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「あら。やっぱり思った通り。とても綺麗になったわね。もっと早くこうしたかったんだけど、あの子がなかなか連れてこないからやきもきしたわ」

「侯爵夫人、あの何と言っていいのか…」

「ふふ。お気になさらないで。うちに嫁いでくれるんだもの。これくらいはさせてくれなきゃ。それにとってもかわいいのにもったいないってずっと思っていたのよ」

 か、可愛い!? 私が!?
 まさかこんな風に言ってもらえるなんて思わなかったから、嬉しいけど恥ずかしくてもじもじとしてしまう。

「あの……私がコンラート様と結婚するのは、その、嫌ではないのですか?」

「え? どうして?」

「あの…今は皆さんのおかげでこう綺麗にはなれましたが、平凡顔は平凡顔ですし、家は貧乏ですし、取柄はありませんし、畑仕事はするし、もっと相応しい方がいらっしゃるのではないかと思っていまして……」

「あらそんなこと? 私はむしろ感謝したいくらいよ?」

 へ? なんで?

「貴女がコンラートの考えを変えてくれたのでしょう? あの子、昔っから出来が良すぎて可愛くなかったのよね。なんでもすぐに出来てしまうし見た目も良いからモテるでしょう?
 傲慢ではなかったけれど、それに近いところはあったのよ。だけど貴女があの子の心をへし折ってくれたじゃない。それで上には上がいるってやっとわかってくれて、考えを改めてくれたのよね。
 もしあのままだったら、本当に傲慢な大人になっていたかもしれないの。そうなる前にボキッとやってくれて助かったわ」

 なんというか、嫌われていなくて良かった。むしろ好意的で助かった。

「旦那様も貴女のことを気に入っているの。婚約の時、色々と話をした中で女性目線での意見がとても為になったと仰っていてね。自分たちが気づかないところを指摘してくれたことが良かったみたい。早く王宮に就職してほしいって今からもうノリノリよ」

 ひょわっ! 期待値が高すぎて逆に困る!
 だけど、嫌がられるどころか歓迎してくれてるんだってわかってほっとした。

 そんな時コンコンとまたノックの音が聞こえてきた。

「あら、来たわね。いいわよ、入りなさい」

「失礼します。ベティーナ、大丈夫でし……………」

「……あらやだ、この子。ベティちゃんが可愛くて固まったわ。面白い顔だこと」

「……………ベティーナ、ですか?」

「は、はい。そうです、私です。…あの、変、じゃない、ですか?」

「………………」

 どうしよう。コンラート様が何も言ってくれない。自分じゃびっくりするくらい綺麗になったと思ったんだけど、気に入らなかったのかしら。
 メイド様達の渾身の力作なのに。

「コンラート、貴方こんな朴念仁だったかしら。何か気の利いた一言くらい言えないの?」

「あ、いえ。その……綺麗になって、驚いてしまって……………クソっこんなの連れて歩けるわけないだろうっ」

「え?」

 見れば顔は赤いし、嫌じゃないとは思うけど、目をそらしてこっちを見てくれなくなったしどうしたらいいの? 何か最後に呟いたけど小さくて聞き取れなかったし。

「はぁ。まあいいわ。2人っきりにしてあげるからちゃんと褒めてあげなさいね。じゃベティちゃん、また夕食時に会いましょう」

 そういって侯爵夫人とメイド様達は部屋を出て行ってしまった。

 無言でたたずむコンラート様と2人でどうしろと……。
 どうしていいかわからず立ちっぱなしもなんだから、ととりあえずソファに座ることを提案した。

 が、座ってもちらちらとこちらを伺うだけで何も発しないコンラート様。どうすりゃいいんだコレは。

「……あの、せっかく綺麗にしていただいたのですが来た時の姿に戻りましょうか」

「いや、そのままで!……すみません」

「いえ……」

 また黙ってしまった。どうしよう…。なんかすごく気まずいんですけど。

 口元に手を当てて下を向いていたコンラート様が、意を決したかのように顔を上げられた。

「すみません。その…あまりにも綺麗になってしまったので何と言っていいのかわからなかったんです」

「え?」

「以前、貴女を『世界一美しい』と言ったことを覚えていますか?」

 もちろん覚えている。当然だ。目が可笑しいのかと思って医者に行くことをお勧めしたのだから。

「あの時の言葉は本心です。私にはどんな貴女であっても世界一美しいことには変わりありません。ですが、ここまで美しくなってしまうと心配になってしまって……」

「心配? 何がです?」

「他の男共が貴女に手を出す可能性を、です」

 他の男の人に手を出されるですって? まさか。あるわけない。確かに化粧をしたら多少は見られるようにはなったと思う。だけど元を正せば平凡顔だ。すっぴんを見れば100年の恋も冷めるってもんでしょう。

 そう言ったのだけど……。

「以前、母上に言われました。元の素材はいいのだから磨けば光るだろう。艶やかな髪、みずみずしい肌、たったそれだけでも見違えるだろうと。そうなれば貴女の自信にもなる。
 貴女は以前、私の隣に立つのに分不相応だと言ったことがありましたね。我が家は貴女を歓迎しています。ですが貴女は不安に思っている。本当にそれでいいのかと」

 その通りだ。コンラート様にはもっと相応しいご令嬢がいると思っている。だから婚約したとはいえ、本当にそれでいいのかと悩む毎日だった。

 鏡を見れば見るほど不釣り合いだと思うし、学園ではあんな地味で華やかさの欠片もない人がコンラート様の婚約者だなんて、と陰で言われていた。その通りだとも思ったし反論する気もなかった。

「ですから今日は貴女に自信をつけていただくためにこういった機会を設けたのです。騙すような形になってしまい申し訳ありませんでした」

「そんな! 謝らないでください! 私の為にここまでしていただいて感謝しています。正直私も驚きました。ちゃんと手入れをすれば綺麗になれるんだと初めて知りました。
 私は私自身を諦めていたんです。何もしてこなかった私がいけなかったんです。本当に申し訳ありませんでした」

 お金がなかったから高い物を買ったりなんて確かに出来なかった。だけど、それはただの言い訳だったんじゃないかと今は思う。
 お金がなくたって出来ることはあったはずだ。だけどそれすら考えもせず、どうせ平凡顔なんだからと諦めてしまっていた。

 そんな私を好きだと言ってくれて、婚約してくれたコンラート様に出会えた私はなんて幸運なんだろうか。これからは私だって勉強だけじゃなく、色んなことに努力しないといけないんだ。

 こんな私を選んでくださったコンラート様と離れたくない。もう二度とこんな方と出会えることはないだろう。

「いえ、それにある意味失敗したのではと今では思っています」

「失敗、ですか?」

「ええ。ここまで綺麗になったことで貴女に近づこうとする人も出てくるでしょう。以前のままならそんな心配もなかったのに。綺麗な貴女を知っているのは自分だけでいいのに、と。今の貴女を他の男の目に触れさせるのは嫌なんです。なんというか…浅ましくて格好悪いことも承知しています。ですが…どうしても嫌なんです」

「コンラート様…」

 今の私がコンラート様をそこまで不安にさせているなんて思いもしなかった。

「コンラート様。私の方が不安でいっぱいです。もともと見目麗しくてご令嬢方の人気も高くって、そんな方が私の婚約者で、いつか私なんて捨てられて他の人のところにいっちゃうんじゃないかって思っていました。ほら、私って平凡顔だから。だけど今、コンラート様のお気持ちを聞いて私と一緒なんだって思って、嬉しいと思っている自分がいるんです。酷いでしょ?」

「酷いなど…」

「今後、私に他の男性が近づいたとしてもきっと心は動かないと思います。だって今の変わった私を好きになったとしたらそれは上辺だけですもの。コンラート様は私の中身を好いてくれたのですよね? 私はそんなコンラート様が好きですし、そんなコンラート様が私を好きになってくださったのですもの。他の人を好きになんてなれません」

「ベティーナ……」

 ソファから立ち上がり側までやってくると私の前に跪いた。

「私は貴女だけがいてくれたらそれでいい。きっと気持ちは変わることはありません。私とずっと、生涯共に過ごしてくださいますか?」

「はい。私もコンラート様だけです。もう卑屈になったりしません。貴方の隣に立つことに恥じないように努めます。ずっとお側にいさせてください」

 そう言うとそっと私を抱きしめてくださった。他に相応しい人がいるとかもう思わない。『私が相応しい』と思ってもらえるように努力するだけだ。

「一つ約束してください。どうしてもの場合を除き、そのように着飾ることをしないで欲しいのです。
 …他の男に見せるなんて我慢なりません。格好悪いのはわかっているのですが、その、どうしても……」

 なんて可愛い人なんだろうか。元々着飾ることが好きなわけでもないし、そんなささやかなお願いなんてお願いに入らない。

「ふふ。わかりました。どうしてもの場合だけにします」

  2人でくすりと笑った後は、優しい口づけが降って来た。
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