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戦乙女の悪夢【金獅子】

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 気がつけばユリアは、真っ暗な空間に1人ぽつんと立っていた。
 あたりに光はなく、音もない。寒さも暑さも感じぬ奇妙な空間に、ユリアは首を傾げた。

 ここはどこ?

 そう独り言を呟いたつもりが、ユリアの喉から音が発せられることもなかった。
 キョロキョロと周囲を見渡しても、やはり暗闇。どうすればいいのかわからない状態で、ユリアは困惑していた。



「こちらへおいで、ユリア」

 そんな中、唐突に声が響く。
 パッと弾かれるように顔を上げ、声の聞こえた方を見る。

 アルフィードさまだわ!

 姿が見えずともわかる、優しく甘やかな声色。相変わらず先は暗闇のままでも、その奥にアルファードがいるとユリアは確信した。

 早くこの暗闇から解放されたい、その一心で駆け出す。ユリア、ユリアと呼ぶアルフィードの声が聞こえる方へどんどん走れば、途端にあたりに景色が生まれ始める。

 焼けた草と、雨の匂い。じめっとした空気が頬にまとわりつく不快感と、足元で跳ねた泥が靴を汚す歩きにくさ。肩を濡らす雨の冷たさはあれど、吹き付ける風は生暖かく、ユリアの全身を不気味に撫でる。
 聞こえてくるアルフィードの声とは裏腹に、あたりはおどろおどろしい景色へ様相を変えていった。
 気がつけばユリアは暗闇を抜け出し、夕闇に包まれる丘の上にいた。そしてその奥、うずくまるようにこちらに背を向ける姿があった。

 その姿を捉えた途端、思わずユリアの全身に鳥肌が立った。足がすくみ、全身をゾワゾワと嫌な気配が包む。

 まさか…、これ、この場面は…!!

「結局私は…何者にもなれぬまま…」

 茫然とつぶやく声は、聞きなれたものよりも低い。立派な男性のものではあったが、それが誰なのかユリアが分からないわけがなかった。

 アルフィード様!!!!

 声が出ない、駆け寄ろうにも急に体は鉛のように重く動けない。

「あぁ、愚かだ、王にもなれず、愛する人も守れない。…ユリア、私が悪かったのだ。大切な婚約者も守れぬ半端者の王族の結末など…」

 ブツブツと呪詛のように言葉が紡がれる。

「あぁ、また、まただ…

 また?何をおっしゃっているの、わたくしは無事よ!

 ユリアの悲鳴にも似た呼びかけは空気を振るわせることはなく、あたりは静寂に包まれている。
 そして、ごぽり、と嫌な音が遠くにいるユリアにはっきりと聞こえた。
 悲鳴を上げる間も無く、アルフィードの姿がずるりと横に倒れる。

【“金獅子”アルフィードの最期】

 かつてユリアが前世で何度も見たバッドエンドの一つ。
 ヒロインと結ばれず、戦争の旗頭として担ぎ上げられ、戦争が敗北したのち仲間に裏切られたアルフィードの結末。悲痛な面持ちで1人寂しく命を落としたアルフィード…その場面が、ユリアの前で繰り広げられていた。

 アルフィードが倒れ、動かなくなっても彼女はそこに立ち尽くしていた。
 悲惨な現場を目の前に叩きつけられ、足がすくんで動けないと言った方が正しいだろうか。

 恐怖に侵食されてしまいそうだった。

 人が事切れる姿を見たは始めてで、ましてやそれがアルフィードだったというのも彼女にとっては大きな衝撃となって襲いかかる。
 こんな未来を、自分は受け入れられるだろうか?
 憧れの人が…こんな風に無様な姿を野に晒すことを、自分は許せるのか?


「…いいえ、許しませんわ」

 わたくしは、絶対にこんな未来は許さない

 ユリアが恐怖を感じていたのはたしかだ。本当に彼女はこの場面を見たことを後悔していたし、心の底から恐ろしいと逃げ出してしまいたかった。

 しかし、それよりもユリアには強い感情があった。


“怒り”

 ユリアにとって、憧れの対象であるアルフィードがこんな無様で目も当てられない状況になっていたことが許せなかった。
 卑劣で最低な手段を使われ、挙げ句命を落とすなど、言語道断である。

 アルフィードのこんな姿は見たくない。
 前世の言葉で言えば…そう、なのだ。

「だめよ、アルフィード様。わたくしは、こんな死に方は赦しません」


 推しの最期は、せめて華々しく美しいストーリーで描かれるべきなのだ。歴史に深く名を刻むべきなのだ。

 そう、史上最悪の悪女を華々しく打ち取ってもらわなくてはならないのだ。

 グッと手を強く握る。
 もう体の硬直も、恐怖も彼女からは消えていた。

 は、解釈違いは許しませんの


 いつの間にか景色は変わり、当たりがうっすらと明るくなっていく。

(あぁ…わたくし、目を覚さなければ)

 いつまでも寝ているわけにはいかない。



 …ふわりと、ユリアの後ろで空気が揺れた。くすくすと笑うように、興味深い何かを見つけたかのように。
その何かの正体はまだ、誰も知らない
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