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第1章 決意と意志編

4秒 『罪滅ぼし』

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 ぐうぅ――。

 照れた顔で下を向く、1回だけ少女の腹の音が鳴った。
 手で腹を抑えながら何か食べ物を頂けないかとネリスに頼み事をし、ピンと閃いたように考えるネリス。

「(あ、そっか。お腹がすいてたから盗みを働いた訳であって……)」

 ネリスは確かにこの子を救った、だが結果として少女の欲求は満たされていない。
 どうせダメだろうけど、となかば諦めた表情で少女はネリスを見る。何も食べ物にありつけなかったその代償をネリスに求めるのは間違っているのかもしれない。

 それでも少女の瞳はネリスを見ていた。彼ならどうにかしてくれるのではないか、そんなキラキラと純粋に見つめた瞳を無視出来るはずもなく、何とか打開策はないかと考えるネリス。

「うーん……」

 ごめんなさい、やっぱり忘れてください。と少女は頼み事を絶とうとしたが、

「ああちょっと待って!」

 手を前に出してネリスは引き留める。

「……店の裏を漁るしかないよな」

 そう言うとネリスは歩き出し、これからどこへ行くのかと不思議な顔をしてついて行く少女
 着いた先は酒場であった、もちろん2人は食事をするほど金を持っていないので、

「こっちこっち」

 ネリスが手招きすると店の裏には客が食い終わったゴミが貯まっていた。大量の虫が羽音を立ててたかっていたが、物怖じせずネリスは手を突っ込み食べれそうなモノを探し始める。

「お……これとかいいんじゃないかな」

 取り出したのは若干腐りかけのトマトだった。
 鼻で臭いを嗅ぎ、問題ないと判断したのか、指でちぎっては一口舌に絡ませると、少し酸っぱい味がしたが食べれなくは無さそうだったので少女に手渡す。

 貧民が食べれるモノは限られている、冒険者が食べ残したモノや店の客が食べ残したモノ、少女は迷わず口に頬張ると、明日生きれた事に感謝しながら口を上下に動かした。

「ちょっと待っててね」

 少女は言われた通りしばらくその少し酸っぱいトマトの味を噛みしめ待っていると、数人の男が店の裏を覗き込んでは去って行く。一体どうしたのだろうと不思議に思っていると、ネリスが金貨が入った袋を持って戻ってきては手渡す。

 袋には金が3枚。7日分ぐらい食料には困らない金額をなぜ持っていたのか、そして私に手渡したのはどうして、と少女はネリスに尋ねると、

「ああえっと、酒場で飲んでる冒険者とか貴族っぽい人達に物乞いして来たんだよ。お腹をすかした妹を食べさせる為に良かったらお金を恵んでください……って、まあ、勝手に兄って名乗っちゃったけど」

 少女はすぐに飲み込む事なく、トマトの味が染みこむように何度も口を動かしながら小声でお礼を言った。

「……ありがとう、お兄ちゃん」

「気にしないでよ、そうだ、名前聞いてもいい?」

「――レナ」

「レナ?」

「エレナ、エレナ・アルメリア」

「そっか、俺はネリス・ロコーション。よろしく」

「うん。よろしく、ネリスお兄ちゃん」

 その腐りかけのトマトの味は、エレナにとって一生忘れられない思い出となった。
 地面に座ったエレナの食べる姿をネリスは座り込んで眺めていると、半分ほど食べたトマトをポケットにしまう。それを見て全部食べていいよとネリスは勧めたが。

「ううん、残りはお母さんに渡したいんだ」

「そっか……お母さんか」
「(こんな子が満足にご飯を食べられず辛い思いしてるんだ。まず英雄からの第一歩は、ここの人達を何とかするべきだよな……でも、俺に何が出来るんだ?)」

 そもそも俺は世界の事なんて何も知らない。これ以上の生活も知らない、何もわからない。
 子供の頃も……どうやって生きてたんだっけ、父さんの顔も、名前も、思い出せない。
 俺は本当にこの国に生まれて育ってきたんだろうか? 自分が他人のように思えてくる。

「(何か出来る事か……。超能力を使って何か出来る事――)」

「お兄ちゃん」

「んっ、えっ!?」

 エレナに突然呼ばれた事に身体をブルッと震わせ驚くネリス
 もしよかったらと前置きした上でエレナはネリスの服を掴むと、

「あのね……」

「どうした?」

「夜遅いから、おうちまで来て……」

「ああ、うん……。いいけど」

 夜は騎士団員も警備でうろついている、少女1人がトルム地区を出歩いては理由を問い詰められてもおかしくない、そう思ったネリスはエレナに家の場所を聞きながら歩き始めた。

 彼女の特徴を一言で言うなら髪に付けているやたら大きいリボンが目立つ女の子だった。
 ネリスが歳を尋ねるとまだ15歳だそうで、ますます夜を彷徨うろつくのは危ないと認識し、強く手を繋ぐ

 その姿はまるで、兄と妹のように見えた――

        ◇    ◇    ◇

「ここが私の家!」

 外観は古びた木構造の家で、経年劣化が目立ち。人が長年住んでいた家という印象だった。
 それもそのはず、元々トルム地区にある家は貴族達が住んでいたモノで、人口増加に伴い【バルム地区】を完成させる。

 その際、カール国王の指示によって貴族達が移住を行い、シュテッヒ中央国は貧民と貴族に二分化された。
 貧民達は家を取り壊す仕事を拒否し、逆に家を欲しがると、国王はそれをで抑えつけた。
 しかしそれを皮切りに住民の怒りは爆発。加えてが立ち上がると、秩序が崩壊しかけ状況は一変する。

 燃え広がる炎のように勢いは増していき、立ち上がった貧民達がバルム地区の騎士団の建物まで押し寄せ、このまま刺し殺されるのではないかと恐れたカール国王は、貴族達が住んでいた元の家を貧民達に明け渡し、貧民の暴動は沈静化した。

 今でも人が住んでない空き家などもあるが、大体は一度貴族が住んでいた家で間違いないだろう。

「ただいまー」

 エレナが挨拶し、ネリスも合わせるようにお邪魔しますと一言礼をしてから中へ入る。
 中はネリスの想像通りやはり狭い。木壁は劣化により数面が欠け落ち。残飯を袋にため込んでいたのだろうか、羽音がするほどハエがたかっていた。

「何にもないけど、ゆっくりしていってね」

 エレナはそう言って寝床の準備を鼻歌交じりに始める。
 すると、横になっていた女性を姿をうっすら見つけると、寝返りを打ってはその顔を晒し、

「おかえり、エレナ」

 と温かく迎えた。女性は長い耳が第一印象に残り、身体は少し痩せ細っていた。
 恐らく栄養が足りないのだろう、少し弱りかけた顔でネリスとエレナを見ていた。

「お母さん、トマト手に入ったから食べて。もう2日も食べてないでしょ?」

 エレナはポケットから食べかけていたトマトを差し出すと、弱りかけていた女性は頷き少しずつかじって食べ始める。
 美味しかったよと伝えると、優しく手でエレナの頭をなで、ニッコリと微笑んで喜ぶエレナ。

 入り口近くに立っていたネリスをチラリと見て、女性は尋ねる。

「どなたでしょうか?」

「あ、どうも。ネリスと申します」

 頭を下げると、寝たままの姿勢でごめんなさいと一言謝ってから、

「カナリヤ・アルメリアです。エレナのお友達?」

「あ、そうです。今日知り合いました」

「そうでしたか……何も無い家ですが、今晩はくつろいでいってください」

 ネリスにはある疑問が浮かんでいた。まずエレナには長い耳などついていない、れっきとした人間である。だが母親の方には長い耳がついている。
 どうしてだろうとネリスは尋ねると、カナリヤは自身を【エルフ族】と名乗った。それに対しますます疑問がくと、

「えっと、エルフ族……って?」

「この辺では珍しいですよね。四大世界の1つ、【ノルミス】という南の森には昔、エルフ族が沢山いたんです」

 納得したように頷くネリス

「それから勇者とその側近を名乗る者達が現れ、森は一度焼かれかけました」

「森が……? どうして?」

「魔法、その原点を作り出したのは私達エルフ族です。それが危険だと判断したのでしょう。火を消しながら応戦し、私は一族を捨てて逃げてきたんです」

「そうだったんですか……」

 カナリヤさんの事情、複雑な思いがきっとあったのだろう。
 【勇者】、そして【勇者の側近】まだまだわからない事だらけだなあ、この世界は……。

 話の続きをカナリヤはしようとしたのだが、咳を数回し、口を手で塞ぐと指の隙間から血が漏れるようにダラリと垂れる。それを見て心配したエレナは背中をさすった。
 再度咳をし、カナリヤは一生懸命声を振り絞り、説明を続ける。

「……シュテッヒまで逃げた私は、貧民区で住む事にしました。そして、エレナと出会ったのです」

「(そうか、だからお母さんとエレナちゃんは似てなかったのか……)」

「私は一族を捨て逃げた臆病者です。そんな私でも罪滅ぼしをしたかったのでしょう。お腹をすかせ、泣きそうな顔で私の服を掴むエレナを見かけた時、この子を救えば自分を許せるような気がしたのです」

「……」

 言葉を失った。カナリヤさんの気持ちが言葉1つ1つに染みこんでくるようで。
 だからこそ、俺はこの世界がより嫌いになっていった。

「ネリスさん……ゲホッ、1つ。お願いがあります」

「なんでしょう?」

「エレナの……友達になってくれないでしょうか?」

 いきなりの頼み事にびっくりしたネリスだったが、今までの事情を考えると、エレナが背負っていた大きい荷物を持ってあげたいと考えていた。

 もう二度と盗みなんて考える事が無いほどお金があれば、カナリヤさんもエレナちゃんも救われる。
 俺達貧民に、まともな両親を持つ子供なんていない、大体は捨て子か親は冒険者となってどこかへ行ってしまう。

「(エレナちゃんは、お母さんの食べ物も用意しなきゃいけないんだ)」

 幼い子が家族を背負っていく、これがどんなに難しい事かネリスは理解していた。
 だからこそ力になってあげたいと、ネリスは2人を見て意志を固めると、

「……わかりました、俺でよければ」

「ありがとうごさい――」

 苦しそうに咳を繰り返すと、エレナは何度もカナリヤに声をかける
 その時、ネリスは悔やんでいた。自身の超能力が何も役に立たない事に……。

 誰かを救うには力がいる。力の無い者はただ過程を眺めている事しか出来ない。
 だからこそ、身体を鍛えるとは違った方向で強くなっていきたいと、ネリスは自身の力の無さに、

「(俺の超能力……人の役にも立たないじゃねえかクソ……。もっと、もっと強い力が欲しい)」

 悔やんだ表情を浮かべながら、人を従わせる力とはを欲した――。
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