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28 ゼフィロside

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 リコと過ごす日々は幸せだ。
 幸せのはずなのに…。

 リコは私に心を開いてくれていない。私が心に思っていることを素直に口にすれば、顔を赤くさせていることから、私に対して好意を持っているだろうとは思う。だけど信じてくれていないと言えばいいのか…。

 リコのご両親のお墓に行きたいと言った時、やんわりと拒絶された。

『あ…そう、ですね。あの、でも…まだ俺達こうなって日が浅いので、もうちょっと、待ってもらってもいい、ですか?』

 両親への報告を躊躇ったあの言葉。リコは本当の意味で私を恋人だとは思っていないという事だ。
 何がリコを踏みとどまらせているのか。

 間違いなくリコはクレベールの生まれ変わりだ。私と同じように、初めて会ったあの日、何かを感じることがあったはず。…多分だが。

 一言聞けばいい。だけどリコ自身から話してくれるのを待つことにしたんだ。

 いや、結局私は怖いんだろう。リコに嫌われることが。私の事を何も思っていなかったら。そう考えるだけで、目の前が真っ暗になる。

 何とかしなければと思うのに。

 私が出来るのは、信じてもらえるよう誠意を持って想いを伝えることだけ。

 何が『勇者』だ。情けない。本当の私はちっぽけな器も度量も小さい、ただの男。


 不安を抱えながらもリコと過ごせる日々はやはり楽しい。
 店をまた開くために、ポーションを作らなければならないのでリコが調剤室に籠ると言ったが、離れていたくない私は見学させて貰っていた。
 ただポーションを作るだけで何も楽しいことはないと言われたが、リコがいればそれだけで楽しい私には関係ない。

 リコは慣れた手つきで薬草を煎じたり煮詰めたり、たまに違う薬草同士計りながら調合しポーションを作っていく。
 その横顔は真剣で、手際は鮮やかだった。ポーションを作るところを初めて見たが、とても興味深い。

 いくつか作り終えると、窯に残されたポーションの前に行きおもむろにナイフを取り出した。それをリコは何の躊躇もなく自分の指に当てがいぷつりと刺した。

「ちょっ!? リコ!? 何やってるの!」

 いきなり自傷行為に走ったリコに驚いて、慌てて傷ついた指を握る。そのまま治癒魔法を掛けて傷を治した。

「え!? ゼフィ様!?」

「リコ! 自分を傷つけるなんてどういうこと!? 例え小さな傷であっても私は嫌なんだ。それが自分でつけた傷であれ」

「あ…あの…別にわざと怪我をしたわけじゃなくて、解呪のポーションを作るのに俺の血が必要で、それで…」

「…解呪のポーション?」

「あの…俺のスキルなんですが、【解呪のスキル】じゃないんです…いえ、【解呪のスキル】なのは間違いないんですけど…」
 
 聞けば正式なスキルは【呪いを自身に移すことと体液による解呪のスキル】だと言う。
 それで自分の血液を数滴入れることによって、解呪のポーションを作っていたのだ。

「なので俺はこうやって解呪のポーションを作らないといけないんです。…別に唾液でもいいんですけど、俺の心情的にもちょっと…。まだ血液の方が罪悪感が少ないというか…」

「…話は分かったよ。でももう魔王はいないんだ。無理に解呪のポーションを作る必要はないんじゃないのかい?」

「ですが…魔獣はいなくなることはありません。以前と比べて呪いに掛かる人が少なくなるとはいえ、全くないとは言えません。必要な時があるのなら俺は作っておきたいんです」

 …リコが薬師としてそう考えるのも分かる。分かるのだが…。

「リコの言いたいことは分かる。だけどもう自分を傷つけて解呪のポーションを作る事はやめて欲しいんだ…。リコが傷つくのを分かっていてそれを許容することは出来ない。それに血液が数滴とはいえ、リコが他人の体に入るなんて嫉妬で気が狂いそうだ」

「えぇ……」

 リコの血液だろうが唾液だろうが汗だろうが、リコの物が他人の体に入るなんて許せるわけがない。リコの全ては私の物だ。
 嫉妬深いと言われようが、どうしても許すことが出来ない。

「でももし誰かが呪いに掛かったら…。この町には解呪が出来る神官様や聖女様はいらっしゃいません。俺の作るポーションが必要になります」

「もしその時が来たら私が解呪する」

「は?」

 光魔法が扱える私にだって解呪は出来る。リコが自らを傷つけポーションを作るくらいなら、私が解呪した方がましだ。

「ちょっと待ってください! 勇者様に解呪して貰うって…一体いくら必要になるかっ…!」

「リコの解呪のポーションと同じ値段にする」

「はぁ!? そんな事出来るわけないじゃないですか! ダメですよ! 俺が作っていつものように売ればいいんですから!」

「無理だ!」

「そっちの方が無理ですって!」

「嫌だ。私が嫌だ。許せない」

「えぇ……」

 リコのお願いであれば何でも聞いてあげたいが、こればっかりは聞けない。リコを傷つけるのは嫌だし、リコの血液が誰かの体内に入るなどっ!
 考えただけで、絞め殺してしまいそうだ。

「……どうしてもだめ、ですか?」

「うっ……そんな顔してもダメだ。私が誰かを殺してしまうかもしれない…。それでもいいなら許すけど…」

 ちょっとうるうるな瞳で見上げられて、一瞬心が揺れそうになったけども、私がリコのポーションを飲んだ誰かを殺してしまうかもしれないと脅しをかけてでも止めさせたかった。

「……ゼフィ様の意地悪。そんな意地悪な事を言うゼフィ様は嫌です」

「うぐぅっ!」

 ちょっと口を尖らせてプイっとそっぽを向くリコは可愛いけど、その口から放たれた言葉が心にぐっさりと刺さる。

「リ、リコ! 私は君の事を思ってっ…!」

「ふん。今はもう話したくありません」

 リコが私を拒絶した…。嫌われてしまった…。

 ど、どうするどうする! 今からでもポーションを作ることを許すか? いや、やっぱりだめだっ! どうしても嫌だ!

「リ、リコ…」

「…………」


 ……リコが口を聞いてくれない。私はこれからどうしたらいいんだ……。

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