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アルバムとカフェラテ

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 僕は個人経営の小人の部屋のような小さなカフェで働いている。

あいつは常連だった。あいつというは、この店に火曜日の17時にきて、カフェラテにショット追加、スチームミルク少なめ、温度は65度で注文するのだ。

初めて見た時のことを今でも忘れない。男性でありながら、長髪で髪を一つにまとめて、背の高く、眉毛の濃い男だった。

どこか悲壮感漂う彼の雰囲気と相まって、ミステリアスな印象を与えた。だが話してみると、綺麗な歯並びの笑顔でとても気さくでどこか飄々とした男だった。

別に嫌いではないし、好きでもないが、店員としてはとてもいい客だった。混んでいてもイライラせず、注文するときの確認の復唱もしっかりと聞いてくれる。そんな客だった。

だが僕はあいつと呼ぶ。客の顔を覚えるときは、少しディスったあだ名の方が覚えやすい。だからあの人のことはあいつという。僕なりにはいい方のあだ名だよ。だってあいつの方が、憎たらしくも少し愛着があるみたいだろ。

あるとき、彼は珍しくカフェラテにヘーゼルナッツシロップとホイップを追加した。彼には甘すぎたようだ。少し残して帰った。

みんな色んなドリンクのカスタマイズをする。ベーシックなカフェラテにシロップやショットなど加えると、全然違った味わいになる。だから魅了されるのだけれど、結局また何の変哲もないカフェラテに戻るんだ。

あるとき、彼女と思われる女性を連れていた。見た目ではよく性別すらもわからなかった。だが声で何となく女性なのかなと思われた。

そしてまた、彼は一人で来てカフェラテを注文した。
 よく晴れた月曜日にあいつはやってきた。いつも火曜日に来るのに珍しいと思いながらレジに立った。「こんにちは、お伺いいたします」
「あ、あの。突然こんなお願いをするのは大変申し訳ないのですが、誰にもお願いできなくて」

僕は目を真ん丸にしながら彼の方をまじまじと見つめた。

「どういったお願いでしょう?」

「わたしの質問に答えてほしいのです。でも全く難しくないので」

僕は無意識にうなずいた。

「これを捨ててほしいのです」といって取り出したのは小さなアルバムだった。

「ええ、大丈夫ですよ」

あいつはとても嬉しそうに「ああ、よかった。思い出が詰まり過ぎて捨てられなかったので」そして僕はそのアルバムを受け取った。僕は適当に店の裏の休憩室に置いておき、あとで分別して捨てようと思った。

そして休憩時に、ふとアルバムの中を見ると、あいつの家族や恋人などの写真が入っていた。

その時、僕は鳥肌が立った。

あいつの顔だけタバコで燃やしたり、ちぎったりしてあった。

これは確証がないけれど、あいつ本人がしたのではないだろうかと思った。なぜだかわからないけれど、いつもあうあいつの苦しさのようなものが幸せな写真からでも伝わってくるのだ。

夏も過ぎて涼しくなった秋の夕暮れ、地元のニュースで彼の自殺を知った。あいつは彼女の墓の前で死んだ。睡眠薬を大量に胃に送り込んだせいだ。

あいつは彼女が亡くなった時、後を追うことを決めたようだ。

ブルーシートを敷いて、身分証と遺書は墓のところに置いてあった。どこまでも他人のことを考えてそうな奴だった。だから家に残された彼の遺品は少ない。仕事もきれいに契約が切れていたらしい。ある日ふと消えてしまった。

彼の訃報を知り、僕の何かがすっぽりと消えてしまったように感じた。

何も考えることができず茫然と出勤すると、彼のふと香る煙草のにおいと店のエスプレッソの不思議な香りが僕の中に残る彼を引き留めた。

なぜあいつは死んだのかはわからない。

ただなんとなく思うのは、生きることは過去の感情にとらえられ、人々のつながりにとらえられ、いろんなものに繋がっているということだった。

恥かしいこと、辛いことがあった時、消えたくなる。それは、いろんな繋がりをなくして、生きようとしていると思うのだ。

 僕はまた、カフェラテを作りながら、彼の存在を思い出す。

だから彼は確かに存在したのだ。モノや記録がなくなっても、記憶の中に存在し続けている。

だから彼は存在していたし、僕と縁があった。

みんなひとりひとり日常は流れていて、でも突然日常がなくなる人がいる。その周りでみんなには日常が流れている。

ぼくは豆を挽き、エスプレッソを抽出する。そしてミルクをスチームし、カップへと注ぐ。いつものようにカフェラテを作り続ける。
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