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幕間

いつもどおりの保健室

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 瞼を開くと見知った景色が現れる。
 窓から見える青空に雲が悠々と浮かんでいる。部屋にはキーボードを打つ音がカチカチと響き渡っていた。

 上体を起こし、ほっと一息つく。
 自宅のベッドと同じくらいここのベッドにはお世話になっている。ありがとうの気持ちを込めて白色のカバーを手でさすった。

 身体を伸ばしつつ、仕切りのカーテンを開く。

「ありがとうございました」

 今度はいつもの席に座る先生に感謝を述べた。

「調子はどうだ?」

 先生はパソコンの画面に目を向けたまま聞いてくる。仕事に熱中しているのか、あるいはゲームに熱中しているのかここからではよく分からない。

「頭の靄は解消しました。しばらくは正常に動けると思います」

「良かった。とはいえ、また気分が悪くなったら来なさい」

 善意からの発言に思えるが、先生が言うと裏があるように思える。獲物を逃さないようにオープンな様を偽っている感覚だ。

「了解です。ところで、最近は誰もカウンセリングに来ないんですか?」

「いや、定期的にやってくるよ。どうしてそう思うんだ?」

「あまり依頼がやってこないので、生徒がカウンセリングに来る頻度ってどんなものか知りたかっただけです」

「ほぉ~、召使であるにも関わらず、積極性は執事並みだな。感心感心。因みに、助手がグレードアップすると執事になるぞ」

「本当にグレードが上がってるんですか?」

 むしろ下がっているのではないだろうか。

「プライベートでも私と一緒にいられるんだ。グレードアップに決まってる」

 プライベートも一緒にいなければいけないのか。士気が下がるな。元々ないけど。

「それで、カウンセリングに来る生徒はいるのに、僕には依頼しないんですね」

「まあな。召使は一人しかいないんだ。依頼する任務は慎重を期さないとな。今まで受けてきたカウンセリングは特に大事ってわけでもない」

「ということは、もし依頼されたら大事だと覚悟を決めておけってことですね」

「裏を返せばな。もし、私から仕事を依頼されたいと願うのなら、保健だよりに使う資料集めでも手伝ってくれるとありがたいな」

「死んでも避けたいですね」

 一回資料を集めたら最後、僕が卒業するまでずっと集める作業をやらされそうだ。人は一度楽をすると、もう一度楽をしたくなるのだから。

「なら、死んで避けるかい?」

 先生は不敵な笑みを浮かべ、机の文房具入れにあるカッターナイフを取り出す。入学式からずっとお世話になっているカッターナイフだ。これさえなければ、今頃自由な学園生活を送っていたはずなのに。

 でも、これがなければ日和に会えなかったと思うと……なんだか複雑な気持ちだな。
 
「直接的に受け取りすぎです。絶対やりたくないの裏返しだと思ってください」

「なーんだ、私の執事になってくれるのかと期待したのに。残念だ」

「まだグレードが足りませんからね」

「私がゲームマスターであることを忘れるな。その気になればいつでもグレードをあげられる」

「理不尽なゲームだな。誰もプレイしませんよ?」

「いるじゃないか。そこに一人」

 先生は僕を指差して言う。
 僕は自分の意思でプレイはしていない。後ろから先生がカッターナイフを僕の首筋に当てているから仕方なくプレイしているだけだ。

「可能なら、さっさとやめたいですね」

「もし、本当にやめたければ、高校入学までの君の記憶を奪うことになるけど良いのかな?」

「それは勘弁願いたいです」

「なら、無理な要望だな。なんてたって、私の秘密を知ってしまったのだから」

「知りたくて知ったわけじゃないんですけどね」

「知りたいと思っていたのなら防ぐことはできんたんだけどね。男子の高校生の下心なんざすぐに分かるからね。私が何度エッチな目で見られたと思う?」

 先生は腕を組むと膨らんだ二つの丘を強調するように持ち上げた。僕は思わず視線を横にスライドさせる。僕だって男子高校生だ。刺激的なものを見ると、変な気を起こしてしまう。男に与えられた性なのだから仕方がない。

「なら、その美貌を使って召使を増やしたら良いのに?」

「私から行くわけにはいかないよ。先生が生徒に性的行為を行うのは男女問わず犯罪だからね。まあ、誘うのはありかもしれないな」

 どこまでが本当で、どこまでが冗談か分からない先生だ。
 僕は彼女の言動に思わずため息を漏らした。

 ふと、保健室のドアが開く。

「し、失礼します」

 入ってきたのは女子生徒だった。
 黒縁メガネ、ツインテール、凹凸のない華奢な身体。膝を内に寄せ、両手を不安げに胸元に寄せている様子から気の弱さが窺える。

「どうした?」

 先生は僕から興味を失い、彼女に顔を向ける。

「あ、あの……カウンセリングをしていただいても構いませんか?」

 少し震えた声で彼女は要件を伝える。

「もちろんだ」

 先生は仕事が舞い降りてきたことを嬉しく思ったのか、不敵な笑みを浮かべて席を立つ。その気力を保健だよりに向けてくれることを願う。

「では、僕はこれで失礼します」

 勝手に人の悩みを聞くのは御法度だ。
 仮眠を終え、リフレッシュも完了したので、僕は早々に保健室を出ようとした。

「待ちなさい。君も一緒に聞いていきなさい。男からの意見も少しは参考になろう」

 歩こうとした僕を先生が襟を持って制する。僕は借りてきた猫のように身動きを取ることができなくなった。

「良いんですか?」

 先生に言っても無駄なことはわかるので、目の前にいる彼女に尋ねてみる。

「は、はい。か、構いません」

 男慣れしてないのか、彼女は視線を僕から若干逸らしながら答えた。

 そこは拒絶してほしかったな。
 彼女が同意してしまったことで僕は泣く泣く保健室に残ることとなった。
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