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本編
辛いカライお試し恋愛の結末
しおりを挟む幸太くんとの“お試恋愛”が始まって2ヶ月がたった。
街にはイルミネーションが輝き、少し受かれた雰囲気を醸し出している。
…が、私にはその雰囲気を楽しむ余裕はない。
年末に向けて忙しい時期に差し掛かり、取引先でのプレゼンを控えていて、もっと仕事に集中しなきゃいけない状況なのだ。
しかし、私はいつものカフェで仕事以外のことが頭の中を占めていた。
ちなみに、今日は彼が居ない。
そう…今日は彼はシフトに入ってないのだ。
だから、私はカフェに来ていた。
手元には…ふんわりと泡立ったほんのりマーブル模様が浮き出た、ただのカフェラテ…。
(…何やってるんだろう…私…)
深い溜め息を吐いた後、私はテーブルに突っ伏した。
それは、3日前の夜。
この2ヶ月間、それなりに恋人らしい場所に遊びに行って、キスやエッチはしなかったけど、それなりに恋人らしい時間を過ごしていたと思う。
オカン男子らしく口煩いところもあるけれど、幸太くんの誠実な人柄と優しい気遣いは、本当の恋人同士の様。
一緒にいれば、本物の恋人同士だと勘違いしそうなほど、“それなり”に心地いい…。
幸太くんの部屋で美味しいもの食べて、その後二人で背中を合わせで、たわいの無い会話をしながら過ごす時間にも、安らぎを覚えたこともあった。
でも、これは“お試し”なのだ。
そう思う度、私の気持ちは甘さを増すどころか…モヤモヤが溜まる一方で、もうそろそろ限界だったんだと思う。
その日、今思えば虫の居所が悪かったのかも知れない…。
いや…私が一方的に溜め込んだものを吐き出したかっただけなのかも…。
丁度、私は大口の契約がかかった大切なプレゼンの準備で忙しかったし、彼は彼で頼み込まれて短期の家庭教師のアルバイトを始めた為、かなり疲れている様だった。
最近は週1回、彼のマンションで食事するだけで精一杯。
しかも、彼が強引に時間を作るから、なりたっていた。
何度もそこまで頑張らなくていい!と何度も言ったのに…彼は私の言うことを聞いてくれなかった。
そんな風に私との時間を強引に作ろうとしてくれるけど、彼の真意は全然分からなかった。
そんな彼の行動は、まるでマニアル通りに動いているようにしか見えなかった。
強引に説得されて渋々、彼についてマンションに向かえば、振り向いて私を見て嬉しそうに笑うものの、目の下には隈。
自分の勉強に、カフェのアルバイト、そして、家庭教師。
真面目な彼のことだ、絶対に寝る間も惜しんで、家庭教師の為の教材の読み込みとかやってるハズ…。
その疲れもピークなのだろう。
いつもより口数少ない食卓で、沈黙に耐えきれず私は軽い気持ちで言ってしまったのだ。
『行ってくれば?』
『え?』
『合コン。気分転換になるし、メンツが足りなくて、熊くんが困ってるって言ってたよ?なんで断るの?』
プデチゲをつつく彼の手が止まった。
ちなみに、“熊くん”とは、彼のアルバイト仲間で別の大学に通っている“熊野くん”のことなのだが、名字とその風貌が熊っぽいことから、安直ではあるが“熊くん”と呼ばれている。
『…なんで、知ってるの?』
『昨日、カフェに行ったから。熊くんが他のバイトくんと話してるの偶然聞いた。丁度、幸太くん休憩入ってて居なかったし、今日の会議の資料を仕上げたかったから、直ぐに帰ったの。』
『俺、それ知らなかったんだけど?』
ちょっとイラついた様に、彼は溜め息を吐きながら言った。
『“今日は帰ります!”ってメッセージ送ったじゃん?あと熊くんにも言付《ことづ》けて帰ったんだけど…。聞いてない?』
『熊からは聞いてない…。つーか、藍原さんがいるのに俺はなんで合コンなんて行かなきゃなんないの?』
眉間に深い皺が寄せて彼は私を見た。
『だって、私はあくまで幸太くんが女慣れ出来るまでの“お試し”の彼女だもん。もう十分慣れただろうし、今の幸太くんなら他の女の子でも大丈夫だと思うよ。』
そう言って、私はラーメンを啜った。
辛味の含んだ香りが鼻孔を刺激し、真っ赤に火照った顔から更に汗を引き出す。
パタパタと手で顔を扇ぎながら、私は俯いてしまった彼のつむじを見ていた。
『…藍原さんは…平気なの?』
『えっ?』
『俺が…合コン行ったりして…その…他の女の子と…仲良くしても…。』
暫しの沈黙の後、発せられた言葉には怒りと戸惑いが混ざっていた。
しかし、私には彼は怒っている様だが、理由がサッパリ分からなかった。
と、いうか意味が分からない。
だって…
『…そもそも私に幸太くんの自由を奪う権利なんてないと思う。お互いに気持ちは“恋愛未満”な訳だし。』
『!?』
彼は顔を上げて目を瞠って、私を見つめたまま固まった。
お鍋の中の赤い辛味を纏ったスープに、今さっきまで同じような赤に染められていた彼の顔から、一気に血の気が引いているようだった。
今更、何で驚くことがあるのだろうか?
元々は彼が言ったことなのに…。
『…藍原さんは…俺のこと…好きじゃないの…?』
彼はまるで何かを懇願するように、私の顔を見つめた。
彼に期待したくない私の気持ちは、“お試し恋愛”を始めた頃から動かない。
“お試し”という関係を提案した彼の行動は、本物の恋人同士を錯覚させるけど、彼の気持ちが分からない。
だから、どんなに錯覚しそうになろうとも自分の気持ちを“Like ”から“Love”に動かしたくなかった。
『好きだよ、人間的には好意を持ってる。一緒に居れば楽しいし…幸太くんの気遣いが嬉しい時もある。…でも…男としてではないかな…。』
『えっ…?』
『だって、幸太くんだってそうなんでしょ?礼儀正しい私に興味を持った、それに話しやすいから“お試し恋愛”の相手に選んだ訳でしょ?』
『…』
私の言葉に顔色悪く唖然とした表情の彼の顔を見ても、彼の考えていることが、やっぱり良く分からない。
何でそんな顔で私の顔を見ているのか…この期に及んで勘違いしそうになるから止めて欲しい。
『私は幸太くんが言う様に、“女性”らしくないし…ぶっちゃけた“女性”らしさは今の仕事には邪魔なだけで、ずっと幸太くんの求めることに応えられないことが辛かったんだよね。幸太くんにも“理想の女性”や“理想の彼女”ってのがあって、ソレとはやっぱり私は違うんだなぁ…って。』
『えっ…ち、違う!そんなつもりじゃっ!!』
彼は何かを言い募ろうとしたけど、私の方はもうなんだか堰を切った様に、今まで遠慮して言えなかった言葉が止まらなくなっていたし、もう…一つの答えしか見えていなかった。
ただでさえ、まだまだキャリアとしては駆け出しで仕事も忙しい。
それなのに幸太くんとの“お試し恋愛”のせいで、色々とモヤモヤすることに疲れていた。
(勘違いしそうな気持ちに振り回されるのは…もう無理…)
『そろそろ2ヶ月経つし、あと1ヶ月だけど…多分、私の方は年末に向けて仕事に追われるから、あまり会えなくなるし…って言うか、現状も会えてないけど…。丁度、熊くんから合コンの話も来ているなら、1ヶ月前倒しで“お試し”は…終了しよう。』
『!?』
『カフェの店員とただの常連客にも戻ろう。ほら、そろそろクリスマスだし、イルミネーションの力も借りて、幸太くんが自信持って甘く告白すれば…きっと直ぐに本当の彼女が出来るよ!』
私は立ちがりコートを羽織って、キッチンに汚れた食器を持っていき、シンクの中に置いて水に漬けて、再び部屋に戻ってカバンを取った。
『2ヶ月間、ありがとうね!幸太くんと居て楽しかった!もう大丈夫!きっともう他の女の子とも話せるよ!』
『ま、待っ…!』
縫い付けられたように動かなくなっていた彼が、慌てて立ち上がろうとした姿が見えたけど、私はドアを開けて外に出た。
『…じゃあね!』
『………!!』
足取り軽く、彼のマンションから出た私はモヤモヤの原因が無くなって、スッキリした!…そう思っていた。
だけど、全然スッキリしないのだ。
ドアが閉まる瞬間、“つぐみ!!”と、すがり付く様な声で、そう呼ばれた様な気がした。
最初から“藍原さん”呼びを頑なに貫き通していた彼が、私の名前なんて呼ぶ筈もないのに…。
ただの幻聴だと思うのに、鼓膜に絡みついて離れない。
まるで彼の思念が身体に絡み付いた様に、モヤモヤが更に大きくなった気がした。
「私のことなんて好きでも無いこと…分かってるクセに…最後まで思わせぶりな幻聴が聞こえるなんて…。」
ちなみに、これ以上モヤモヤしたくない私は、彼のマンションを出て直ぐに、彼からのSNSの通知をミュートに切り替えた。
着信履歴もあったけど、無視を決め込んだ。
もう…関係ない。
そうだ、もう関係ないのだから、あとは忘れるだけだ…。
泡の消えかけた冷めたカフェラテを眺めながら、私は自分に言い聞かせていた。
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