成宮貴子は、からかうのがお好き! ①

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 街に赤や緑のクリスマスカラーの彩りが現れ始めた11月の中旬の週末。

私たちのマンションに貴子が遊びに来た。

しかし、秋兎さんの眉間には深いシワ…。

最近、秋兎さんは貴子の訪問をあまり歓迎していない。

何故なら…





「絶対にダメです!」

「良いじゃん!減るもんじゃないし!」

「柚子さんにそんなもん見せたくありません!」

何度目だろう…この攻防は…。

「そんなもんって、宇佐美さんの仕事でしょ!?」

「だから嫌なんですよ!」

「別に映倫のR18指定は受けてないし、ハウツービデオなんだから、本番じゃないしイイじゃん!」

「聖域侵犯をされたくないんですよ!柚子さんには確かに僕が有りとあらゆることを教えてますが、それを僕の映像と共になんて、柚子さんに説明させたくありません!」

「うわっ…“有りとあらゆる”って、サラッと言ったよ!この人!!」

居たたまれない…。

確かに、秋兎さんに色々教え込まれちゃってる。

男性の好きなこととか…。

 でも、貴子が本当に私に聞きたいのは、そこではない。

 何故、ここまで貴子が熱心に秋兎さんのDVD鑑賞を私と一緒にしたがっているのかというと、貴子は“デートDV”の防止を目的としたボランティアをしていて、特に性的な方面での“デートDV”の防止に、“AV男優・宇佐美 樹”の力を借りられないか?と思ったから。

“宇佐美 樹のハウツーLOVEレッスン”は、愛され方、愛し方を学ぶ教材としてなりうるか?

私、個人の感想というよりは、雑誌編集者としての意見を貴子は聞きたいのだ。

でも、どうやら貴子は秋兎さんにそれを説明したくないらしい。

 半分は秋兎さんをからかう為…でも、半分は彼の立場を考えると何処まで公に引き出して良いのか?という貴子なりの気遣い。

器用なんだか不器用なんだか、良く分からないのが“成宮 貴子”って存在なんだと私は理解しているけど…。

あとから、秋兎さんにはフォロー入れなきゃ…。

「とにかくダメです!あまり身内に見られるのもどうかとも思いますが、100歩譲って貴子さんが鑑賞されるなら御自由にどうぞ!」

そう言って、秋兎さんは書斎へと向かった。

「ふん、諦めないからねぇ~!」

貴子は秋兎さんの背中に向かって、大きな声で言ったが、ドアを閉める音はそれを拒否していた。






「貴子、やっぱりちゃんと話そうよ。秋兎さん、ちゃんと話せば分かってくれると思うし…。」

紅茶のお代わりを淹れながら、私は貴子を説得していた。

「うーん、でももうちょっとだけ、宇佐美さんをからかいたいかなぁ~。」

「またそんなこと言ってる…。」

貴子は面白そうにカラカラと笑った。

「まぁ…“秋兎さん”としては、柚子を十分に大切にしているよね。ちゃんと“宇佐美さん”としての仕事と“秋兎さん”としてのプライベートの住み分けを完璧にしている辺りは立派!本当に“デートDV”なんて縁のない程遠い人物だわね。」

「うん…大切にしてもらってる!」

私は貴子の言葉に顔が少し熱を持つのを自覚した。

「でもさ…柚子、本当に“宇佐美 樹”として存在する彼を許してる?仕事とはいえ他の女を抱く男だよ?」

少し遠慮がちに貴子は私に訊ねた。

「うーん、一般的な常識で考えるなら、“許せない!”って思うのかも知れないけど…私が元・役者だからかなぁ…?完全に“宇佐美 樹”と“御鷹 秋兎”の存在を別にして見ているんだよね。“御鷹 秋兎”が浮気するのは許せないけど、“宇佐美 樹”が仕事で女優を抱くことには、あまり抵抗がないの。だって、その世界の役でしかないから。普通の役者だって、作品に必要だと言われれば、デープキスだって、裸を晒して濡れ場だって演じる訳だしね。」

「そっか…」

「ただし…だからと言ってハウツー物はともかく、彼の出演作の鑑賞はしたくないかなぁ…。やっぱり、目の当たりにしちゃうと今の私の気持ちも揺らぎそうな気がして…。彼の仕事を応援できなくなるのが…怖い。真剣に役者として取り組んでる秋兎さんに“宇佐美 樹を辞めて欲しい!”なんて言いたくないから…。」

「それは…“君嶋 ゆこ”でなくなった柚子の未練?」

「今も“君嶋 ゆこ”を消したことは後悔してないよ。でも…発作が原因でマイクの前に立てなくなったことで、声優でいることを諦めなければならなかったことは…身を削がれるほどに辛かった。なんだかんだ言っても、あの時の私の世界の大半を占めていたから。“演じたいのに演じられない…。”そんな思いを秋兎さんにはさせたくないの。私のワガママで秋兎さんから役者の仕事を奪いたくないんだ。元々、長い下積みを経験している人だし。」

「…普通の人間には理解しがたい愛だね。ある程度、寛容な私でも何となくしか分からない。」

貴子は溜め息混じりにそう言って、紅茶を飲んだ。

「そうかも…。元々、役者は色々吹っ切ってないと出来ない職業だしね。中途半端な私的な感情や羞恥心は演技の邪魔になるだけだし。…そう言えば昔、先輩に言われた事があったなぁ…『役者はドSでドM!古傷抉って心から血を流しながらでも体現して演じるには、変態でなければ成り立たない!』って…。」

「変態…って…柚子…アンタって、実は本当にDEEPな世界に生きてたんだね…。」

「まぁ…ね。」

私は貴子の片頬がヒクヒクしてるのを見ながら苦笑いした。

「…だからね、そのDEEPな世界の最たる場所で、秋兎さんがこれからも生きていくつもりなら、私ぐらいは応援したいの。そもそも“AV男優”って職業が本当に嫌なら、最初から彼を好きになったりしなかったと思う。私は単純に“彼”だったから好きになったんだもん。どんな看板つけて歩こうが、私は生身の彼を信じるし、愛していける自信が少しずつついてるの。」

クッキーを摘まんで、紅茶を飲み干してた貴子は生暖かい目で私を見た。

目の前に差し出された空のティーカップを受け取って、おかわりの紅茶を注いだ。

「まぁ、あれだけ大切にされて秋兎さんから盲目的な愛を注がれてりゃ自信つくわね…。目の前に水溜まりを見つければ、レインブーツ履いてる柚子をわざわざ抱き上げて跨ぐし、あの人は…。ドレス着てるとかならまだ理解出来るけど、パンツルックにレインブーツ履いてるのにだよ!?あれ見た時はいつの時代の紳士かと思ったわ!どう見ても過保護過ぎるわよ!」 

「…あれでも控え目になったのよ?前は危険だからって、一緒にいるのに料理すらさせてくれなかったんだから。繕い物していて指をちょっと刺しただけで大騒ぎされたときは、さすがにドン引きしたなぁ…。血がちょっと出ただけなのに、包帯でグルグル巻きにされるし1時間ごとに消毒しようとするし…。」

「…病院の手術後だって、そんなに消毒せんわい…。」

「だよね…。」

貴子と顔を見合わせて、プッと噴き出したあと二人で笑った。

「アンタたちのことはアンタたちにしか分からないんだろうから、もう言わないけど…ちゃんと溜め込まないで私には話すのよ?アンタは溜め込みやすいんだから!」

「分かってる!秋兎さんにも言われてるから…」

「はいはい、ご馳走さま!」

「貴子も、なるべく早くちゃんと秋兎さんに理由を話してね?貴子のボランティアの話、秋兎さんも真剣に聞いてくれると思うから…。」

「うーん、からかい甲斐あるからなぁ…宇佐美さんは…。まぁ…でも早めにちゃんと話すわ。セミナーまでには話を固めたいし。さて…そろそろ仁彦が帰ってくるしお暇するわ。」

貴子はコートを手に取ると立ち上がった。

「今度は秋兎さんとケンカしないでね?貴子と一緒にお夕飯食べたいし。」

「分かったってばぁ…」

帰り際、ドアの閉まっている書斎に向かって、貴子は大きな声で話しかけた。

「宇佐美さん、また来ますね~!」

中からガタッという音が聞こえて、貴子は満足そうに笑うとスキップしながら玄関へと向かった。




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