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3 黒鷹は己の姿が恨めしい

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 (クロside)


 「──おかあさま……いかないで……っ」

 「──言う事何でも聞きますので……お願いですっ……もうぶたないで……っ」

 夜中、決まって深夜の2時頃になると苦しげな寝言と涙を零し小さく丸まるベルを、クロは今日も困ったように眺めていた。


 『傷の手当をしてもらってラッキー……くらいに思ってたんだがなあ……』


 は、命の恩人である女の子の涙一つ拭ってあげられない、今の己の姿を心底恨めしいと思った。


 ────

 本名クロヴィス・ヴァン・フォートリエ、24歳。

 フォートリエ王国の第二王子であるクロヴィスは、心から尊敬し慕う5歳上の兄アルフォンスと父フィリップ王のために、鷹という姿を活かし密偵の仕事をこなしている。

 フォートリエ王国の王族の先祖は高い能力を持つ鳥の獣人であった。長い年月を経て獣人としての血は薄れ、今の王族は普通の人間である。

 しかし、クロヴィスは12歳の時に先祖返りで黒鷹に変身してしまった。
 フォートリエ王家の秘密。それは数十年、百年に一度、先祖返りの獣人が生まれること。過去の記録によると、人によって鳥の種類も、姿を解く方法も違うと記されていた。

 クロヴィスの事情を知っているのは王族と、姿を解くための情報集めに協力してもらっている近衛騎士団情報部の上層部の人間だけ。
 協力してもらう代わりに、自分も鷹の姿で得た情報を与えるのでwin-winの関係である。
 こうして日々密偵の仕事をこなしつつ、元に戻る方法を探し続けているのだが……12年間人間の姿に戻れずにいるのだ。


 そして、今回は王命により、隣国で密偵活動をしていた。
 一通り終わり、フォートリエに帰還途中、何者かに銃で撃たれて負傷してしまった。

 捕まらないように、ズキズキと熱く痛む翼を無理やり羽ばたかせ、フォートリエ国内に戻ってきたまでは良かった。
 しかし、途中で力尽き、猫や野犬に食われないように大木の枝で休んでいたのだが、気を失って下に落ちたところをベルに拾われたというわけだ。


 『……ふっ』

 ──偶然とはいえ、この子は俺の名前を言い当てたな……


 『何も知らないし鳥とはいえ、オス……しかも猛禽類を胸元に押し付けるのはどうなんだ?』

 クロヴィスはこの五日間のベルのことを思い出し、自然と頬が緩んだ。


 最初は、ベルに対しても警戒していた。
 髪は痛み、手も荒れ、肌も日焼けして、見た目は市井の娘。しかし、言葉遣いや所作、何より綺麗に魔法を使う姿は完全に貴族令嬢であった。

 (使用人も最低限のようだし、ワケあり貧乏貴族……?手当てが終わったら俺売られるのか……?どうやって逃げ出そうか……)

 クロヴィスは、珍しい漆黒の羽に金色の宝石のような瞳の鷹ということもあり、密猟者に狙われたり貴族に捕まりそうになったことが何度かあったのだ。
 そして、密偵活動という仕事柄、基本的にクロヴィスは人間不信である。若い頃から人間の醜さを見慣れてしまったので無理もない。


 だが、ベルは見ず知らずの自分に対して優しかった。
 餌を手ずから食べさせてくれることや、心から怪我を労わってくれることが分かる温かい眼差し。

 久しく誰かから優しくされる事など無かったクロヴィスは本当は嬉しかった。
 12歳からずっと鷹の姿ということもあり、母親以外に心から尽くしてくれたのは彼女が二人目だった。

 彼女の声も、彼女の眼差しも、彼女の使う心のこもった魔法も──全て優しく、美しいと……心地よいと思う。


 『でも、生の肉やおやつを女の子から食べさせられるのはさすがに抵抗があるんだぞ』

 ──分かってる?

 鋭い爪で傷付けないように優しくつんつんとベルの頬をつつくと、ベルが寝ぼけたのか抱きついてきた。

 「クロ様……」


 『……まいったな』


 早く王宮に戻らなくてはいけないというのに。
 この優しき命の恩人の元を離れたくない。そんな感情に気づき、クロヴィスは愕然とした。
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