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彼女が彼女だった過去を隠した本当の秘密 side 樹

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 「このバカ仁彦きみひこ!!」

病院のロビーに駆け込んで来た女性が、キミちゃんの姿を見つけるなり、けたたましくスリッパを鳴らして走ってきたかと思えば、そう叫んで飛び上がり、立っていた背の高い彼に平手を食らわせた。

僕は長椅子に座ったまま、呆然とそれを見ていた。

「大体からして、柚子の過呼吸発作の原因がマイクなの知ってる癖に、カラオケ付きの個室居酒屋で打ち上げとか、有り得ないでしょーが!!このバカちんが!!」

「悪い…アイツが暫く発作起こしたことなかったし、失念してた…本当に済まなかった。」

彼は罰悪そうに俯いて、その女性に謝った。

「全く…なんで寝た子を起こすようなことを…やっと“ゆこ”の悪夢を見なくなって、穏やに過ごしていたっていうのに…。」

彼女はふとキミちゃんの後ろの長椅子に座っている僕の存在に気が付き、慌てて自分の手で口を塞いだ。

「“ゆこ”の悪夢?」

「樹…お前には関係の無い話だ、気にするな。」

彼女に確かめようとしたとき、キミちゃんはそれを制止した。

「でも…今…彼女は“ゆこ”の悪夢って…」

「樹、今のお前が大切なのは“木原柚子”だろう?」

「そうだけど!…僕は…まだ彼女のことを何も知らないんだ…。知りたいんだ!何故、発作を起こして倒れたのかも…。さっきだって…知らないばかりに心配することしか出来なかった!」

「それは仕方ないだろう?知り合って数日だぞ?しかも、ゆっこと樹は仕事以外で会うこともなかったし、知らなくて当たり前だ!」

「僕は…柚子さんのこと…何でも知りたい。ちゃんと知って…こんな僕でも…彼女に…許されるなら…側に居てあげたい…。」

発作が治まり、今は病室で静かに眠っていると分かっていても、彼女のことが心配で僕は今にも押し潰されそうだった。

 不意に俯いている僕の方へ近づいてくるスリッパの音が聞こえた。

「宇佐美さん」

顔を上げると先程キミちゃんにジャンピング・スマッシュ平手を食らわせた、小柄な彼女が目の前に立っていた。

「私は柚子の親友で、このバカの彼女で成宮貴子っていいます。」

「…宇佐美…樹です。」

「知ってます。柚子から話は聞いてます。…なんでも“君嶋ゆこ”の亡霊に取り憑かれてる…とか。」

「貴子!」

キミちゃんが焦った様で彼女を制止したが、“ウルサイ!”と言い返されて黙ってしまった。

なんだか、二人の力関係があからさまに分かる…。

「宇佐美さん、もしも本当に“木原柚子”に惚れている、大切だと言うなら、“君嶋ゆこ”を貴方の中から抹殺して頂けますか?」

「!?」

僕はいきなりの“抹殺”という言葉に目を瞠って彼女を見た。

「貴方の中に“君嶋ゆこ”がいる限り、“木原柚子”は貴方を男として見ることが出来ないんです。」

「どういうこと…なんでしょうか?」

「ちゃんと覚悟があるなら…今から貴方に“木原柚子”の抱えている本当の秘密をお教えします。多分、柚子に貴方が直接訊いても、発作を伴う可能性もあって柚子の口からは貴方に話せないと思うので…。ただし、貴方がどんな選択をしようが柚子の秘密については一切、他言無用でお願いします。宜しいですか?」

腕組みをして僕を目を細めて見据える彼女は、女性としてはとても小柄だというのに、息を飲む迫力のあるオーラを醸し出していた。

それだけ、柚子さんが大切で真剣に僕を見定めようとしていることが分かった。

「…分かりました。柚子さんのことを聞かせてください!」

僕は彼女の目を真っ直ぐに見た。

「ここでは難なので、私の車の中で話しましょう。他の人たちには聞かせたくない話ですから…。」

僕はキミちゃんと一緒に病院の駐車場に止まっている彼女の車に乗り込んだ。





 気が付けばカーナビの画面に表示された時間は、日付を跨いでいた。 

最後まで成宮さんの話を聞いた僕は、両手を握り額に押し付けて俯いたまま動けなくなっていた。

彼女が“君嶋ゆこ”だったことを否定していることには、何か理由があると僕は思っていた。

まだ高校1年だった彼女と初めて言葉を交わしたあの日から“君嶋ゆこ”に恋をしていた僕が、自分の勘違いや見間違いで彼女に詰め寄ったとは思っていなかった。

彼女が“君嶋ゆこ”である確信があったからこそ、頑なに否定する彼女に詰め寄ってしまった。

 結果、怖がらせてしまったことを後悔したのだが…。

しかし…今聞いた、彼女が“君嶋ゆこ”だったことを否定した理由の重さに、僕は更に自責の念と罪悪を覚えていた。

「今の柚子は…あの子の言葉を借りるなら“君嶋ゆこ”の脱け殻なんです。宇佐美さんに“君嶋ゆこ”として求められても脱け殻でしかない自分では貴方に何も返せないと思ってます。」

「…」

「もしも“木原柚子”としてではなく“君嶋ゆこ”としてのあの子を求めている比重が少しでも重いなら、どうか何も言わずに…このままあの子の前から消えてください。」

成宮さんの容赦ない言葉に、僕の心臓はドクリと音を立てた。

“柚子さんの前から…姿を消す?”

そうなれば彼女とは二度と会えなくなる。

想像しただけで言い知れない痛みが、胸を突き刺す。

カットソーの胸の辺りをグシャリと握り締めた僕を見て、キミちゃんが異を唱えた。

「貴子…それはいくらなんでも言い過ぎた。樹だって本気で…」

「仁彦は黙って!柚子は両親にすら“君嶋ゆこ”としてしか扱って貰えなかったんだよ?本気で好きだから何?柚子の両親と同じ思いをさせるかも知れない可能性のある男を柚子に近づけるなんてこと、親友として許せる訳ないじゃない!」

「貴子!」

「…いいんだ、キミちゃん。成宮さんのいう通りだよ。“君嶋ゆこ”の亡霊に取り憑かれてる僕を柚子さんに近づけたくないって思われても仕方ない。」

「樹…」

僕は成宮さんを真っ直ぐ見て、決意を口にした。

「でもね、成宮さん、僕はやっぱり柚子さんが好きです。だから…今日は帰ります。今の僕では彼女を患わせるだけです。決心が着いたら…必ず彼女に会いに来ます。」

成宮さんは目を瞠って僕を見たあと、意地悪そうに笑った。

「…早めに決心してくださいね?あの子、自分では気が付いてないですけど、凄くモテるので横から掻っ攫われても知りませんよ?」

「肝に命じます。」

僕は大通りまで送って行くという彼女とキミちゃんの申し出を断り、歩いて病院を後しにした。

空を見上げればオリオン座が瞬いていて、無数の流れ星が流れては消えていった。

「流星群のどの星でもいい…僕の願いを叶えてくれるならば…どうか…」

僕は大人になって初めて、流れ星に願いを囁いた。

それは…大切な彼女の為の願いだった…。



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