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第1章 決意と意志編

6秒 『俺も連れて行ってくれ』

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        ◇    ◇    ◇

 書類を何枚か書かされ、手続きを済ませると手錠と足枷を外してもらい、ネリスは扉の前に立っている
 騎士団員がお疲れ様ですとイリナに一言いうと、バタンと騎士団の入り口扉が閉まった。

 ここはバルム地区、貴族達が住んでいるスタートラインが俺達より上の地域だ
 トルムとは違い立派な家が建ち並び、全くと言っていいほど違う民衆の格好、歩いている人達はどう見ても大金を持っている風貌に歩きながら驚くネリス。

 同時に1つの不安もあった、それは――

「はあ、どうしてこうなった……」

 イリナに買われ所有物になった事。それがショックでがっくりとネリスは肩を落とすが、国外追放よりはマシだろうと思う事にし、とにかく自分の身が無事に外へ出られた事に安堵する。

「ふふん、ふ~ん」

 使用人が出来て嬉しいのかイリナは上機嫌に鼻歌を歌いながらネリスと歩く、首には革の首輪が付けられており、その伸びた紐の先にはイリナの手が握られていた
 よく見ると他の者達もボロボロの服を着た成人男性を首輪で繋いで歩いている。貴族達の間では使用人、奴隷を雇うのが当たり前なのだろう、とネリスは思い至る。

 一体これから何をされるのか不安な顔でイリナを見つめるネリス。
 例えるなら飼い主に捨てられた動物が誰か拾ってくださいと目をウルウルさせているようで、イリナは心配しないでとネリスの頭を数回なでた。

「うーん、ネリスくんなんか臭いね。先に身体洗おうか」

「(こいつの為に働きたくないな……さっさと仕事探そう)」

「あーあ、わたし肩こってきちゃったなぁ」

「(ほら始まった)」

 肩をポンポンと叩き、イリナは揉むようにと命令するが、ネリスはぶすっとした表情のまま細い目で見続ける。

「ぐっ!!!」

 笑顔でネリスを見て、イリナはヒモを思い切り引っ張りぐっと首を近づけ、

「も、ん、で?」

「嫌に……決まってるだろ」

 と、返すとイリナはへえ、そう。と首の紐を短く持ち、掲げるように上へ強く引っぱりあげた。
 ネリスの身体はたちまち数センチほど足が地面に離れ宙に浮いてしまい、かすれた声を漏らす

「――!!」

「揉みなさい」

 狂気を含んだ笑顔でイリナは再度尋ねると、ネリスは必死に数回縦に頷く
 すると許されたのか、身体は地面と接地し、吸引しては2回ほど咳をする。

「(やばいこれ……逆らわない方がいいぞ)」

 怖いです、暴力反対です、と頭の中でイリナに対する抵抗を覚え、ネリスはため息一つ吐いて命令に従いイリナの肩を揉み始めた。

 ブツブツとイリナに対する文句を心の中で浮かべながら、もみもみと自分の出せる精一杯の力でイリナの肩を握り、親指で強く指圧する。

「あ~そこそこ」

「(……結構力強くしてるんだけど、痛くないんだな)」

 さらにネリスはもみもみ、もみもみとイリナの気持ちが良いと思った場所を揉みほぐす
 綺麗な赤髪、その髪からは淡く、甘い香りがする。気がつくと、その髪を指の腹で確かめるように触っていた

「(女の子ってなんでこんな髪が柔らかいんだろう)」

「なにしてんのー?」

 その髪に惹かれたようで、鼻に近づけようとしたがハッとネリスは我に返る

「ああ、悪い」

 しばらく揉むと、イリナは満足したのかご苦労と一言いってネリスに手の皿を作るよう要求すると、そこに金1枚を落とした。

「今日のお小遣い、無駄使いしないでね」

「はあ」

 しかし1枚でもネリスにとってはイリナの奴隷から解放される第一歩だ
 ネリスは懐へしまうと、イリナの家に向かう為に歩を進める。

 途中、キョロキョロと眺めていた街の風景はネリスにとって珍しく、トルム地区のようにボロボロの家など1つもない。1つの家の天井に群がっていた数人の小人に目を止めると、

「なあ、あれはなんだよ?」

「んー? ああ、ドワーフよ」

「どわー……ふ?」

「知らないの? 口元に髭をまとって私達より身長が小さい人達、あれがドワーフという種族よ」

「ふーん……」

 よく見ると青色の家、綠色の家など多種多彩な作りかけの家にドワーフと呼ばれた種族が数人、釘を叩き働いていた。こんなものはトルムでは見た事がない光景だったネリスは歩きながらしばらく眺めるとボソリと呟いた。

「ほんっと、選ばれた者の地区って感じだよなあ」

「選ばれてる訳じゃないわよ、努力で勝ち取った人もここにいるしね」

 びっくりして組んでいた腕を崩し、キョトンとした顔でイリナを見た。

「え? じゃあおま……イリナさんって貧民育ち?」

「うん、冒険者になったのは勇者に誘われてからかな」
「(あれ、そもそも私、どうやって強くなったんだっけ?)」

「なるほどな……。努力してたんだなイリナさんって」

 何度もさんと呼ばれるのが面白かったのか、イリナは口に手を当てながら表情を緩ませ小馬鹿にするように笑った。

「ごめん、やっぱさんはいらないわ、ネリスくんって真面目だね~ぷぷぷ」

「(そう呼ばないと暴力に走るからだよ、がさつ女)」

「ほら、着いたわよ」

 イリナの家はとても立派な作りをしていた。少しの庭もあったせいか他の家より少し豪華に感じ、立ち尽くしたままいいなあ、俺もこういう家に住んでみたい、とネリスは目をキラキラさせて家を眺めていた。

「(金持ちになったらこういう家に住みたい、それで使用人雇って一生楽したいな)」
「んじゃ、おじゃましまーす」

 ドアを開け、靴を脱いで中に入ろうとすると、イリナは思い切りネリスの頭を手で叩き、

「雇用人より奴隷が先入ってどうするの!」

 使用人としてのマナー、それをネリスが実行するのは難しく、イリナはまず先に入らない事を説くように説明すると、ネリスは何も叩かなくても、とボソっと愚痴のように呟きどうぞお嬢様とドアを開けた。

「そうそう、それでいいのよ」

 納得したイリナが中へ入ると、確認を取って一緒に入る。
 豪華な照明に軽いモノなら簡単に作れるであろう調理場、さらには頭を屈むこともなく広い天井に高そうな家具と、貧民との格差の違いを見せつけられ、手で顔を覆いながらかなりショックを受けるネリスだった。

 そんなネリスを見る事もなく、イリナは部屋の奥へ入っては男性の服を用意する。

「じゃあわたし夜まで帰らないから、シャワールームで身体洗ったらこれ着といて」

 前持って用意された服なのだろうか、ボタンが縦並びのオシャレな服をネリスに手渡す。
 服にはヒラヒラとした布もついており、気になったネリスが尋ねるとどうやらジャボと呼ばれるひだの付いた胸飾りだそうだ。

 それを持ってネリスは服を脱ぎ更衣室からシャワールームへ向かい、身体を洗った。
 不思議なモノで、ひまわりが咲いた状態の形をした物体から出てくる水は人肌より少し温かかった、イリナに尋ねると3種類の【魔法系統】のうちの1つ、【生活魔法】というのによって生み出されている暮らしの技術らしい。

 もちろん魔法を習得していない者でも【魔導装置】に触れれば使用する事ができ、魔法の便利さと貴族の暮らしに驚愕しつつ、ネリスはしばらく身体を洗ってから更衣室に戻ると1つのタオルが置かれており、ゴシゴシと髪の水分を拭き取ってサッパリする。

 その後、渡された服を着て冒険の支度が終わったイリナに声をかけるネリス。

「なあイリナ、これからどこに行くんだ?」

「朝に集金に行ったエレナちゃんから依頼を頼まれてね」

「依頼?」

「なんでもお母さんのクスリ代が払えないらしくてね、その金稼ぎにダンジョンに行くのよ」

「え、お前ぐらいの金持ちなら払えるんじゃないのか、そんなの」

 やれやれ、とイリナは手を少し広げて呆れる。

「あのねえ、クスリがいくらするかわかってんの?」

 ネリスはうーんと悩み、視線を上に向けしばらくすると答えを出した。

「……5枚ぐらい?」

 首を横に振るイリナ、医学というのは魔法と違い、そんな簡単なモノではなく20枚は必要と答える。
それに対し嘘だろ、と言った信じられない表情のネリス。

「ま、そういう訳で今日は家で大人しくしててね」

「(このまま、英雄になるチャンスを逃していいんだろうか)」

 昔の自分なら指を加えて見ていたのかも知れない。

「待てよ、俺も行く」

 今は――この超能力がある
 俺でも誰かの役に立てるかも知れない、英雄になれるかも知れない。

 イリナは手でバツを作り、拒むような嫌った顔を向けると、

「ダメ、ネリスくんはまだ自分の超能力も理解してないし、誰かを守れる力もない」

 確かにそうだ、俺に力はない、頭もそんなに働かないバカだ、でもそれでもな

「(人を助けたいという気持ちなら誰にも負けないんだ)」

 あの子を救いたい、あの子がもっと笑ってほしい。
 カナリヤさんは言っていた、エレナちゃんを救う事で自分の罪滅ぼしになったと
 俺も同じだ、あの子を助ける事が出来れば自分への自信になるんだ、前へ進める勇気をもらえるんだ

 ありがとうとお礼を言われた、その一言がネリスにとって嬉しかった。
 自分にも生きてる意味があるのだと、そう心から思ったネリスは、イリナに向かって一歩前に詰め寄り、目を見続けた。

「イリナ、俺を連れて行ってくれ、エレナちゃんもカナリヤさんも救いたい」

「……本気?」

「本気だ」

 イリナは熱でもあるのかとネリスの額に手を当てて確認するが、ネリスの表情は崩れない。
 呆れるようにイリナは頭に手を当て、目を隠すようにすると一言、

「能力使ってみなよ」

「えっ?」

「その超能力、使の。今の状況なら使えると思うから、自分で戦うという意志を示して」

 ネリスはコクリと頷くと、手を上に掲げ、時間停止を発動させた。

「(世界よ止まれ――ダイヤルウォッチ!!)」

 時計の針はカチ、カチと鈍い動きを繰り返すと、完全に停止した――。
 ネリスは何か示すことが出来ないかとイリナの身体を見ると、腰にかかっている短剣ダガーを見つける。

 奪うように手に取ると、鞘から抜いた短剣は綺麗な曲線を描いていた。
 人を斬る為の武器、殺す為の武器。そのダガーを使って相手を殺すという覚悟も抱かないまま、ネリスは首輪の隙間に挟む。

 そのまま首を傷つけてしまわないように上下に短剣をゆっくりと動かすと、やがて切り落とされた首輪は地面へポトッと落ち、ネリスは時間停止を解除した。

 地面に落ちた首輪をイリナは拾うと、傍にあった机に置き、

「……ふーん、それがあなたの覚悟答えでいいのね。今から向かうダンジョンはある程度の戦闘があるかもしれない、極力手を貸すけど、いつも助けてあげられるほど余裕はないから」

「その時は置いていって構わない」

 その言葉を最後に2人はその場で沈黙する。イリナは顎に手を当て長い時間考えた後、ネリスの熱意に諦めたのか、

「わかった、そのダガー持ってていいわよ」

「ありがとうイリナ」
「(今日から俺は強くなる。冒険者になってエレナちゃん、いやこの腐りきった世の中を変えるんだ――)」

「足を何回引っ張るか、数えててあげる」

「ゼロだよ……ゼロッ!!」

 頼もしいと思ったのか、イリナは一瞬だけニッコリとしてドアを開けた
 短剣を鞘にしまいネリスもその後に続き、これから始まる冒険の始まりに高鳴る心を抑えきれず、祭りのように胸を躍らせていた。

 魔物と戦う事への怖さ、命のやり取りをするという危険さ、その全てがネリスは不足していた
 冒険者として熟練の域まで達していたイリナが見た、ネリスのヌルそうな目を見てさらに思う。

「(本当にダメそうだったら入り口に置けばいいかな)」

 もちろん、この時のネリスは自分が弱いなんて考えなど全く及んでもいない
 それに気付かされた時に気持ちの柱は保てるのだろうか、折れてしまいその場に座り込んでしまうのではないのかと――

 イリナは少し心配をし、ネリスと共にギルドという建物を目指す。
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