98 / 99
幕間2
毎度の保健室
しおりを挟む
長い休日が終わりを告げ、学校が始まった。
「鍋をしたら帰る」と言っていた綾香姉さんだったが、鍋を終えても帰ろうとしなかった。「お腹いっぱいで動けない」と主張し、ベッドの上で倒れたまま動かなくなってしまったのだ。
痺れを切らした桐花姉さんが綾香姉さんに対して技を決める結末となり、綾香姉さんは痛みで涙を浮かべながら泣く泣く帰ることとなった。お昼頃に来たはずの姉さんたちが帰ったのが午後九時くらい。それから夕飯と風呂を済ませ、就寝する頃には日付を跨いでしまっていた。
普段よりも寝る時間が少なかったのもあり、学校が始まるや否や僕は3時間目の途中から保健室でお休みをいただいていた。ここ最近は単なる寝不足でお邪魔していることが多いので反省しないといけないな。
「ベッドありがとうございました」
4限のチャイムが鳴ったところで僕は教室に戻るために四宮先生に声をかけた。先生は相変わらずパソコンの前に座ってキーボードを指で叩いている。イヤホンをつけているわけではないので、ゲームをしているわけじゃなさそうだ。
「よく眠れたか?」
「脳がスッキリしたので眠れたと思います」
「それは良かった。ちょっとした雑談だが、ゴールデンウィークは楽しめたか?」
「いつも以上に楽しめたと思います。日和の両親が持ってる別荘を宿に2泊3日の旅行をしましたので」
家族以外の誰かと一緒に出かけるなんてことは初めてだったので思い出になれた。
「別荘?」
四宮先生はパソコンの画面から顔を背けて僕を見る。意外だったのか目を丸くしている。それはすぐに消え去り、顎に指を添えながら難しい表情をする。
「まさか安藤の家庭が富豪だったとは。悩みを聞いてあげた時に何か貰っておけば良かったな」
生徒からお礼をもらおうだなんて。真面目な顔をして何を考えているんだか。
「両親と一緒に泊まったのか? それとも2人だけで泊まったのか?」
後半からはニヤニヤしながら聞いてくる。どっちを期待しているかは明らかだった。
「両親とは泊まってませんが、友達7人で泊まりました」
「君にしては大勢だな。まあ、7人で行けば節度が保たれていいかもしれないな。流石に高校生で乱行パーティをするわけではあるまいし」
乱行パーティって……僕と四宮先生との空間に秩序という文字はないらしい。
「7人と言ったが、男女比はどれくらいなんだ」
「……男1女6ですかね」
「ハーレムじゃないか!」
廊下にも聞こえそうなほどの大声で言う。否定できないため黙ることしかできなかった。
「かー、召使いのくせに色づきやがって。しょうがない。今日から君を助手にランクアップしてあげよう」
よく分からない理由だが、また助手に返り咲いたようだ。
「この前は朱雀からの依頼を引き受けたし、君は女運に恵まれ過ぎているな」
「引き受けさせたのは四宮先生ですけどね。まあ、女性を引き寄せるという意味でなら生まれつきの運かもしれませんけど。僕の家庭は姉2妹1の4人兄弟で家にやってくるのは女性であることが多かったですから」
「いきなり自慢を挟んでくるとは。召使いが主に牙を剥き始めたな」
「別に自慢をしたつもりはないですけど」
知らないうちにまた召使いに戻っていた。今の僕は『助手と召使いの狭間を行く者』みたいだ。
2人で話していると保健室の扉がノックされた。
「はい。どうぞ」
四宮先生が声を出す。今の声で扉の奥にいる生徒に聞こえたならば、先ほどのハーレム発言は絶対に廊下に響いていたに違いない。
「い、1年の夕凪 雅(ゆうなぎ みやび)です! し、失礼します!」
ノックした生徒、夕凪さんは開ける前に挨拶する。
声質からして女子か。そう思った瞬間、保健室の扉が一気に開いた。『ガンッ!』と大きな音を立てたことに驚き、思わず体が動く。
「寝ている生徒がいるかもしれないんだ。あまり大きな音を立てないでくれ」
四宮先生は冷静かつ沈着に夕凪さんに注意する。低い声音と鋭い瞳から怒っている雰囲気が垣間見える。
無理もない。体調の悪い生徒にとって大きな音と言うのは天敵に近い。せっかくゆっくり休んでいるのに、気を張らなければいけなくなるからだ。
「す、すみましぇん!」
夕凪さんは四宮先生を見るや否や目に涙を浮かべた。
「ああっ! 大声も出すんじゃない!」
あんたもさっき大声を出していただろう。僕は冷ややかな目で先生を見る。
「それで、何かあったのか。どこか体調が悪いわけではなさそうだが」
先生が本題を促すと夕凪さんは浮かべた涙を引っ込めた。
「きょ、今日はお悩み相談をしに伺いました」
「だろうな。一番近くにある椅子に腰掛けろ。話はそこで行く」
パソコンをスリープ状態にして席を立つ。それから紅茶を淹れに行く。先ほど怖い思いをさせてしまったから気持ちを落ち着かせるために淹れるのだろう。怖いんだか優しいんだか分からない先生だ。
お悩み相談であるから僕に居るように指示したのだろう。四宮先生の要望に応えるように僕は近くにあるソファーに腰掛ける。
夕凪さんの様子を見る。
癖毛のあるミドルヘア。まん丸な目の真ん中にある純粋な瞳は悪い人ではないことを告げている。ただ、きつく結んだ口を見ると臆病だから悪さができないように感じられる。
「悩みがあるそうだが、一体どう言った悩みかな?」
淹れた紅茶を夕凪さんのついた席に置く。それから向かい側にある自分の席に腰掛けた。
「あの……」
彼女は目の前に置かれた紅茶を一瞥してから覚悟を決めたように四宮先生の顔を覗いた。
「私、『強くなりたい』んです!」
力強く吐いた台詞。だが、その内容は意味不明なものだった。僕も四宮先生も頭の中に『?』マークを浮かべたまま返事することなく、彼女の顔をじっと眺め続けた。
僕たちはいつからバトル漫画の世界に転生してしまったのだろうか。
「鍋をしたら帰る」と言っていた綾香姉さんだったが、鍋を終えても帰ろうとしなかった。「お腹いっぱいで動けない」と主張し、ベッドの上で倒れたまま動かなくなってしまったのだ。
痺れを切らした桐花姉さんが綾香姉さんに対して技を決める結末となり、綾香姉さんは痛みで涙を浮かべながら泣く泣く帰ることとなった。お昼頃に来たはずの姉さんたちが帰ったのが午後九時くらい。それから夕飯と風呂を済ませ、就寝する頃には日付を跨いでしまっていた。
普段よりも寝る時間が少なかったのもあり、学校が始まるや否や僕は3時間目の途中から保健室でお休みをいただいていた。ここ最近は単なる寝不足でお邪魔していることが多いので反省しないといけないな。
「ベッドありがとうございました」
4限のチャイムが鳴ったところで僕は教室に戻るために四宮先生に声をかけた。先生は相変わらずパソコンの前に座ってキーボードを指で叩いている。イヤホンをつけているわけではないので、ゲームをしているわけじゃなさそうだ。
「よく眠れたか?」
「脳がスッキリしたので眠れたと思います」
「それは良かった。ちょっとした雑談だが、ゴールデンウィークは楽しめたか?」
「いつも以上に楽しめたと思います。日和の両親が持ってる別荘を宿に2泊3日の旅行をしましたので」
家族以外の誰かと一緒に出かけるなんてことは初めてだったので思い出になれた。
「別荘?」
四宮先生はパソコンの画面から顔を背けて僕を見る。意外だったのか目を丸くしている。それはすぐに消え去り、顎に指を添えながら難しい表情をする。
「まさか安藤の家庭が富豪だったとは。悩みを聞いてあげた時に何か貰っておけば良かったな」
生徒からお礼をもらおうだなんて。真面目な顔をして何を考えているんだか。
「両親と一緒に泊まったのか? それとも2人だけで泊まったのか?」
後半からはニヤニヤしながら聞いてくる。どっちを期待しているかは明らかだった。
「両親とは泊まってませんが、友達7人で泊まりました」
「君にしては大勢だな。まあ、7人で行けば節度が保たれていいかもしれないな。流石に高校生で乱行パーティをするわけではあるまいし」
乱行パーティって……僕と四宮先生との空間に秩序という文字はないらしい。
「7人と言ったが、男女比はどれくらいなんだ」
「……男1女6ですかね」
「ハーレムじゃないか!」
廊下にも聞こえそうなほどの大声で言う。否定できないため黙ることしかできなかった。
「かー、召使いのくせに色づきやがって。しょうがない。今日から君を助手にランクアップしてあげよう」
よく分からない理由だが、また助手に返り咲いたようだ。
「この前は朱雀からの依頼を引き受けたし、君は女運に恵まれ過ぎているな」
「引き受けさせたのは四宮先生ですけどね。まあ、女性を引き寄せるという意味でなら生まれつきの運かもしれませんけど。僕の家庭は姉2妹1の4人兄弟で家にやってくるのは女性であることが多かったですから」
「いきなり自慢を挟んでくるとは。召使いが主に牙を剥き始めたな」
「別に自慢をしたつもりはないですけど」
知らないうちにまた召使いに戻っていた。今の僕は『助手と召使いの狭間を行く者』みたいだ。
2人で話していると保健室の扉がノックされた。
「はい。どうぞ」
四宮先生が声を出す。今の声で扉の奥にいる生徒に聞こえたならば、先ほどのハーレム発言は絶対に廊下に響いていたに違いない。
「い、1年の夕凪 雅(ゆうなぎ みやび)です! し、失礼します!」
ノックした生徒、夕凪さんは開ける前に挨拶する。
声質からして女子か。そう思った瞬間、保健室の扉が一気に開いた。『ガンッ!』と大きな音を立てたことに驚き、思わず体が動く。
「寝ている生徒がいるかもしれないんだ。あまり大きな音を立てないでくれ」
四宮先生は冷静かつ沈着に夕凪さんに注意する。低い声音と鋭い瞳から怒っている雰囲気が垣間見える。
無理もない。体調の悪い生徒にとって大きな音と言うのは天敵に近い。せっかくゆっくり休んでいるのに、気を張らなければいけなくなるからだ。
「す、すみましぇん!」
夕凪さんは四宮先生を見るや否や目に涙を浮かべた。
「ああっ! 大声も出すんじゃない!」
あんたもさっき大声を出していただろう。僕は冷ややかな目で先生を見る。
「それで、何かあったのか。どこか体調が悪いわけではなさそうだが」
先生が本題を促すと夕凪さんは浮かべた涙を引っ込めた。
「きょ、今日はお悩み相談をしに伺いました」
「だろうな。一番近くにある椅子に腰掛けろ。話はそこで行く」
パソコンをスリープ状態にして席を立つ。それから紅茶を淹れに行く。先ほど怖い思いをさせてしまったから気持ちを落ち着かせるために淹れるのだろう。怖いんだか優しいんだか分からない先生だ。
お悩み相談であるから僕に居るように指示したのだろう。四宮先生の要望に応えるように僕は近くにあるソファーに腰掛ける。
夕凪さんの様子を見る。
癖毛のあるミドルヘア。まん丸な目の真ん中にある純粋な瞳は悪い人ではないことを告げている。ただ、きつく結んだ口を見ると臆病だから悪さができないように感じられる。
「悩みがあるそうだが、一体どう言った悩みかな?」
淹れた紅茶を夕凪さんのついた席に置く。それから向かい側にある自分の席に腰掛けた。
「あの……」
彼女は目の前に置かれた紅茶を一瞥してから覚悟を決めたように四宮先生の顔を覗いた。
「私、『強くなりたい』んです!」
力強く吐いた台詞。だが、その内容は意味不明なものだった。僕も四宮先生も頭の中に『?』マークを浮かべたまま返事することなく、彼女の顔をじっと眺め続けた。
僕たちはいつからバトル漫画の世界に転生してしまったのだろうか。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
高校では誰とも関わらず平穏に過ごしたい陰キャぼっち、美少女たちのせいで実はハイスペックなことが発覚して成りあがってしまう
電脳ピエロ
恋愛
中学時代の経験から、五十嵐 純二は高校では誰とも関わらず陰キャぼっちとして学校生活を送りたいと思っていた。
そのため入学試験でも実力を隠し、最底辺としてスタートした高校生活。
しかし純二の周りには彼の実力隠しを疑う同級生の美少女や、真の実力を知る謎の美人教師など、平穏を脅かす存在が現れ始め……。
「俺は絶対に平穏な高校生活を守り抜く」
そんな純二の願いも虚しく、彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。
やがて純二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。
実力を隠して平穏に過ごしたい実はハイスペックな陰キャぼっち VS 彼の真の実力を暴きたい美少女たち。
彼らの心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。
冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~
メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」
俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。
学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。
その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。
少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。
……どうやら彼は鈍感なようです。
――――――――――――――――――――――――――――――
【作者より】
九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。
また、R15は保険です。
毎朝20時投稿!
【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】
陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。
電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。
ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。
しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。
薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。
やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる