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「あ、そうだ。ゼフィ様、聞いて欲しい話があるんです」

 俺はさっき起きるまで見ていた夢の話をすることにした。

 

 夢の中の俺は、真っ白な空間だけが広がる、不思議な場所に立っていた。上も下も右も左も、どこを見渡してもただ真っ白な世界が広がっている。


『ウルリコ……』

 ふいに名前を呼ばれて振り返る。するとそこには見たことのない人物が立っていた。

『ウルリコ、ようやく会えた』

 えっと…。誰だろう。会ったことないと思うけど、向こうは俺の事を知っているらしい。

『僕はクレベール。前世の君だよ』

「え……」

 クレベール!? そりゃ会ったこともないはずだ。だけど、この人がクレベールだと言われてなぜかは分からないけど、すんなりと「そうなんだ」と理解した。

『ウルリコ、ごめんね。僕のせいで悩ませてしまって。だけど無事に解決したみたいで良かった。
 ずっと君に声を掛け続けていたんだけど、僕の声が届かなくて…。きっと君が知らず知らず、心に蓋をしていたからなんだろうね』

 クレベールは少し悲しい顔をしながらも、微笑んだ。

『僕と君は別の人間だ。だけど、僕は君であり、君は僕なんだ』

「…すみません、難しくてよくわからないです」

『ふふ。僕たちの魂は同じなんだよ。僕はクレベールの魂の記憶、とでも言えばいいのかな。本当はこうして表に出てくることはないのだけど、僕もファウストも死ぬ前に強く願いすぎて、記憶が消えずに残ったんだ』

 クレベールが言うには、死んだ後の魂はその人生の記憶と共に、蓄積したいろんなものを全部消されてしまうらしい。そして綺麗になった魂はまたどこかへと生まれていく。

『ゼフィロは僕じゃなくて君を愛してるんだって教えてあげたかったんだけど、君もなかなか頑固でね。どうしようかと焦っちゃった。
 でも君の悩みも当然だよね。君は僕の事を覚えていないのだし。…夢に見てたのに忘れちゃったりもしてたし』

 夢…? 俺、クレベールの事夢に見てたんだ。全然覚えてない…。

『だけどありがとう。ゼフィロを受け入れてくれて。ファウストの生まれ変わりであるゼフィロを愛してくれて。僕とファウストが実現できなかった、将来の約束を君たちに託すよ。僕たちの分まで幸せになってね』

「でも…俺は……。クレベールはそれでいいの? 自分の幸せを俺に託して…」

『もちろん。だって僕は君だから。君が幸せになるってことは、僕も幸せになるってことなんだ。それも相手はファウストの魂を持つゼフィロ。きっとゼフィロが幸せになることで、ファウストも幸せになるよ。
 だからこれは君にしかお願いできないんだ。今世の僕。前世の僕の分まで目一杯生きて、やりたいこと一杯やってね。僕は君の中でずっと見守ってるよ』

「…わかった。会いに来てくれてありがとうクレベール。俺はもう迷ったり疑ったりしない。クレベールの分も精一杯生きるよ。ゼフィ様と一緒に」

 うん。そう言って満足そうに笑った彼は、スーッと消えていった。

 ――ありがとうクレベール。さようなら前世の俺。




「そう。クレベールが会いに来てくれたんだ」

「はい。すごく心配されてたみたいです。不思議な体験でした」

 クレベール。俺はゼフィ様と一緒に王都に行ってくる。そこでゼフィ様の問題を一緒に解決してくるよ。俺は何も出来ないかもしれないけど、それでも寄り添って支えてあげるんだ。俺の中で見守っていてほしい。

 


 そして王都へ一緒に来て欲しいと言われて2日後。
 勇者パーティーのメンバーと一緒に、ギルエルミ様の転移を繰り返しながら王都へと出発した。この中に俺がいるとか違和感が凄い…。

 出発前に、ダマンに詳しい事情は伏せて、王都へ行くことだけを話した。

『王都観光か! いいなぁ。楽しんで来いよ! あ、土産忘れんなよ!』

 とにこやかに送り出してくれた。

 店をまた開くつもりで準備をしていたけど、結局またしばらくは再開出来そうに無いため、作っていたポーションのほとんどをゼフィ様のマジックバックに突っ込んでもらった。転移を繰り返すギルエルミ様にも魔力ポーションは必要だろうし、それ以外もあって困ることはない。ま、ポーション使う前に魔法で何とかしてしまいそうだけど。

 それにゼフィ様のご家族に会うための手土産にするという意味もある。俺が用意出来る物なんて、ポーション類しかない。こんなものしか用意出来ないけど「リコのポーションは質も良いから喜んでくれるよ」とゼフィ様が言っていたので、多分大丈夫だろう。…大丈夫かな。

 それから9日間の旅程を経て、王都前へと到着した。
 途中、ギルエルミ様が辛そうだったけど「ウルリコの魔力ポーションはあんまり酔わないから全然楽」と言っていたが、見ているこっちは全然楽に見えなかった。「問題が片付いたら、もう何もせずにだらだら過ごしてやる!」と言っていたので、そうなれるよう祈るばかりだ。

「ギルエルミ、最後の転移だ。このまま私の家まで飛んでくれ」

 王都の門を潜ることをせず、ゼフィロ様の自宅へそのまま転移で飛んだ。身分証の確認とかしなくていいのかと聞いたけど、門から入る方がややこしくなるから別にいいのだそうだ。その辺はどうとでもなる、と。貴族ってすごい。

 空間のゆがみを感じてはっと気が付けば、そこはどこかの部屋だった。
 この部屋だけで俺の家のスペースがすっぽりと埋まってしまう程の広さがあった。置かれている家具は、触るのすら戸惑われる、見ただけで高級品と分かるような物ばかり。
 だけどすごく落ち着いた雰囲気で、貴族ってギラギラした物をたくさん置いているイメージだったけどそれが覆されてしまった。

「ギルエルミお疲れ様。感謝する。とりあえず、適当に座って待っててくれ。リコもそこのソファーに掛けて待ってて。今人を呼んで来るから」

 そのままゼフィ様は部屋を出ていった。
 皆勝手知ったるって感じで座りだした。俺も言われたようにソファーに腰掛ける。わ、このソファーすごくふかふかだ。こんな上等なソファーに座ったの初めてだ。ちょっと感動して軽く上下にぽんぽんと弾んでいたら、セルジオ様に笑われた。

「はは。そうしているとまるで子供の様だな」

「…すみません」

 恥ずかしくなって俯いてしまう。

「いや、そのままでいてくれ。そういった無邪気で素直なところがゼフィロにとって心地いいはずだ。もちろんそれが理由ではないだろうが、ウルリコといる時のゼフィロは良い顔をしている。
 いつもピリピリとして気が抜けなかったからな。君といることがゼフィロにとって救いになっていると思う。だからこれからもゼフィロをよろしく頼む」

「え、いや…そんな俺なんて」

 俺なんて何も出来ない。いつもして貰っている側だ。本当は俺だって何かをしてあげたいけど、出来ることが無くて困ってる。

「…俺は何も出来ません。してあげたくても何も出来ないんです」

「それでいい。君の存在そのものが助けになっているだろう。特別に何かをする必要はない」

「だね。ゼフィロの顔見てればわかるし」

「ですね。やっと安心できる場所を見つけられたんでしょう。だからウルリコさん、そこは悩む必要ありません」

 そう、なのだろうか。そうだと、いいな。

「ゼフィロは今まで心無い言葉を掛けられたり、態度を取られていた。勇者でなくても貴族というのは、互いの足の引っ張り合いでもある。そんな中で自分の運命から逃れることも許されなかったゼフィロが、今は自分で穏やかになれる場所を見つけたんだ。君はそのまま、ゼフィロにその場所を与えてやってくれ」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

 皆さんがそう言うならそうなんだろう。昔のゼフィ様がどんな風に過ごしていたのかは詳しくは分からない。だけど、昔のゼフィ様の事を良く知ってる皆さんがそう言うってことは、本当に心休まる時がなかったんだろう。

 なら俺が出来ることは、ゼフィ様が力を抜いて過ごせる場所を作る事。穏やかに楽しく生活できるように。
 うん。それなら出来そうな気がする。

 そんな時、扉をノックする音が聞こえた。ゼフィ様が戻って来たんだろうか。セルジオ様が返事をすると入って来たのは年配の男性だった。
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