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2章:千丈真奈(部員を5人集めよ)

お泊まりデート

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「日和さん、お帰りなさい」

 日和の家に着くと、割烹着を身につけた女性の方が出迎えてくれた。
 黒髪の団子ヘア。年齢は四十代ほどと見受けられる。朗らかで優しそうな方だ。

「そちらの方は?」

 彼女は日和の隣にいた僕を見て尋ねる。どうやら、僕が来ることは伝わっていなかったみたいだ。急だったのだから仕方ないか。

 名前と関係性を言うべきだろう。日和との関係性はどのように伝えればいいだろうか。

「最上 文也です。日和さんと同じ高校に通う一つ下の後輩です。よろしくお願いします」

 当たり障りのないことを言って礼をする。
 顔を上げると、不意に日和が僕の右腕に自分の左腕を組んだ。

「文也さんとは恋仲の関係にあります」

 嬉しそうに笑みを浮かべながら答える。
 そこまで言ってしまって大丈夫だろうかと思ったが、家政婦さんの反応を見るに杞憂だった。

「あら、日和さんに彼氏ができるなんて。私、この家を支えております橘 珠代(たちばな たまよ)と申します。よろしくお願いたします」

 橘さんは深くお辞儀する。彼女の動作に釣られて僕もまたお辞儀をした。

「今夜は赤飯を炊きましょうか?」

「もう遅いから大丈夫ですよ。それに、夕飯なら買ってきましたから」

 日和が僕の体に肘をついたので、組んだ手とは反対に持った手をあげる。
 最寄りのスーパーで買った弁当の入ったビニール袋を握っている。夜遅く行ったため半額で買うことができた。

 レストラン等で食べていく案もあったが、できる限り家には早く帰ったほうがいいということでスーパーで買って帰ることになった。

「そうでしたか。では、赤飯はまた別日にしましょう」

「お願いします。お父さんとお母さんは今日は?」

「旦那様は本日は帰ってこないようです。お嬢様は夜遅くに帰ってくるそうです」

 相当忙しいみたいだ。
 日和は息を漏らしてから「そっか」とだけ言って反応を示した。

「では、日和さんが帰ってきましたので、本日はこれにてご帰宅させていただきます」

「はい。夜遅くまでお勤めありがとうございました」

 橘さんは最後に僕を見て「ごゆっくり」と言ってから中へと歩いていった。

「良い人そうだね」

 僕らもまた靴を脱いで家に入っていく。

「良い人そうじゃなく良い人だよ。両親がいない時はよく遊び相手になってくれたから」

「それで日和さんって呼んでいるの?」

 親には『様』をつけてだが、日和には『さん』をつけていた。こういうのは子供であっても『様』をつけそうな気がしたが、何か事情があるのだろう。

「様ってなんか偉そうだから。本当は呼び捨てでも良かったんだけど、珠代さんが流石に許してくれなかった」

 昔からの遊び相手だからこそ、親しみを込めて呼び捨てにして欲しかったのだろう。『さん』をつけられると、他人行儀っぽく見えると思っているに違いない。

「夕飯はどこで食べる? リビング? 私の部屋?」

「できれば日和の部屋がいいかな。広い空間は落ち着かなさそうだから」

 ただでさえ、人の家でご飯を食べることはないのだ。それにプラスして見慣れない広大で高級な内装を見ながら食べるのは気が引ける。

「了解。じゃあ、私は飲み物を持っていくから先に私の部屋に行っておいて。場所は分かるよね?」

「流石に覚えてるよ。まだ一ヶ月も経ってないから」

 二階につながる階段はリビングにある。そのため、リビングまでは一緒に歩いていった。

 リビングに入ると、橘さんはすでに帰りの支度を完了させていた。
 割烹着を脱ぎ、団子ヘアをほどいている。長い髪が垂れ下がった橘さんは別人に見えた。イメチェンにおける髪の偉大さを感じる。

「では、私はこれで失礼したします」

 橘さんは荷物を持って僕たちに再び挨拶する。
 最初の挨拶は朗らかだったものの、不意に顔を赤らめて咳払いをする。風邪でも引いてしまったのだろうか。

「どうしました?」

 日和も気になったみたいで、不思議そうな顔をして首を傾ける。

「いえ。私めが気遣うのは烏滸がましいですが、夜遅くに恋人同士で二人きりになるかと思いますので……一応忠告だけでも」

 なんだか嫌な予感がする。
 僕の心配に構わず、橘さんは後を続けた。

「その……もし行為に及ぶことがあれば、十分な対処はしてください」

 橘さんの忠告に、日和が大きく咳払いする。見ると、顔は真っ赤っかになっていた。どうやら風邪が移ったらしい。そう思っておこう。

「な、な、なにを言ってるんですか!?」

「すみません。ただ、気になってしまったもので」

「大丈夫です。流石にそこまでは行きませんから」

「それだと手前まではいくことになるよ」

「文也は黙ってて」

 真っ赤な顔でこちらを睨む。怖いような可愛いような表情だ。

「失礼いたしました。では、良い聖夜を」

 日和を怒らせてしまったことに焦ってか、橘さんはすぐさまこの場を立ち去った。まだクリスマスまで半年以上あるのに。早すぎる聖夜だ。

「じゃあ、僕は先に部屋に行ってるね」

 そう言うと、日和は体をびくつかせた。
 部屋で待っててと言われたから口にしてみたが、日和には違う意味に聞こえてしまったのかもしれない。

 この件をすぐに忘れさせるために、僕もまたすぐさまリビングを立ち去ることにする。

「ねえ、文也」

 だが、一歩踏み出した矢先に日和に止められる。
 彼女の方を向くと、まだ顔は赤いままだった。話し始めたのに、口はギュッとしまっている。空耳だったのだろうか。

「その……」

 違った。日和は再び口を開いて発言し始めた。

「桐花さんが持っていたあれって今どこにあるの?」

 すごく言いにくそうな様子で何を言うかと思えば。完全にやる気満々の発言だ。

「普通に捨てたけど」

 いつ再びあれが原因で修羅場になるか分かったものではない。
 原因は早めに対処する必要がある。だから何も惜しむ事なくゴミ箱に捨てた。できる限り隠れるようにして。

「そ、そっか。そうだよね」

 日和は赤の色素が少しずつ減っていく。
 朗らかな笑みにも関わらず、彼女には哀愁が漂っていた。
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