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しおりを挟む「さて皇女よ。次はお前の番か」
ゼフィ様が皇女様に凍てつく瞳を向けた。それを受けても皇女様は凛とそこに立っていた。
「あら。わたくしが何も出来ないとでも思っているの?」
不敵な笑みを浮かべた皇女様は、沢山の宝石が付いたブレスレットを付けた右腕を上へ掲げた。
「これは魔道具ですの。わたくしが魔力を通せばこの王宮を囲んだ帝国の騎士が、一斉に攻撃を仕掛ける手はずになっているのです。しかも、王宮だけではなく王都の外にも待機させているのですわ。ふふふ…わたくしに歯向かったことを後悔するがいい」
「…………」
え、それってかなりヤバいんじゃ…。王宮を囲んでるって、しかも王都の外にもいるって…帝国からそれだけ大勢の騎士が集まってたんだ。
一斉に攻撃なんてされたら、無関係な王都に住んでる人たちが…っ!
なのにゼフィ様もセルジオ様達も、王様も公爵様も誰もかれもが無言で微動だにしていない。え、どういうこと?
俺が1人で慌ててると、皇女様のブレスレットが光輝いた。
「ふふふ。これでこの王都は一瞬にして沈むわ。あはは、あっはははは!」
「…高笑いしているところ申し訳ないが、いくら待ってもお望みの展開にはならんぞ」
セルジオ様が腕を組み、呆れながらそう口にした。
「先ほど、陛下が証拠を掴んだと言っていただろう? お前が展開させていた騎士は既にこちらで全員捕獲済みだ。残念だったな」
「え……?」
え? 全員捕獲済み??
「何を呆けている。こちら側が何もしていないとでも思っていたのか? めでたい頭だな。
帝国と宰相が繋がっていることは前々から分かっていたことだ。だから宰相にバレることなく、事を進めてしまえばいいだけのこと」
へぇ、そうだったんだ…。俺は何にも知らないしわからないけど、ゼフィ様達は前からずっと動いていたんだ。こうなることを見越して直ぐに対応できるように。
「さて皇女よ。そなたの身柄は拘束させてもらう。今しばらくは命まで取ることはない。…今後は分からぬがな」
陛下の声も冷たくて刺すような声色だ。さっきまでのほのぼのとした姿とは全く違う、王の威厳。
「ふは……はははははっ! 何も分かっていないのはお前たちよ!」
血走った眼でそう叫ぶと、ドレスから小さな瓶を取り出しそれを王様に向かって投げつけた。すかさずゼフィ様が魔法で打ち抜くが、そこから霧のような物が出てきて王様に向かって一直線に走っていく。
「あはははは! これは魔法でどうにか出来る物ではなくてよ! 帝国が長い時を掛けて作り上げた『呪い』なの。それもあっという間に生命力を刈り取っていく呪い。
しかも外からの解呪は出来ない特別製。大聖女ですら解呪が出来ないのよ。あはははは…お前たちのせいで、お前たちの王が死ぬ。何も出来ずにね。
一つ良い事を教えて差し上げるわ。わたくしは解呪の薬も持っていますの。それが欲しければわたくしの言う事を聞くことね。そうすればその薬を差し上げてもよろしくてよ。あはははは…あっははははは!」
「ゼフィ様っ!」
「ちっ……リコ、申し訳ないけど、陛下の呪いを解いてくれる? 本当はリコにこんな事させたくはなかったんだけど…」
「もちろんです! させてください!」
「その前にあの女を二度と動けない様にしておかないとね!」
ギルエルミ様は、また黒い渦を呼び出すとそのまま皇女をぐるぐる巻きにして拘束した。それを見て皇女様の騎士がこちらに向かおうとするけど、ゼフィ様の魔法で一瞬にして氷漬けにされてしまう。
「…相変らず凄い魔法ですね、ゼフィロ様。一瞬にして大勢を氷漬けにするなんて…」
「おかげで俺の仕事はお預けだな」
すごい魔法を横目に見ながら俺は王様の元へと駆けていく。呪いで苦しんでいるがまだ意識はしっかりとあった。
「王様、お願いがあります。王様から魔力を通して俺に呪いを移してください!」
「な…そんなことをすればおぬしが…」
「俺は大丈夫です! ですから早く! お願いします!」
「陛下、言う通りにしてください。リコなら大丈夫です。それに何があっても私が守りますから」
「…うむ、わかった。すまぬが頼むぞ」
王様の手を握ると、王様から魔力が流れてくるのが分かる。それに付いた呪いを感じ取って、それを俺の中へと誘導する。
うわ…。なんて悪趣味な呪いなんだ。こんなものを作るなんて帝国はどうかしてる。
でも【スキル封印の呪い】じゃない限り、俺の中で解呪が出来る。それにスキルが封印されたとしても、ゼフィ様がいれば俺は助かる。
ずるり、と俺の中に呪いが全て移された。その瞬間、ぐっと心臓に痛みが走る。痛みを感じていることを顔に出してしまったからか、ゼフィ様に抱きしめられる。だけど体の中で解呪が行われているようで、痛みは段々と無くなっていった。
ものの数分で俺の中の呪いは全部解呪出来たようだ。
「…ふぅ。解呪が終わりました。もう大丈夫です」
そう安心させるようにゼフィ様に、にこりと笑っておいた。だけどゼフィ様の抱きしめる力は緩まる気配がない。
暖かな力を感じると思ったら、ゼフィ様はそのままの姿勢で俺に癒しの魔法を掛けてくれているようだった。
「…ごめんリコ。危険な目に遭わせて。またこんなことをさせてしまって…」
少しゼフィ様の声が涙声に聞こえた。体も少し震えている。
安心させるように、俺も背中に腕を回して抱きしめ返した。もう大丈夫って意味を込めて。
「何があってもゼフィ様がいるから大丈夫だって、わかってましたから。だから俺は何の迷いもなく出来たんです。ゼフィ様がいるからですよ。ありがとうございます」
『陛下、言う通りにしてください。リコなら大丈夫です。それに何があっても私が守りますから』
そう言っていたけれど本当は怖かったんだ。俺を失うかもしれないと思って、その体は震えてて。でも俺を信じて任せてくれた。
相手が王様だったっていうのもあって、解呪できるのが俺だけだったから仕方なくっていうのもあったんだろう。だけど、俺を信じてくれた。恐怖を抑えて任せてくれた。
ありがとうゼフィ様。大好きだ。
「…ウルリコ、といったか。感謝する。礼はまた改めてさせて貰おう」
「え!? いえ、当たり前のことをしただけですから、お気になさらず…」
「ありがとうございます、陛下。色々と落ち着きましたら、たっぷりいただきますね」
「…ゼフィ様」
ホントに強いな、ゼフィ様は…。
「…こほん。それでこれからどうするのだ、ゼフィロよ」
「今からサクっと帝国にでも行ってカタをつけてきます」
にやりと黒い笑みを浮かべてそう宣ったゼフィ様。こんな顔初めて見るけど、ちょっとカッコいいとか思ってしまった。
「サクっと帝国に行くって言っても、帝国に着くまでどれくらいかかると思ってんの? 僕の転移を使っても1か月以上はかかると思うけど…」
「それなら大丈夫だ。私が転移すれば、1日とかからない」
「「「は?」」」
この場にいる全員の声が綺麗に重なった。
ん? 今ゼフィ様が転移するって言った? 聞き間違いじゃなくて?
「え? え? ええ? ごめん、もう1回言ってくれる?」
「だから、私が転移すれば1日とかからない」
聞き間違いじゃなかったー! え? 嘘、ゼフィ様転移出来るの!? だって、ずっと転移はギルエルミ様がしてたじゃないか!
「ゼフィロ…いつ転移出来るようになったの?」
「魔王討伐が終わって、リコと再会した後だな。リコにもしも何かあった場合に、転移出来ればいいに越したことはないと思ってやってみたら出来た」
「……これも【勇者スキル】のお陰なのか。あ! だったら! なんで転移出来るって言わなかったのさ! そしたら王都に戻る時に、僕はもっと楽出来たじゃないか!」
「早くここへ戻って皇女に会うのが嫌だったからな。私なら一瞬で王都へ着いてしまう」
「くっそーー! 今日ほどゼフィロを憎く思ったことはない! 僕の苦労を返せー!」
「…ギルエルミ、心中お察しするわ」
「うわーん! ソニアー!」とギルエルミ様はソニア様に泣きついてしまった。うん、あの時の辛そうなギルエルミ様を見ているから分かるけど、気の毒すぎる…。
ゼフィ様は知らん顔だ。ちょっと酷い…。
「さて。装備を整えたらすぐに向かう。お前たちはどうする?」
ゼフィ様がセルジオ様達に向かってそう聞くと、セルジオ様はにやりと笑って「行くに決まっているだろ」と。うん。セルジオ様も悪い笑みが似合う。
「わたくしも行きますわ」
「僕も! ゼフィロの転移がどんなのか知りたいから付いていく!」
こうして勇者パーティー全員が一緒に向かうことになった。それを聞いてゼフィロ様はまた満足そうに頷いていた。
それから一度解散になって、俺たちはゼフィ様の家へと戻った。
「リコ、私が戻るまではここで待ってて。父上たちと一緒にいれば大丈夫だから」
「はい。どうかお気をつけて行ってきてください」
「うん、ありがとう。すぐ戻ってくるから心配しないで」
ぎゅっと抱きしめられて軽くキスをすると、ゼフィ様達は転移で姿を消してしまった。
俺は待ってることしかできないのが悔しい。大変なところへ向かうゼフィ様を助けてあげられない自分が悔しい。
「ウルリコ君、ゼフィロなら大丈夫だよ。きっと直ぐに戻ってくるさ」
公爵様が俺を安心させるためにそう言って、頭を撫でてくれた。
俺は信じて待つしかない。無事に戻ってくることを祈ろう。俺にはそれしか出来ないから。
――どうか無事に戻って来てください。神様、どうかゼフィ様を守って。
「リコ、ただいま! 会いたかったよ!」
半日後、傷一つなく晴れやかな顔をしたゼフィ様が目の前に現れた。
戻るの早すぎじゃない??
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