上 下
17 / 17
コンラートside

5

しおりを挟む
 それからの私たちは以前よりも距離が近くなった。
 彼女が1人、図書室で勉強をしていれば同席するようになった。
 昼食時はなるべく誘うようにした。
 沢山会話をするようになった。
 彼女からも警戒が完全に解け打ち解けた。

 そのお陰で周りのご令嬢の悪意ある視線は彼女に向く。彼女たちが何かする前に私が動き、何もできないようにした。念のために彼女たちの家を調べ弱みを握っておくことも忘れない。

 そうやってきたおかげで表立って何かをする令嬢はいなくなった。

 だがそれをアルタマン嬢が知る必要はない。何も知らず、ただ私の横で微笑んでいればそれでいいのだ。


 そう。私はアルタマン嬢に惚れた。
 彼女の隣は居心地がいい。他のご令嬢とは違い、無駄に香水をつけることはないしギラギラと着飾ることもしない。媚びた目線を送ることもないし、気持ち悪く言い寄っても来ない。

 あくまでも自然体。素のままで私と接してくれる。

 そして楽しそうに笑うその姿がとても綺麗だと思った。

 彼女は自分の事を平凡だと言う。家も貧乏で縁談も全て断られるような地味な女だと。

 だが彼女の心はどこまでも澄んでいて、自分を犠牲にして弟の為にと努力が出来る。家族のことだから当然なのかもしれないが、自分の幸せを捨て弟の為にと邁進する。
 人を妬むこともなく、自分の運命を受け入れ、なおかつ自分で切り開こうとする。私が側にいるのに頼るそぶりなど一つもない。

 こんなひとが他にいるだろうか。

 彼女が欲しい。私の、私だけの彼女が欲しい。


 そして私は父上に彼女に婚約の打診を送りたいことを相談した。一つ懸念があるとすれば爵位が釣り合わないこと。だがそれで諦めるつもりなど毛頭なかった。
 彼女がいかに素晴らしい人間か、どれほどの努力家か、彼女が嫁いでくれれば我が家にとってどれほどの利点があるのか。そして私がどれほど彼女を恋い慕っているのか全て説明するつもりだった。

「やっとその気になったか。その言葉を聞くのをどれほど待っていたか」

「はい?」

 気合を入れて説得するつもりだったのに、話をする前に父上からは了承を貰ってしまった。というかその言葉を待っていたと。

「お前は私が何も知らないとでも思っていたのか?」

 なるほど。それで全てを理解した。父上は自分で調べていたのか。彼女の事を。彼女と私の事を。

「お前がここまで変わったのはアルタマン嬢のお陰だ。あのままのお前だったなら、殿下の側近どころか王宮で働くことを許すつもりはなかった。
 そんな彼女を迎え入れるのに断る理由などあるまい」

 そこからはとんとん拍子に進み、彼女と婚約を結ぶことが出来た。

 その時の私は歓喜で打ち震えていた。彼女もとても嬉しそうだった。

 だがやがて彼女の顔は憂いを帯びるようになる。
 理由は『見た目が平凡な自分がコンラート様の隣にたつなどおこがましい』だった。

 私がベティーナをいくら綺麗だと言っても「医者に行け」と言われる始末。
 母上にどうすればいいか相談すれば、家に連れて来いと。

「女は化けるのよ。あの子はそれを知らないだけ。元の素材はいいのだから磨けば光るわ。私に任せなさい。あの子に自信を付けさせてあげる」

 同じ女性だからだろう。母上の言葉が心強かった。

 半ば騙すようにしてベティーナを家へ連れてくる。使用人に連れ去れる彼女を見た時は申し訳なさと同時に期待が膨らんだ。

 ベティーナの準備が出来たと言われ、彼女が居る部屋へと赴けば。あり得ないほどに輝く彼女がそこにいた。

 あまりの変貌ぶりに言葉を発することなどできなかった。何も着飾ることをしなくとも、彼女は十分に美しい。なのに。

 これは危険だ。こんな彼女を他の男が見たらどうなる? 今まで見向きもしなかったのに目の色を変えて手を出してくるかもしれない。

 今後、何かしらのパーティーなどに出席せざるを得ないこともある。そんな時は最低限着飾ることも必要だ。だけど、そうではない時は。

 他の男に見せないで欲しい。私だけに見せて欲しい。他の男が君をその目に移すことを考えただけで虫唾が走る。
 自分がこんなに独占欲の強い男だとは思わなかった。だけど抑えが利かない。これはダメだ。危険すぎる!

「今後、私に他の男性が近づいたとしてもきっと心は動かないと思います。だって今の変わった私を好きになったとしたらそれは上辺だけですもの。コンラート様は私の中身を好いてくれたのですよね? 私はそんなコンラート様が好きですし、そんなコンラート様が私を好きになってくださったのですもの。他の人を好きになんてなれません」

「ベティーナ……」

 私だけを好いてくれると言うのなら。私も貴女に誓います。

「私は貴女だけがいてくれたらそれでいい。きっと気持ちは変わることはありません。私とずっと、生涯共に過ごしてくださいますか?」

「はい。私もコンラート様だけです。もう卑屈になったりしません。貴方の隣に立つことに恥じないように努めます。ずっとお側にいさせてください」

 どんな姿でも彼女の美しさは衰えることはない。
 愛する人をそっと抱きしめて、初めての口づけを交わした。それはとても柔らかく繊細で、甘美な味がした。






「ははっ」

「? コンラート様? いきなり笑い出してどうしたんです? 何か面白いことでも書いてあったんですか?」

 不思議な顔をして、ハーブティーの入ったカップを手渡すベティ。それを受け取り、読みかけの本をそっと閉じる。

「ああ、いえ。ちょっと昔の事を思い出していたんですよ。貴女と出会った時の事を」

「何か面白い事でもありましたっけ?」

 私の隣に腰掛け首を傾げる彼女。今は化粧を落とし素の顔だ。
 私は彼女の素の顔が一番好きだ。彼女本来の美しさが溢れ出ている。

「私の人生最大の転換期ですよ。恐らく今までで一番興味深い出来事です。ですがもうすぐそれも塗り替わりそうですが」

 彼女の大きくなったお腹をそっと撫でる。彼女は今私の子供を身籠っている。

「早く会いたいですね。男でしょうか、女でしょうか。どちらでもいいですが、私と貴女の子なら頭のいい優秀な子になるでしょうね」

「…もう、気が早いですよコンラート様」

 まだ生まれてくるまでには少し時間がある。だけど私は待ち切れない。貴女との家族が増えるのだから。

「「あ」」

 妻となった彼女のお腹を撫でていれば、ぽこんと蹴った動きが手に伝わって来た。

「ふふ。きっと『お父様ってば慌てすぎ』って言ってるのかもしれませんね」

 愛おしそうにお腹を撫でる妻の横顔はいつも以上に美しかった。私の、私だけの『知の女神』。

 渡されたハーブティーを飲みながら、これまでの事に想いを馳せる。彼女と過ごす時間は何年経っても心が穏やかで居心地がいい。
 たまに喧嘩をすることはあれど、彼女からの口づけを受ければすぐに許してしまう。私はずっと彼女に踊らされっぱなしだ。

 だがそれもいい。どんな日々も彼女が居れば色褪せることなどない。


「さて、夜も更けましたね。休みましょうか」

 飲み干したハーブティーのカップを置き、彼女を支えて立ち上がらせる。そのまま手を取りベッドへエスコートする。

 今日も彼女と共に一日を終える。その繰り返しが幸せで心地いい。

「おやすみ、ベティ」

「おやすみなさい、コンラート様」

 いつものように彼女の髪を撫でてキスを一つ。どんなに毎日忙しくとも、これを忘れたことなど一度もない。

 そしてまた明日、彼女との1日を過ごしていく。


 ありがとうベティーナ。この幸せがずっと続くよう、私は貴女の為に生きていくよ。




~Fin~






* * * * * * *

コンラートsideのお話を最後までお読みいただきありがとうございました!

コンラート君、ボロボロでしたね。
殿下とコンラートパパは、実は裏で繋がってました。パパの情報源はぜーんぶ殿下からです。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(7件)

HALU
2023.02.08 HALU

二人と子どもの楽しい生活も気になります(*´艸`*)

華抹茶
2023.02.08 華抹茶

HALU様
いつもありがとうございます😊
ベイビーちゃんが生まれてのお話ですか…書けたら書きたいですねー!
子供に振り回されるコンラートとか面白そうです🤭

最後までお読みいただきありがとうございました!

解除
narumin #
2023.01.01 narumin #

あけましておめでとうございます🎍
素敵なお話楽しく読ませていただきました。元旦の朝に読むにふさわしいハッピーエンドで嬉しいです。また幸せな気持ちにさせてくれるお話お待ちしてます♪

華抹茶
2023.01.01 華抹茶

narumin#様
明けましておめでとうございます。
感想ありがとうございます😊
嬉しすぎるお言葉、本当にありがとうございます!また楽しんでいただけるようなお話が書けるよう、頑張りたいと思います!

解除
きてぃまま
2023.01.01 きてぃまま

あけましておめでとうございます。
とっても素敵な作品ですね。
完結したので最初から読み直しました。
大好きです。

華抹茶
2023.01.01 華抹茶

きてぃまま様
明けましておめでとうございます。
感想ありがとうございます😊嬉しい言葉の羅列に年明け早々悶えてしまいました!
本当にありがとうございます!

解除

あなたにおすすめの小説

料理大好き子爵令嬢は、憧れの侯爵令息の胃袋を掴みたい

柴野
恋愛
 子爵令嬢のソフィーには、憧れの人がいた。  それは、侯爵令息であるテオドール。『氷の貴公子』と呼ばれ大勢の女子に迫られる彼が自分にとって高嶺の花と知りつつも、遠くから見つめるだけでは満足できなかった。  そこで選んだのは、実家の子爵家が貧乏だったために身につけた料理という武器。料理大好きな彼女は、手作り料理で侯爵令息と距離を詰めようと奮闘する……! ※小説家になろうに重複投稿しています。

村八分にしておいて、私が公爵令嬢だったからと手の平を返すなんて許せません。

木山楽斗
恋愛
父親がいないことによって、エルーシャは村の人達から迫害を受けていた。 彼らは、エルーシャが取ってきた食べ物を奪ったり、村で起こった事件の犯人を彼女だと決めつけてくる。そんな彼らに、エルーシャは辟易としていた。 ある日いつものように責められていた彼女は、村にやって来た一人の人間に助けられた。 その人物とは、公爵令息であるアルディス・アルカルドである。彼はエルーシャの状態から彼女が迫害されていることに気付き、手を差し伸べてくれたのだ。 そんなアルディスは、とある目的のために村にやって来ていた。 彼は亡き父の隠し子を探しに来ていたのである。 紆余曲折あって、その隠し子はエルーシャであることが判明した。 すると村の人達は、その態度を一変させた。エルーシャに、媚を売るような態度になったのである。 しかし、今更手の平を返されても遅かった。様々な迫害を受けてきたエルーシャにとって、既に村の人達は許せない存在になっていたのだ。

愛しい義兄が罠に嵌められ追放されたので、聖女は祈りを止めてついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  グレイスは元々孤児だった。孤児院前に捨てられたことで、何とか命を繋ぎ止めることができたが、孤児院の責任者は、領主の補助金を着服していた。人数によって助成金が支払われるため、餓死はさせないが、ギリギリの食糧で、最低限の生活をしていた。だがそこに、正義感に溢れる領主の若様が視察にやってきた。孤児達は救われた。その時からグレイスは若様に恋焦がれていた。だが、幸か不幸か、グレイスには並外れた魔力があった。しかも魔窟を封印する事のできる聖なる魔力だった。グレイスは領主シーモア公爵家に養女に迎えられた。義妹として若様と一緒に暮らせるようになったが、絶対に結ばれることのない義兄妹の関係になってしまった。グレイスは密かに恋する義兄のために厳しい訓練に耐え、封印を護る聖女となった。義兄にためになると言われ、王太子との婚約も泣く泣く受けた。だが、その結果は、公明正大ゆえに疎まれた義兄の追放だった。ブチ切れた聖女グレイスは封印を放り出して義兄についていくことにした。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

復讐された悪役令嬢

猫又
恋愛
地味で引っ込み思案、小学校教員のアリシアはダイヤモンド産出世界一というアクアル国の皇子から秘宝を盗んだと疑いをかけられる。母親の葬儀の後、身柄を確保されプライベートジェットでそのままアクアルに連行され、今すぐ返すか、アクアルで逮捕されて死刑になるか選べ、と迫られる。 世界で一番裕福で贅沢な国、アクアルの皇子、アレクサンダーの勘違いからアリシアは復讐される! 勘違いの最悪の出会いから、恋に落ちる二人。 嫉妬深いスパダリ皇子と質素で心優しいアリシアの恋物語。  

【完結】親に売られたお飾り令嬢は変態公爵に溺愛される

堀 和三盆
恋愛
 貧乏な伯爵家の長女として産まれた私。売れる物はすべて売り払い、いよいよ爵位を手放すか――というギリギリのところで、長女の私が変態相手に売られることが決まった。 『変態』相手と聞いて娼婦になることすら覚悟していたけれど、連れて来られた先は意外にも訳アリの公爵家。病弱だという公爵様は少し瘦せてはいるものの、おしゃれで背も高く顔もいい。  これはお前を愛することはない……とか言われちゃういわゆる『お飾り妻』かと予想したけれど、初夜から普通に愛された。それからも公爵様は面倒見が良くとっても優しい。  ……けれど。 「あんたなんて、ただのお飾りのお人形のクセに。だいたい気持ち悪いのよ」  自分は愛されていると誤解をしそうになった頃、メイドからそんな風にないがしろにされるようになってしまった。  暴言を吐かれ暴力を振るわれ、公爵様が居ないときには入浴は疎か食事すら出して貰えない。  そのうえ、段々と留守じゃないときでもひどい扱いを受けるようになってしまって……。  そんなある日。私のすぐ目の前で、お仕着せを脱いだ美人メイドが公爵様に迫る姿を見てしまう。

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。