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 俺は怒っている。久しぶりに怒っている。

 きっかけは解呪のポーション作りだった。いつものように血液を混ぜようとナイフで指を刺したら、慌てたゼフィ様に止められて治癒魔法を掛けられた。
 そこまではいい。俺を心配してくれてやったことだから。だけどその後がもうダメだった。

 俺が作る解呪のポーションには、俺の血液を混ぜていることを話した。そしたら血液だろうが何だろうが、俺の一部が他人の体に入ることが許せないって言われたのだ。
 あまりの言い草に俺はちょっと引いた…。

 どうしても作りたい俺と、どうしても作らせたくないゼフィ様の言い合いは少しだけ続いて、挙句にゼフィ様は誰かを殺してしまうかもしれないけどそれでもいいなら、なんて言ったんだ。

 そんなズルい言い方で言われてしまったら、俺は『作りたい』なんて言えなくなってしまう。でも俺は薬師として作りたい気持ちはあるから、ゼフィ様の言い分を全て飲むわけにはいかなかった。

 だから口を聞かないなんて子供じみた方法をとってしまった。


 食事の時も無言。寝る時も背中を向けて拒絶を示した。朝目が覚めてみたら、ゼフィ様に後ろからがっしりと抱きしめられていたから、その手を無言でパシパシ叩いて外してもらった。
 朝食もゼフィ様の分も用意はするけど、俺は無言で食べていた。その後は調剤室へ入ってポーションを作っていたけど、その間も無言。

 ゼフィ様は俺と会話をしようと色々と話しかけては来るけど、俺は全てを無視していた。そのたびに段々と悲しい顔になっていくゼフィ様。

 俺は悪いことをしてるな、と罪悪感がすごかった。だけど、これで許してしまったら解呪のポーションを作らせてもらえない。
 だから心を鬼にして、口を聞かずもう既に一週間。ゼフィ様の泣きそうな顔を見ていたら流石にもう俺もダメだった。

「……ゼフィ様」

「リコ!」

「あの……もう口を聞かないなんて事はしません。ごめんなさい」

「リコ! いいんだよ! 嬉しい、嬉しいよリコ! また君と話が出来るのがとても嬉しい! 話せない間、凄く寂しくて辛かった…リコの声が聞こえるだけですごく心が浮き立つようだよ!」

 感激したゼフィ様にぎゅーぎゅー抱きしめられて、顔中にキスの雨が降って来た。
 俺もこんなにも喜んでくれるゼフィ様を見て、凄く嬉しく感じている。

「……解呪の事に関しては、少し話し合いましょう。それ以外のポーションはとっくに準備が出来ているので、明日からお店を再開させようと思います」

「うんうん! わかった! じゃあ今日は仲直りの印に、リコを食べてもいい? というか食べたくて仕方がない」

 そっと俺の頬を包み込んで少し上へ向ける。ゼフィ様の目は情欲を宿していて、それを見た俺は凄くどきどきしてしまう。
 そしてゼフィ様の顔がゆっくりと近づいてきて、そのまま唇が触れ合いそうになるその瞬間――

「こーんにーちは~!」

 バァン! と玄関の扉が開き、間延びした声が聞こえた。

「うわぁっ!」

「ぐふっ!」

 あまりの事に驚いた俺はゼフィ様をドンっ! と突き放してしまった。

「ゼフィ様! すみませんすみません!」

「いや、全然大丈夫だよリコ。それよりも………」

 また一際低い声で、いきなり扉を開けた人物をぎろりと睨む。

「ゼフィロにウルリコ! 久しぶり!」

 そこにはにこにこと手を振っていたギルエルミ様と、呆れた顔でギルエルミ様を見ているセルジオ様と、額に手を当ててうなだれるソニア様の姿があった。

「えっ…皆さん、どうしてここへっ!?」

「帰れ」

 俺がなぜここにいるのか聞いた瞬間、冷え冷えとする声でゼフィ様が言い放った。

「は!? いきなり帰れはなくない!?」

「今良いところだったのにっ…!」

 ゼフィ様を見ればギリギリと音が聞こえそうな程、歯を食いしばってギルエルミ様を睨みつけていた。

 …うん。俺も久しぶりだったしちょっと残念だった気持ちは分かるけど、いきなり帰れは酷いよ。

「あの、とりあえずどうぞ中へ。今お茶を淹れますね。……あれ?そういえば鍵掛けてたはずなのに」

 玄関の鍵はいつも掛けている。鍵を掛けておかないと、ゼフィ様がいることで誰かが家の中に入ってきそうだから、ここのところ毎日掛けていた。

 しかも普通のとは違う特殊な鍵だ。
 確か、昔父親が店に泥棒が入ってこない様、かなり値段のする鍵にしたはず。

 なのに勢いよく扉が開いて入って来たってことは鍵を掛け忘れてたのか?

「あー鍵はね、魔法でちょちょいっと」

「まほうで…」

 魔法ってそんなことも出来るの?

「ウルリコさん、そんなことが出来るのはギルエルミくらいです。ご安心くださいな」

「そうそう。あと鍵は壊してないから安心してね」

「結界を張っておけば良かった」

 未だ憮然としているゼフィ様。

 まぁまぁと宥めてお茶を淹れるためにキッチンへ向かう。人数分のお茶を淹れてリビングへと戻った。

「で。一体どうして急にここへ? つまらん用事だったら追い出す」

 それぞれにお茶を出してる最中に用件を聞きだすゼフィ様。見れば足をタンタンと打ち鳴らしている。相当イライラしているご様子だ。

「あのね…。このフォルトンの町に戻るって連絡があったっきり全く連絡くれないし。しかもこっちから連絡入れてるのに全く返答がないし。それでこっちから出向いてきたんだけどその言い草はなくない?」

「え。ゼフィ様、ギルエルミ様からの連絡を無視してたんですか?」

「いや…別に無視していたわけじゃ…」

「無視してたでしょ」

「ぐ……」

 じとーっとした目線を送るギルエルミ様。そりゃずっと連絡してたのに無視されたんじゃそうなるよな。

「もう。連絡を無視するのはダメですよ、ゼフィ様。何か大事な用事だったらどうするんですか」

「う…。リコがそう言うなら今度からはちゃんとする。だからこっちに来て」

 ゼフィ様がちょいちょいと手招きして俺を呼ぶ。大人しく従って側まで行くと、ぐいっと手を引かれてぽすんとゼフィ様の膝の上に乗せられた。そしてそのままぎゅっと腰を抱かれて首元に顔を寄せてくる。

「だからお願い。嫌いにならないで」

「…もう。そんなことで嫌いになりませんよ」

 なんだか小さな子供みたいだと思って、頭を撫でてあげた。すると「もっと」って言うからわしゃわしゃと撫で繰り回しておいた。

「……いきなりイチャつきだしたぞ」

「…ゼフィロってこんなんだっけ?」

「ゼフィロ様もウルリコさんの前では、ただの男というわけね」

 なんだか3人の目が痛い…。

「じゃあ僕たちもイチャついとく?」

「やめて。人前でなんて恥ずかしすぎるわ…」

「お前たちにまでイチャつかれたら、俺が困るからやめてくれ」

 その会話を聞いて、ゼフィ様が「ん?」と顔を上げる。

「…ギルエルミとソニアってそんな関係だったか?」

「そんな関係になったんだよ。ついこの前ね。その事についても話したかったのに、連絡取れないからこうやって来たの」

「だからと言って押し掛けるのは…」

「緊急事態だって言ったら?」

「なに…?」

 ギルエルミ様の一言で、ゼフィ様もピクリと片眉を上げる。

 ギルエルミ様の表情はさっきまでと打って変わって、真剣そのものだった。何かあったのは間違いない。

 俺も緊急事態だと聞いて、背筋がぞわっとしてゼフィ様を掴む手に力が籠った。

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