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過去 君島ゆこを消した日
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それは高校2年最後の終業式の朝だった。
昨夜の激しい夫婦喧嘩が嘘のように、朝の食卓には穏やかな両親が座っていた。
『“ゆこ”、父さんと母さんは離婚することにした。どちらに付いていくか、“ゆこ”が選んでくれないか?』
父の言葉に、私は千切ったトーストを皿に落とした。
『父さんと母さんは…別れて暮らすことにしたんだ。本当はゆこが高校を卒業するまで待とうと思ったんだが…。もう“ゆこ”は声優として独り立ち出来てるし、大丈夫だろうと思って決めてしまった。』
『直ぐにどちらにも付いていくかを決めるのは無理だと思うの。だから“ゆこ”、少し時間を上げるから、どちらに付いていくか…考えて欲しいの。いいわね、“ゆこ”?』
仕事に出掛ける両親を見送ったあとも、私はあまりのショックで立ち上がれなくなっていた。
両親の離婚にもショックを受けていたけど、こんな時まで本名の“柚子”ではなく、“ゆこ”という芸名で呼ばれたことにだ。
両親には“柚子”よりも“ゆこ”が必要だったのだ。
赤ちゃんの頃から芸能活動を始めて、小学3年生からはキッズタレントとしての仕事が多くなった。
その頃から、両親は私を“柚子”と呼ばなくなった。
TVに出ることが多くなると、同級生からの嫌がらせが増え、私は仕事を辞めたいと両親に訴えた。
そこには両親から“ゆこ”と呼ばれることがなくなることへの期待もあった。
しかし、既に私は相当の収入を得ていたらしく、両親は簡単に辞めさせてくれなかった。
その代わり、メディアに露出することが少ない“声優”の仕事を受けることが増えた。
同級生に嫌がらせされるのは嫌でも、お芝居することは好きだった私は、顔を露出することなく声で芝居が出来る“声優”の仕事が好きになった。
映画の吹き替えが多かった仕事が、中学を卒業する頃にはアニメの仕事が増え、両親からは“そろそろメディアに露出する仕事もしていこう。”と持ちかけられることが増えた。
両親というよりも二人は“君嶋ゆこ”のプロデューサーとなっていた。
私の答えは“NO”だった。
同級生の関係は何となくでも良好だったし、また嫌がらせされるのも嫌だった。
でも何よりも、“声優”の仕事が減ることが嫌だったのだ。
その頃から、両親の夫婦喧嘩が耐えなくなった。
原因は…“ゆこ”が思い通りに言うことを聞かなくなったこと。
私からすれば、どちらが悪いわけではない。
“ゆこ”として扱う両親の言うことを聞きたくなかっただけだった。
そんな私の気持ちを置き去りにして、両親は離婚するからどちらか選べと言ったのだ。
娘の“柚子”にではなく、声優の“君嶋ゆこ”に…。
その日は、午後から出演していたアニメ作品のアルバムレコーディングが行われる日だった。
気持ちを切り替えて、いつも通りレコーディングスタジオに入った。
しかし、レコーディングは出来なかった。
それまでは何ともなかったのに、私はマイクの前で過呼吸発作を起こして倒れたのだ。
お医者様からは心因性のものだと診断され、精神安定剤を処方されるようになり、暫くは一時的に安定したもののマイクを前にして起こしてしまう過呼吸発作の頻度が増えていった。
現場に迷惑をかけていること、そして、もうプロとして仕事が出来ないことを悟った私は“君嶋ゆこ”という存在をこの世から消することを決めた。
事務所を辞めて“木原柚子”に戻った私は、金蔓にならなくなった私を擦りつけあいする両親どちらにも付いていくことを拒否し、大学卒業までの援助だけを頼んで家を出た…。
「…ゆ……ゆず…こ…」
呼ばれる声に気が付いて、私は目を醒ました。
白い天井とカーテンに仕切られた空間が。私の目に入ってきた。
カーテンの隙間から明るい天然光が差し込んできているということは朝なのだろうか?
(私…夢をみていたんだ。)
握られた手の体温を辿るように顔を動かすと、涙ぐんでる貴子がいた。
「貴…子?なんで…?」
「仁彦から柚子が倒れた!って呼ばれて来たのよ!アンタ、久しぶりに過呼吸の発作起こして…。」
「キミちゃんから?久しぶりに…発作?」
覚醒して間もない頭で、記憶を手繰り寄せる。
「昨日の夜、打ち上げの居酒屋に行って、酔っぱらったスタッフの女の子にマイク向けられたの…覚えてない?」
私は会社を出る前のことを思い出していた。
打ち上げに行くことを決めた私は、社内を歩きながらキミちゃんに連絡をした。
しかし、何度電話をかけてもキミちゃんと連絡が取れず、私は仕方なく他のスタッフに連絡をして打ち上げの場所に向かった。
彼から貰った連絡先は、“柚子”の私を拒絶されて酷く傷つくかもしれない未来を思うと、どうしても使えなかった。
居酒屋に着き、打ち上げが行われている個室の障子を開けた途端、私の姿を見つけた酔っぱらった女性スタッフにマイクを向けられた。
『木原さん、遅いですよ~!どうして遅くなったんですか?』
おふざけで彼女はインタビューでもするようにマイクを向けてきたのだが、心の準備も出来ず、いきなりマイクを向けられた私は、息を詰まらせて倒れた。
『“柚子”さん!?』
丁度、個室に戻って来たキミちゃんと彼が入ってきた。
私は彼に抱きかかえられ、どんどん浅くなっていく息を整えようと、必死にもがいたがうまく出来ず、キミちゃんが救急車を呼ぶ声が聞こえた。
『柚子さん!柚子さん!』
必死に私を名前を呼び続ける彼の顔を見ながら、私は意識を失った。
「…心配かけちゃってゴメンね。」
「いいのよ!アンタの過呼吸発作のことを失念してカラオケ付きの個室居酒屋を打ち上げ会場に選んだ仁彦が悪いんだし。」
「…宇佐美さんにも心配かけちゃった。…どうしよう。」
「柚子…その事なんだけどさぁ…」
貴子は罰悪そうに俯いた。
「私…アンタが“君嶋ゆこ”だったこと、バラしちゃった。」
「え!?」
私は目を瞠って貴子を見つめた。
昨夜の激しい夫婦喧嘩が嘘のように、朝の食卓には穏やかな両親が座っていた。
『“ゆこ”、父さんと母さんは離婚することにした。どちらに付いていくか、“ゆこ”が選んでくれないか?』
父の言葉に、私は千切ったトーストを皿に落とした。
『父さんと母さんは…別れて暮らすことにしたんだ。本当はゆこが高校を卒業するまで待とうと思ったんだが…。もう“ゆこ”は声優として独り立ち出来てるし、大丈夫だろうと思って決めてしまった。』
『直ぐにどちらにも付いていくかを決めるのは無理だと思うの。だから“ゆこ”、少し時間を上げるから、どちらに付いていくか…考えて欲しいの。いいわね、“ゆこ”?』
仕事に出掛ける両親を見送ったあとも、私はあまりのショックで立ち上がれなくなっていた。
両親の離婚にもショックを受けていたけど、こんな時まで本名の“柚子”ではなく、“ゆこ”という芸名で呼ばれたことにだ。
両親には“柚子”よりも“ゆこ”が必要だったのだ。
赤ちゃんの頃から芸能活動を始めて、小学3年生からはキッズタレントとしての仕事が多くなった。
その頃から、両親は私を“柚子”と呼ばなくなった。
TVに出ることが多くなると、同級生からの嫌がらせが増え、私は仕事を辞めたいと両親に訴えた。
そこには両親から“ゆこ”と呼ばれることがなくなることへの期待もあった。
しかし、既に私は相当の収入を得ていたらしく、両親は簡単に辞めさせてくれなかった。
その代わり、メディアに露出することが少ない“声優”の仕事を受けることが増えた。
同級生に嫌がらせされるのは嫌でも、お芝居することは好きだった私は、顔を露出することなく声で芝居が出来る“声優”の仕事が好きになった。
映画の吹き替えが多かった仕事が、中学を卒業する頃にはアニメの仕事が増え、両親からは“そろそろメディアに露出する仕事もしていこう。”と持ちかけられることが増えた。
両親というよりも二人は“君嶋ゆこ”のプロデューサーとなっていた。
私の答えは“NO”だった。
同級生の関係は何となくでも良好だったし、また嫌がらせされるのも嫌だった。
でも何よりも、“声優”の仕事が減ることが嫌だったのだ。
その頃から、両親の夫婦喧嘩が耐えなくなった。
原因は…“ゆこ”が思い通りに言うことを聞かなくなったこと。
私からすれば、どちらが悪いわけではない。
“ゆこ”として扱う両親の言うことを聞きたくなかっただけだった。
そんな私の気持ちを置き去りにして、両親は離婚するからどちらか選べと言ったのだ。
娘の“柚子”にではなく、声優の“君嶋ゆこ”に…。
その日は、午後から出演していたアニメ作品のアルバムレコーディングが行われる日だった。
気持ちを切り替えて、いつも通りレコーディングスタジオに入った。
しかし、レコーディングは出来なかった。
それまでは何ともなかったのに、私はマイクの前で過呼吸発作を起こして倒れたのだ。
お医者様からは心因性のものだと診断され、精神安定剤を処方されるようになり、暫くは一時的に安定したもののマイクを前にして起こしてしまう過呼吸発作の頻度が増えていった。
現場に迷惑をかけていること、そして、もうプロとして仕事が出来ないことを悟った私は“君嶋ゆこ”という存在をこの世から消することを決めた。
事務所を辞めて“木原柚子”に戻った私は、金蔓にならなくなった私を擦りつけあいする両親どちらにも付いていくことを拒否し、大学卒業までの援助だけを頼んで家を出た…。
「…ゆ……ゆず…こ…」
呼ばれる声に気が付いて、私は目を醒ました。
白い天井とカーテンに仕切られた空間が。私の目に入ってきた。
カーテンの隙間から明るい天然光が差し込んできているということは朝なのだろうか?
(私…夢をみていたんだ。)
握られた手の体温を辿るように顔を動かすと、涙ぐんでる貴子がいた。
「貴…子?なんで…?」
「仁彦から柚子が倒れた!って呼ばれて来たのよ!アンタ、久しぶりに過呼吸の発作起こして…。」
「キミちゃんから?久しぶりに…発作?」
覚醒して間もない頭で、記憶を手繰り寄せる。
「昨日の夜、打ち上げの居酒屋に行って、酔っぱらったスタッフの女の子にマイク向けられたの…覚えてない?」
私は会社を出る前のことを思い出していた。
打ち上げに行くことを決めた私は、社内を歩きながらキミちゃんに連絡をした。
しかし、何度電話をかけてもキミちゃんと連絡が取れず、私は仕方なく他のスタッフに連絡をして打ち上げの場所に向かった。
彼から貰った連絡先は、“柚子”の私を拒絶されて酷く傷つくかもしれない未来を思うと、どうしても使えなかった。
居酒屋に着き、打ち上げが行われている個室の障子を開けた途端、私の姿を見つけた酔っぱらった女性スタッフにマイクを向けられた。
『木原さん、遅いですよ~!どうして遅くなったんですか?』
おふざけで彼女はインタビューでもするようにマイクを向けてきたのだが、心の準備も出来ず、いきなりマイクを向けられた私は、息を詰まらせて倒れた。
『“柚子”さん!?』
丁度、個室に戻って来たキミちゃんと彼が入ってきた。
私は彼に抱きかかえられ、どんどん浅くなっていく息を整えようと、必死にもがいたがうまく出来ず、キミちゃんが救急車を呼ぶ声が聞こえた。
『柚子さん!柚子さん!』
必死に私を名前を呼び続ける彼の顔を見ながら、私は意識を失った。
「…心配かけちゃってゴメンね。」
「いいのよ!アンタの過呼吸発作のことを失念してカラオケ付きの個室居酒屋を打ち上げ会場に選んだ仁彦が悪いんだし。」
「…宇佐美さんにも心配かけちゃった。…どうしよう。」
「柚子…その事なんだけどさぁ…」
貴子は罰悪そうに俯いた。
「私…アンタが“君嶋ゆこ”だったこと、バラしちゃった。」
「え!?」
私は目を瞠って貴子を見つめた。
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