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婚約者に好きな人がいることがわかったので…

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「ブラッド。僕達、別れよう」

「……なんだと?」

「今まで縛り付けてごめんね。これで君は自由だから。心配しなくても君を恨んだりしないし、事業契約もそのままだよ。だから、君は幸せになって」

「……サイラス。自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「もちろん。今までありがとう」

 別れ話を切り出したのは自分のくせに、僕の心はきりきりと悲鳴を上げている。涙が出そうになって鼻の奥がつんとする。

 お願いだから僕に振り向いて。僕を捨てないで。僕を愛して。

 声を大にしてそう言えたらどれだけいいだろうか。心の中とは裏腹に、彼の行く先が幸福で溢れるよう精一杯の笑顔を見せて、これ以上はもう彼の顔を見れないと静かに彼に背を向けた。








 僕とブラッドは婚約者同士。そして一週間後には結婚式を控えていた。
 だけど僕は彼と結婚する気はない。そんなことをすればお互い待ち受けているのは暗い未来。

 ――だって彼には愛する人がいるのだから。


 この婚約も、10年前に家同士が決めたこと。
 当時10歳だった僕は、婚約者が出来たと聞かされ相手方の家に挨拶に向かうことになった。

 その時に初めて彼――ブラッドに出会った。

 燃える様な赤い髪、吸い込まれそうになる漆黒の瞳、少年の幼さはあるのに既に顔の良さが際立っている。そして同じ10歳とは思えないほど大人びた雰囲気。
 初めて彼に会った時の僕は、次元の違う美しさを持つ彼に思わず惚けて、微動だに出来なかったことをよく覚えている。


 この婚約はお互いの家にとって大きな利益を生む婚約だった。
 僕の家はずっと魔道具関係の事業をやっている。ただ魔道具を起動させるには魔力が必要になるが、平民の多くは魔力がかなり少ない。
 今までの魔道具はそれなりの魔力が無ければ起動させることが出来なかったが、うちが長年の研究により少ない魔力で起動できる仕組みを開発した。その仕組みを利用して様々な魔道具に適用することに成功した。
 だが、うちは細々と事業を行ってきたことで販路がそこまで大きくない。折角の画期的な仕組みを開発したのに、それを活かすことが難しいことがわかった。

 それをブラッドの家が掬い上げてくれた。
 ブラッドの家は、国内だけではなく海外にも広く販路を持つ大商会を営んでいる。爵位がないことが不思議なくらい、この国の重要な経済影響を与えている家だ。

『この画期的な仕組みは世界を大きく変える。それをうちで後押ししよう。こちらにも大きな利となる契約だ。これからよろしく頼むよ』

 この話を受けた両親はその日、発狂した。子供ながらに恐ろしく感じたものだ。

『うちがやっていたことを、あのカッシーラー商会が認めてくれたッ! こんな日がくるなんてッ!』

 あんなに泣いて笑って叫んでいた両親を初めて見た時は恐ろしいと思ったが、父が大泣きしながらそう言ったのを聞いて僕も期待にこたえなければと思った。僕が婚約者から嫌われることのない様にしないと、と。

 僕は一人っ子でブラッドは次男。だからブラッドが家へ婿へ来ることになる。
 この世界は女性の数がかなり少ない。全体の3割程だ。だから男同士での結婚は不思議じゃないし、子供を授かることも出来る。それにうちの両親もどちらも男だ。

 だからこの世界は人口を大きく落とすことなく、繁栄を続けている。と学校で習った。

 ただ女性はこの世界では大事にされていて、平民であってもそれは変わらない。むしろ平民の場合は貴族が養子として迎え入れることが多い。なぜかは分からないが、女性の方が保有魔力量が多いのだ。それで女性から生まれた子供は男であっても平均よりも多くの魔力を保有して生まれてくることが多い。
 だから貴族は魔力を多く持つ子供を増やすために、平民に女の子が生まれれば養子として迎え入れようとする。

 魔術師になりたいとかでなければ男女間での子供でなくてもいい。うちは元々魔道具の制作に携わっているだけだから、結婚相手は誰でもいいのだ。

 なのに僕の婚約者となったのは、貴族も一目置くカッシーラー商会の次男。こんな降ってわいたような幸運、両親が発狂するのも分かる。
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