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しおりを挟む結局あのお茶は出せないとなって、俺が改めて淹れなおしていた。全然気にしなくていいのに、隣では申し訳なさそうに謝るソニア様。
ゼフィ様から話は聞いていたけど、大袈裟じゃなくって本当に出来ないんだと分かった。だけど、どうやったらあんなお茶が淹れられるのか全く分からなかったが。
お茶を持ってソニア様とリビングへと戻る。
「ありがとうリコ。いただくよ」
「…ちょっと時間かかった気がするんだけど、もしかしてソニアが淹れようとした? そんで失敗したんでしょ?」
じとりとした視線をソニア様に向けるギルエルミ様。それを受けて「う…それは…」とたじろぐソニア様。
「はぁ…やっぱりね。もう金輪際、こういうことに手を出すことは諦めなよ。ていうか、なんでお茶淹れようとしたのさ」
「だって…っ! その…わたくしだって、何か役に立つところをギルエルミに見せなきゃと思って…。う~~っ! それだけよ! もう二度とやらないから!」
顔を真っ赤にさせてぷいっとそっぽを向くソニア様が可愛い。
会う前は、大聖女様だから威厳とか、厳かな感じとかある人なのかなって思っていたけど、実際はこんなにも可愛らしい人だったんだ。さっきも凄く優しい言葉を掛けてもらったし、ソニア様のイメージがかなり変わった。
「え……ちょっと待って。今急にそんな可愛い事言うの無しでしょ!?」
「頼むからお前たちまでここでいきなりイチャつくのだけはやめてくれ。ゼフィロ達のイチャ付きで十分だ」
「ひゃっ! え!? 俺は、イチャつくとか、そんなっ…!」
まさか俺とゼフィ様に飛び火するとは思わなかった…。恥ずかしいっ!
「この話はここまでです! それよりもウルリコさんです。ゼフィロ様、ちゃんとウルリコさんとお話してくださいませね」
「え? どういう事だ?」
「わたくしはお2人の事を応援しています。ですからこの先もずっと一緒に居られるように、今のうちにちゃんと話し合ってくださいね」
「リコ……?」
ソニア様の無茶ぶりで、心の準備が全然出来ていないままに話をしなきゃいけなくなってしまった。何でもない、はもう通用しないよな。
「さ。わたくし達は一度宿へ戻りましょう。邪魔者は退散致しますよ」
そうソニア様に急かされて、3人は出て行ってしまった。
ぽつんと残された俺とゼフィ様。もうこれは逃げられない、よな。
「リコ…。ソニアの言っていたことだけど、どういうことか聞かせてくれる?」
「……その、えーと…」
なんて言えばいいんだ!? いきなりストレートに聞けばいい? それとも回りくどく聞けばいい? どうしよう。なんて話せば…。
「リコ。君が不安に思ってることや嫌な事、何でもいいから教えて欲しい。私はリコがこの先、何の憂いもなく穏やかに過ごして欲しいんだ」
「……ゼフィ様は。その……。ゼフィ様は、クレベールを……あ、あ……あ、い…」
ダメだ。言葉が出ない…。心臓がうるさいくらいに鳴って、息が苦しい…っ。
「クレベールが……彼を…あい、して……」
「ん?」
「クレベールを…愛して、いる……んです、よね?」
言った。言ってしまった。ああ、どうしよう。心臓が…心が、痛い。
「は? なぜ?」
「え?」
「ん?」
え? あれ? ゼフィ様が聞き間違えた?
「いや、あの…ゼフィ様はクレベールの事が好き、なんですよね? 彼だから、愛してるんですよね?」
「え? どういう事? 私が愛してるのはリコだ。クレベールじゃない」
「え?」
「ん?」
え? あれ? 何か嚙み合ってない? あれ?
「だって…だって! 俺がクレベールの生まれ変わりだから好きなんだって…っ! 『私の心は君がクレベールだって叫んでる。会えて嬉しいって喜んでる』ってそう言ってたじゃないですかっ! 俺を好きなんじゃなくて、クレベールだから好きなんだってっ! だからっ…だからっ…!」
「リコ! 待って! お願いだから待って! 違う! それは違うから! いや、違わないんだけど…」
「どっちなんですか!?」
「違う! ……一旦落ち着こう。
要するに、リコは『私がリコの事を好きなんじゃなくて、クレベールの生まれ変わりだから好きだ』と思ってるってことで合ってる?」
「…はい」
俺がそう返事をすると「そうか…そういうことだったのか」とゼフィ様は頭を抱えた。
「ごめん、リコ。私は君にちゃんと伝わっていたのかと勘違いしていた。今までごめんね。
私が好きなのはリコ、君だよ。君自身が好きなんだ。愛してる。クレベールだからじゃなくて、リコだから。ウルリコという一人の人間が好きなんだよ」
「え……」
俺だから好きだって? クレベールじゃなくて、俺が好き?
そっと俺の手を取って、まるで慈しむように優しく包み込む。
「確かにきっかけは、私がファウストの生まれ変わりで、君がクレベールの生まれ変わりだったからだ。それは否定しない。
だけどね。『ゼフィロ』として『ウルリコ』を愛しているんだ。魔王討伐に向かう私の命を気に掛けてくれたこと。そして君が命を懸けて私の命を救ってくれたこと。それがあったからこそ、私は私として君を愛してる」
包まれた手を放して、今度は優しく抱きしめられた。
「…で、でもっ…。勇者様を助けるのは当たり前でっ…だから俺は…」
「うん。だけどね。君は見返りを要求することはなかった。……周りの人はそうじゃないんだよ。リコだけだったんだ。私の事を案じて、私の事を考えて、私のことを優先してくれたのは」
あ…。ソニア様が話してくれたこと。ゼフィ様が今まで周りの人からどう扱われてきたのか。
「それがどれだけ嬉しいことかわかる? 家族や仲間以外に、君にとって全く関係ない私に、そういった言葉を掛けてくれたことが、どれほど嬉しかったか。
それに、君が言ってくれたあの言葉。私がリコの為ならなんでも魔法を使う事を言った時に言ってくれたあの言葉」
『勇者様をそんな自分勝手に使うなんてダメですよ! 罰当たりです!』
確かこう言った気がする。
「普通はね、私にそんな事は言わないし、出来るんだからやれって感じなんだよ。『勇者だから魔王討伐して当たり前』、『勇者だから皆を助けるのは当たり前』ってなんでもかんでも当たり前だと言われてしまう。
……本当は私だって勇者になんてなりたくなかった。どうして皆の為に命を投げ出さないといけない? どうして当たり前だなんて言う? 私には疑問しかなかった。
だけど、リコだけは違った。リコはそんな事は一言だって言わないし、やらせようとしない。ねぇ、それがどれだけ嬉しかったかわかる? どれだけ私を救ってくれたかわかる? そんなことをしてくれた人を好きにならないわけがない。もしもリコも他の人と同じだったなら、きっとクレベールの生まれ変わりであろうとも好きになることはなかっただろうね」
「ゼフィ様……」
ゼフィ様はずっと俺を、『ウルリコ』を見てくれていたんだ。クレベールじゃなくて俺を。
なのに俺は……。
「ごめんなさい…ゼフィ様、ごめんなさいっ…」
俺を抱きしめる腕に力が籠る。ゼフィ様が温かく俺を包んでくれる。
いつだって、俺の名前を呼んで好きだって言ってくれていた。ずっと俺を見てくれていた。それを疑って信じず、雁字搦めになって怖がっていた自分。なんて情けないんだ。
「ううん。私もごめん。リコが何かを抱えているのはわかっていたんだ。だけど、それを聞くのが怖くて先延ばしにしてた。もっと早く言ってあげればよかった。だからごめんねリコ」
「怖い…?」
ゼフィ様が怖いだなんて、なんだか似合わない。
何でも出来て、強くて、カッコよくて、そんな人に怖い物なんてあるのだろうか。
「怖いよ。リコが私から離れていくのが。リコが私を嫌いになるのが。リコに愛されないことが。怖くて怖くてたまらない。
ずっとリコに愛を伝えてきたけど、リコは私を好きだって言ってくれたことがなかったでしょう? だから不安で怖くて堪らなかった…。だけど今リコが思っていたことを聞いて納得した。
自分を見ていない人から好きだなんだと言われて、素直に受け止められるわけがないからね」
そうだ。俺は一度として、ゼフィ様に気持ちを伝えたことがなかった。
ずっと俺じゃなくてクレベールを好きだと思っていたから、俺がゼフィ様を好きでいても迷惑なんじゃないかとか、全然違う方向で考えていたから。
「ゼフィ様……。俺、あなたが好きです。多分、初めて会った時から。俺も初めてゼフィ様に会った時、何故かわかりませんが心がすごくざわついたんです。色んな感情が駆け巡りました。
ゼフィ様に助けられて一緒に過ごしてとても楽しくて。だから俺じゃなくてクレベールを見ていてもいいから、側にいたいってそう思ってました。でも同時に苦しくもあって…。
ゼフィ様を信じられなくてごめんなさい。あんなに沢山俺を愛してくれていたのに、それを疑っていてごめんなさい」
「ああ、リコ。嬉しい…。リコが私を好きだって言ってくれて。本当に嬉しい」
俺の肩にゼフィ様の頭が乗る。少し苦しいほどに抱きしめられて、頭をぐりぐりと擦り付けてくる。だけどゼフィ様のその体は震えていた。
「もう離さない。ずっと一緒にいよう。私にはリコだけ居てくれればそれでいいから」
「…でも俺はゼフィ様に何もできません。子供も産めません。あなたの血筋を残せません。それでも…それでも側にいて、いいですか?」
「もちろんだよ。子供の事は…そのことについてはちゃんとまた話すよ。だけど今はそれよ……っ!」
ゼフィ様がこれ以上の言葉を発せられないように、俺は俺の口でゼフィ様の口を塞いだ。唇が触れ合うだけのキス。
そっと離れて俺は初めてゼフィ様に求めることにした。
「今日は、久しぶりに抱いてくれますか? ちゃんと気持ちが通じ合って、初めての触れ合いをしたいです」
「うぐっ……リコ、それは可愛すぎだから止めて…。心臓がいくつあっても足りないっ…」
真っ赤になったゼフィ様の方が可愛いのに。そう思いながら、また唇をくっつけて。
ゼフィ様の甘いキスを心置きなく堪能した。キスの合間合間に、「好き」「愛してる」って言われて俺も同じ言葉を返す。堪らなく嬉しくて幸せだった。
俺はなんでゼフィ様の事が好きなのかわからなかったけど、今ならちゃんと分かってる。
ゼフィ様の言うように、きっかけはクレベールの生まれ変わりだったから。でも今は、そうじゃないってはっきりと分かるんだ。
両親を亡くしてから、兄貴分のダマンはいたけれど本当の俺の家族はいない。俺は1人だ。
仕事も忙しくてゆっくり考えた事なかったけど、ゼフィ様と一緒に過ごすようになって分かった。俺はずっと寂しかったんだ。
ダマンもダマンの両親も町の人も。皆俺に優しくしてくれていたし、気にかけてくれていた。だけど心の寂しさは埋められなかった。
ゼフィ様はそれをいとも簡単に埋めてしまった。側にいて、優しい笑顔を向けてくれて、名前を呼んでくれて、好きだって言ってくれて、抱きしめてくれて、温もりをくれた。
ゼフィ様の隣は居心地がよくて、無くなったピースがぱちりとハマったように心の隙間が無くなった。俺の心を埋めて満たしてくれるのはゼフィ様だけ。
だからゼフィ様の事が好きだと思ったんだ。『ファウスト』じゃなくて『ゼフィロ』が好き。一緒にいるのは、目に映っているのはファウストじゃなくてゼフィロだ。
例え生まれ変わりであろうとも、そんな事は関係ない。ゼフィ様と同じように、俺は『ウルリコ』として『ゼフィロ』が好きだ。
だからそれでいいんだ。
たっぷりとキスを味わって離れた口からは、お互いの唾液が糸を引く。はふ…と甘い息を吐くと、体が熱くうずいていることに気が付いた。
早く鎮めて欲しい。ゼフィロ様で満たして欲しい。体の奥まで、全部。
「…ゼフィ様、早く。もう待てない」
ギラリと強い欲情の光を灯した瞳に懇願する。
そのまま俺は持ち上げられて、ゼフィ様の足は寝室へと向かった。
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