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しおりを挟むキッチンに着いたものの。
心が痛い。目にジワリと涙が滲む。
泣くな。泣いたところを見せられない。そんなことをしたら絶対にどうした? って聞かれる。
落ち着かせるために目を瞑り、深呼吸を何度か繰り返し気分を切り替える。
お茶を淹れるためにケトルに水を入れて火にかけると、ふいに後ろからソニア様が「手伝います」とやって来た。
「え…そんな大聖女様に手伝ってもらうなんてっ…俺1人で十分ですからお席に――」
「というのは建前よ。何か心に抱えているんじゃないの?」
「え……いえ、そんな事は……」
「わたくしにはそうは見えなかったわ。……ゼフィロ様のことかしら?」
その言葉にピクリと反応してしまう。「やっぱり…」とソニア様にバレてしまった。
「ねぇウルリコさん。ゼフィロ様には言えないこともわたくしには話せると思うの。わたくしはあなた達の味方よ。だから聞かせてくれないかしら?」
「味方…。どうして味方になってくれるんですか?」
「どうして…そうねぇ。ゼフィロ様が幸せそうだから、かしら」
「幸せそう、だから…?」
「ええ。あの方はとても苦労されてきたんです」
ソニア様の話は、俺の知らないゼフィ様の話だった。
【勇者のスキル】が発現してからの日々は、とても穏やかとは言えなかった。それは俺も想像だけど、分かっていた。強いスキルはそれに見合った努力がなければ開花しない。スキルを開花させるために必死に鍛え、修練に打ち込んだ。
それだけだったならまだいい。【勇者のスキル】を開花させるのは、時間もかかるし生半可な事じゃない。だけど周りはさっさと討伐に行けとばかりに、ゼフィ様を焦らせた。家族の支援もあって何とか開花させたゼフィ様は、魔王討伐の旅に出ることになった。だけどそこでも周りの心無い言葉は止まるどころか、更に加速した。
人々には魔王討伐するのは当たり前とばかりに声を掛けられ期待され、討伐したらしたで取り込もうとする貴族の思惑が邪魔をする。
このままゼフィ様が何もしなければ、待っているのは傀儡としての人生。そんな事は死んでも嫌だと、陛下との謁見の時に一切の関知を拒否すると明言した。
だけどそんな事は関係ないとばかりに、私利私欲を肥やそうとする貴族が多い。それが先ほど話にも出てきた皇女様の一件もその内の一つ。この国の宰相が、以前からゼフィ様との婚姻を望んで勧めていたそうだ。
「ゼフィロ様が目覚めてウルリコさんを探しに行く前、ウルリコさんが唯一無二の存在だと、前世からの愛しい人なんだと、そう仰ってたわ。
そして今日初めて貴方と一緒にいるゼフィロ様を見て、優しい眼差しと幸せそうな表情と、そしてあのように甘えるだなんて…。ウルリコさんの存在がゼフィロ様を救っているんだとわかったの」
「……前世の話もご存知だったんですね」
「ええ。信じられないような話だったけど、ゼフィロ様は嘘を付く方ではないし、むしろ嘘を付いてもなんのメリットもないから。だからわたくしは信じたの。
それでウルリコさんは何に悩んでいるの? 幸せそうには見えても、素直に全てを受け入れているわけじゃない気がするわ」
すごいなソニア様は。今日ほんの少し見ていただけで分かってしまうなんて…。
「俺は……。正直前世の記憶とかなくて、よくわからないんです。ゼフィ様は俺がクレベールの生まれ変わりだって信じてます。それは別にいいんです。だけど……。ゼフィ様が好きなのは、俺じゃなくてクレベールなんだって思ってて…。
それに俺ともし万が一、結婚なんてしてもこの先子供が出来ることはありません。優秀な血筋を残すためにも俺が側にいるのは違うんじゃないかって…そう思ってしまって…」
「ウルリコさん……。ゼフィロ様がそう仰ったの? クレベールだから好きだと。貴方じゃなくて、クレベールだから好きなんだと。
ウルリコさん本人を好きだとは言われてないの?」
「はい…あ、いえ。よく、わかりません。ゼフィ様には俺がクレベールの生まれ変わりだから会えて嬉しいと。でも俺をクレベールとは呼んだことはないです。でも…すみません、よくわかりません」
「…そういうことね。ウルリコさんは、自分を通してクレベールを見ているんじゃないか。そして血筋を残すために、自分が側にいてはいけない。そう思っているってことね。
…クレベールを見ているのかどうかは、ゼフィロ様本人に聞かないとわからないことだけど、血筋云々の話は気にしなくていいと思うわ。まぁどちらにせよ、ちゃんとゼフィロ様と話をした方が良いと思うの。今持ち上がっている問題もあることだし」
「そう、ですね……」
やっぱりちゃんと確認しないと、ゼフィ様と話をしないとダメだよな。でもそれでクレベールだから好きだって言われたら…。
「きっと悪い事にはならないと思うわ。大丈夫。……というか。はぁ…。ゼフィロ様も何をしているんだか。肝心な事を伝えていないだなんて…。幸せボケでもしているのかしら。
というか、お湯がもう沸いてるみたいね。わたくしがお茶を淹れるわ」
そう言うと、さっと俺が手にしていたポットを取り上げるといそいそとお茶を淹れだした。
「………なんでわたくしがやるとこうなるの? ウルリコさん、わたくし呪いをかけられていないわよね?」
出来上がったお茶は、何故がどぶ色の、正直口にしたくないお茶になっていた。
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