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第1章 決意と意志編

12秒 『世界が動き始めた日』

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 グレアは自己紹介をすると、足から頭にかけてネリスの身体をまじまじと見つめ、信じられないと言った表情をしていた。

 なんだろうと疑いの目でネリスは尋ねる。

「あの……何をしてるんです?」

 グレアはネリスの言葉を無視し、軽く手を顎にやってからふむ、と納得すると、

「筋肉が細い、そしてその体つき。君からは見た感じ強そうな感じは全くしない」
「(なぜ、この男は私のナイフをかわせたんだ? とても興味があるな……)」

 ネリスは何の事ですかと言ってわからない身振りをした。
 興味を持たれる事は嫌いではなかったが、ネリスにとって説明をしない理由が2点ほどあった。

 まず、グレアに見られていると時間停止能力が使えないのが1点目
 次に説明をした後、実際に見せるのがネリスにとって面倒臭かったのが2点目だ。
 それじゃあと言って振り返ったネリスは扉に向かって歩き出したが、どうしても知りたかったグレアはある提案をネリスに持ちかける。

「わかった、残念だが仕方ないな」

 喋りながら剣の柄に手をかけるグレア。

「実力行使とさせてもらおう、
「(真実は影の中に! シャドウブラインド!!)」

 その瞬間、ネリスの動きが歩き出そうとした姿勢のままピタリと止まった

「……ッ!?」

 手が動かない、足もだ。今まで動いていた身体は全くと言っていいほどいうことをきかなくなり、その場で困惑しながら足掻くネリス。

 その時ネリスにはある考えが浮かんだ。魔法、または超能力――。
 何かしらによって行動が制限されている、それは間違いない。ただ何をされているのか一切理解出来ずにただネリスは苦しい顔を浮かべ、

「くっ……そッ!!」

「さあ、どうする? 能力を使わないと動けないんじゃないのか?」

「てっめぇ……!! こんな事されたら余計使うかよ!!」

「(魔法ではなく能力か、という事はこの男は……)」

 激高したネリスは怒声を浴びせながら抵抗し、その反応を見て使と確信するグレア

 さらに確かめる為、グレアは壁にかけてあった剣を手に取ってゆっくりと歩きながら一歩、また一歩とネリスとの距離を詰める。
 ネリスは処刑を待つような緊張感が全身を襲い、既に動けない身体の皮膚からはじわりと汗が浮かぶ。

「……ッ!」

 ぐふ、ぐふふふふっと気味の悪い笑い声をあげながら嬉しそうにネリスの後ろ首に剣を突き刺そうとするグレア

「さあ、どんな能力だ?」

 グレアの剣先がネリスの皮膚を数ミリ破り、血がポタリと垂れた。
 感触はしっかりとネリスに伝わっており、このままでは死ぬ。そうネリスは思い必死に抵抗を試みる。

 剣を下げ、グレアは回り込むとネリスの顔を覗き込んだ。
 グレアに対して不快な感情を抱きつつ、どこか許してほしいと懇願するような心境でネリスはグレアを見る。
 それがグレアにとって嬉しかった、口元はニヤリと笑い、グレアは再度ネリスの後ろへまわると、頬に両手を当て、耳元でささや

「死ぬぞ、ほら、死ぬぞ。 どうした、もっと足掻いてみろ……。 ぐふ、ぐふふふふふふふふっ」

 死ぬ。ネリスは諦めて死を覚悟し、歯を食いしばりながら次に襲ってくる痛みに備えた。
 その時ドアが突然と開き、真正面に差し込む光を全身に浴びる。

「イリナ・ジュエリー、ただいま戻りました~っ!」

 その声と同時に急に縛られていたネリスの身体が動き出し、

「きゃっ!!」

 飛び込んできたネリスの身体を受け止めると、密着したまま2人は外へと出る。ドターンッと倒れる音と共に頭に手を当て頭を軽く横に数回振るイリナ

「あいたたた、何よもう……」

「わ、悪い……あっ」

 倒れる際、支えようと手を前にしたのが逆効果だったようで、手はイリナの胸を掴んでおり、尻餅をついたまま両手で後ろへ下がり続け弁解するネリス。
 顔を真っ赤したイリナは立ち上がって倒れたネリスに近寄ると、ネリスの顔面目掛けて思い切り前に蹴る。

「バカッ!!」

 何も蹴らなくても……。
 照れたイリナの顔が隠れ、視界は暗くなると鈍い音だけが聞こえた……。

        ◇    ◇    ◇

 ――んあっ。

 目を開けると膝を曲げ座り込み、目が覚めたかと声をかけては立ち上がるグレア。

「今回は引き分けだな」

「……??」

「次こそは君の能力を見せてもらうぞ」

「(そうだ、俺倒れてたんだった)」

 辺りは水浸しになっていた。多分身体に水を思い切りかけられたんだろうと察したネリスは濡れた服の重みを感じて立ち上がると、どうやら外で寝ていた事に気付く。

 グレアがタオルを渡し、顔と上半身を拭きながら中へ入ると、コーヒーを飲みながらくつろいでいたイリナを見て懐からペンダントを取り出し、手渡す。

 胸元を見てイリナは身につけていない事に気付き、ネリスに感謝の言葉を述べながら受け取った。

「ごめんね、ネリスくんわざわざ持ってきてくれたんだ」

「ああ、それとさ」

「んんっ?」

「大人しくしてろって言ったのに、外出てごめん。約束やぶった」

 とネリスは謝ると、真面目な事を言ったのが可愛いと思ったのか、少し顔を赤くして目を細めてニヤッとするとイリナは頬を引っ張った。
 痛い、とネリスは棒読みで言うと、イリナは手を離して、

「シャワー浴びてゆっくり休みなよ、今日はありがとうね」

「そうする」
「(ほんっと疲れた……ペンダント1つ運ぶのにこんな苦労するとは)」

 ロイヤルヘヴンから立ち去ろうとするネリスを見て、グレアは立ったままネリスの返答も待たずに話を始める。

「ネリス、鍛えてほしかったらまた来い、お前は強くなれる才能がある」

「ねえよ、そんなの。もうアンタとは会いたくない」

 強くネリスは拒絶すると、振り返らず手を振り外へと出た。
 立ち去る姿を見ながらグレアは思う、ネリスの超能力が何なのか、使い方次第では遊び相手の玩具までなり得ると、グレアはかなりネリスを買っていた。

「(ネリス・ロコーション。いずれは私とも命のやり取りが出来るほど、強くしてやりたい)」

 狂気を含めた笑い声をグレアは発し、ネリスの姿が見えなくなるまで妄想を続ける。

 空を見ながら、ネリスはイリナの家に帰るべく歩いていた。
 ズブ濡れの靴からは足の裏と水の間に空気が押し潰れたような音が一歩ずつ鳴り続け。綺麗さっぱりに忘れていたエレナの事をふと考えていた。

「(今頃何をしてるんだろうか、お金もう無くなってないかな、また、盗みとか働いたりしてないかな……)」

 ネリス個人の金なんてない、でもイリナの金を使えばエレナを裕福にする事は容易だった。それをなぜかネリスは行うとも考えなかった。それなら全員分の金を用意するのが公平なのではないだろうか、と。

 公平、そもそも人は全員を救う事が出来るのか、好きでもない人物じんぶつを救う事に意味があるのかとネリスは考える。それにもし、お金を与えて裕福にしても彼女はお返しをしようとまた無理をしてしまう。

「(俺は弱い人間、そんなのはわかっている。誰かを救える訳がない)」

 イリナもその為に金を貸してくれるか、いつも他人の力を使っている事にネリスは自分を責め続ける。

 強くなりたい、みんなの悩み、辛さを吹き飛ばせるような、土台から支えられる英雄になりたい、でもそれはただ言葉で思っているだけで、実際は何もしていないただの弱い人間。
 自分に向けて沢山の小言を並べる事で納得したネリスは、いつの間にか家に辿り着くとご飯の支度を始めながらイリナを待つ事にした。

「(なら自分の事だけを考えればいいんだ、他人の事なんて思うだけならただの自己満足でしかないんだから)」

 本気で誰かの為に動こうと思わないヤツが、他人の心なんて動かせる訳ないだろ。
 どこかで聞いた言葉だ、えっと……誰の言葉だったっけ。

 ネリスは食事を作りながら忘れようとした、だが無駄な事だとわかっていてもなぜか、エレナやトルム地区の人達はどうしているのか悩んでしまうネリス

 今が幸せだから、自分と身の周りについて悩めていた
 お金も困らず飯にも困らない、そんなが出来たからネリスは今、自分の非力さでも出来る事、他人が幸せになれる方法について悩んでいた――。

        ◇    ◇    ◇

「明日の朝から私、家にいないから」

「……え?」

 突然のイリナの言葉にスプーンを落とした。キョトンとした顔でネリスはイリナを見ると、食べ物を口に運びながらイリナは話をする。

「魔王討伐に向けて、冒険者の大規模な招集をで行うから」

「へ、ヘスサル? いつ戻るんだよ」

「わからない」

「わからないって……」

「大丈夫よ、すぐ帰ってくるから」

 悩みが1つもないと言った表情でネリスに淡々と伝えると、イリナはまた食事を再開し、食べ物を一口運んではしっかりと噛む
 咀嚼そしゃく音のみが聞こえながら、ネリスは不安な顔をする。

 大丈夫だ、イリナなら無事に帰ってくるだろうと彼女の強さを信頼し、同時にこの日常が変わる事にネリスは多少覚悟する事にした

 すぐに帰ってくる、その言葉のみを思い浮かべて頭の中に生まれていた不安を消し去ろうとし続けるネリス。
 イリナは食べ終わって手を合わせると、

「ごちそうさま」

 食事を終わらせイリナが部屋へ戻ったのをネリスは確認して、俺が悩んでいても仕方ないと振り払うように食べた食器を片付け始めた。
 その後いつものように床へ寝転がると、日課である読書を開始する。

 本の内容はこの世界における【魔族の歴史】を物語風に書いた本で、この世界で起きていたのが信じられないほど、衝撃が走る急展開な内容に思わずワクワクした気持ちでページを1枚1枚めくっては読み進め、もうすぐ読み終わるかというところで少し伸びをして身体をリラックスさせる。

「ふーっ……魔族って悪いイメージあったけど、いいヤツもいるんだな」

 読書を始めてから何時間が経ったのだろうか、そう思った瞬間明かりが消えた。
 どうやらろうそくの火が燃え尽きたようで、ちょうど良いきっかけと思いネリスは毛布をかぶって眠りについた。

「ふぁあ、おやすみっと……」
「(明日から1人かあ、何しようかな)」

 ……ネリスが寝静まってから数分が経った。寝息を立てていたネリスがいる居間に一人の足音が聞こえる。その足音は寝ているネリスの前で止まると、膝を曲げて座り込んではネリスを覗き込む。

「……」

 その人物はイリナだった。彼女はネリスの腕をすっと手で持って少し浮かせると、何やらを取り出してネリスの腕に刺す。

「ん……」

 イリナが親指の腹で注射器の後ろ部分に力を入れると、ピストンが働き、中に入っている透明な白い液体が次々と流れ込んでいく。

 一瞬痛みに耐えるような顔をしたネリスだったが、イリナはすぐに余った手で治癒魔法をかけながら痛みをネリスに感じさせずに白い液体を体内に入れ終わる。
 寝息が再び聞こえると、安心してイリナは立ち上がりお別れを告げた。

「ごめんねネリス、昼まで眠っててね」

 次の日の朝、大勢の冒険者が魔王討伐に向けてシュテッヒから去った。
 そして――


 ここから止まっていたネリスの本当の人生が動き始めたのだった……。
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