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コンラートside

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 やがて成長し学院へと入学する。入学試験で私は首席合格だった。殿下は次席。
 優秀な殿下ではあるが、勉学においては私が一歩前に出ている。

「うん、流石コンラートだね。僕の予想通りだった」

 結果を見て殿下はにこやかにそう仰った。


 だが、入学後初の試験で私は2位へと転落することになる。

「この私が……2位!? 1位は、ベティーナ・アルタマン……?」

「ははは。君を打ち負かす存在が出てくるとは。しかも相手は女性か。アルタマン男爵家といえば、確か父親は王宮で働く文官だったかな。
 君は早々に出鼻をくじかれたね」

 殿下はさも楽しそうに笑っていた。

 だが私の耳は殿下の言葉を正しく聞き取れていなかった。それどころではなかった。
 まさか私が勉学で負けるとは。それも、女性に。

 真っ先に来たのは怒りだった。すぐさま目線を動かし、あの地味な令嬢の姿を見つける。顔が歓喜に満ち溢れ体は少し震えているようだった。そのままさっと身をひるがえし、場所を移すようだった。

 一言言ってやらねば。

 私も後を付いていこうと体の向きを変えた時。

「コンラート。勘違いするなよ。君が負けたのは彼女のせいじゃない。自分のせいだ」

 ちらっと殿下へ視線を動かせば、無表情で冷たい目線を向けられていた。その言葉と視線で一気に頭の中が冷えていく。

 殿下と初めてお会いしてから一度としてそんな表情を向けられたことなどない。表面上はいつもにこやかで微笑みを絶やさない。こんなにはっきりと感情を露にした顔を見たのは初めてだった。

「……わかって、います」

 絞り出すように返事をし、彼女の後を追いかけた。
 何を話すかは決まっていない。だが、私を2位へと落とした彼女と話をしてみたかった。

 少し走って行けば彼女の姿を見つけることが出来た。彼女はそのまま学園の奥、庭園の方向へと向かっているようだった。

 そのまま距離を少し開け後を付けて行く。やがて庭園へ着くと彼女はふるふると体を震わせ直後、高笑いと珍妙なダンスを踊り始めた。

「よっしゃー-----!! やった! やったわ! 1位よ! 1位になったのよ! 最っ高の気分だわ! あははははは! 平凡顔だろうが関係ないわ! 結果が全てよ! あはははは!」

 な、なんだあれは…。男爵家のご令嬢だったよな?

 あんな令嬢は見た事がない。飛んだり跳ねたり回ったり。
 他の令嬢とは違い身なりは貧相であっても貴族令嬢。しかもあの成績を叩きだすほどならば、つんと澄ましているのかと思っていた。

 私の想像の斜め上をいく姿を見て、私1人怒りに飲まれたことが急に恥ずかしくなってしまった。

「1位おめでとうございます。アルタマン嬢」

「うひぃっ!?」

 そう声を掛ければびくりと体を震わせ、ぎこちなくこちらへ首を向ける。
 目が合えば、さーっと青ざめていくのが手に取るように分かった。

 私と目が合った令嬢は頬を赤らめることはあっても青ざめることはなかった。つくづく変わった令嬢だ。

 少し話をしようと思ったものの、予定があるとその場から走って逃げられてしまった。
 普通の令嬢ならばこちらから望んでいなくても話しかけたりしてくるほどなのに。

 逃げられた。この私が。この私に話しかけられたのに、青ざめ逃げられた。

「………信じられない」

 1人残された庭園で、私はぽつりとそう零すのがせいぜいだった。


「おかえり。どうだった?」

 一度教室へと戻れば殿下がそう声を掛けて来た。もうあの冷たい表情ではなく、いつも通りの殿下だった。

「……逃げられました」

「逃げられた…? 君が? 令嬢に?」

「…はい。青ざめて逃げて行きました。ですので話をする事は出来ませんでした」

「ぶはっ! あーはっはっはっは! き、君がっ……令嬢に逃げられた! あはははは! しかも青ざめてっ……! くくくくくっ……」

 殿下は私が令嬢からどういった目で見られているか知っている。その私がまさか令嬢に逃げられるとは思っていなかったようで、腹を抱えて笑っている。

「ひーっひーっ……アルタマン嬢は、流石だね。君を、こんなにも翻弄するなんて。くくく。あー、おかしかった。
 で。君はこれからどうするのかな? 彼女をどうしたかったのかな?」

「わ、たしは……」

 私はどうしたかったのだろうか。話をして、どうするつもりだったのだろうか。

「彼女は自分の力で今回の成績を残した。それは彼女の努力の結果だ。君が努力をしていないとは言わないよ。だけど、なんでも卒なくこなし頭のいい君でもこうやって足元をすくわれることがある。学園での試験だったからいいものの、もしこれが僕と関係のある重大な仕事だったなら?」

 殿下にそう言われてハッとした。

「もしそうだったなら、君は側近として重大なミスを犯すところだったんだよ。君より優秀な人間など他にいる。その人間は君に自分が優秀だとは見せないだろう。そうして君の隙をつき蹴落とそうとする。
 今の君のままだったなら、きっと取り返しのつかないことにもなりかねない。君のその高慢さが油断を招くことになるんだよ。
 よかったね。彼女がそうなる前に君に知らしめてくれた。そのことをよく考えるといいよ」

 また私の肩をぽんぽんと叩き、そのまま殿下は寮へと戻られるようだ。その後に付き私も自室へと戻ることにした。


 1人自室で考えていた。今までの自分のことを。
 母上にも幼い時から言われていたこと。そして今回殿下に言われたこと。

 私は自分は大丈夫だと、優秀だから大丈夫だと、今にして思えば根拠のない自信に満ちていた。
 それをたった一人の女性に打ち砕かれた。簡単に。

 私は間違っていたんだ。それを周りは諭そうとしていたのに、正しく理解せずいた私はなんと愚かだったのか。

 あの成績発表では怒りが湧いた。なぜか。悔しかったからだ。
 初めて私は『悔しい』という感情に襲われた。屈辱だった。

『コンラート。勘違いするなよ。君が負けたのは彼女のせいじゃない。自分のせいだ』

 あの時殿下に言われなければ、きっと私は彼女を詰っていただろう。酷い言葉を投げかけただろう。

 自分の未熟さをこれほどまでに感じたことはなかった。それに気づかされた。手遅れになる前に。

 ならば彼女には感謝を伝えなければ。そして私のライバルとなってもらい、正々堂々と勝負がしたい。私も本気になった。本気の彼女と勝負がしたい。

 明日に伝えてみよう。話をしてみよう。そう決めた。
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