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幕間2

毎度の保健室

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 長い休日が終わりを告げ、学校が始まった。

「鍋をしたら帰る」と言っていた綾香姉さんだったが、鍋を終えても帰ろうとしなかった。「お腹いっぱいで動けない」と主張し、ベッドの上で倒れたまま動かなくなってしまったのだ。

 痺れを切らした桐花姉さんが綾香姉さんに対して技を決める結末となり、綾香姉さんは痛みで涙を浮かべながら泣く泣く帰ることとなった。お昼頃に来たはずの姉さんたちが帰ったのが午後九時くらい。それから夕飯と風呂を済ませ、就寝する頃には日付を跨いでしまっていた。

 普段よりも寝る時間が少なかったのもあり、学校が始まるや否や僕は3時間目の途中から保健室でお休みをいただいていた。ここ最近は単なる寝不足でお邪魔していることが多いので反省しないといけないな。

「ベッドありがとうございました」

 4限のチャイムが鳴ったところで僕は教室に戻るために四宮先生に声をかけた。先生は相変わらずパソコンの前に座ってキーボードを指で叩いている。イヤホンをつけているわけではないので、ゲームをしているわけじゃなさそうだ。

「よく眠れたか?」

「脳がスッキリしたので眠れたと思います」

「それは良かった。ちょっとした雑談だが、ゴールデンウィークは楽しめたか?」

「いつも以上に楽しめたと思います。日和の両親が持ってる別荘を宿に2泊3日の旅行をしましたので」

 家族以外の誰かと一緒に出かけるなんてことは初めてだったので思い出になれた。

「別荘?」

 四宮先生はパソコンの画面から顔を背けて僕を見る。意外だったのか目を丸くしている。それはすぐに消え去り、顎に指を添えながら難しい表情をする。

「まさか安藤の家庭が富豪だったとは。悩みを聞いてあげた時に何か貰っておけば良かったな」

 生徒からお礼をもらおうだなんて。真面目な顔をして何を考えているんだか。

「両親と一緒に泊まったのか? それとも2人だけで泊まったのか?」

 後半からはニヤニヤしながら聞いてくる。どっちを期待しているかは明らかだった。

「両親とは泊まってませんが、友達7人で泊まりました」

「君にしては大勢だな。まあ、7人で行けば節度が保たれていいかもしれないな。流石に高校生で乱行パーティをするわけではあるまいし」

 乱行パーティって……僕と四宮先生との空間に秩序という文字はないらしい。

「7人と言ったが、男女比はどれくらいなんだ」

「……男1女6ですかね」

「ハーレムじゃないか!」

 廊下にも聞こえそうなほどの大声で言う。否定できないため黙ることしかできなかった。

「かー、召使いのくせに色づきやがって。しょうがない。今日から君を助手にランクアップしてあげよう」

 よく分からない理由だが、また助手に返り咲いたようだ。

「この前は朱雀からの依頼を引き受けたし、君は女運に恵まれ過ぎているな」

「引き受けさせたのは四宮先生ですけどね。まあ、女性を引き寄せるという意味でなら生まれつきの運かもしれませんけど。僕の家庭は姉2妹1の4人兄弟で家にやってくるのは女性であることが多かったですから」

「いきなり自慢を挟んでくるとは。召使いが主に牙を剥き始めたな」

「別に自慢をしたつもりはないですけど」

 知らないうちにまた召使いに戻っていた。今の僕は『助手と召使いの狭間を行く者』みたいだ。

 2人で話していると保健室の扉がノックされた。

「はい。どうぞ」

 四宮先生が声を出す。今の声で扉の奥にいる生徒に聞こえたならば、先ほどのハーレム発言は絶対に廊下に響いていたに違いない。

「い、1年の夕凪 雅(ゆうなぎ みやび)です! し、失礼します!」

 ノックした生徒、夕凪さんは開ける前に挨拶する。

 声質からして女子か。そう思った瞬間、保健室の扉が一気に開いた。『ガンッ!』と大きな音を立てたことに驚き、思わず体が動く。

「寝ている生徒がいるかもしれないんだ。あまり大きな音を立てないでくれ」

 四宮先生は冷静かつ沈着に夕凪さんに注意する。低い声音と鋭い瞳から怒っている雰囲気が垣間見える。

 無理もない。体調の悪い生徒にとって大きな音と言うのは天敵に近い。せっかくゆっくり休んでいるのに、気を張らなければいけなくなるからだ。

「す、すみましぇん!」

 夕凪さんは四宮先生を見るや否や目に涙を浮かべた。

「ああっ! 大声も出すんじゃない!」

 あんたもさっき大声を出していただろう。僕は冷ややかな目で先生を見る。

「それで、何かあったのか。どこか体調が悪いわけではなさそうだが」

 先生が本題を促すと夕凪さんは浮かべた涙を引っ込めた。

「きょ、今日はお悩み相談をしに伺いました」

「だろうな。一番近くにある椅子に腰掛けろ。話はそこで行く」

 パソコンをスリープ状態にして席を立つ。それから紅茶を淹れに行く。先ほど怖い思いをさせてしまったから気持ちを落ち着かせるために淹れるのだろう。怖いんだか優しいんだか分からない先生だ。

 お悩み相談であるから僕に居るように指示したのだろう。四宮先生の要望に応えるように僕は近くにあるソファーに腰掛ける。

 夕凪さんの様子を見る。

 癖毛のあるミドルヘア。まん丸な目の真ん中にある純粋な瞳は悪い人ではないことを告げている。ただ、きつく結んだ口を見ると臆病だから悪さができないように感じられる。

「悩みがあるそうだが、一体どう言った悩みかな?」

 淹れた紅茶を夕凪さんのついた席に置く。それから向かい側にある自分の席に腰掛けた。

「あの……」

 彼女は目の前に置かれた紅茶を一瞥してから覚悟を決めたように四宮先生の顔を覗いた。

「私、『強くなりたい』んです!」

 力強く吐いた台詞。だが、その内容は意味不明なものだった。僕も四宮先生も頭の中に『?』マークを浮かべたまま返事することなく、彼女の顔をじっと眺め続けた。

 僕たちはいつからバトル漫画の世界に転生してしまったのだろうか。
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