3 / 33
3 黒鷹は己の姿が恨めしい
しおりを挟む
(クロside)
「──おかあさま……いかないで……っ」
「──言う事何でも聞きますので……お願いですっ……もうぶたないで……っ」
夜中、決まって深夜の2時頃になると苦しげな寝言と涙を零し小さく丸まるベルを、クロは今日も困ったように眺めていた。
『傷の手当をしてもらってラッキー……くらいに思ってたんだがなあ……』
クロは、命の恩人である女の子の涙一つ拭ってあげられない、今の己の姿を心底恨めしいと思った。
────
クロ本名クロヴィス・ヴァン・フォートリエ、24歳。
フォートリエ王国の第二王子であるクロヴィスは、心から尊敬し慕う5歳上の兄アルフォンスと父フィリップ王のために、鷹という姿を活かし密偵の仕事をこなしている。
フォートリエ王国の王族の先祖は高い能力を持つ鳥の獣人であった。長い年月を経て獣人としての血は薄れ、今の王族は普通の人間である。
しかし、クロヴィスは12歳の時に先祖返りで黒鷹に変身してしまった。
フォートリエ王家の秘密。それは数十年、百年に一度、先祖返りの獣人が生まれること。過去の記録によると、人によって鳥の種類も、姿を解く方法も違うと記されていた。
クロヴィスの事情を知っているのは王族と、姿を解くための情報集めに協力してもらっている近衛騎士団情報部の上層部の人間だけ。
協力してもらう代わりに、自分も鷹の姿で得た情報を与えるのでwin-winの関係である。
こうして日々密偵の仕事をこなしつつ、元に戻る方法を探し続けているのだが……12年間人間の姿に戻れずにいるのだ。
そして、今回は王命により、隣国で密偵活動をしていた。
一通り終わり、フォートリエに帰還途中、何者かに銃で撃たれて負傷してしまった。
捕まらないように、ズキズキと熱く痛む翼を無理やり羽ばたかせ、フォートリエ国内に戻ってきたまでは良かった。
しかし、途中で力尽き、猫や野犬に食われないように大木の枝で休んでいたのだが、気を失って下に落ちたところをベルに拾われたというわけだ。
『……ふっ』
──偶然とはいえ、この子は俺の名前を言い当てたな……
『何も知らないし鳥とはいえ、オス……しかも猛禽類を胸元に押し付けるのはどうなんだ?』
クロヴィスはこの五日間のベルのことを思い出し、自然と頬が緩んだ。
最初は、ベルに対しても警戒していた。
髪は痛み、手も荒れ、肌も日焼けして、見た目は市井の娘。しかし、言葉遣いや所作、何より綺麗に魔法を使う姿は完全に貴族令嬢であった。
(使用人も最低限のようだし、ワケあり貧乏貴族……?手当てが終わったら俺売られるのか……?どうやって逃げ出そうか……)
クロヴィスは、珍しい漆黒の羽に金色の宝石のような瞳の鷹ということもあり、密猟者に狙われたり貴族に捕まりそうになったことが何度かあったのだ。
そして、密偵活動という仕事柄、基本的にクロヴィスは人間不信である。若い頃から人間の醜さを見慣れてしまったので無理もない。
だが、ベルは見ず知らずの鳥に対して優しかった。
餌を手ずから食べさせてくれることや、心から怪我を労わってくれることが分かる温かい眼差し。
久しく誰かから優しくされる事など無かったクロヴィスは本当は嬉しかった。
12歳からずっと鷹の姿ということもあり、母親以外に心から尽くしてくれたのは彼女が二人目だった。
彼女の声も、彼女の眼差しも、彼女の使う心のこもった魔法も──全て優しく、美しいと……心地よいと思う。
『でも、生の肉やおやつを女の子から食べさせられるのはさすがに抵抗があるんだぞ』
──分かってる?
鋭い爪で傷付けないように優しくつんつんとベルの頬をつつくと、ベルが寝ぼけたのか抱きついてきた。
「クロ様……」
『……まいったな』
早く王宮に戻らなくてはいけないというのに。
この優しき命の恩人の元を離れたくない。そんな感情に気づき、クロヴィスは愕然とした。
「──おかあさま……いかないで……っ」
「──言う事何でも聞きますので……お願いですっ……もうぶたないで……っ」
夜中、決まって深夜の2時頃になると苦しげな寝言と涙を零し小さく丸まるベルを、クロは今日も困ったように眺めていた。
『傷の手当をしてもらってラッキー……くらいに思ってたんだがなあ……』
クロは、命の恩人である女の子の涙一つ拭ってあげられない、今の己の姿を心底恨めしいと思った。
────
クロ本名クロヴィス・ヴァン・フォートリエ、24歳。
フォートリエ王国の第二王子であるクロヴィスは、心から尊敬し慕う5歳上の兄アルフォンスと父フィリップ王のために、鷹という姿を活かし密偵の仕事をこなしている。
フォートリエ王国の王族の先祖は高い能力を持つ鳥の獣人であった。長い年月を経て獣人としての血は薄れ、今の王族は普通の人間である。
しかし、クロヴィスは12歳の時に先祖返りで黒鷹に変身してしまった。
フォートリエ王家の秘密。それは数十年、百年に一度、先祖返りの獣人が生まれること。過去の記録によると、人によって鳥の種類も、姿を解く方法も違うと記されていた。
クロヴィスの事情を知っているのは王族と、姿を解くための情報集めに協力してもらっている近衛騎士団情報部の上層部の人間だけ。
協力してもらう代わりに、自分も鷹の姿で得た情報を与えるのでwin-winの関係である。
こうして日々密偵の仕事をこなしつつ、元に戻る方法を探し続けているのだが……12年間人間の姿に戻れずにいるのだ。
そして、今回は王命により、隣国で密偵活動をしていた。
一通り終わり、フォートリエに帰還途中、何者かに銃で撃たれて負傷してしまった。
捕まらないように、ズキズキと熱く痛む翼を無理やり羽ばたかせ、フォートリエ国内に戻ってきたまでは良かった。
しかし、途中で力尽き、猫や野犬に食われないように大木の枝で休んでいたのだが、気を失って下に落ちたところをベルに拾われたというわけだ。
『……ふっ』
──偶然とはいえ、この子は俺の名前を言い当てたな……
『何も知らないし鳥とはいえ、オス……しかも猛禽類を胸元に押し付けるのはどうなんだ?』
クロヴィスはこの五日間のベルのことを思い出し、自然と頬が緩んだ。
最初は、ベルに対しても警戒していた。
髪は痛み、手も荒れ、肌も日焼けして、見た目は市井の娘。しかし、言葉遣いや所作、何より綺麗に魔法を使う姿は完全に貴族令嬢であった。
(使用人も最低限のようだし、ワケあり貧乏貴族……?手当てが終わったら俺売られるのか……?どうやって逃げ出そうか……)
クロヴィスは、珍しい漆黒の羽に金色の宝石のような瞳の鷹ということもあり、密猟者に狙われたり貴族に捕まりそうになったことが何度かあったのだ。
そして、密偵活動という仕事柄、基本的にクロヴィスは人間不信である。若い頃から人間の醜さを見慣れてしまったので無理もない。
だが、ベルは見ず知らずの鳥に対して優しかった。
餌を手ずから食べさせてくれることや、心から怪我を労わってくれることが分かる温かい眼差し。
久しく誰かから優しくされる事など無かったクロヴィスは本当は嬉しかった。
12歳からずっと鷹の姿ということもあり、母親以外に心から尽くしてくれたのは彼女が二人目だった。
彼女の声も、彼女の眼差しも、彼女の使う心のこもった魔法も──全て優しく、美しいと……心地よいと思う。
『でも、生の肉やおやつを女の子から食べさせられるのはさすがに抵抗があるんだぞ』
──分かってる?
鋭い爪で傷付けないように優しくつんつんとベルの頬をつつくと、ベルが寝ぼけたのか抱きついてきた。
「クロ様……」
『……まいったな』
早く王宮に戻らなくてはいけないというのに。
この優しき命の恩人の元を離れたくない。そんな感情に気づき、クロヴィスは愕然とした。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。
宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。
だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!?
※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる