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待ち続けた孤独の魔法人形
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「くそっ……、こんな大雨になるなんてな」
特級魔術師であるヒューバートは、ぬかるむ足元に気を付けながらも周りへの警戒を怠ることなく、足早に森の中を歩いていた。
魔物討伐に出かけ、無事依頼をこなし解体も終わらせ、さて帰ろうかという時にあり得ないほどの大雨に見舞われてしまう。雨というより滝に打たれていると表現した方がしっくりくるほどだ。
時刻は既に夜。月明りもなく、真っ暗な森の中で時折轟く稲光と轟音の中、身を潜めるようにフードを深くかぶり悪態をついた。
とにかくどこか落ち着ける場所を確保しなければ。洞窟でも何でもいい。このあり得ないほどの大雨を凌げる場所を見つけなければ、体が冷え切ってしまい命の危険が出てしまう。
視界も悪く、空には目印となる星も見えない。とっくに迷子となってしまっているが、雨が止み晴れ間が出れば太陽の位置でおおよその方角がわかる。今はとにかく身を落ち着ける場所を見つけることが先決だ。
これだけの雨ならば魔獣や獣に襲われることはないだろうが、用心しつつ森の中へと進んでいく。
「ん……? 灯り……?」
前方にはうっすらとだが、確かに何かが光っている。何に出くわすかは未知数で、場合によっては命の危険もあるがここにいるよりかはマシかもしれない。そう思い、その灯りに向かって進むことに決める。
「屋敷……?」
近づけばそれは窓から漏れる灯りだとわかった。ヒューバートの前方には、こんな森の中に存在することが不自然すぎる大きな屋敷が現れたのだ。
「……こんな森の中に屋敷があるなんて知らなかったぞ」
当然ギルドで依頼を受ける時もそんなことは聞かされていない。不審極まりない屋敷だが、この大雨だ。一晩だけでも雨を凌げられれば御の字。もし何かあったとしても、特級魔術師としての腕がある自分ならば対処は出来る。そう判断しヒューバートは屋敷の扉を叩くことにした。
ドンドンドン! ドンドンドン! 大雨の轟音と雷の音でかき消されるかもしれないと、なるべく強く扉を叩き大声で呼びかける。灯りが付いているということは中に誰かがいるということだ。気が付いてくれと祈りながら声を張り上げた。
「すいません! どなたか! どなたかいらっしゃいませんか!」
扉を叩きながら大声を張り上げる事しばらく。中から若い男の声がした。咄嗟に扉を叩く手を引っ込め、しばらく待っているとゆっくりとその扉は開いていく。
「……こんな夜更けにどうかなさいましたか?」
「ああ、よかった! 突然で申し訳ないのですが、この大雨に見舞われてしまい身動きが取れなくなってしまって。今夜一晩だけで結構です。どうか中へ入れていただけませんか」
「……それは難儀でしたね。どうぞ中へお入りください」
「ああ、ありがとうございます! 助かります!」
いきなり見知らぬ男がやって来て、警戒されて入れてもらえないかもしれない。そんなことを思ったが、存外簡単に許可が出たことにほっと胸を撫でおろし館の中へと足を踏み入れる。雨に打たれないというだけで、こんなにも心が安らぐのかとそんな自分に驚いた。それほどまでにこの大雨に参っていたのだ。
「本当にありがとうございます。俺はヒューバートと言います。カンテの街で魔獣討伐の依頼を受けてこの森へと来たんですが、帰るに帰れなくなってしまって……」
「この大雨ですからね、大変だったことと存じます」
若い男はそう言うと軽くお辞儀をした。着ている物から察するに執事だろうか。ならばこの屋敷には主人がいるはずだ。
「こんな夜更けに突然押し掛けてしまいご迷惑な事は承知していますが、こちらの主人に挨拶をさせていただきたい」
「この屋敷には私一人でございますので、挨拶は不要でございます」
「え……? 一人……?」
執事のような格好の若い男がたった一人でこの屋敷に住んでいる……? どういうことかわからなかったが、いきなりあれこれ聞くのは失礼だろう。そう思って訪ねたい気持ちをぐっと抑え、「そうですか」と一言だけにしておいた。
雨でずぶ濡れになったローブを脱ぐ。さっぱりと短くしたこげ茶の髪と、同色の瞳が表れた。フードを深くかぶっていたにも関わらず、髪も服もずぶ濡れだ。濡れて張り付いた服のおかげで体形がわかりやすくなっている。魔術師であるのにも関わらず、しっかりと鍛えられた肉体であることが誰の目から見ても明らかだった。
ローブを脱いだことで、びしゃびしゃと水が落ち足元には水たまりが出来てしまっていた。こんなにも汚してしまい申し訳ないな、と思い謝ろうと顔を上げると、執事の男がこちらをじっと見つめていたことに気が付いた。
一括りにされた濃紺の長髪に空色の瞳。綺麗だな、とぼんやりそんなことを思う。ただ下からの射抜かれるようなその視線にそわそわと落ち着かない気持ちになった。
「あの……俺の顔に何か付いてますか?」
「あ……大変失礼いたしました。あの、不躾な質問で申し訳ないのですが、以前どこかでお会いしたことはございましたでしょうか?」
「え……? いや……初めて会ったかと、思いますが……?」
「……そう、ですよね。申し訳ございません。わたくしが申し上げましたことはお忘れくださいませ」
そう言って男は深くお辞儀した。
いきなり面識はなかったかと問われ驚いたが、この森へ来るのは初めてだ。ヒューバートは冒険者でつい先日カンテの街へとやってきたばかり。だから当然この男との面識はない。ないはずなのだが、何故かわからない違和感は感じていた。
特級魔術師であるヒューバートは、ぬかるむ足元に気を付けながらも周りへの警戒を怠ることなく、足早に森の中を歩いていた。
魔物討伐に出かけ、無事依頼をこなし解体も終わらせ、さて帰ろうかという時にあり得ないほどの大雨に見舞われてしまう。雨というより滝に打たれていると表現した方がしっくりくるほどだ。
時刻は既に夜。月明りもなく、真っ暗な森の中で時折轟く稲光と轟音の中、身を潜めるようにフードを深くかぶり悪態をついた。
とにかくどこか落ち着ける場所を確保しなければ。洞窟でも何でもいい。このあり得ないほどの大雨を凌げる場所を見つけなければ、体が冷え切ってしまい命の危険が出てしまう。
視界も悪く、空には目印となる星も見えない。とっくに迷子となってしまっているが、雨が止み晴れ間が出れば太陽の位置でおおよその方角がわかる。今はとにかく身を落ち着ける場所を見つけることが先決だ。
これだけの雨ならば魔獣や獣に襲われることはないだろうが、用心しつつ森の中へと進んでいく。
「ん……? 灯り……?」
前方にはうっすらとだが、確かに何かが光っている。何に出くわすかは未知数で、場合によっては命の危険もあるがここにいるよりかはマシかもしれない。そう思い、その灯りに向かって進むことに決める。
「屋敷……?」
近づけばそれは窓から漏れる灯りだとわかった。ヒューバートの前方には、こんな森の中に存在することが不自然すぎる大きな屋敷が現れたのだ。
「……こんな森の中に屋敷があるなんて知らなかったぞ」
当然ギルドで依頼を受ける時もそんなことは聞かされていない。不審極まりない屋敷だが、この大雨だ。一晩だけでも雨を凌げられれば御の字。もし何かあったとしても、特級魔術師としての腕がある自分ならば対処は出来る。そう判断しヒューバートは屋敷の扉を叩くことにした。
ドンドンドン! ドンドンドン! 大雨の轟音と雷の音でかき消されるかもしれないと、なるべく強く扉を叩き大声で呼びかける。灯りが付いているということは中に誰かがいるということだ。気が付いてくれと祈りながら声を張り上げた。
「すいません! どなたか! どなたかいらっしゃいませんか!」
扉を叩きながら大声を張り上げる事しばらく。中から若い男の声がした。咄嗟に扉を叩く手を引っ込め、しばらく待っているとゆっくりとその扉は開いていく。
「……こんな夜更けにどうかなさいましたか?」
「ああ、よかった! 突然で申し訳ないのですが、この大雨に見舞われてしまい身動きが取れなくなってしまって。今夜一晩だけで結構です。どうか中へ入れていただけませんか」
「……それは難儀でしたね。どうぞ中へお入りください」
「ああ、ありがとうございます! 助かります!」
いきなり見知らぬ男がやって来て、警戒されて入れてもらえないかもしれない。そんなことを思ったが、存外簡単に許可が出たことにほっと胸を撫でおろし館の中へと足を踏み入れる。雨に打たれないというだけで、こんなにも心が安らぐのかとそんな自分に驚いた。それほどまでにこの大雨に参っていたのだ。
「本当にありがとうございます。俺はヒューバートと言います。カンテの街で魔獣討伐の依頼を受けてこの森へと来たんですが、帰るに帰れなくなってしまって……」
「この大雨ですからね、大変だったことと存じます」
若い男はそう言うと軽くお辞儀をした。着ている物から察するに執事だろうか。ならばこの屋敷には主人がいるはずだ。
「こんな夜更けに突然押し掛けてしまいご迷惑な事は承知していますが、こちらの主人に挨拶をさせていただきたい」
「この屋敷には私一人でございますので、挨拶は不要でございます」
「え……? 一人……?」
執事のような格好の若い男がたった一人でこの屋敷に住んでいる……? どういうことかわからなかったが、いきなりあれこれ聞くのは失礼だろう。そう思って訪ねたい気持ちをぐっと抑え、「そうですか」と一言だけにしておいた。
雨でずぶ濡れになったローブを脱ぐ。さっぱりと短くしたこげ茶の髪と、同色の瞳が表れた。フードを深くかぶっていたにも関わらず、髪も服もずぶ濡れだ。濡れて張り付いた服のおかげで体形がわかりやすくなっている。魔術師であるのにも関わらず、しっかりと鍛えられた肉体であることが誰の目から見ても明らかだった。
ローブを脱いだことで、びしゃびしゃと水が落ち足元には水たまりが出来てしまっていた。こんなにも汚してしまい申し訳ないな、と思い謝ろうと顔を上げると、執事の男がこちらをじっと見つめていたことに気が付いた。
一括りにされた濃紺の長髪に空色の瞳。綺麗だな、とぼんやりそんなことを思う。ただ下からの射抜かれるようなその視線にそわそわと落ち着かない気持ちになった。
「あの……俺の顔に何か付いてますか?」
「あ……大変失礼いたしました。あの、不躾な質問で申し訳ないのですが、以前どこかでお会いしたことはございましたでしょうか?」
「え……? いや……初めて会ったかと、思いますが……?」
「……そう、ですよね。申し訳ございません。わたくしが申し上げましたことはお忘れくださいませ」
そう言って男は深くお辞儀した。
いきなり面識はなかったかと問われ驚いたが、この森へ来るのは初めてだ。ヒューバートは冒険者でつい先日カンテの街へとやってきたばかり。だから当然この男との面識はない。ないはずなのだが、何故かわからない違和感は感じていた。
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